<建設グラフ1996年1月号>

interview

世界最大級の東京湾横断道路

東京湾横断道路株式会社代表取締役専務 田口二朗 氏

田口二朗 たぐち・じろう
昭和10年生まれ、昭和36年京都大学大学院工学研究科修士課程修了
昭和36年4月建設省入省
昭和63年4月建設省九州地方建設局長
平成元年7月同省土木研究所長
平成 2年6月財団法人日本建設情報総合センター理事
平成 5年6月専務取締役
平成 7年6月現職
千葉県木更津市と神奈川県川崎市とを結ぶ総延長15キロに及ぶ東京湾横断道路の建設工事が着々と進んでいる。橋梁部4.4キロ、直径14メートル、延長約10キロにも及ぶトンネルは、世界にも例のない規模だ。それだけにクリアしなければならない施工上の問題点も多く、難工事ではあるが、わが国のゼネコンやメーカーの確かな技術力により進捗状況は順調だ。この事業を担当する東京湾横断道路株式会社の田口二朗代表取締役専務は「この技術力はあらゆる事業に十分活用でき世界に誇れるもの」として、今後の広がりに自信と期待を持っている。同専務に事業の波及効果、安全対策、施工上の課題と技術などについて語ってもらった。
――千葉市では、東京湾横断道路の完成により、かなり県内の情勢が良くなるものと期待をかけ、ずい分、以前から実現に向けて要請活動をしてきたようです。また、木更津市でもこれに合わせて町村合併の動きがあるとのことで、このように、この事業は地域の活性化の起爆剤としての影響力はかなりのものがあります。そうした波及効果についてはどう考えていますか
田口
このプロジェクトは昭和30年代の中頃から、東京湾岸の開発を検討する中で浮上していたもので、その後、いろいろと紆余曲折がありましたが、大型民活事業の第1号ということで始まりました。工事着工は平成元年で、今年で7年目を迎えているわけですが、東京湾横断道路は東京圏の外環や湾岸道路、首都圏中央連絡道路などと一体となって、交通ネットワークの中枢をなすものと位置付けられています。
波及効果は、東京湾周辺地域の機能の連絡や、湾岸道路の混雑緩和、房総地域の発展など、多岐にわたるものと思いますが、木更津−川崎間は110キロから30キロに短縮され、所要時間も4分の1になるのではかり知れない効果が期待出来そうです。
――地下の工事というのは、単価が割高とされていますが、その意味から海底トンネルというのは、大胆な発想と思われますが
田口
川崎側は、船の航行が非常に多いため橋にはしづらく、また羽田空港が近接しており、航空制限の点で、つり橋のようなタワーが高いものは出来ないわけです。そのため、トンネルという結果になりました。
――施工にあたっての留意点は
田口
事前に環境アセスメントを行いましたが、海の工事なので水質の保全が一番の問題になります。これについては、色々な保全策を施しています。
工事は、海中での作業量をできるだけ少なくするため、例えば橋脚橋桁など、陸上で大ブロック化し、搬入するという方法をとっています。また、浚渫したりする場合は、回りにネットを張り、横に漏れないようにしたり、近くでクイを打つ場合は音の出ない方法をとるなどしています。
また、航行船舶の安全については、協議会等を作り、海事関係者からもいろいろと協力を得て、今のところ大事故もなく進んでいますが、私どもで航行安全センターを設け、レーダーで24時間体制で監視を行っています。現場には警戒船を配置して、工事区域に船が近づいてきた時には、危険を知らせるようにしています。
さらに、どんな工事をいつ何処でどのようにやっているのか、工事情報を常に海事関係者に提供し、充分注意してもらうようお願いもしており、この結果いろんなご協力を頂いて今のところ大きい事故もなく大変有難いことと思っています。
――工事の進捗状況と課題は
田口
橋梁部はすでに完了し、工事用に使用しており、現在はトンネル工事が中心になっています。途中に人工島が二つあり、掘削をここからも行っており、現在8基のシールドマシンが動いています。最も早いのは昨年8月に川崎側から発進したトンネルで、約1.5キロまで進んでいます。橋とトンネルとのつなぎの木更津人工島からは昨年の10月に発進し、約1キロぐらい進んでいます。最も遅く今年の4月に川崎人工島から発進したトンネルは、現在約200メートル進んでいまして、合計すると、トンネル総延長の約30パーセントになります。
施工上の問題は、水深が約20数メートルで、さらにその海底面から10数メートル下を掘っているわけですから、水面下約60メートルの作業となります。したがって、6気圧ぐらいの水圧が常にかかっているということで、水の問題が最も気になります。
今のところ漏水や水圧による悪影響が出ているということはありませんが、常に高水圧との戦いというものがついて回ります。
――以前にトンネル内で自動車の玉突き衝突事故が起こり、多数の犠牲者が出たという事故がありましたが、犠牲者が多くなったのは、トンネル内から逃げ遅れた人々が炎上した自動車の煙に巻かれたことが原因でした。しかし陸上の橋やトンネルと違い、海中のとなると、まさに逃げ場はありませんが安全対策は
田口
トンネルは上りと下りの2本がありますが、有事の際には、円形断面の床下に空間が確保されており、この中に避難できるようになっています。地覆が一段、高くなっており、ドアを開けて滑り台で下へ降りていく構造になっています。
こうした避難場所を300メートルおきに設ける予定で、煙の侵入を防ぐために上部と下部とで気圧の差をつける計画になっています。また、川崎人工島ではエレベーターで外部に脱出できるようになっています。
――橋上の中央でパンクや故障などにより、車両が走行不能となった場合は
田口
この自動車道は片側2車線ですが、路肩が広く3車線分の余裕があるので、交通障害の心配も少ないでしょう。
――耐震度の面では
田口
阪神大震災のとき、継ぎ目が外れ、落橋したのがありますが、この自動車道の橋については、長い連続桁にしており、10径間を連続にしているところもあります。最も長いところでは1,630メートルになっています。したがって、地震時での落橋の心配に対しては、配慮した構造を採用しています。
また橋桁は、全てではありませんが、ゴム製の支承を置いています。阪神大震災では、ゴムを用いた橋は落ちなかったと聞いていますが、ここではそうしたゴムの支承を使っているので安全性は高いと考えています。もちろん、さまざまな観点からの動的解析は行われています。
また地中構造物については、阪神大震災でもそれほど大きな被害は受けなかったと聞いていますが、この自動車道の場合、人工島とトンネルの継ぎ目では揺れ方が違うため、ここにもゴムを用い、揺れを吸収する構造になっています。そしてトンネル自体はセグメントというコンクリートのパネルを巻いてボルトで止めていますが、そのボルトを長いものにしているので、これも揺れによる変形が吸収しやすくなっています。ボルトが長いほど伸び縮みしやすいわけです。さらにワッシャーも弾性ワッシャーで、やはり変形を吸収しやすくなっていますから、地震時には全体が蛇の様に柔軟にウネルわけです。したがって、丈夫な構造だといえます。
ただ、地震に関しては、、どこに落とし穴があるかわかりませんので、委員会等で検討している最中です。
また、人工島を支える地盤については、土を入れただけでは強度に問題があり、液状化の心配もあるのでセメントを混合し、地盤の強化を行っていますので、液状化しにくくなっています。
――現時点では最先端の技術と資材の集積ということになりますね
田口
そのとおりです。地下鉄や下水道敷設などもこれと似た工法を用いていますが、これほど大規模なものは初めてですからさまざまな難問にぶつかるわけで、その点では日本のゼネコンやメーカーの技術力はさすがだと、改めて感心させられると同時にレベルの高さを痛感させられます。これだけの工事を経験することにより、多様なノウハウが新たに蓄積されたと考えます。
――直径14メートルというトンネルの規模自体が、世界的にみても前例がないのでは
田口
そうですね。今のところは世界一です。しかも内部はみな、ロボットによる作業で、前頭部で土を掻き進み、その後ろでセグメントを組んでいくわけです。これは大変な技術だと思いますね。
――今後、そうした技術は多方面で応用される可能性もありますね
田口
こうした地中に穴を開けていくという技術は、放水路などのケースで採用が検討されていますね。
――諸外国ではどんな国から見学や技術視察の訪問がありますか
田口
いろいろな国から見学に見えますが、これとよく似た工事を行っているデンマークからよく来られます。コペンハーゲンは島で、大陸へ渡るのに一つの島を経由しますが、ここでも橋とトンネルとの組合せで行っており、延長が東京湾横断道路と近く、14キロぐらいです。ただ、トンネルは鉄道だけですから、やや規模は小さいのですが、そちらでもいろいろな問題に苦慮しているとのことです。
――問題はやはり水ですか
田口
水の問題で、かなり難工事のようですね。そのためかなりの頻度で視察に来ています。
――そこでは、日本のゼネコンの技術は用いられていないのですか
田口
日本の技術は入っていないようですね。日本の機械は使用していないようです。
――この技術力で例えば津軽海峡や四国などでの事業展開も可能なのでは
田口
こうした海峡を横断する上では橋にするかトンネルにするかが常に論議され、条件に応じて、決定されるのでしょうけれど、今回のような大口径の長い延長で軟弱地盤の海底を横断するというのは初めてのケースで、その実績から技術的には十分、対応できると思います。
――距離的には、この2倍、3倍になっても可能でしょうか
田口
地質にもよるでしょう。ユーロトンネルなどは、かなり長いものですが、そこはチョーク層という安定した地層なのです。しかも水が出ないので、山間部のトンネルを掘るのと同じです。
また、地盤がどうかによって、マシンの刃がどれくらいもつか状況が変わり、また刃を途中で変えられるかどうかなどの問題も出てきます。もっともこれはマシンの性能にもよりますが。
それから鉄道と違って道路トンネルでは環境制約があり、例えば換気塔などが必要になりますが、換気設備が都合よく設置できるかどうかといった問題になります。
しかし、すでに実績があるのですから、経済性の問題はありますが、技術の応用は可能ですから、今後さまざまな事業で活用されることを期待しています。

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