〈建設グラフ2000年5月号〉

interview

生活を豊かにする公共建築

不況をプラスにまちづくりを推進

東京都財務局営繕部長 畑野喜邦 氏

畑野喜邦 はたの・よしくに
昭和18年8月21日生まれ
昭和41年 4月 東京都住宅局
昭和46年 7月 住宅局団地計画第一課
昭和50年12月 住宅局国領住宅建設事務所建設係長
昭和54年 8月 住宅局企画室主査
昭和57年 8月 品川区都市整備本部副参事
平成 4年 4月 住宅局臨界住宅担当課長
平成 5年 7月 文京区建築環境部長
平成 7年 6月 住宅局西部住宅建設事務所長
平成10年 7月 都市計画局地区計画担当部長
平成11年 6月 財務局営繕部長
東京都の公共建築施設は、約27,000件で総面積は3,000haに上る。財政難から新規の建築事業は停止しているが、今後はこれらの有効な資産活用が求められる。東京都営繕部の畑野喜邦部長は、「今後は既存施設の転用が増える一方、娯楽を含む福祉施設や医療施設への需要が伸びる」と観測する。まちづくりに大きな影響力を持つ公共施設に求められる理念を、「生活を豊かにするもの」と定義しており、新たな機能と役割を模索している。同部長に、まちづくりにおける首都と地方の役割や営繕事業のあり方などを伺った。
――都内での公共建築は、これ以上は不要で管理、運営にシフトすべきとの意見が聞かれますが、都としての見解は
畑野
バブル期の大規模施設建設のラッシュ時代から、財政危機の現在、新規の施設建設は都でも凍結・抑制されています。財政状況から見ると、新規を含め事業量は大幅に減少し、その傾向は今後ともしばらくは統くものと考えています。
しかし、公共建築は住民の福祉に奉仕する行政目的を具現化したものです。現在、新規建築は抑制されていますが、時代の変化とともに建物に要求される機能が対応できなくなり、更新すべき時期に来ているもの、あるいは防災拠点として耐震性を確保するため、補強の必要なものもあります。
したがって、聖城のない財政見直しとはいえ、緊急性のある行政目的に沿ったものであれば、新築、改築、補強も含め、事業実施の必要性は当然あるものと考えています。
また、管理運営にシフトすべきという点については、営繕部としてもかなり以前から着目していました。限られた財源をいかに有効に生かすかを考えると、これまでに建設された施設ストックを適切な保全や修繕により、出来る限り長期間使用していくことが大切だと考えています。
実際、ライフサイクルコストで見ると、イニシャルコストよりランニングコストがはるかに大きな割合を占めています。ある試算によれば、建物維持管理経費には建設費の4倍という例もあります。
東京都が保有する施設は、平成10年末で約2万7,000件、延面積で約3,000haにものぼり、これらの維持管理経費を低減することは大きな緊急課題なのです。
そこで、平成10年1月に「東京都建築物等保全規程」を制定し、現在、保全のための整備を進めています。今後も、ライフサイクルコストの観点から保全活動やトータルコストの低減、長期使用に向け努力していかなければなりません。
――最近は、あらゆるものについてリサイクルの可能性を模索するようになりましたが、公共建築にもそれは可能でしょうか
畑野
一つのポイントは、廃材の処理にあります。廃材を廃棄物として排出すると、かなりの経費を要します。特に建物を解体すると、コンクリートの瓦礫がかなり発生します。それを廃棄処分するために、かなり遠くに搬出しているために経費がかかっています。
したがって、それらはなるべく排出せずに、細かく砕いて舗装に使用したり、強度を必要としないペーパーウエイトのようなものに再生する事例もあるのです。これらの努力によって、全体としては数%かもしれませんが、コストダウンをはかっています。私は全ての建築現場について例外なくこうした努力をして欲しいと言っています。
そもそもは、排出しないということが基本です。かつては、みなゴミを、個人宅の敷地で焼却していたのです。ところが、現代は全て外へ出してしまうため、処理するまでにかなりの時間がかかっています。したがって、産業廃棄物も排出せざるをえないが、100%は無理でもゴミを現場単位で捨てるのではなく、会社で集めて会社単位で捨てるという工夫をしている企業もありますね。
――その中で使えるものは、また別の現場で使うことも可能ですね
畑野
良質の発生土などは再利用ができます。例えば、多摩方面の現場では比較的良質の発生土が多いので、他の現場で利用したり、あるいは営繕部工事だけでなく建設局工事で造成に使ったり、公園造成のための埋め立てに利用しています。
一つのモデルとしては、大崎高校の改築工事があります。この現場は、本体施工が終わり、これから人工地盤を作る段階ですが、その近くに建設局がトンネルを建設して補助26号線の整備を進めています。そこで担当者同士が話し合って、26号線のトンネル工事の発生土を捨てずに人工地盤の建設に活用することになったのです。 
――そうした運用が常にできるのが理想ですね
畑野
ただ、問題は施工のタイミングです。お互いに施工のタイミングが合わなければ、むしろ相互の現場が邪魔になってしまいます。一時的に廃材を置く場所が必要になるのですから、排出されたものをそのまま他の現場に利用できるようにすれば、個別に置く場所を確保する必要もなくなります。このようにタイミングが合えば、お互いに経費節減にもなります。
――最近は、土木行政と建築行政を一つの組織にまとめる自治体が見られますが、そうした両者の連携を視野に入れていると見ることもできるのでは
畑野
そもそも古くは土木部に建築課、住宅課が付属しているというパターンが多かったのです。土木行政から次第に分離して建築行政が独立していったという流れがあります。元来、行政の任務は道路や橋梁を整備することだったのです。
戦後になって復興のために建築事業が精力的に行われるようになり、そしてオリンピックや万博などのイベントを経て、臨海副都心のような構想が現れるようになりました。こうした背景から建築行政は伸びてきたといえるでしょう。
――21世紀に求められる公共建築物はどんなものと考えますか
畑野
総論から言うと「生活を豊かにするためのもの」ということがいえるでしょう。その意味で、公共建築物の役割はますます強くなります。個人では持ち得ない施設の要望も増えてきますから。とりわけ福祉関係施設で、日頃からお年寄りが楽しめるような場所、あるいは若い人でも楽しめる場所、レクリエーションに役立つ施設などが望まれると思います。
ただ、行政としてどこまで携わるのか、民間との連携のあり方といった議論はあるでしょう。
――ところで、景気はなかなか回復しませんが、今後の公共建築物の整備はどのように行われますか。
畑野
今日の景気低迷は、財政運営上は大変ですが、今後の公共建築物整備のあり方を考える上ではひとつの転機ではないかと思います。
社会の動きが少し落ち着いたときには、今まで時間がなくて出来なかったことにもきちんと取り組むことができます。
特に、財政が厳しくなると、限られた財源をいかに有効に使うか、という工夫をせざるを得なくなります。
バブルの頃は、少し古くなると建て替えていたものもありました。
しかし、これからは適切に補強・改修をして長く使い続けることが求められます。
これは財源不足を補うだけでなく、建設廃材の削減、環境への配慮の面からも大切なことです。
同時に、少子高齢化に伴い学校を福祉施設や高齢者施設へ転用することも必要となるでしょう。
つまり、これからの公共建築物の整備は、新築・改築の時代から改修・補強の時代へと大きく変わっていくと私は思います。
そうした意味で、不況は今までの仕組みを再構築するチャンスでもあり、建設業界にとっても新たな需要に応えるチャンスと言えるかもしれません。

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