interview (96/2)

まちづくりのキャッチフレーズは「ビューティフル千代田」

東京都千代田区長 木村 茂 氏

木村 茂 きむら・しげる
大正14年生まれ、昭和18年早稲田実業学校卒
19年熊谷陸軍飛行学校に入隊、陸軍少尉として終戦までタイ、マレーシア、スマトラを転戦。
25年早稲田大学政経学部政治学科卒。国会議員秘書を経て48年都議会議員に当選。
55年都議会自民党政調会長、59年都議会自民党幹事長。
平成元年千代田区長に当選。平成9年2月2日三選、現在に至る。
東京都千代田区は、皇居を始め国会議事堂、各政党本部、霞ヶ関の官庁街、最高裁判所、大手企業本社など、我が国の政治、行政、司法、経済の中心地で有数のビジネス地帯だ。このため、昼間人口は100万を越えるというのに、定住者人口はわずか41,000人で、昼と夜の顔が極端に異なる。同区の木村茂区長は、「街づくりのキャッチフレーズは、ビューティフル千代田。街並みは美しいが、人の心も美しく」と、街づくりの理念を語る。また今、注目を集めている首都機能移転論については、「文化も、歴史もない所に移転しても無意味。まして、不景気で経済政策が重要課題となっている現代に、経済界と離れたところへ移るのは問題」と、明快に反論する。時折り江戸っ子らしい歯切れの良い語り口調を交えながら「東京の顔」である千代田区の現況と課題について語ってもらった。
――就任当初に掲げた公約や、まちづくりの基本的な考え方はどのようなものだったのですか
木村
千代田区のまちづくりの基本理念として、私は「ビューティフル千代田」を目指し、これを公約にしました。「ビューティフル」とは、都市景観もさることながら人の心もビューティフルという意味で、温かみを感じるまちにしたいという意味が込められています。
千代田区は東京を代表する都心の最中心区ですから、天皇即位式も大嘗祭も、その他様々な国際会議でも、出席者のほとんどはニューオータニホテル、帝国ホテルなど区内のホテルに宿泊することになります。そうした宿泊者がホテル近辺を散策する際、街がきれいであるかどうか、人々が親切であるかどうかが即ち東京引いては日本全体の評価につながるわけですから、町並みを美しく、地元に住む人の心も美しい、素晴らしい街にという意味を兼ね備えて「ビューティフル千代田」をキャッチフレーズとしました。
――区内は業務施設が多く、逆に住宅が少ないと言われますが、人口の動向は
木村
区内では、今でこそ坪単価平均が1万6,000円から8,000円くらいですが、高地価で建物も住居用の家賃では採算が合わないため、その倍の坪3万円から3万5.000円で積算できる事業所としての家賃設定にせざるを得ませんでした。そのため地権者は、ビルを建てるにもマンションではなくオフィスビルにするより他はなかったわけです。したがって、バブルの最中は一般の住居地が次々に地上げされ、オフィスビルへと転身していったのです。それが後にバブルの崩壊によって、ようやくその流れが変わりました。
これを反映して人口の減り方は、平成2年1,400人、3年1,600人、4年1,400人、5年1,600人、6年782人、7年は11月時点で385人と、およそ1,400人から1,600人の間で推移してきたのが、6年度から2分の1ずつになり、かなり沈静化していると言えます。
――やはり景気の変動が大きく反映しているのですね
木村
何しろ区内のオフィスビルもかなり空室が目立っている状況ですから。これまでは駐車場として使用していた遊休閑地に、老後に備えてオフィスビルを建てる人が多かったが、最近ではむしろマンションを建てる人が多くなっているのです。中には、全て空室になったオフィスビルをマンションに改装するケースも見られますね。
――地価が高いために、所有者が相続税を払えず、物納によって手放すという事態が見られましたが、これなど定住対策の上で大きな支障となっているのでは
木村
地価だけを捉えると、周辺区の10倍は優に超しています。昨年、千代田区公会堂で相続税、固定資産税の大幅減税を求める決起集会が開かれました。集会が終わってから小川町までデモ行進が行われましたが、集会参加者の約85%がデモに参加していました。平成6年の評価替えで、固定資産税額がまたも7.6%上がるためです。しかし、現実には地価は下落しているのです。昨年8月18日発表の相続税路線価では東京区部で21%、1月1日の地価公示価格では千代田区で28%、対前年度比で2割以上も下がっているというのに、7年に払う固定資産税は6年度より増えているというわけです。
しかも個人については200平方メートル以下の場合、評価額は地価の7掛けで、これまでの4分の1課税が6分の1課税になるなど手厚い措置があるのに、事業所については、地価が落ちているのに税が上がっていることが明確で、これには納得がいかないというわけです。
したがって、事業者は土地を含めて事業継承ができず、不況で売り上げは落ち込んでいるというのに地価は下がる反面、税は上がるという現状に憤慨するのです。
しかし、都心居住については意識改革が進んでいます。職場との往復に途方もない時間を割くよりは、なるべく職住近接型で、自宅では文化的な時間を過ごせる環境が広く求められています。かつての通勤地獄から解放され、ゆとりある生活、生活大国、余暇の活用、交通利便、高度医療の充実、治安の良さなどを求める傾向が強くなっているわけです。その意味で、この区は特に最後の治安に関しては、国内、国外を問わず常に要人が滞在しており、このため絶えず警官がパトロールしているわけですから、ここ以上に安全なところはないといえるでしょう。 
一方、千代田区はネームバリューのある地域なので、ここを本籍地としている人が実は22万人もいるのです。かつて、住んでいた人が本籍地までは動かさないわけです。縁起を担いで“丸の内一の一”や、“大手町一の一”に本籍を置いていたり、さらには千代田区千代田一番、つまり皇居の本殿所在地に本籍を置いている人もいますね。
区では定住対策として住宅の建設費助成や優良な民間住宅を借り上げ、希望者に提供する政策を推進しています。用地取得から施工、管理まで区が負担するのはいかに地価が下落したとはいえ、財政事情から難しいので、あくまで民間事業の活用を主軸としたのです。もちろん区自らも区民住宅の建設を進めており、九段南に建設した「九段さくら館」をはじめ、一番町や西神田で建設を行い、さらに神保町の区営住宅や高齢者住宅など、多様な住宅も独自に建てております。それ以外には省庁職員の住宅なども人口面で貢献しています。
――居住意欲を高めるためにも公共施設の整備は不可欠ですね。これまで、どんな施設が整備されていますか
木村
学校では、旧淡路小学校と芳林小学校が統合した外神田の昌平小学校校舎が、今年8月末には完成します。屋上が全天候型ドームというかなり豪華なものです。昨年12月18日には千代田小学校の起工式を行ったのですが、これも以前は千桜小学校と神田小学校を統合したものです。
この千代田小学校では、地域の住民にも配慮した施設となっており、学校には、まちかど図書館を設置し、地下には25メートルのプールを備え、夜9時まで学校開放していきます。特に珍しいのはそのプールで、子供が利用する時は80センチぐらい、大人は1.8メートルぐらいに水の深さが調節できるよう床が可動式になっていることです。その他、様々なスポーツ施設を併設して、地域に開放するわけです。そうなると学校が拠点になり、そこがふれあいの場にもなるし、様々な文化的な催しの場にもなります。また、体位の向上にもつながるし、コミュニティーの場にもなります。つまり、地域の核として多角的・多様性を持った施設の整備によって住民の要望に応えているわけです。
また、区民要望の最も高い高齢者施策では、一番町に「いきいきプラザ一番町」という特別養護老人ホームや在宅サービスセンターを中核にした複合施設を創り、都心にふさわしい内容で、福祉サービスの展開を行っています。その最高層階には温水プールがあり、ジャクジーバスもある施設となっており、区民は260円で利用できます。地階のホールも照明など設備に独特の工夫をしており、演芸やダンスパーティー、障害者の集いなどさまざまな催しに活用されています。利用者は平均すると月に3,500人、8月には6,000人に上りました。
――防災対策はどうなっていますか
木村
震災時には、私を本部長に直ちに対策本部を設け、各地域住民で組織する自主防災組織ともども救援活動をできる体制を整えています。
設備面でも各地域の公共施設を防災拠点として整備しています。特に、学校はプールが貯水槽にもなるし、備蓄倉庫も100平方メートルあり、給食施設も完備されているので避難民に対する食事の提供もすぐにできます。真水も90トンから150トンくらいは水道が止まっても提供できます。
また、地域防災計画の見直しを8年3月をめどに区をあげて行っています。すでに、7カ所で2度の区民集会を開き意見を整理した他、区議会でも6月議会で防災の特別委員会ができました。その論議の結果、避難袋を各戸に無料で配布することになりました。内容はラジオ付きの大型懐中電灯、保温シーツ、病院の場所など避難の手引き書で、3月までには配布します。
その他、東郷公園や日比谷公園の地下にはそれぞれ1,500トンの貯水槽があり、100万人分の飲料水が確保されています。私立大学や企業でも千代田区民のためにと、建物に貯水施設を設けるところが増えてきています。ボランティアのグループも既存のものに加えて区内の学校や企業による新しいものもできていますから、このように、千代田区は防災面では進んでいると思います。
――首都機能移転が論議されていますが、まさに首都機能所在地である千代田区としてはどう受け止めていますか
木村
私は反対です。ここはいざという時、主要スタッフが迅速に総理官邸に集まれる利便性の高いところで、特に危機管理などの面でも優れています。また、構想によれば9,000ヘクタールの地域に10兆円を超えるお金をかけるということですが、そんな資金は無いはずです。
そもそも省庁や国会、最高裁などが移転するといっても、地域の文化性や歴史性、教育レベルなどが高いかどうかが問題です。つまり、日本の文化、歴史と無縁の所で政策を考えても全国内の実勢に合った政策立案が可能なものか、はなはだ疑問だと思います。また、東京は経済活動においても中心地ですが、経済界の声を経済政策に反映していく上で、政治と行政だけが移転して距離が離れることは望ましいとは言えません。
かつて、オーストラリアでシドニーとメルボルンの中間に新しい首都としてキャンベラをつくったわけですが、経済人の感覚が違うために事実上、失敗しています。このことをよく考慮して欲しいと思います。

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