interview

ガット合意でますます重くなる農業・農村整備の役割

前・農林水産省構造改善局長 野中和男 氏

野中和男 のなか・かずお
昭和16年生まれ、静岡県出身、東京大学教養学部卒
昭和39年農林省入省
昭和47年通商産業省化学工業局化学肥料第一課長補佐、大臣官房秘書課管理官、林野庁林政部林産課課長補佐、在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官、農林経済局国際部国際協力課海外技術協力官を経て
昭和53年食品流通局総務課長補佐(総務班)
昭和53年同(総括)
昭和54年経済企画庁調整局調査官
昭和56年大臣官房参事官
昭和57年経済局国際部国際企画課長
昭和59年広島県農政部長
昭和62年農林水産技術会議事務局総務課長
平成元年国土庁長官官房総務課長
平成 2年林野庁林政部長
平成 3年関東農政局長
平成 5年環境庁水質保全局長
平成 6年 8月農林水産技術会議事務局長
平成 7年1月現職
ガット・ウルグアイ・ラウンド合意で、6兆100億円の国内農業対策が行われることになった。一部には農家への投資を疑問視する声もあるが、しかし阪神大震災やコメ不足の経験から、食料の生産・供給を担う農業の情勢については全国民にとって無視できない問題となっている。それだけに農家経営を支える農業・農村基盤整備の持つ役割は、ますます重くなっており、その効果に注目が集まっている。また、高齢化社会対策や福祉対策の必要性から、それに対応する新たな手法、工法の導入も求められている。そうした情勢を背景に、野中和雄農林水産省構造改善局長は、農村らしい良さを生かしながら、多面的な整備と、それをカラ振りさせない有効策を合わせたトータルな政策の実行に力を入れていく構えだ。
―― ガット・ウルグアイ・ラウンドの合意に伴い新食糧法の施行や、政策、制度の転換が進められ、農業基盤整備のあり方も変わっていくのでは
野中
私は今回のウルグアイ・ラウンド合意というのは、従来の国際化とは違うのではないか、との感を深くしています。というのは、一つは6年間という期限を切られているということです。もう一つは事業費で6兆100億円という事業を国が責任を持って実施することが決まっているということです。この二つは従来の牛肉、柑橘類などの自由化論議の中では触れられなかったことです。これは、国民や経済界の人たちからすれば、国際情勢を受けて確かに農業は大変だろうから、この6年間でできるだけ農業が近代化するように努力してみなさい、国費が半分にしても相当な額を投入するわけで、なんとか頑張れ、と励まされているのだと思います。そうだとすれば、私たち局は基盤整備を中心に6兆100億円の対策の最も大きな部分を担っているのだから、責任も非常に重大だと思っています。
農林水産省全体としてもこれまでさまざまな対策を行い、着々と進めてきましたが、今後の6年間はさらに最大限の努力をしなければならないと思っています。その意味ではまず農業農村整備事業が生産性を上げるための基本ですから、大区画ほ場整備などのほ場整備、かんがい排水、道路、中山間地域であれば集落排水など生活環境まで含めて、効果が上がるように工夫しなければなりません。同時に効率的かつ安定的な農家経営が育つよう、認定農家の育成や規模拡大に向けて全局に号令をかけて懸命に取り組んでいるところなのです。
――農家の生産性を上げ国際的な競争力も高めて行くことが基本的目標かと思いますが、具体的な数字目標などは設定しているのですか。
野中
第4次土地改良長期計画の中で目標を立てています。平成14年までに、田の整備率50%を75%に、畑については農道整備56%を75%に、畑地かんがいは15%を30%に、大区画整備は3%を30%に、集落排水も3万集落を整備していくことになっています。これを重点的かつ加速度的に進め、目標の早期達成を目指したいと思っています。
北海道については北海道開発局が長期計画を立てていまして、全国的な数字とは違っていますが、取り組姿勢は同様だろうと思います。
農法や資材の改善といった点は私たちの所管ではありませんが、大規模な経営ができるように田植えで移植するのではなく籾を直播きする、それをラジコン・ヘリで行うのか普通の機械で行うのかといった議論もあるでしょうし、水を張った水田に直播きするのか乾田直播きするのか、といった問題もあります。
これらは全国の研究機関で研究を続けていますし、品種自体も直播きに強い稲にしなければならないということで、これも国の研究機関で総力を挙げ品種開発に取り組んでいます。ウルグアイ・ラウンドの合意を受け、6年間で近代化していく、ということですから、基盤整備、生産技術、そして品種開発に今改めて力を注いで行こうということです。
――農業基盤整備には地域の農家にとって大きな負担となる場合があり、行政と歩調を合わせにくいといった例も聞きますが、受益者負担の軽減策は
野中
土地改良についての地元負担が大変だとの話は従来からありました。従来、国の補助率と都道府県の負担は決まっていましたが市町村の負担が必ずしも明確ではなかったのです。
そこで数年前に、市町村に対するガイドラインを定め、一定の負担をしてもらうことにしました。市町村によっては大きなバラツキがありましたが、このガイドラインによって農家負担が軽減されました。
また農家の負担を事業によって直接軽くする政策も行われてきています。例えば担い手育成基盤整備事業や、担い手育成畑地帯総合整備事業がありますが、“一定の要件”を満たした事業については一層、農家の負担が軽くなるようにしています。その、「一定の要件」とは、例えば、今私たちが進めている政策の方向に沿って地域の担い手の方に農地を集積する場合には、事業費の原則10%について無利子融資を行っています。これによって農家の実質的負担は5%ぐらい軽減されるのです。
もう少し、具体的に言えば、担い手育成基盤整備事業の場合ですと従来は農家負担が17.5%ぐらいだったものが、国の補助率自体も5%上げて50%になっているので、農家負担は標準的には12.5%ぐらいになります。その上に前述の無利子資金を利用すれば、さらに5%ぐらい下がりますから実質的に7.5%ぐらいまでに下がると予想されます。
また、すでに事業が完了し、償還しているところで、その負担が大変な重荷になっているというケースもあります。これについては先のウルグアイ・ラウンド対策で、土地改良の負担金が一定の水準より高い地区に対し、償還利率が3.5%を超える利息相当額を助成することで負担軽減を図っているところです。その他、ピーク時の年償還額の一部を繰り延べする際にはその借換資金を無利子にするといった措置も講じられております。
――そうした農家支援に対し、農家側は十分に応えていかなければなりませんね
野中
農業政策でも村づくりでも同じですが、従来からの施策のほか、特に今回はウルグアイ・ラウンド対策として特別な対策を講じていますので、これらをうまく利用してもらえれば基盤整備や村づくりはかなり進むものと思います。基盤整備以外にも流通・加工施設や都市との交流施設などについても相当の予算が用意されていますから、これらをいかに上手に利用していくかにかかっていると思います。
――農村整備については都市と異なり住宅の集積も少ないため、農道整備であれ、集落排水であれ、生産性や投資効果との比較が問題では
野中
私たちの事業実施や施策の推進に当たっては当然、効率的で安定的な農業経営を育てていくことが前提となっています。農道についても生産の効率を上げることが主な目的ではあります。しかし、それだけではなく農村の生活環境向上にも役立っているわけで、その意味では非常に重要な役割を果たしていると思っています。私たちも農道の整備には大いに力を入れて行かなければならないと思っていまして、いろんなメニューを用意しています。
公共的な事業でもありますから農道は、都道府県・市町村で事情は違うかも知れませんが、国の補助に自治体が上乗せして実際上の農家負担は非常に軽くなっていると理解しています。いずれにしても農道が整備されることは大事なことですから、重点的に進めていきたいと思っています。
農業に関わりのない農道というものは考えられないのですが、もちろん農業以外の効用も沢山ありますし、例えば防災のような視点を取り入れた農道整備も必要になってくると思います。集落道路や、いざというときに緊急自動車も入れないような道路は拡幅するといった整備も必要ですね。
――平成8年度予算の主要事業、あるいは新規事業はどんなものがありますか
野中
農業農村整備事業の中で、新年度予算ではいくつかの特色を出しているのですが、一つは畑作振興の一環としての土づくりです。基本的には畑地にしても水田でも土が非常に重要なのです。ほ場整備がなされ農道・水路が整っていても、問題は土の生産力です。
最近、日本の土は有機質肥料の投入が少なくなって生産力が落ちているとの懸念が一部にあります。かつて土づくりは別の事業として実施された時代もありましたが、私たちの水田・畑地を対象とした農業農村整備の中でも土づくりの観点を持つことが大切であると考えており、さまざまな事業の中で土づくりのための堆肥化施設をつくり基盤整備の際に投入することを進めたいというのが一つです。
一方、生活環境整備の分野では、総合的な観点が今後、重要になってくると思います。そこで、厚生省とも連携を取り高齢者や障害者にやさしい農村づくりとして例えば、幅の広い歩道をつくるとか、福祉施設をつくりたいとの計画があれば、その用地の整備を行ったり、施設の近くに生きがいを高めたり、身体機能の回復に役立つ農園を整備するといったことも実施して行きたいと考えています。
また、中山間地帯については補助条件の緩和を行い、条件の厳しい山間地帯でも事業を実施しやすくすることを考えています。
そして、先にも述べましたが、防災や災害対策の視点に立った事業の推進も重要になってきていますから、例えばため池や水路も消火用水に使えるようかさ上げを行うといったこともできるようにしたいと思います。最後に土地改良事業でつくった施設が各地に増えてきていますが、その維持管理が機器の高度化ともあいまって大変になってきているので、維持管理充実のための制度、事業を実現させていきたいと思っています。
さらに、大震災の経験から国民の目が「食糧はだいじょうぶなのか」と、食糧の安定供給に対する関心が非常に高まってきています。一部には農業予算が多すぎるとの議論もありますが、これは単に農家のためというよりも、国民への食糧供給と、都市部の人々の農村へのあこがれなどを背景に農業農村を整備していかなければならないものです。その意味では単に生産のためのほ場整備と同時に、そこに住んでいる人たちの生活環境の総合的な整備という点に目を向けていかなければならないと思います。ですから、農家の方々も自信を持っていただきたいと思います。
これまでの農村は、都会よりも遅れた所で都会に追いつくための整備をしなければならないとの感があったと思うのですが、その考えではだめですね。農村とは、農村にしかない美しさ、住みやすさといった「良さ」があって、それにマッチした地域づくりの方法があると思います。しっかりした生産基盤と、それにマッチした緑豊かな自然の生態系に配慮した生活環境づくりが必要だろうと思います。そのために私たちは生態系に配慮した事業、水環境をきれいにする事業、農村に適した住宅地もほ場整備と一体化して進められるような住環境の整備など、多様なメニューを用意しています。
北海道は気候など厳しい条件はあるでしょうが、大規模経営の展開できる土地があり進取の気性に富んだ農業者がいるので、大きな可能性を秘めていると思います。私たちも各都道府県に最低1〜2か所ずつモデル地区を育成したいと思っておりますし、農業農村整備の優良地区には新たに大臣賞を設けるなど各地の努力に応えていきたいと考えています。

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