〈建設グラフ2000年3月号〉

interview

治水事業執行のキーワードはコミュニケーション、効率性、環境保全

建設省関東地方建設局河川部長 丸岡 昇 氏

丸岡 昇 まるおか・のぼる
1975年 京都大学大学院交通土木工学専攻修了
1975年 建設省入省
1977年 奈良県土木部河川課
1979年 国土庁大都市圏整備局計画課主査
1981年 関東地方建設局宮ヶ瀬ダム工事事務所調査設計課長
1982年 河川局都市河川課課長補佐
1984年 河川局開発課課長補佐
1987年 (財)日本建設情報総合センター主任研究員
1989年 東北地方建設局月山ダム工事事務所長
1992年 越谷市助役
1995年 大臣官房政策企画官
1997年 近畿地方建設局河川部長
1999年 現職
新潟県は、越後山脈を背骨に南北に長い地形で、前面には日本海が広がる。国の出先機関が集中する、北陸の中心県で、海を隔ててロシア、韓国に最も近いことから環日本海交流の拠点として期待される。そうした交流拠点に相応しい県土づくりはどのように行われているのか、県の長澤利夫土木部長に、基盤整備や社会資本整備の基本姿勢や現況などを伺った。
――昨年は台風による深刻な洪水被害が各地で見られました。演歌歌手の西川峰子宅が濁流に流されたのが、とりわけ目立った話題として報道されましたね
丸岡
確かに昨年一昨年と、戦後最大級の洪水が襲ったために、大きな被害が見られました。しかし、関東の主要河川である荒川と利根川の被災については、何とか大事に至ることなく対応できました。戦後の大出水を踏まえて、営々と治水投資をしてきた成果といえます。
とはいえ、際どいところで乗り切ったというのが実状で、例えば、利根川の堤防ではかなりの漏水が見られ、間一髪という状況でした。このため、治水における質的な向上、特にスーパー堤防の必要性を強く感じています。
――スーパー堤防は、ただ高くするだけでなく、幅を持たせるということですね
丸岡
幅を持たせることによって、たとえ越流はしても破堤の心配がありません。東京を中心とする大都市圏は、人口や資産が集中しています。どうしても破堤などによる壊滅的な打撃は避けなければなりません。
――最近も話題になりましたが、関東地建が作成した洪水時における都市水害のシミュレーションビデオは、堤防の決壊を想定して作ったのでしょうか
丸岡
そうです。スーパー堤防の整備は一朝一夕で進むものではないので、現実には破堤の恐れがあります。仮に破堤したらどんな事態になるか、その恐ろしさを都民ひいては国民にも知ってもらいたいということです。
治水対策は非日常的な被害を防止する事業ですから、その必要性がなかなか理解してもらえないのが現実です。治水対策が進むほど、必要性が認識されにくいという宿命があります。そのため、私たちは常に注意を喚起していかなければなりません。
――破堤による被害規模についての概略的な数字は
丸岡
例えば利根川の場合、昭和22年のキャスリーン台風により利根川の栗橋の堤防が決壊し、約60万人、440q2が浸水被害に遭いました。もしもこの台風以降、治水投資をしていなかったら、平成10年9月の台風で13兆円の被害が出たものと推定されます。
その間の治水投資の総額は、利根川で1兆2千億円ですから、十分に採算性が合ったものと考えられます。何しろ放置しておけば10倍の被害が想定されるわけですから、たとえ洪水自体が希有な現象ではあっても、日頃の治水対策がいかに重要であるかが分かると思います。
――建設省のホームページでは、竹村河川局長が長良川河口堰の自然に対する影響を巡って朝日新聞と論戦をしています。大衆向けの新聞ですから、批判的報道もあるのでしょうが、「ウソつき」という表現はやや過激でしたね
丸岡
公の場でウソつき呼ばわりされたので、河川局としても無視できなかったということです。要は事実はどうなのかということに尽きると思いますが、一方的な主張を事実として、それを前提に批判されるのは、当を得ていないと思います。様々なご意見があるのは分かりますが、私たちは決して自分の主張が絶対正しいと言っているわけではないのです。双方の主張・見解をよく理解し、事実関係を正確に把握してほしいということなのです。その基本姿勢がないならば、まさに言論の暴力となるでしょう。
――建設省としては、公式な調査結果を公表し、しかも自然保護団体の代表者を交えて協議するなど、情報公開とアカウンタビリティー(説明責任)への努力が見られます
丸岡
そうです。アカウンタビリティーに取り組んでいるのは、全省的な方針であり、住民サイドも情報公開、透明性への要求が高まっています。私たちは、一般的な公共事業批判への対応も含め、必要性を国民に理解してもらわなければ公共投資はできないことを痛感しています。
かつては、様々な批判に対し言い訳調で話を進めてきましたが、今後は私たちが考えている事業の意義や論拠を積極的に表明するなど、行政の進め方を変えていこうという意識が非常に高まっています。
――事業の成果を分かりやすく表現する上では、東京都が「道路整備によって都内の走行速度を15キロから30キロに上げると5兆円の経済効果がある」と、具体的に示していました。これは興味深い手法ですね
丸岡
そうした発想は政府全体にもあります。アカウンタビリティーを徹底するため、例えば、高速道路ネットワークの効果分析結果を公表しています。新規事業についても、採択の際にはまず妥当性があるかどうか評価をし、長く時間のかかっている事業については再評価をして、妥当性の有無を見直しする。また終了した事業に関しては、事後評価として実際に計画どおりにその効用を発揮しているのかチェックするなど、システマティックに実施しようとしています。
現在はすでに再評価までを実施しており、事後評価についても本年度中にモデル事業数か所について行う予定です。
――モデルになる箇所はすでに決まっていますか
丸岡
再評価委員会で選定してもらうことになります。そこで事前評価、事業中評価、事後評価の3段階の評価システムが確立されました。そして結果は公表しています。以前なら考えられない仕組みです。
――その中で関東地建としてのオリジナルな取り組みは検討されていますか
丸岡
オリジナルな取り組みは特に考えていませんが、インターネットをはじめ様々な手法がありますから、それらを活用しつつ、むしろ中身を充実させ、情報をできる限り分かりやすく提供したいと思っています。
例えば、河川用語で計画高水位というのがあります。計画上、構造物を保障できる最高水位を意味する用語ですが、一般的には馴染みがありません。計画水位に近づいたという情報だけでは、危険なのか、危険でないのか判然としません。この点については新聞社からの問い合わせもあって、用語を分かりやすく統一しようということになり、現在、「危険水位」という用語の導入が検討されています。
――治水対策の上で、不安のある地域については公表していますか。
丸岡
一つには重要水防箇所に指定されている地域があります。例えば堤防がカミソリ堤と呼ばれる厚みの足りない所は重要水防箇所になっています。それらの情報はすべて地元水防団や都県、市町村にオープンになっており、該当地域の水防団は重要水防箇所を重点に対応します。
――そうした地域の住民はどう反応していますか
丸岡
それがあまり反応がないのです。消防団、水防団員も高齢化していて、若い人にそういう情報が受け継がれない面もあります。
――意外に自分の地域がどういう所なのか分からないまま住んでいるケースがあるようすね
丸岡
最近、荒川の洪水シミュレーションを公表しましたが、地元議会の議員さんは関心が高く、いろいろな意見を承りましたが、住民の方からは不思議なほど反応がありませんでした。無関心なのですね。一つは治水投資の効果、特に下流全体に効果が及ぶダムの整備が進んでいることと、大きな洪水がたまたま来なかったという面もあります。
私たち河川管理者の間でよく話題に上ることですが、洪水危機をうまく乗り切ることが、結果的に治水対策の存在感を無くすことにつながっています。利根川中流部では延べ34人の水防団員の方たちが出動し、水防に努力して頂いているのですが、住民にはそれが見えていないのです。
――似たようなケースでは下水道も地下に敷設されているため、ありがたみが理解されない面があります
丸岡
確かに下水道も生活環境を改善し、公有水面の水質保全の役に立っているのですが、あまり認識されていないようですね。むしろ料金を取られるだけと感じる方もいて、受益と意識の乖離を感じますね。
――しかし、市川のスーパー堤防は、地域住民や自治体がこれを契機に独自の関連事業を進めており、一つの理想像といえるのでは
丸岡
市川市妙典地区のように区画整理事業と一体的に進め、眺望のいい立派な街並みが出来ることは素晴らしいことですね。河川にとっても安全性が高まるし、都市景観の邪魔にもならない。われわれとしても、都道府県、市町村、都市基盤整備公団等と連携してスーパー堤防の整備を促進していきたいと思います。
今回、荒川と多摩川でマスタープランを策定したので、市町村で何らかの事業の種があれば、お手伝いしたいと思っています。
来年度から建設省は、国土交通省に統合されます。その結果、補助部門の権限が出先機関に委任されるので、都道府県、市町村との調整がしやすくなります。そのため、とりわけスーパー堤防は事業が実施しやすくなると考えています。したがって、私は新しい組織を生かしたモデルになるような行政を行ってみたいと思っています。
――最近、構築物の都市景観が重視されるようになりましたが、スーパー堤防も、工法にバリエーションはあるのですか
丸岡
一つは多自然型にしていく方向性があると思います。都市景観において、あまり堤防が目立っても意味はありません。むしろバックグラウンドのように、気にならないとか、時間が経っても飽きないことが大切です。なるべく目立たず、なおかつ自然を生かしていくように心がけています。
現実に既存のスーパー堤防では、護岸もコンクリートむき出しではなく、見えないように土で覆い全面的に緑化しています。パブリックな構造物は不快感を与えないこと、あきのこないこと及び自然が生かされていることが大事です。
――かつて河川敷は河川管理者にとっては聖域であり、部外者が気軽に立ち入ることはできないというイメージがありましたが、最近では風潮も変わってきたようですね
丸岡
変わってきた上に、占用準則も本省でいろいろ見直しをして、包括的な占用、例えば市町村が公的目的に活用するのであれば、一定の枠組みの中で自由に活用できるようになりました。つまり、地先の市町村の自由度を重視した占用形態に移行しているわけです。
河川は貴重な都市内のオープンスペースなので、それを生かすべく、地先の市町村の住民にうまく使ってもらいたいと考えています。
――首都圏は土地に余裕がなく、地価も高いという状況ですから、河川敷の有効活用は都市づくりにおける新しい着眼点といえそうですね。一方、国の一級河川では多様な水面利用も可能では
丸岡
プレジャーボートなどは適正に利用してもらいたいと思います。貴重な水面ですし、うまく使ってもらえばレクリエーション需要にも応えられます。
ただし、一方では迷惑となる一面がありますので、利用を促進する区域と抑制してもらう区域に分けて、うまく住民と調和してもらうことになっています。
――反面、荒川も利根川もホームレスの青いテントがまだ散見されますね
丸岡
これは難しい問題ですね。いろいろ苦慮していますが、河川管理者の都合だけでは解決できない問題です。行政全体で解決しなければならないと思います。彼らから「行く所がない」と言われれば、強制的な排除も困難な面があります。ただ、工事を行う区域に関しては事前に通告して退去してもらっています。
――東京都は地下河川という珍しい事業を展開していますが、国のほうでも計画はありますか
丸岡
江戸川で首都圏外郭放水路の整備に取り組んでいます。この事業は、支川中川流域の春日部などを水害から防衛するのが狙いです。
埼玉県は低平地で、都市化が進んだことからなかなか改修が進みません。そこで、氾濫しやすい中川などの支川の洪水を中流部でカットして地下に落とし、そのまま江戸川につなげてポンプで排水するという形です。
――河川の別の機能としてネットワーク化は考えられますか
丸岡
地下河川を結ぶのもネットワークの一環でしょう。また、既存の資産としてのダムは連携事業により効率的に使う方法をとっているものがあります。例えば、流域は広いけれども規模の小さいダムと、逆に流域に比べてダムの規模が大きいものを連携させ、小規模ダムの貯水を大規模ダムの流域に放水することで、大きなダムをフルに使うという手法です。
――ダムの規模と流量が見合っていないのは、計画当時より地形に変化が生じたのでしょうか
丸岡
過去に大流域で造ったダムは、当時の技術上の限界や投資額の制約もあって、小規模にならざるを得なかったわけです。逆に、後に都市用水の需要が高まったことから、小さな流域であっても敢えて大きなダムを造ったというケースがあります。
――それらダムの整備水準は、国策目標には達しているのですか
丸岡
東京都市圏の水需要の三分の一くらいは、将来完成するであろうダムを先食いしている状態で、不安定取水と言っています。将来のダムができることを前提に水利権を先取りし、渇水になったら他の水利権を侵すことになるため、取水しないという仕組みです。
したがって、いま建設しているダムは、既に使っている水の後付けで手当てをしているわけです。従って、河川の流量が減った時に、取水できなくなる水利権が非常に多くあり、その結果、現れる現象として、非常に渇水が多いのです。関東は平成6年、8年、9年に渇水がありました。
通常時は市民生活に影響がなく、一見は充足しているように見えるために、ダムはもう必要ないと言われますが、現在使っている水の三分の一は渇水時に取水できない不安定なものになっているのです。
――関東圏の水需要は圏内での水源で賄えれるのが理想と思いますが、現実には無理ですか
丸岡
東京、埼玉は無理です。ただし、渇水時の緊急融通は簡便になりつつあります。利根川では積雪期の雪の量が、その後の渇水の危険性を左右します。雪はわれわれの関心事です。雪と雨を見ながら発電と利水と洪水調節の調和を図っています。
――農業ダムとも連携をとることは無理でしょうか
丸岡
農業ダムは規模が小さく、渇水時は競合するので、活用しにくいのが実態です。
――ダムによって地域・集落の水没という犠牲を負う上流部の地域と、恩恵を受ける下流部の地域とで補助金の負担割合を変えるべきという意見をよく聞きます
丸岡
水道事業においては、そうした意見がありますね。ダムについては、影響が大きいものは、水源地域対策特別措置法に基づく制度があり、水道整備には下流域からの負担分も投入されることもあるので、ダムが立地する地域の自治体には、別なルートで措置されています。
ただ、広く水源地域の問題として捉えるなら、まだご不満もあるかとは思います。ダムが出来ない地域では水供給が十分ではなく、一方では水道料金が高いという事態もあり得ますから、それらの意味では解決している部分もあれば、未解決の部分もあるのかも知れません。
――公共事業において最近、財源の問題からPFIが関心を持たれるようになりましたが、この手法は治水事業では可能ですか
丸岡
PFIについては、もう少し進んだ先の話なので、非常に難しい。本質的にはファイナンスの問題ですから、事業費融資に伴う金利分を何らかの収益によって確保することは、河川事業では難しいと思います。
しかも特定の受益者から料金を徴収できるという性格の事業ではないので、もしあり得たとしても、リース方式で買い取っていくくらいのことしか考えられないと思います。これは全くの私見ですが。
――堤防敷を区画整理して土地を売却し、別会計で処理する方法は無理でしょうか
丸岡
それは疑問です。基本的に河川敷は「空いている」ことに意義があります。使用されてしまったのでは、治水対策に支障を来します。また国有財産という基本的立場がありますから、公的以外の目的には貸し付けも出来ないでしょう。
――最後になりますが、在任中にこれだけは手掛けたいと思っていることは
丸岡
理念は三つあります。一つはコミュニケーション型河川事業の推進。ビデオを使って分かりやすくする、住民との接触の機会を多く持つといったことです。
二点目は効率的な執行。私たちは、従来の手法を決して非効率とは思っていませんが、かといって、民間企業のように血を流してまで効率化に努力してきたかと問われるならば、やはり忸怩たるものがあります。したがって、職員にはコスト意識を持たせ、一円でも安くできるよう努めたい。
三点目は環境の重視です。従来は環境破壊を批判されましたが、河川法の目的に環境というコンセプトが導入されましたから、環境も治水、利水と同格という認識で捉えていくべきです。環境のみを目的とした事業も考えていくべきだという気持ちでいます。
これらの三点を基本に私は関東地建の河川事業を進めていきたいと思います。

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