〈建設グラフ1999年2月号〜3月号,7月号〉

interview

首都・東京が国際競争に敗北すれば、地方は…

大都市の生活基盤、経済環境、弱者対策までトータルに政策提言

自民党都市問題対策協議会会長(衆議院議員) 柿澤弘治 氏

昭和8年11月26日生まれ、東京都出身、都立両国高校、東京大学経済学部卒
<職歴>
昭和 33年 大蔵省入省
39年 フランス政府留学生として、フランス大蔵省にて研修
40年 大阪府岸和田税務署長
42年 在ベルギー日本大使館一等書記官(対EC経済外交担当)
46年 大蔵省主計局主査(運輸省担当)
50年 内閣官房長官秘書官(三木内閣)
52年 参議院議員選挙当選(東京選挙区)
55年 衆議院総選挙、初当選(東京第六区)6回当選
58年 環境政務次官(中曽根内閣)
61年 運輸政務次官(中曽根内閣)
平成 2年 衆議院外務委員長
2年 自由民主党東京都連政調会長
3年 外務政務次官(宮沢内閣)
5年 自由民主党政務調査会副会長
6年 外務大臣
<現職>
自由民主党都市問題対策協議会会長
自由民主党政調、対外経済協力特別委員会委員長
自由民主党政調、都市政策調査会会長
<著書>
「霞ヶ関3丁目の大蔵官僚は、メガネをかけたドブネズミといわれる挫折感に悩む凄いエリートたちから」「永田町一丁目の国会議員は、陣がさをかぶったタヌキといわれる“毎日が総選挙”に苦しむあわれな選良たち」「都市国家日本の提言」他計8冊
政治、経済の中心地である首都・東京は、生活面において劣悪な環境にあることは、国内はもとより国際的にも知られている。のみならず、地方交付税の恩恵を受けず、種々の事業費補助も地方への傾斜配分による影響で、産業・経済基盤についても地方より劣化している状況がある。そのため、大都市の抱える問題解決のため、自由民主党総裁の機関として発足した「都市問題対策協議会」の会長である柿澤弘治衆議院議員は、「わが国全体の経済的沈没を防ぐには、政治、経済ともに先導役を果たしてきた東京の再構築を進め、現状の改善が必要だ」と主張する。テレビの討論番組などにも頻繁に出演し、精力的に政治的理念を訴えてきた柿澤議員に、東京再構築の重要性と政策について語ってもらった。
――「都市問題対策協議会」という重要な与党機関の会長という要職にありますが、協議会の設置された背景は
柿澤
98年7月の参院選で自民党は大敗し、特に大都市部ではほとんどの議席を失ってしまいました。党としてもこれには危機感を持ちまして、都市住民にもっと魅力のある政策を打ち出していくべきだと考えたのです。
特に、これから景気対策として行う公共投資については「従来型のバラマキではダメ」との批判が、マスコミなどで強く主張されるようになりました。そこで、21世紀に備えて「生活の質の向上」や、日本経済の「生産性の向上」につながる公共投資を推進していく必要から、総裁直属の都市問題対策協議会を設置し、提言していくことになり、私が会長に選ばれたわけです。
――国土庁は「国土の均衡ある発展」を提唱し、東京一極集中が排除されてきましたが、そうした既存の論調についてはどう考えますか
柿澤
ここ数年で経済のグローバル化が進み、ニューヨークやロンドンにおける円相場がテレビの画面に表示されるようになりました。それを見ながら私としては、24時間休みなく経済活動が行われる地球で、アメリカを代表するニューヨーク、ヨーロッパを代表するロンドン、アジア太平洋地域の中核都市は東京という三極体制が確立していくものと思っていました。
ところが、最近の東京の株式市場は低迷を続け、東京のインフラ整備が進まないために、外資系の企業などはアジア本部をシンガポールや香港に移す動きが見られるようになりました。つまり、それだけ東京の魅力が下がっているわけです。
したがって、このままいくと、東京は地球規模の大競争に負け、アジアのローカル都市になっていく惧れがあります。そうなったのでは、日本経済も沈没してしまいます。東京を21世紀の地球規模の大競争に適応できる都市にし、その中で生活の質を向上させ、外国人にとっても魅力ある都市にしなければなりません。さもなければ、世界競争の中で脱落していく恐れがあるのです。
これまで公共投資の配分は、「大都市か、農村か」というゼロサムゲームで考えがちでした。「東京一極集中はけしからん」、「交通渋滞や公害があっても東京には投資するな」、「東京がさびれれば、田舎に住む人がふえるはずだ」との主張に押されて、地方重視に専念してきました。
高度成長期には、そうした考え方も一理あったかも知れません。しかし、今は状況が変わってきています。東京を脱出した有力な企業は、地方へ行くのでなく、海外へ出てしまっています。果たして、豊かな都市住民がいなくて世界一高い農産物が売れるのでしょうか?もちろん豊かな農村なくして豊かな食生活は楽しめないし、きれいな水も飲めません。しかし、農村と都市を対立軸でとらえてきたのは間違いではなかったのか。むしろ都市が良くなることで農村も豊かになる、ゼロサムではなく「プラスサムで考える」べきだと思うのです。そうでなければ、日本経済全体が世界経済の中で沈没していきます。
例えば、私たちは、羽田空港の国際化を主張しています。私は昨年9月に、羽田からハワイへチャーター便で行ってきましたが、羽田から国際便が飛んだのは実に20年ぶりのことです。
しかし、成田空港を不要と言っているわけではありません。成田空港は滑走路が1本しかないため、東京の玄関口としての役割を十分に果たせません。たとえ2本になったとしても、やはり二つの国際空港がなければ、東京の需要を賄い切れないのです。それほど海外との往来が頻繁に出来る都市にしていかなければなりません。
東京は少なくとも二つの国際空港を持ち、羽田空港は滑走路が短いので、アジア太平洋の近距離路線を中心にハブ空港化し、成田空港は遠距離の国際線を中心にハブ空港にすること。そして、ともに国内線も乗り入れなければ不便です。「成田に来たけれど羽田で乗り換える」というなら、アメリカ、ヨーロッパから来たお客さんは、ソウル空港を経由して日本の地方空港へ回ったほうが便利です。実際、東京のハブ空港機能は、こうして韓国に奪われつつあるのですから。
――都市機能の回復、向上、特に首都・東京の復権がメガコンペティションの時代には不可欠ということですね。そこで、この協議会ではどんな政策が検討され、具体的にどんな活動が行われていますか
柿澤
昨年12月の国会予算委員会で、さっそく私は都市問題対策協議会長として質問に立ちました。当初は平成11年度の予算編成に照準を合わせて、年末に提言を出すつもりでいましたが、9月以降に景気がますます落ち込む状況下で、10年度に第三次補正による景気対策を行うことになりました。そこで、私たちもこの機会にできるだけ都市型の公共投資を予算計上してもらうため、9月末に「住宅建設促進の緊急提言」を行ったのです。
10月には都市における「高齢者の施設整備」、少子化問題に対する対応として都市における「保育施設の整備」、中小企業の活性化を目的とする「承継税制の問題」などについて、第二次提言を行いました。
そして、11月に入ってからは、補正予算の編成もいよいよ最終段階に入り、国としても24兆円の景気対策を実施する方向が決まりました。これに合わせて「大都市の構造再編10ヶ年計画」を策定するため、都市構造再編に関する10項目の提言をまとめました。
――これまでに、どんな提言が採用されましたか
柿澤
例えば、第一次提言として行った住宅政策に関する提言はかなり実現しました。政府は住宅ローン減税期間を15年に延長すると発表するなど、思い切った住宅減税の拡充を決めましたが、これも私たちの提言がきっかけです。また、過去に住宅ローンを借りている人には「ゆとりローン」を組んでいるケースがかなり多いのです。これは返済額が6年目からアップする仕組みで、給料が右肩上がりに昇給することを前提にしているローンです。しかし、現下の不況によって返済不能に陥り、自己破産したり競売にかけられるという悲劇が増えてきたので、金融再生法案と合わせて住宅ローン返済困難者に対する対策を取るべきだと提言しました。そして、住宅金融公庫と建設省とで検討してもらった結果、3年間の元金返済の猶予、返済期間の10年間延長、5%を超す金利の減免を12月1日から実施することになったのです。これなどは、私たちの提言を受けて政府が迅速に対応してくれたのだと思います。
昨年12月の国会質問でも、さらに3.5%まで引き下げることを強く求めたのですが、建設大臣は「今後の財政状況をよく見極めたうえで対処する」との答弁でした。
しかし、住宅ローン返済困難者の実情はかなり深刻だと思います。給料は年々下がり、リストラの対象にもなったり、現実に失業者も増えています。最も地価の高い時期に土地を購入した人がかなりいますから、借り換えようと思っても、担保価値が下がっているため、民間金融機関では借り換えてくれないという問題があります。したがって、これはぜひ実施してもらいたいものです。
この他、借り入れ金利の引き下げ、所得制限の緩和など融資枠の拡大は、11月2日の募集分から実施しています。
したがって、残った課題は住宅ローン減税の拡充です。私たちとしては、臨時国会で補正予算と共に住宅ローン減税だけは前倒しで分離して法制化し、1月1日からの適用を主張しました。
実は、以前に総理に申し上げたのですが、日本には「衣食足りて礼節を知る」という格言がありますが、実際には「衣食住が足りなければ礼節を知ることにはならない」ということです。衣食については欧米並みになっていますが、住宅だけは、戸数こそ全世帯分があるとはいえ、広さは欧米に比べて狭いのは事実ですから、質の向上、質の改善に取り組んでいかなければなりません。
――第二次提言では、どんな成果が得られましたか
柿澤
第二次提言では、女性対策や高齢者対策、中小企業対策など、いわば弱い立場やハンディキャップを持った人たちに「優しいまちづくり」という面から問題をとらえてみました。
ともすれば都市対策というと、都市と農村の公共事業を分捕り合戦といった構図でとらえられがちですから、二次提言としては高齢者にとって住みやすいマチ、若い母親にとって子育てができるゆとりのあるマチという理念で提言したのです。
特に少子化対策では、保育所の問題があります。長距離通勤を強いられる仕事を持っている母親たちの間では、いまの3歳児以下の保育や幼稚園で時間外の保育をしてくれなければ安心して子供を産めないという声が強い。そのため、「零歳児から3歳児までの保育施設」の整備、特に「駅前保育所」の整備、そして幼稚園や小学校の「空き教室」を利用した公立保育施設の整備を提言しました。
昨年12月の予算委員会では、これについて宮下厚生大臣が非常に前向きの答弁をしてくれました。ぜひ十分な予算を計上し整備してもらいたいものです。
高齢者対策についても、お年寄りの地域人口に占める比率は、過疎地ほど高いことは事実ですが、お年寄りの絶対数はやはり都市部に多く、特に中心市街地の高齢化が急速に進んでいるのが実態です。
ところが、大都市ほど用地費がかかり、介護施設の整備といっても容易ではありません。しかもこれまでは、定員50人以下の施設は建設費補助の対象にされていませんでした。
そこで、大都市に限っては、30人にまで条件を引き下げてもらいましたが、補助単価が低くて整備が進んでいないという問題もあります。場合によっては30人以下でも認定したり、また3〜4階の中層にした場合には、エレベーターについて別枠で補助するなど、様々な仕組みを考える必要がります。
もう一つ大切なのは、バリアフリー化です。特に公共交通機関で、階段に5m以上の段差があって、一日5千人以上の乗降客があるターミナル駅は1,800か所に上っています。その解消を要望していたところ、平成11年度予算で特別枠として認めていただき、「交通エコロジー・モビリティ財団」から補助してもらう制度を創設することになりました。このおかげで、10年以内に主要なターミナルには、エレベーターとエスカレーターを整備する計画となりました。現在では、まだ10%程度の整備率に止まっていますから、一刻も早く、これを上げていくことが必要です。
――わが国の経済活動を担う企業は、圧倒的多数が中小企業ですから、経済再建において無視できませんね
柿澤
今日、中小企業は元気がありません。しかも大都市の場合、工場や店舗を後継者に引き継ごうとしても、処分しなければ相続税を払えないという悩みがあり、深刻な問題となっています。したがって、事業承継税制の改正は、以前から中小企業として切実な要望です。
農地の場合は、子孫が引き継げば、相続税は延納ということになりますが、事実上は免除になっています。その点で、農地の相続税免除の制度を中小商工業者にも適用してほしいものです。少なくとも店舗で330u以下か、工場であれば1,000u以下を相続税の非課税にしなければ、大都市の中小企業は生き残れません。マンションであれば負担はまだ軽くなりますが、それでは都市の活気がなくなってしまいます。
税調の議論を聞いていると、「住宅との不公平感が出る」とか、大蔵省などは「相続税はだいぶ安くしているから大丈夫じゃないか」と主張していますが、いずれも大都市商工業者の現実を知らない主張ですね。そこでこれを第二次提言としました。
――都内で虫食い状態に地上げされ、放置されている未利用地の処分も、課題となっていますね
柿澤
第二次提言後の11月10日に、大都市の構造再編に向けての提言を小渕総理に申し入れました。これから肉付けをしていく大事な課題だと思っています。いまは景気が悪くて地価も下がるなど日本経済はピンチですが、危機は次の飛躍への好機です。不整形ですが、地上げ後の空き地をうまく活用することにより、大都市を再編する好機になるものと思っています。
不況のどん底で土地は余り、しかも金融機関の整理統合が進めば不良債権の担保になっている土地がさらに放出されてきます。それをこのまま放置しておくと、地価はさらに下落する恐れがあります。地価は下がった方が良いと考える人もいますが、これ以上下落すると、現在、金融機関が持っている優良債権までもが不良債権化する心配があり、マイホームを買った人たちは資産の目減りに苦しみ、いくら減税しても消費マインドは刺激されません。
したがって、土地の値段は下げ止まりにしたうえ、土地の先行取得基金を創設してはどうかと思うのです。例えば、東京23区の低未利用地は合わせて5,700haほどあるといわれており、地価に換算すると40兆円に相当します。これは確かなところに住宅地、商業地、工業地などに分けて試算してもらったデータです。これら全部を道路用地にすることでもないので、当面は20兆円相当の土地を先行取得して、直接、道路の拡幅や公園、高齢者の介護施設に利用するのが良いと思います。
例え使いづらい飛び地であっても、少し手当てし、整形化して公共用地として処分すれば、5,700haもあるのですから大都市で主要な骨格となる道路の拡幅は可能になります。また駅前などの再編整備をしながら、その中から高齢者介護施設や駅前保育所を整備するなど、市街地再開発の中でそういう土地を生み出していくことも可能だと思います。
したがってまず、20兆円の土地先行取得基金を創設すべきだと主張しています。もっともこれについては、明治大学の長谷川徳之助氏は「30兆円は必要ではないか」と仰っており、渡辺美智雄さんの子息である渡辺喜美さんは「20兆円なんてケチなことをいってるのではダメで、金融機関の不良債権処理に60兆円、中小企業の貸し渋りに40兆円も用意したのだから、大都市の構造再編にも50兆円は必要。しかも、これはそのまま消えてなくなるわけではない。土地に付加価値が生まれることを考えれば、必ず将来償還できる」と主張しています。
とはいえ私としては、あまり大きな数字を提示しても、建設省と大蔵省が尻込みするだけですから、謙虚に20兆円と提示しています。それも通常の建設国債や赤字国債ではどんぶり勘定になる可能性もあるので、国有地を担保にした国債が良いのではないかと主張しているのです。こうした創造力に溢れた夢のある計画は必要ではないでしょうか。
これらを前提にした上で、第三次提言では10項目の整備目標を決めました。まず第一は、都市計画道路を、この10年以内に8割を整備することを目標にしようというものです。現在、東京都の都市計画道路の整備率は55%です。古いものでは、昭和24年に都市計画決定した道路もあるのです。
それ以降、拡幅予定地では土地を利用しようとしても何も建てられず、かといって買い手もつかない。そのためデコボコ、ジグザグになった都市計画道路があるのです。例えば、慶応大学前の三田道路などは、その状態でいつまでも放置されています。土地所有者に対する権利の拘束もあるし、都市としては非常に不効率です。いままでは地価が右肩上りで売り渋りがありましたが、今では銀行が貸し渋っていますから、国が買おうとすれば逆に「ぜひ買ってください」と飛びつくでしょう。
都内の都市計画道路が8割も整備されたなら、23区内の放射状、環状道路のほとんどが完成するので、大幅な渋滞緩和が期待できます。これについて、建設省とも相談していますが、思いきった手を打てば出来ない数字ではないとのことです。それを23区内で実行しようとすれば、6兆円かかるとのことですから、3大都市圏で推進するとなると20兆円は必要でしょう。しかし、10年のスパンで考えるなら、通常の公共投資枠で消化できない数字ではありません。今が好機です。
――まさしく経済的余力がある今が、チャンスというわけですね
柿澤
東京は、いままでに都市改造のチャンスが2回あったのです。最初は関東大震災で、後藤新平が「大風呂敷だ」と言われながらも骨格道路を造ろうとしたが、皆に反対されて実現できたのは昭和通り1本だけでした。2回目のチャンスは東京大空襲で、焼け野原になった戦後復興の時期です。しかし、復興に気を取られ過ぎて、都市計画決定はしたものの用地買収するだけの財源が国になくて、結局、元の通りに家が建ってしまったのです。東京はいわば絶好のストライクボールをすでに2回、空振りしているわけです。今回が3球目ですから、ここでまた空振りしたなら21世紀中に東京の街づくりを行う機会はなくなります。
地上げ屋やデベロッパーが暗躍したバブルは、異状現象でしたが、残された空き地は、ある意味では貴重な再開発の種地なので、ぜひとも今のうちに取り組むべきなのです。
――東京都の再構築に向けて、様々な政策提言を行ってきたわけですが、都内の密集度から見て、再開発の重要性はますます高くなっていると言えそうですね
柿澤
その点で、重要なのはオープン・スペースの確保です。例えば、環6(環状6号線)の内側について土地利用の実体を調べると、平均階数が2.8 階となっています。これをさらに4階に引き上げて敷地の共同化を図るならば、3〜4割のオープン・スペースを確保することが可能です。
もっとも、すべてを高層マンションにする必要はありません。住宅の大部分をタウンハウスにして、その中に高層マンションも組み込むという形が良いでしょう。
――ただ、地域住民、とりわけ地権者の意向が最優先される再開発となると、構想から着工、完成まで平均20年、永いところでは25年もかかると言われ、実施は容易でないことが伺われます
柿澤
確かに関係者が多いことで、全体の意向調整に手間取ってしまうわけですが、まずは規制緩和によって再開発しやすい仕組みを作っていくことが大事です。
――一方で、都市の安全性の向上も緊急課題ですね
柿澤
そうです。密集市街地の解消と耐震性の向上を急がなければなりません。阪神・淡路大震災クラスの地震により大規模な被害が予想される密集市街地は、東京、大阪を中心に全国で2500haもあります。これを10年間で解消する計画を立てようと考えているのです。もっとも先に述べたように、地権者が入り組んでいるので難しい面はありますが、もし東京で直下型地震が起きたなら、阪神・淡路の10倍の被害が予想されるので、生活の安全保障を確保する上では大事なことです。
日本はこれまで、旧ソ連を仮想敵国にしてgnpの1%を防衛費に充ててきましたが、地震というものは言わば地下のマグマ帝国を仮想敵国と考えた戦争とも言えますから、いつ攻めてくるかは分かりませんが、対ソに使うよりも年間都民所得の1%を防災対策に使うべきであり、今後もそうすべきだと以前から唱えています。
――ところで、都内の交通渋滞は目に余るものがあります。道路交通もさることながら、通勤時の鉄道のラッシュなどは、およそ阿鼻叫喚という様相で、勤労者の健康や精神衛生にも決して好ましいものとは言えません。打つべき手はないのでしょうか
柿澤
確かに深刻な問題です。そこで、重要政策として鉄軌道の整備もあげています。これからの都市住民の生活改善を考えると、長距離通勤や乗り換えをできるだけ少なくし、自動車交通の割合を減らしていく観点からも鉄道の整備が必要です。
この提言を受けて、運輸政策審議会は大都市の交通整備計画を立てることにしています。モノレール、新交通システム、路面電車などの整備について、10年間のスケジュールを示すことを目標としています。
私たちとしては、整備財源は上下分離方式で、トンネルなどは公共事業で整備し、鉄軌道と車両、駅舎などの整備は経営主体で実施してもらうという分離方式を提案しています。
――社会の高齢化とともに介護保険もいよいよ導入されますが、ハード面での福祉政策も必要になるのでは
柿澤
ハード面での福祉政策でまず着手しなければならないことは、都市内のバリア・フリー化です。主要な交通結節点であるターミナル駅でのエレベータ、エスカレーターの設置です。また「みんなに優しいまちづくり」として、介護施設や保育所の建設も必要です。
それから、これからの都市政策において求められるのは「美しい景観・豊かな環境」を創出することです。戦後のまちづくりは効率性一辺倒できましたが、これからの安定成長の時代には、都市生活の中で心の安らぎのある街を整備していくことが必要です。
その意味では、電線の地中化や都市の中に残された自然を憩いの場として活用していくことが大事な課題です。ただ、電線の地中化は年間1千キロを整備すると10年間で5兆円という事業費がかかります。これなどはpfiや、民間資金活用で実施してはどうかと思います。その経費を少しぐらい電気料金に上乗せしてでも、やるべきではないかと提案しています。
――東京都内は、台風による河川増水や、夏期には渇水で取水制限など、毎年厳しい水管理が求められますが、もう少し安定性を高めることは不可能でしょうか
柿澤
もちろん、都市河川整備と浸水対策は提言にあげています。なにしろ東京では、今だに大雨が降ると日比谷の交差点までが水浸しになります。住宅地でも各地で浸水しています。これは大雨の時の排水のことを考えずに全部舗装してしまった咎といえるでしょう。対策としては雨水貯蔵施設を設置し、雨水を利用することです。両国国技館は大屋根に降った水が溜まるようになっており、トイレの水に利用しています。
また、河川については、隅田川にようやく河川テラスが出来て、憩いの場になっていますが、そうした形で自然に親しめる川を整備していくことが大事です。最近、目黒川をよみがえらそうという運動が起きていますが、あの目黒川はコンクリートで固められ、まるで屋根のない下水管みたいなものですね。
――ところで、最近は情報産業が急激な成長を遂げており、次代の主力産業にもなりそうな勢いですね
柿澤
それを踏まえて提言しているのが情報インフラ整備で、大都市のオフィスや学校、住宅を全て光ファイバーネットワークで結ぼうというものです。幹線については、nttが中心となって2005年までに整備が完了するようです。これにともなってスモールオフィスやホームオフィスが流行り言葉になっていますが、とりあえず端末を家庭に敷いてもらわないと機能しません。そのためには何らかの助成措置が必要です。
また、将来的には交通渋滞を解消するシステムとして、主要道路について交通情報ネットワークの高度道路交通システム(its)を、ぜひとも10年間に整備すべきでしょう。整備に要する事業費は1兆円とのことですが、運転時間節約やガソリンの消費抑制などによる燃費節約効果は、年間8兆円と試算されています。
情報インフラをきちんと整備することで、国際的なネットワークの中で国際情報都市として21世紀に生き残れる仕組みをつくらなければ、東京は地盤沈下しかねません。
以上が、私たちが行った政策提言の概要です。
――国政レベルで東京の再生に取り組むというのは、心強いことですが、残念なのは東京都及び23区は、軒並み財政の緊急事態宣言を行い、各種の整備事業を中止したり延期したりしていることです
柿澤
日本経済は、東京がある程度、国際的なウエイトを持つ都市になることで、活性化されるわけです。情報の交流が、東京などの大都市をハブ(拠点)にして地方に伝播していくのです。
10年度に行われた政府予算の第三次補正で、4兆円の景気特別枠ができ、しかも都市型の公共投資を重視していくという方針もありましたので、私は直ちにその旨を都へ連絡しました。ところが要望額はたったの400 億円でした。これでは総額の1%にすぎません。東京都は全国の公共投資の10%をもらう権利があるのにおかしいじゃないかとハッパをかけて、ようやく出て来た数字は1200億円でしたが、満額が交付されたので都からは大いに感謝されました。
東京都は美濃部都政以来の悪しき慣例で、一人でも反対があったらやらない、合意できるまで待つという待ちの姿勢できました。しかし、これでは東京のまちづくりは出来ません。都知事なり責任者が現地に出向いて説得する姿勢が大事です。20年前と今のニューヨークを比べると、黒人のスラム街は大変きれいになりました。
都庁の職員には、いつも活性化するように言っていますが、今回、小渕内閣が発表した空間倍増の戦略プランは全国で400 か所、100 億円ずつ予算を配分し総額で4兆円になります。1月までに申請するように言っていますが、私は都の職員には最低20か所を目指すよう促しているのです。

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