〈建設グラフ1998年2〜3月号〉

interview

今こそ心の教育を

文教施設整備で教育環境を向上

文部大臣 町村信孝 氏

町村 信孝 (まちむら・のぶたか)
昭和19年10月17日、北海道生まれ
昭和44年6月  東京大学経済学部卒業
(昭和42年〜43年 米国ウエスリアン大学留学)
7月通産省入省
(昭和54年〜56年 ジェトロニューヨーク出向)
昭和57年4月通産省退官
昭和58年12月衆議院北海道1区より初当選
(現在連続5期当選)自由民主党
平成元年 6月 文部政務次官(連続2期)
平成 2年 3月 自由民主党国会対策副委員長
3月 自由民主党文化局長
平成 3年 2月 自由民主党税制調査会幹事
平成11月 衆議院・予算委員会理事
平成 4年12月 自由民主党国防部会長
平成 5年 8月 自由民主党政務調査会副会長
平成 6年10月 衆議院税制改革に関する特別委員会理事
平成 7年 1月 自由民主党副幹事長
平成 8年10月 衆議院厚生委員長
11月 自由民主党行政改革推進本部規制緩和委員会委員長代理
平成 9年 9月 文部大臣
昨年の第二次橋本改造内閣で文部大臣ポストを射止めた町村信孝衆議院議員は、北海道知事、参議として自治大臣を努めた故町村金五氏を父に持つ、本道政界のサラブレット。通産官僚から政界に転身した後は政策通として早くから永田町の嘱望を集め、当選5回で待望の入閣を果たした。教育改革は橋本政権が掲げる六大改革の一つで、入閣の際、橋本総理からは『非常に難しい仕事だが、国民の期待が大きい。あなたなら出来ると思ったので文部大臣をお願いする。教育改革をしっかりやってほしい』として任命されたという。就任に当たって町村大臣が強調した『心の教育』を、偏差値教育から脱皮し個性尊重を柱とする多様な教育改革プログラムにどう反映していくか、さらに産・学・官の連携によって北大に全国初の融合センター建設が決まるなど、大学の研究成果を地場企業へ技術移転することによって本道経済の活性化を引き出すことにも並々ならぬ意欲を燃やしており、新大臣の手腕に期待が集まっている。

生きていく力を養う
――最近、少年少女をめぐる悲惨な事件など殺伐としたニュースが多く、教育行政を所管する文部省としては無視できないところと思われます。このため、大臣就任の際に、『心の教育』を強調されましたが、まずその真義から伺います
町村
昨年は確かに、悲惨な事件が全国で相次ぎました。事件の背景には、単に教育の現場が荒廃しているということだけではなく、社会全体の環境、状況が子どもの健全な成長の妨げになっている実態もかなりあると思います。テレビ番組や雑誌などマスコミ媒体にも、非常に有害な情報が溢れています。
心の教育で一番大切なのは、『生きていく力』をいかにして養うか、別な表現をすれば、心身ともにたくましい子どもをどう育てるかということだと思います。
偏差値教育は限界
社会を見ると、山一証券や都銀であった北海道拓殖銀行が経営破綻するなど、社会の変化が非常に激しいですね。私としては、『一流の大学を出て一流の企業に入る』といった、戦後の多くの国民が持っていたコンセンサス、ワンパターン化した先入観念は決して正しくないのだということを、この厳しい時代の教訓から学びとってもらいたいと思います。
『一流の大学を出て一流の企業に入る』よりも、変化に対応できる心身ともにたくましい人間に育てることが、はるかに大切だと私は思います。この視点に立てば、ひたすら学力を上げ、偏差値の高い上級学校への入学を目指すことに全勢力を注ぐといった、今日の教育も少しは変わってくるのではないでしょうか。
家庭教育の大切さを痛感
一方、家庭教育の大切さも、改めて痛感します。どれだけの愛情を子どもに注ぎ、きちんとした躾を出来るかが重要なポイントになってきます。中には、躾や子育てに自信が持てない親御さんもいると思います。その場合は、幼稚園や学校をもっと活用して欲しいものです。教育相談や子育て相談に対応できる環境整備に、文部省としてもさらに力を入れたいと考えていますから。
かって、テレビのコマーシャルに『ワンパクでもいい……』というのがありましたね。理想は、そうしたところにあるのではないでしょうか。
――最近の子どもたちは、現実を直視するよりも、ホラービデオなど現実とはかけ離れた世界にのめり込む傾向があるように思われます
町村
よく、バーチャル・リアリティーなどと言いますね。現実と幻想が混同しているわけです。実際に、ビデオをヒントに人を殺してしまうような事件が起きました。
人を傷つけたり、弱い者をいじめるのは悪いことだというノーマルな感覚や常識は、学校教育というよりも、まず家庭で教えて頂きたいと私は思います。
2003年度から完全学校週5日制
――いわゆる「詰め込み教育」が、子どもたちの時間的、精神的自由を奪っていると批判され、論議されてきました。昨年11月に提出された教育課程審議会の『中間まとめ』に明記されている学校週5日制も、それを解決するための政策と思われますが、大臣の考えをお聞かせください
町村
現在は、隔週で土曜日が休業日となっていますが、西暦2003年度からはすべての土曜日を休業日校にしようという大方針を立てています。
中には「子どもを休ませると、受験勉強に差し障る」と反対する声もあり、私立学校では土曜日も授業を実施するところもあるようです。しかし、平日は一生懸命に勉強する代わり、せめて土曜・日曜日は家族や自然との触れ合いの時間にしたり、スポーツなどの課外活動に充てるようにしてほしいものです。
そのためには、教育内容についても、もう少し絞って精選することが必要です。読み・書きの基礎、基本をしっかりと学び、小学校の段階から中学、高校へ進むに伴って、選択科目のためのカリキュラムをより多く増やして、本当に興味のあるものを学べるようにすること。これによって、子どもの個性を伸ばすよう工夫することが重要だと思います。
さらに現実的な要請では、「小学校の段階からパソコンをある程度、操作できるように教育すべきだ」との意見もあるので、「総合的な学習の時間」の課程を設け、パソコンに限らず、英語や環境など、選択的に幅広い学習ができるようにしたいと考えています。
学校に権限と責任を
――そうなると、教育現場である各学校の裁量権が広がるものと思われます。地方分権への論議が高まっている折柄、趨勢には沿っていると言えそうですが、反面、教育行政は地域格差をなくすため、全国一律という原則があるため、矛盾を含むことになるのでは
町村
その点については、地方及び個々の学校の判断に委ねたいと考えています。現時点で明言できることは、自主裁量の余地をもっと広げるということです。
例えばコンピュータを活用した学習などは、中学の段階から必修科目にする方法も考えられますが、高校では独立した教科にすることも可能でしょう。
私は最近、若者たちの情報発信能力、つまり自分の意見を明確に表現する能力が低下していると感じます。例えば、大学で日本の学生と外国人留学生とを議論させると、留学生は活発に発言するのに、日本の学生はなぜか黙り込んでしまうのです。これについては、「どうも自分の頭で考えていないのではないか」、「考えていても表現できる能力がないのではないか」との指摘が聞かれるわけです。文部省としては、これを放置するわけにはいきません。
そこで、国語科の課程でスピーチ・討論などを重視するなど、様々な面でカリキュラムを充実させる準備をしており、それを各学校で生かして欲しいと考えているのです。
札幌農学校に学ぶ
――大学施設の整備と地域への開放は今日的な課題となっていますね
町村
北海道を例に見ると、北大病院などは良くなりましたし、理学部本館の建て替えも始まりました。旧理学部の校舎については、北大博物館に衣替えするというのも良いでしょう。北大の歴史やこれまでの業績を、広く一般市民に知っていただくのは意義のあることです。
前身の札幌農学校は、極めてユニークな教育を行っています。国際的に活躍した内村鑑三先生や新渡戸稲造先生は札幌農学校の卒業生で、私の祖父も明治10年(1878年)の入学で、同じ二期生です。祖父のノートを見たことがありますが、全て英語で筆記されていました。クラーク博士やエドウィン・ダンなどアメリカの教員が教えていたわけですから、授業も英語だったわけですね。今から120年前に札幌の農学校で英語による授業が行われていたことを思うと、今の大学生にはどうも物足りないものを感じます。中学、高校、大学と10年間も英語を学んでいながら、英会話のひとつも十分にはこなせないのです。
豊かな教育環境の実現
――教育環境の向上も望まれていますね。このためか学校施設の整備手法も、かなり変わってきたようですが
町村
そうですね。私も大臣就任直後、札幌市にある北海道札幌国際情報高校を訪問しました。教室には日差しが十分に入り、パソコンなど教育器材も整っていました。こうした素晴らしい環境の中で学べる学生は、大変幸せだと感心しました。
一息にそこまで到達しなくても、小学校から大学まで、より良い施設設備にしていきたいと考えています。特に公立文教施設整備にかかる10年度予算は、公共事業抑制という方針から制限されており、残念ながら7%削減の対象になっていますが、その中でも老朽校舎や危険校舎、あるいは耐震性に問題のある校舎の整備、さらにはパソコン配備を進めるなど、限られた財源の中で極力進めたいと考えています。
――最近は少子・高齢化現象で、学校施設の需給バランスが崩れることが懸念されています。そのためか東京都心部では、用地不足の関係もあり保育施設から高等学校までを一体化させた、いわば「ゆりかごから墓場まで」の複合施設として整備するケースが多いようです。厚生省は福祉政策の視点からこれを歓迎しているようですが、文部省としてはどう考えますか
町村
確かに最近は少子化現象で、世帯当たりの子どもの数が減少しており、学校も余裕教室がかなりあります。
しかし、それを少し工夫し改造すれば、例えば高齢者が集まれる施設にすることも可能になります。子ども達との触れ合いも、そこから生まれます。文部省としても、そうした公共的な目的であれば、余裕教室をどんどん活用してほしいと各学校や自治体に呼び掛けています。(以下次号)
――国立大学の施設整備は広く浅く予算配分され、少しずつ進められていますが、整備の現場では、重点投資を求める声も聞かれます。また、環境改善のため余裕あるスペースを校舎内に設けるべきという意見もあるようですが
町村
整備を急ぎたい気持ちは、私たちとしても同じですが、どうしても予算上の制約があります。ただでさえ公共事業費の7パーセントカットが実施される上に、建設事業のコスト縮減が求められていますから、大学整備予算は広く浅くならざるを得ません。
研究環境向上のため、校舎内にはゆとりあるスペースを取るような形で整備は進めていますが、従来ではせっかくそうしたスペースを設けても、研究室や事務室が手狭になると、最初にそれをつぶして利用せざるを得ないという状況でした。
――今日の不況は思ったより長引いていますが、それを脱する要因の一つにイノベーション(技術革新)が挙げられます。そのためには、企業の技術開発もさることながら、大学の研究機関と研究機能、そしてその成果にも注目されています。その意味では、今日の大学のあり方も見直される時期なのでは
町村
かつては10%程度だった大学への進学率が、現在では50%近くにまで高まっています。それはそれで結構なことですが、しかし現実には、大学教育においても改革しなければならない面があります。本当に大卒者としてふさわしい学力を身に付けているのかどうかを、しっかりとチェックしてもらわなければなりません。
また大学院に、より多くの学生が進めるように環境整備したり、地域に開かれた大学として、地域住民との交流を深めていくことも重要です。
さしずめ大学であれば、地場企業と共同での研究開発に取り組むことも重要でしょう。大学の研究は、すぐに実社会で役立つものばかりではありませんが、そのシーズ(芽)は十分にあると思います。
そのための新たな取り組みが、北海道で始まろうとしています。フュージョン(混合・融合)と呼んでいますが、北海道大学構内に産・官・学の融合センターを設置し、産業界のニーズと大学との研究をうまく融合させ、そこで新しい産業興し、雇用の拡大につなげようというものです。これは全国で初めての試みですから、ぜひとも成功させたいと思っています。
――いつから運用を開始しますか
町村
施設整備には新年度に着手し、同時に産・学・官の接点をどう設けるのか、ソフトの部分も合わせて詰めていくことになります。
21世紀は本道農業が見直される
――大臣は北海道選出なので、地元のことについてお聞きしますが、北海道活性化に向けた処方箋はどう考えていますか
町村
景気回復への即効薬というのは、なかなか見つかりづらいものです。とりあえずは、公共事業をこれ以上に減らさないことでしょう。私自身も、これまで公共事業の予算確保には努力してきましたが、しかしそれによって建設業の体質が強化されたり、技術力が伸びるなど、企業力の蓄積に役だったのかどうかについては、定かなことは言えないと感じています。
道路、空港など社会資本の整備も進んだことは確かですが、各方面では、それ以上に産業、企業のためにプラスアルファと言い得るものがあまりないとの意見が多いのです。
このまま未来永劫にわたって、公共事業を増やし続けることは現実的ではありません。ですから、企業も公共事業を受注することによって技術面のノウハウなどを向上させてもらわなければ困ります。
私としては、迂遠なようでも結局は、「人材の育成」という基本に立ち返るものなのだろうと思います。産・学・官の連携によって、新産業でなくてもいいですから、新たな技術開発を推進することが必要です。
世界に通用する農業機械メーカーを育てよ
町村
北海道経済団体連合会の戸田一男会長が提唱されている産業クラスターは、本道の農業を中心にしてバイオ技術を駆使しながら、農業機械、農薬、食品加工などの分野で新たな商品開発や産業興しを進めようというものです。
農業土木にあれほど多くの予算が投入されてきたのに、北海道に適した農機具を製造したり、世界に通用する農機具メーカーが育てられなかったのはなぜか。それを考えると、非常に残念です。
21世紀には間違いなく農業が見直され、発展する時代です。本道は日本で唯一大型農業を展開できる基盤が整備されていますから、その点に着目した産業クラスターは良い発想だと思います。そうした形で、地道な努力をしていくことが最も重要なことではないでしょうか。
長野五輪、W杯サッカーに期待
――今年2月には長野五輪、6月にはw杯サッカーがフランスで開催されるなど、スポーツイヤーの年になりますね
町村
サッカーのW杯では、悲願の初出場となります。昨年の最も明るい話題は、サッカーで日本がイランに勝ったことです。
長野五輪では金メダルを一つでも多く取ってほしい。フランスのw杯においても、まず1勝を期待したいですね。
――最近は暗い世相ですが、敗戦後の日本人が自信を回復したのは東京オリンピックでの日本選手の活躍を目にしてと言われます
町村
そうです。思えば、冬の大会が日本で開催されるのは札幌五輪以来、実に26年ぶりのことですからね。国民の心に活気をもたらす良いチャンスとしたいものです。

HOME