建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年11・12月号〉

interview

(後編へ)

社会実験による既存ストックの有効活用で不足分をカバー

道路空間は貴重な公共空間

国土交通省道路局長 佐藤 信秋 氏

佐藤 信秋 さとう・のぶあき
昭和 22年 11月 8日
本籍 新潟県
昭和 41年 3月 新潟県立新潟高等学校卒
昭和 45年 3月 京都大学士木工学科卒
昭和 47年 3月 京都大学大学院工学研究科修土課程土木工学専攻修了
昭和 47年 4月 1日 建設省入省(東北地方建設局)
平成 5年 4月 1日 道路局企画課道路経済調査室長
平成 7年 6月 21日 道路局有料道路課長
平成 8年 7月 2日 道路局企画課長
平成 11年 7月 13日 大臣官房技術審議官
平成 14年 7月 16日 道路局長
高速道路4公団の民営化や、道路特定財源の見直しなど、道路行政は改革の波にもまれており、政策の転換期に入った。諸外国に比較すれば、高速道も一般道もまだストックは十分とは言えないが、国土交通省の佐藤信秋道路局長は、道路管理・運用に関する「社会実験」によって、既存のストックを有効活用することによって不足分をカバーする手法の確立を提唱する。
――我が国における道路管理者の中でもトップの立場として、今後の路政に向けての方針をお聞きしたい
佐藤
道路というものについては、現在、国民的な関心事となっている問題が二つあります。道路四公団の民営化と、道路特定財源の行方です。公団民営化については、審議が進められている最中なので、私の立場からの発言は出来ませんが、道路特定財源については、新年度の概算要求において暫定税率を延長するよう要求しています。その延長を前提にして5ヶ年計画を策定し、なぜそれが必要であるかについて、十分な理解を得るよう努力していかなければなりません。
さらに、財源の用途についても、見直ししなければならないという課題があります。それについても真剣に取り組み、受益者負担という大原則を踏まえて、国民の納得いく方向性を検討しなければなりません。それと平行して、日常の道路行政にも抜かりなく取り組んでいかなければなりません。
このように、様々な課題に直面していますが、何よりも大切なことは、21世紀の国土、社会、経済の在り方を構築して残していく上で、道路というのは、それを実現するための重要な手段ではあるという国民的認識を確立することです。国土管理を通して、道路というものは国民の幸せが増大し、福祉が充実するための手段なのです。目的ではありません。
――それを、どのように実現していきますか
佐藤
そのためには、旧来の手法に止まらず、新しい取り組みをいろいろと試みていく必要があります。手段である道路の整備・管理は、目的である国民の社会経済活動の円滑化、生活が豊かで暮らしやすくすることを意識した試みです。従来の業務は、従来通りに粛々と遂行しつつ、その一方で新しい取り組みにもチャレンジするという社会実験を、新5ヶ年計画で本格的に提唱したいと思っています。
いろいろな整備・管理が、究極の目的である経済や社会の活動、あるいは安心安全の向上、というものにどうつながるかという点について、社会実験を通じてみんなで知恵を出し合いながら実施していこうということです。
実は、すでにそうしたいくつかの社会実験が実際には行われており、この手法と考え方そのものが、ようやく定着しつつあると言えます。そのため、新計画がスタートする新年度からは、新時代としての5ヶ年計画であり、次なる道路行政の展開を目指すに当たっては、この社会実験という考え方がさらに浸透して社会に受け容れられていく段階と言えます。
したがって、その手法をさらに充実させながら、明確に評価することが重要です。それによって、先述した究極の目的に対して、この手法がどのような影響を持ち得たか、その効果も測定、評価し、把握して、そこから得られた良い成果を伸ばしていくことが理想です。思った以上にはあまり効果が得られなかったものについては、方向を変えて別の政策へと向かいます。
――社会実験とは非常に面白い概念だと思います。具体的にはどんな実験が行われてきましたか
佐藤
例えば、来年度に向けて予定しているのは、有料道路における多様な料金体系の設定です。環境プライシングという発想に基づき、街の中を通らず、湾岸道路などをできるだけ夜間に使用してもらうよう呼びかけ、その代わり通行料を割安にするという誘導策があります。
今後とも、どのような政策、施策が可能なのかを、みんなで考える余地があると思います。例えば地方の高速道路で、せっかく整備したのに利用率が低い場合ではどのような形式・線形が良いのか、どんな要請があるのか、利用者が真に使いやすくなるための論議をすることも大切ですね。
現在は、ETCを利用してもらう場合には大型車でも料金は2,000円にするという手法を社会実験として実施しています。
料金政策で言えば、概ねこうしたところです。このような社会実験を、地方整備局でも取り組むよう、提起しているわけです。
――なるほど、道路にもいろいろな運用の仕方や用途があるということですね
佐藤
そうです。一般国道についても、いろいろとすべきことはあります。例えば、来年度の概算要求では、「安心歩行エリア形成事業」と称して、公安委員会と協力し、道路を時間帯によって通学児童優先にするなどの実験を開始します。そのためには、ソフトとハードと両面での対応が必要になります。
運転者にとっては、一方通行などの規制が増えたら不便になり、交通の流れに影響も出ますが、ゾーンを特定して通学児童最優先の指定をすることによって、朝の通学時間帯における交通利用を排除し、通学児童の安全性を高めることができます。
あるいは一方通行にして、スピードを20キロ以内に制限したり、2車線道路の片側を交互交通とし、反対側の対向車線を一方通行にしたり。その代わり、そこはみんなが安心して歩けるゾーンとしてつくりかえたり。
ただし、最初は広いゾーンで展開するのは難しく、限られた範囲に限定されるかもしれません。それでも、安心して歩ける通学区の範囲は、従来よりは広がってくるでしょう。特に高齢者の場合、バリアフリーとは言いながらも、乗用車が両方交互交通でどんどん通行し、歩道も満足でないようなところでは、ゆっくり歩くのも大変です。そうした場合にも、先のようにゾーニングして規制する方法が有効です。
従来は道路整備による社会経済活動の支援という大前提の陰で、払われてきた犠牲が大きすぎたとの指摘があります。
――そうした意識が、根付いていくのが理想ですね
佐藤
ただ、それを政策として強引に執行するのではなく、地域の関係委員会や住民、道路管理者たちが話し合って、良い方法を模索していくことが、大事だと思います。
一方通行にして通過交通を排除するのも、みんなで相談した上で、ソフト面での運用によって実現するべきです。
どんな場合も、必ず道路を拡幅し、歩行者のスペースを確保しなければならないということではないのです。
――乗用車と歩行者は、なかなか共存できるものではないですね
佐藤
しかし、共存という意味では、先を急ぐ乗用車ではなく、時間的余裕があってゆっくりと走行する乗用車であれば、お互いに良い関係で共生していく方法もあるのではないか、と思います。それが実現するには、どんな方法があるのか、これについても社会実験の中で模索したいと思います。
――地方都市の事例を見ると、都市間を移動する車と、都市内の一定エリアの中で移動している車のスピードが、どうしても違ってきます。先を急ぐ都市間移動車は、急ぐ必要のないエリア内移動車によってペースが落ちることから、無理な追い越しをする事例も見られます。こうした場合に、合理的に無理なく棲み分ける方法はないものでしょうか
佐藤
その意味では、高速のネットワークの形成は、安全という面においても円滑な暮らし、円滑な経済活動の面からも重要です。ただ、現状としては、それが必ずしも十分には行き渡っていないため、交互交通のような運用でカバーする必要があるのです。その意味でも、ハードだけでなくソフトも重要です。
別の見方をすれば、高速道路のインターチェンジを降りたとたんに、なかなかスムーズには走れないという状況は、逆に言えば高速道と一般道のスピードは、違うものであることを、物理的に実感し、暴走を防ぐ効果もありますから、それを逆利用する方法も考えられます。
――なるほど、制限速度の差を体感させることによる事故防止策ですね
佐藤
そうです。みんなが安心して暮す住区、市街地というものがあることを意識してもらわなければなりません。
したがって、地域内を結ぶ交通網と、そうした地域間を結ぶ高速交通網という異なる社会は必要だろうと思いますね。
――道路整備においては、交通需要をその必要性の根拠にしてきたわけですが、最近では、交通需要だけを基準にするのは間違いだった、という主張も聞かれます
佐藤
そうですね。道路は国土の貴重な骨組みであり、その動脈、静脈です。そして、市街地の中では貴重な空間でもあります。骨組みであり、動脈であり、静脈であり、そして最近ではさらに神経細胞としても機能しています。つまり、情報ハイウェイというものですね。
その一方で、市街地の中の道路は、公共の貴重な空間なのです。空間を提供すると同時に、その地下には情報が入り、上水道、下水道が入り、場合によっては地下河川も入ります。さらには他の交通手段である地下鉄もあります。いかに多機能多用途の、貴重な公共空間であるかが分かりますね。
それを十分に活かしていただくことが大事です。そのためには、どんな整備と管理が有効であるか、またどんな用途・需要があり得るかを十分に、相談しながら見定めていくことが必要です。国民、住民の最大多数が最大幸福になりうるような方向で、有効に使用していただきたいものです。
――道路ネットワークの使い方について、地元経済界や住民から発案・提言があると良いですね
佐藤
そう思いますね。したがって、社会実験としては、そうした提案も含めて大いに議論し、各地の各方面の最前線において納得し合う形で合意が形成されることを、私自身は期待しています。
お陰で、そうした試行を5年かけて行った結果、ムードが形成されてきていると感じます。ただ現実には、そうした試行を全国で始めたとしても、割合としてはまだまだ低いのです。
 そのため、私が常に道路局、あるいは道路行政に携わっている全ての人々に呼びかけているのは、そうした実験的精神を持って、皆さんの意見をできるだけ吸収し、それをどのように反映していくか。一緒になって、やってみようという精神が大事だということです。これが、別の言葉で言えばpi(パブリック・インボルブメント)というものです。

(後編)

道路は、単に人やクルマが快適に効率よく目的地へ到達するためだけの手段ではない。佐藤信秋道路局長は、路面の維持管理と運用方法に加え、道路の地上・地下空間の有効活用によって、無限大の用途があることに着目する。前号に引き続き同局長に政策と見解を伺った。
──土木施設の管理においては、河川などは地元の住民の町内会の組織で私的に管理するケースが見られます。道路も、沿道住民によるコミュニティによる自主的管理体制が確立するのが理想では
佐藤
古くは飛鳥時代の頃に、大宝律令で五街道を定め、その沿道には30里ごとに実のなる木を植え、旅人の飢えや渇きを癒すために利用するよう通達が出されました。現代でも、それに類似したものもありますが、基本的にはそうしたホスピタリティが失われていると思います。そうした街道、あるいは集落、道、路地を、自分たちのものとして愛護していくという意識は、やはり希薄ではないかと思います。
したがって、そうした意識を持っていただくよう、啓発することも大切で、そのためには道路管理あるいは交通行政に携わっている関係者全員が、利用者や住人たちの気持ちを尊重しながら一緒に管理していくという意識が必要でしょう。
家の前や店の前の道路は大事にし、自主的に清掃したり、どこかへ遠出する際には、道の駅などの憩いの場に立ち寄ってもらい、愛用してもらうなど、道を愛し、自分のものとして大切にする気風を持つような雰囲気作りを、大事にしたいと思います。そういう視点からの一つの表れが「未知普請」の運動だと思います。
──道路が、旅人に食料や飲料水を提供するというのは、興味深いと同時に極めて合理的な利用法だと思います。物言わぬ道路も、管理・運営の仕方次第で、人間的な温かさを感じられるものになりますね
佐藤
そういう素朴な気持ちを、私たち道路行政に携わってる者も、原点に立ち帰って持つべきだと思いますね。道路が果たす役割、使っていただく効用を、いかにして拡充するかを考える必要があるでしょう。
そのためには、実際にお使いいただいている人々や、沿線に住んでいる人たちの考え、気持ち、意見、批判を特に重視することが必要です。
──一方、道路管理者側の提示するアイデアにも、面白いものが見られます。その一つに「道路の時刻表」というものがありますね
佐藤
所要時間の見通しが立たない場合に、余裕をみる上で3時間と判断すべきか、1時間なのか、また出発する時期や時刻によって、ばらつきもあります。そのため、管理者としてもある程度は、標準的な所要時間の目安を示す努力をしようという考えで、10年以上前から始めました。
──最近は、交通量の少ない道路の整備を敢えて進めているとの批判も聞かれます
佐藤
みな立場によって、道路に対するご意見や、道路の果たす役割への期待などは、千差万別でしょう。都会は都会なりの要請があり、山間部や農村漁村にもそれぞれの要望があります。多様な社会経済、そして生活形態に応じて、いろいろなことを期待しています。その重さを、相互に理解していただきたいと思います。
──確かに山間地帯で整備されている「ふれあい交流トンネル」などは、あるのとないのとでは地域住民の利便性と、地域の将来像は全く異なってきますね
佐藤
道路というのは、今や様々な役割・使命を担う範疇の広い利便施設なのです。特に、高齢化社会となると、救急医療や介護・福祉を支援するという役割が重要になってきます。
そういう意味でおっしゃるように、いろんな機能が、ますます重要になってるのは確かですよね。
──社会資本として整備された道路を、批判するだけでなく、地域でそれを生かす工夫を考えることが大切ですね
佐藤
それは非常に大事なことだと思います。私は一般国道や高速道路、バイパス、橋梁を整備したら、ただそれだけで自動的に地域へのメリットが生じるわけではないと、常に主張しています。道路の完成に伴う環境の変化やポテンシャルの向上を、地域づくりや街づくりにおいて、どのようにして活かしていくかが最も大切なのです。広い範囲での地域づくりや街づくりと、住民の暮らしぶりに合わせて、どう活かしていくかがポイントです。
──諸外国と比較した場合、同じ先進国でありながら日本の整備率は低いと言われます。日本が今後とも、経済成長を目指すのか。あるいは、現状に満足して安定した成熟型社会を目指すのかによって捉え方は変わってきますね
佐藤
視点としては、成長と安全と、二つあるものと思います。安全を確保し、国民の福祉の向上を希求することは、国の役割でもあります。その意味では、成長をどういう形で考えるべきか。いろいろ国土の在り方、いろいろな側面と方向性があり、いろいろなご意見があるものと思いますが、突き詰めれば豊かで安全で安心な暮らしぶりを、ハードとソフトの両面で保証する努力をするしかないでょう。
国土の管理も含めて考えるなら、やはりある程度の骨組み、ネットワークというのはどうしても必要となります。ナショナルミニマムと同時にシビルミニマムにおいてです。それは成長のポテンシャルを発揮できるような環境条件を整備する、ということです。
その場合、どのような開発を目指すかが問題で、開発と環境と公平性の確保がポイントとなります。日本の国土は意外と広く、長い。それを考慮して、どのようにバランスを取りながら、どのような成長を促し、どのような社会を目指そうとするのか。それについて、様々な方向性を模索していくのでしょうが、いずれにしてもポテンシャルを十分に活かす上で、必要最小限の環境整備は必要でしょう。
そして安全という観点から言えば、やはり先述した多様なアフターケアが必要です。そのためには国土管理の必要性も大きい。

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