<建設グラフ1997年3月号>

interview

日本の基盤整備はまだ遅れている

建設省大臣官房総務審議官 村瀬興一 氏

村瀬 興一 むらせ・こういち
昭和16年1月16日生、東京都出身、東京大学法学部公法学科卒
昭和47年宮崎県警察本部警務部長(兼)警務課長
昭和49年河川局開発課長補佐
昭和51年大臣官房文書課長補佐
昭和52年都市局都市政策課長補佐
昭和53年都市総務課長補佐
昭和55年鳥取県企画部次長
昭和58年大臣官房政策企画官
昭和59年大臣官房調査官
昭和60年建設経済局宅地開発課長
昭和62年建設経済局建設業課長
平成元年日本道路公団総務部長
平成 3年大臣官房文書課長
わが国の社会資本整備は、欧米に比較するとかなり立ち後れているにも関わらず厳しい世論の批判を浴びている。一部には客観的で良識ある批判も耳にするが、大半は不景気の中、公共投資の恩恵にあずからない方面からのやっかみと思われるものがほとんどだ。公共事業がなぜ重要なのか、諸外国と比べて日本の実態はどうなのか、経済的な波及効果は本当になくなったのか、改めて再検証すべき時期を迎えている。そこで社会資本整備を専任する建設省の村瀬興一総務審議官にその意義について語ってもらった。
――最近、公共事業に対する批判が喧しくなりました。中には、批判のための批判としか思えないような主張も耳にします。そこで、わが国の社会資本整備の現状とその重要性、今後のあり方について伺いたい
村瀬
最近、聞かれる公共事業への批判も、単なる不要論だけではなく、中には効率性を重視して見直すべきだとする傾聴に値するものもあります。ただ、わが国における住宅・社会資本の本格的整備はまだ歴史が浅く、維持・管理中心の段階に達している欧米諸国に比べ、その整備水準は、依然立ち後れた状況にあります。
たとえば下水道では、1961年に6%だったわが国の処理人口普及率が、96年には54%となりました。しかし、この程度ではまだまだ、アメリカ、イギリス、ドイツの30年前の水準にも達していないのです。
また、都市公園は、1961年に0.9m2だった東京23区の計画対象人口一人当たりの公園面積が、1994年には2.8m2に達していますが、ワシントン、ロンドン、ボン、パリの30年前の水準に比べるとやはり遥かにかけ離れています。
住宅において居住水準の国際比較を見ると、生活様式、統計の取り方などの相違から必ずしも正確とはいえませんが、1994年におけるわが国の一戸当たりの床面積は、合計で見る限りアメリカを除いて必ずしも小さいとはいえません。しかし、一人当たりの面積で見ると、欧米諸国に比べてかなり低水準となっています。
さらに社会資本整備の現状を比較して見ると、例えば下水道普及率は、96年の日本が54%なのに対し、フランスでは87年に78%に達しています。一人当たりの都市公園面積は、94年の東京23区で未だに2.8%なのに、アメリカワシントン市では76年の時点で45.7%にも達しています。1万人当たりの高速道路延長では、93年のアメリカで2.84qに対し、日本は94年現在でもまだ0.50qに過ぎません。日本に最も近い数値はイギリスですが、それでも93年時点で0.56qですから日本よりは進んでいるのです。そして、各都市主要河川の整備率を見ると、92年のアメリカミシシッピー川は92年に79%で、イギリステームズ川は83年に完成し、フランスセーヌ川は88年に完成しています。日本の大河川はというと、94年時点になってなお66%でしかないのです。
このように、わが国の社会資本整備は今なお不十分なもので、貯蓄率が高く、投資余力のある今こそ、高齢化社会にも対応した、豊かさとうるおいが実感できる、快適な生活環境の実現に向けて、質の高い住宅・社会資本の整備を慨成させておくことが重要なのです。
しかし、財政事情は現在、極めて厳しい状況にあり、予算の形式的な増額による社会資本整備は困難です。今まで以上に公共事業の効率化に取り組んでいくことが事業実施官庁としても求められていますので、省庁の枠を越えた事業間の連携の強化、具体的な数値目標を設定した新たなコスト縮減の行動計画の策定、費用効果分析の活用などといった課題に積極的に取り組んでいく必要があると考えています。
――かつて公共事業は経済的効果が大きいため、景気の牽引役として期待されてきましたが、最近はそれが疑問視されるようになりました。これについてどう考えますか
村瀬
確かに、公共投資の景気浮揚効果が低下しているとの議論が見られますが、固定相場制時代や高度成長期との比較においてならばともかく、近年の公共投資の乗数効果が低下しているとは断定できません。
ポストバブル期における公共投資が、十分な景気浮揚効果を発揮していないかのように思われるのは、この間の民間投資の落ち込みが大きく、公共投資はそれをカバーするのみに止まってしまったからです。そうした状況下で、もしも公共投資の追加が行われなければ、どうなっていたか。わが国の経済は今日よりは一層、深刻な状況になっていたはずです。
平成6年度は、下期において公共投資の反動落ち込みを放置したため、所得減税が行われたにもかかわらず、景気回復が足踏みしたという点は記憶に新しいところです。
以上のことから、公共投資、減税、規制緩和といった政府の有する経済政策手段の中では、依然として、公共投資が「即効性」、「効果の大きさ」、「他部門への生産波及効果の広さ」などの点で、景気刺激策として最も優れた効果を有する手段といえるわけです。
また中長期的には、公共投資で整備された社会資本が、生活基盤や生産基盤として用に供されることにより、生産性の向上や安全性、利便性の確保、環境の保全など国民に直接的・間接的に様々な便益を与える、いわゆる「ストック効果」が発生するのです。
具体的には、高速道路の開通が契機となって、県外への農産物の出荷が増加したり、放水路の完成によって台風による被害が減少したといったものが「ストック効果」の実例といえます。近年は、景気が回復の動きを続ける中で、短期的な「フロー効果」ばかりが論議される傾向にありますが、中長期的な「ストック効果」にもより一層の関心が払われるべきなのだと、私は考えています。
――公共事業のコストダウンが、全国事業者の共通課題として論議されていますね
村瀬
公共事業は国民の貴重な税金を原資として行われるという点から、公共投資の約7割を所管する建設省としては、率先してできる限りの建設費の縮減に努めるべきとの認識に基づき、平成6年12月に「公共工事の建設費縮減に関する行動計画」を策定しました。
この中で、61項目の具体施策などについて広範囲に実施してきたところであり、今年度内を目途に具体的数値目標を設定した新たな行動計画の策定に取り組んでいるところです。
さらに、平成8年12月27日の閣議において、総理大臣より関係閣僚会議を設置して強力に取り組むべき旨の指示を頂いたところで、内政審議室においては、関係省庁の協力も得ながらさらに強力に推進していく方針です。
――ところで、そうした背景を踏まえ、平成9年度予算の動向と重点施策は
村瀬
平成9年度政府予算案については、8年度末の公債残高が約241兆円程度と主要先進国の中でも最悪といえる危機的な財政事情の下、一般歳出が1.5%増と厳しく抑制され、7年ぶりの実質ゼロ・シーリングとなりました。建設省関係の一般公共事業費も、国費6兆6,296億円、対前年度比1.2%増と抑制的な伸びでした。
しかし、そうした情勢下ではあっても、住宅・社会資本整備は、経済発展を支え豊で安全な国民生活を実現するために、時代の要請にこたえながら実施してきたところです。公共事業については先にも述べたとおり、短期的な景気刺激効果の側面から議論されることも多いのですが、本来の役割は中長期的な国民の生活基盤・発展基盤の整備にあります。
平成9年度も、まずそうした視点に立って、建設行政の長期構造の策定や、治水五計などの所管五箇年計画を推進することにより、住宅・社会資本整備を計画的、着実に進めていくことを基本として、4つの主要課題を設定し、各種施策を重点的かつ総合的に発展していく方針です。
経済、社会の変化に対応した建設行政
――4つの主要課題とは
村瀬
1つ目の課題ですが、今国民に求められているのは経済・社会の変化に対応した建設行政の推進ということです。経済・社会の変化の中で、国民の多様な選択に応えていくために、施設ごと、事業分野ごとの対応ではなく、政策テーマに応じた建設行政を推進することが必要です。
例えば、第1のテーマは「地域経済活性化を牽引する建設行政の推進」です。高規格幹線道路網総延長14,000q(注1)の整備や空港、港湾へのアクセス道路の整備などを進めていきます。
第2のテーマは、「マルチメディア社会推進に向けた住宅・社会資本整備」です。2010年を目途に情報BOX、電線共同溝などの公共収容空間、所管公共施設管理用光ファイバーを合計で約30万q整備(注2)する方針です。電線共同溝の整備による電線類の地中化については、平成8年度の補正で約250qが整備されました。平成9年度は約750qを予定しており、合計約1,000qが整備される予定です。
第3のテーマは「高齢社会を支える新たな生活社会基盤の創造」です。高齢者向け公共賃貸住宅を21世紀初頭までに30万戸整備する方針です。平成9年度は約6,800戸(うちシルバーハウジング約3,400戸)の整備を予定しています。
また、バリアフリーのまちづくりのための先導的プロジェクトの実施やリバース・モーゲージの検討をしていきます。
都市生活の質的向上を目指した建設行政
2つ目の課題は、都市生活の質的向上を目指した建設行政の推進ということです。国民の大半が都市に暮らす時代を迎え、都市生活上の様々な課題の解決に向けて都心居住の推進など、都市生活を質的に向上させるための施策を推進していきます。
「土地の有効利用を通じた都心居住等の推進」というテーマに基づき、都心地域で職住近接のゆとりある生活を実現するため、良質な住宅供給を積極的に推進していきます。例えば、都心共同住宅供給事業として約90地区、約6,000戸、都心地域における特定優良賃貸住宅として約12,000戸を供給していきます。
そして、「安全で安心できる地域の形成」も重要なテーマです。21世紀において、流域の視点に立って人と水との関わりの再構築を図り、「健康で豊かな生活環境と美しい自然環境の調和した安全で個性を育む活力ある社会」を実現するため、平成9年度を初年度とする第9次治水事業五箇年計画の策定を進めており、投資規模は総額24兆円を見込んでいます。
内訳は治水事業に11兆6,000億円、災害関連・地方単独事業などに6兆円です。
また、大規模地震時に市街地大火を引きおこすなど防災上危険な状況にある密集市街地については、密集市街地における防災街区の整備の促進に関する法律案(仮称)を国会に提出することとしており、総合的に整備をしていきます。
市場の条件整備の視点からの建設行政
第3の課題は、市場の条件整備の視点からの建設行政の推進ということです。これまでは、住宅・社会資本の直接整備に重点を置いてきましたが、今後は競争的な市場を通じて良質な住宅建設、まちづくり、国土形成を誘導することが必要です。
このため、「市場の条件整備の推進」というテーマでは、建築規制体系の抜本的な見直し、具体的には、仕様規定から性能規定へ規制を見直すなど、民間事業者の自由な競争市場の整備を推進していきます。
建設行政の進め方の改革
最後に第4の課題として、建設行政の進め方の改革があります。国民に開かれた建設行政を推進するため、情報公開や手続への参加を推進するとともに、「公共事業の効率的・効果的実施についての検討委員会中間報告」などを踏まえ、公共事業の重点化・効率化のための事業システムの見直しを推進していきます。
「国民に開かれた建設行政の推進」をテーマとして、国民への情報公開推進のため、例えば道路に関する地域単位のプログラムを、地方公共団体と連携して策定したり、国民の計画づくりへの参加に向けてキックオフレポートにおけるパブリック・インボルブメント方式を活用したりしています。
また、国と地方公共団体の的確な役割分担を確立するため、地方道の補助範囲などを明確化するとともに補助のメニュー化、統合化などを推進していきます。例えば広域河川改修事業や住宅宅地供給総合支援事業の創設により以前の事業を統合化してしていきます。
「重点分野の明確化と効率的投資のための事業システムの見直し」も先述の通りで重要なテーマです。事業箇所の重点化の例としては、地方道事業で箇所当たり事業費が8年度から9年度にかけて約8%増加した反面、箇所数は約10%減少しました。7年度も含めて通算すれば約47%増加し、箇所数は約37%減少しています。
河川事業では、箇所当たり事業費が8年度から9年度にかけて約16%増加しましたが、箇所数は約4%減少しています。
その他、農林水産省、運輸省とともに、公共事業の実施に関する三省連携会議を設置・開催するなど、省庁間を横断した類似事業の調整も行っています。推進省庁の枠を越えた事業間の連携強化のために認められた200億円の調整費を積極的に活用し、平成9年度に取り組むべき施策として13の施策推進していきます。

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