建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年3・4月号〉

interview

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オペレーションコストを確保できない路線の維持は、資源の適正配分と言えない

新幹線と旅客機の分岐点は、3時間移動圏にある

国土交通省鉄道局長 石川 裕己 氏

石川 裕己 いしかわ・ひろき
昭和21年8月7日生 出身(本籍)千葉県
昭和 46年 6月 東京大学法学部卒業
昭和 46年 7月 運輸省に入る
51年 1月 東京陸運局自動車第一部旅客第一課長
53年 4月 航空局監理部総務課補佐官
54年 9月 大臣官房政策課補佐官
56年 4月 富山県知事公室主幹
57年 4月  〃 商工労働部商工振興課長
59年 4月 大臣官房会計課専門官
7月     〃   〃  補修官
61年 4月 日本航空(株)米州地区支配入室調査グループ課長
62年 10月 関東運輸局自動車第一部長
平成 元年 6月 大臣官房文書課広報室長
2年 7月 内閣官房内閣審議官(内閣内政審議室)
4年 6月 鉄道局幹線鉄道課長
6年 6月  〃 総務課長
7年 6月 運輸政策局歌策課長
8年 6月 大臣官房会計課長
9年 6月 大臣官房審議官(鉄道局併任)
11年 7月 鉄道局次長
13年 1月 国土交通省鉄道局次長
13年 7月 鉄道局長
全国の自治体で運営される公営交通事業は、どこも軒並み苦戦を強いられており、事業の一部を民間委託するケースも見られ始めた。その一方で、遠距離高速交通を担う新幹線への期待は大きく、未整備地域の政界、自治体、経済界による誘致運動が盛り上がっている。そこで、国土交通省鉄道局の石川裕己局長に、自治体交通事業の運営に対するアドヴァイスと、新幹線の整備運営に関するポイントなどを伺った。
――全国の自治体で運営されている公営交通事業は、みな苦戦し合理化を余儀なくされていますが、一方では地方の交通機関がない地域での交通確保という使命もあります。バランスをどう取るのが良いと考えますか
石川
公共交通機関は、多数の旅客がいて、みんなで支え合うという仕組みです。したがって、一人一人の個人の移動における利便だけを考えるべきではありません。一定の旅客数を前提に公共交通として機能するわけですから、その意味では、住民の数が少なくなっているところで、公共交通を維持するというのはかなり難しい問題です。
仮に、そうした地域で公共交通機関を維持する場合でも、地域の旅客数から見て、バスが良いのか、鉄道が良いのか、またバスでも小型バスが良いのか、大型バスが良いのか、鉄道なら鉄道事業としての経営が成り立つ輸送需要のボリュームがあるのかどうかが問題です。それを維持するに足るだけのボリュームがなければ、経営に無理が生じます。
それでもなお、地域で公共交通機関を維持がしたいというのであれば、それは公営事業という範疇を超えた形で、事業者に対して支援をしていくことになります。したがって、特に過疎地、旅客の少ないところの交通については、地方自治体がどう考えるかが大きなポイントになるでしょう。
また、比較的大規模な都市における地下鉄の経営についても、一定規模の旅客が必要ですが、同時に、その企業が公営であれ民営であれ、経営における合理性というものを追求しなければなりません。したがって、効率的な経営が必ず必要になります。
その一方で、運賃は安ければ良いという考え方が、利用者側にはあるわけですが、しかし経営として維持していくためには、一定の運賃水準が必要で、場合によっては運賃を上げてでも維持するという覚悟も必要ですね。
――交通事業は行政としての責務ととらえ、一般財源化して、不採算を承知の上で維持するのは無謀でしょうか
石川
そういう議論もありますが、それに徹してしまうと、かつての旧国鉄のように、不採算路線にも関わらず、ただひたすら維持するということになってしまいます。極端に言えば、博物館に展示する古びた鉄道を、無理矢理に維持するようなことにもなりかねず、地域全体から見ても、資源の適正な配分とは言えません。
国鉄の分割・民営化の時もかなり議論したことですが、鉄道の公共性と企業性という2つの性格のバランスを、どう取るかという問題になるわけで、一般道路の場合とは議論の方向性が全く違うのです。 
鉄道の場合は運転手、車掌、駅員、運行管理者といったスタッフがいて、それぞれがオペレーションを行って初めて機能するものです。道路のように、保守・維持、監視業務はあるものの、整備後は、人員が何らのオペレーションをしなくても運用できるというものではありませんから、必然的にそのオペレーションコストがかかります。これを十分に賄えるようにしていくことが基本です。それがどうしても無理な場合は、やむを得ず一般会計から支援することが必要になってきますが、全てをそうするならば、これも資源の最適な配分とはいえません。難しい問題ですね。
――鉄道事業で、全国で注目されているのが、新幹線ですが、諸外国の新幹線の整備状況と比較して、日本は進んでいる方でしょうか
石川
比較の仕方はいろいろありますが、新幹線の定義をおよそ200km/h以上で走る高速鉄道とすれば、日本の新幹線に匹敵するものがあるのは、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアの一部だけです。アメリカにはありませんし、他の地域にもありません。
延長距離にしても、国土の占める割合から言って、最も新幹線網が発達しているのはフランスですが、日本もそれに匹敵するくらいのものを有していると思います。
――国策として、新幹線のネットワークをさらに密にすれば、日本経済の機動力が向上しますね
石川
しかし、130年前に日本で初めて鉄道が敷設されて以来、日本における鉄道の発展過程の中で、最も大きな出来事は国鉄の破綻です。国鉄は日本の鉄道網の骨格を作ってきましたが、昭和62年に破綻してしまいました。その最大の原因は何かといえば、赤字です。赤字の大きな要因は過大な設備投資、一部地域において旅客が減ったこと、そしてもう一つは労働問題で、十分な労務管理ができず、ストライキが頻発したことにあります。
また、公社性の下での経営の自主性の損失、規模の巨大化、職員の賃金の高さ、人数の多さなどの要因もありました。国鉄が破綻したということは、日本の鉄道行政・鉄道史上極めて重大なことでした。そのつけは、国民負担という形で今も残っているのです。 
そうした歴史を振り返ると、鉄道は作るだけではなく、完成したものをいかに適正にオペレーションしていくことが大切かが分かります。そうなると、一定の旅客がなければ、鉄道は存在しえないということになります。逆に、「鉄道ができれば街ができる、街ができれば旅客が増える、だから今、街がない原野にも鉄道を引けばいいのだ」という主張もありますが、鉄道事業者サイドから見れば、多数の旅客がそこに住むようになるまでに50年、100年もかかってしまったのでは、困ります。
新幹線も基本的には同じで、旅客需要のあるところにまず整備し、採算性を考慮していかなければ、赤字を残すだけです。赤字路線を作らないのが基本です。東海道新幹線のように、十分な旅客需要のあるところでは、債務を負っても短期間で返済しながら運営していけます。しかし、これから整備しようとするところは、東海道新幹線に比べると、旅客需要が五分の一から十分の一にも満たないようなところばかりです。したがって、負債を負って作るようなことは絶対に許されません。
また、建設費の全額を鉄道事業者に負担させるというのも、事実上無理です。その意味では、国と地方の税収を基に整備し、それを鉄道事業者に貸し出して運営していくという形でなければなりません。いわば、専用道路を作り、そこをバス会社に貸して高速バスを走らせるのと同じですね。建設コストのすべてを鉄道事業者に負担させるということは整備新幹線ではできません。
――未整備の地域では、新幹線の誘致に全力を挙げています。実際、各地とも整備による経済効果を様々な希望的観測に基づいて試算しています
石川
新幹線の最大のメリットは、移動時間の短縮です。また、踏切がないために事故が皆無であることです。昭和39年に東海道新幹線が開業して以来、新幹線の列車走行に伴って旅客が死亡した事故は、過去に1件しかありません。三島駅で、発車間際に飛び乗ってドアーに引きずられた事故です。その他にも、飛び込み自殺や、保線要員の事故はありますが、脱線や踏切などが原因となる死亡事故は皆無です。それほど新幹線は安全性が高いのです。
それからスピードが非常に速く、定時性・安定性が高いことも重要なメリットです。東海道新幹線の関ヶ原付近で雪に弱いところがありますが、東北・上越を含めて新幹線は雪対策ができていますから、降雪によって運行が止まることもありません。車内のスペースも、旅客機に比べると余裕があり、快適ですね。
また、鉄道の駅は街の中にできますから、遠隔地にある空港まで出向く必要がありません。思い立ったらすぐに乗れます。旅客が多ければ多いほど頻繁に列車を運行できますから、新幹線ができると旅客が増え、増えると当然のことながら旅客自体の行動範囲が広がります。企業や工場の進出、駅前の開発など、かなり幅の広い範囲で地域の開発が行われることにもなります。
一方で、今までより便利になりますから、「ストロー現象」も見られるでしょう。これまでは、東京から離れていたがゆえに支店を置かなければならなかった企業も、日帰り出張圏内になったお陰で、支店を配置したり、維持する必要がなくなるところも出てきます。その意味では、経済はさらに東京に吸収される面もでてきます。ショッピングにしても、これまでは地元で済ませていたのが、短時間で東京に行けるようになるので、足を伸ばす可能性も高くなります。
何れにしても、地域間の交流が盛んになることは、長い目で見れば経済を活性化し、地域全体を盛り上げていくことに繋がっていくのではないでしょうか。
――安全性、定時性の高さは魅力的ですね
石川
飛行機も安全ですが、都心から羽田空港までは、やはり30分はかかります。しかも出発間際の搭乗はできないので、30分程前にはゲートに到着することが必要です。ただ、沖縄を除いて、国内であれば平均1時間から1時間半くらいのフライトで目的地に到着します。しかし、到着地の空港から街の中心部までを総合すると、結局、出発から目的地までは、およそ3時間程かかることになります。
そこで、新幹線で移動した場合の3時間程度の距離が、新幹線と飛行機の何れかを選択する際の分岐点になります。現状では、新幹線で3時間以内の距離の場合は、新幹線の利用客の方が多いようです。逆に、3時間を超えると、飛行機の利用が増えます。
それなら、新幹線のスピードをさらに上げて、移動時間を短縮すれば、利用者も増えるということになりますが、鉄道のスピードアップには限界があるのです。一直線で走るならば、スピードは出ますが、カーブがあり、勾配もありますから。それをできるだけ減らすために、トンネルを掘ったりするわけですが、それも限界があります。
また、新幹線は1人あたりのエネルギーコストは安いのですが、騒音や振動の問題もあります。特に騒音で最大のものはパンタグラフが風を切る音なのです。スピードが上がると、その音がかなり大きくなるので、技術上は300km/hのスピードは出せますが、営業スピードとしては275km/h程度が限度です。

(後編)

新幹線の利便性は、すでに周知のところだが、問題は収支採算性である。未整備地域では、早期着工を望むが、経営する側にとって最も重要なポイントは合理的な経営と無理のない維持運営ができるかどうかだ。このため、石川裕己鉄道局長は「みんなで支えるという意識が大切」と力説する。反面、どうしても採算性に問題がある場合は、在来線の改良によるスピードアップなどのレベルアップで対応すべき、と主張する。
──新幹線が、輸送能力を上げると、騒音は高くなりますが、遮音壁で対処できるのでは
石川
遮音壁は、車輪の音は抑えられますが、それにも限界があります。ですから、例えば北海道新幹線ができたとしても、スピードをフルにして東京―札幌間を、旅客機並みに3時間以内で結ぶのは難しいですね。実現できると主張する人もいますが、東京─札幌間はまだ飛行機のほうが速いのです。
東京―博多(福岡)間も、東京―札幌間とほぼ距離は同じですが、新幹線の利用客は全体の2割くらいです。山陽新幹線の場合は、博多までの間に北九州や下関、広島、岡山などの都市がありますが、北海道方面の場合は、盛岡から先は大きな都市がほとんどありません。鉄道は多くの人が乗らなければ成り立たないものですから、その意味では、北海道新幹線の運営は厳しいものがあります。
──北海道などは、吹雪で飛行機が2〜3日も欠航した時がありました。このため地元では、交通手段の選択肢は多い方が良いという考え方のようです
石川
国土の骨格となるところは、国と地方が協力しながら新幹線を整備する体制になっていますが、採算性を考えなければならないところに新幹線の難しさがあります。ただ、作ればいいというものではありません。
──その意味では、北海道は開発が遅れ、ビジネス基盤が弱いことがネックになっていますね
石川
私としては、鉄道輸送は新幹線がすべてだとは思いません。これまでの130年で、今日の日本の鉄道網は構築されました。鉄道として成り立たないところはやむを得ませんが、そうでないところでは、できるだけ地元の鉄道を利用してほしいと思います。
新幹線が素晴らしい交通機関であることは確かですが、新幹線がないから、その区間は鉄道を利用しないという姿勢ではなく、在来線もサービスを向上し、スピードを上げていくなどの質を上げることが必要です。そうして、地域の人々も是非利用していただきたいのです。
──鉄道の網の目が粗い地方では、どうしてもマイカーに需要が流れてしまいますが、ヨーロッパではパーク・アンド・ライド方式を導入し、マイカーと鉄道の連携と住み分けに成功しました
石川
そうですね、パーク・アンド・ライドは是非とも進めていきたいですね。これには、みんなで鉄道を維持していく気持ちを持っていただきたいという思いが込められます。
かつて、冗談半分で伝えられた話ですが、ある地域の方々が、地元にローカル線を残してほしいと陳情に来ました。そこで、「皆さんは、ここまで何に乗ってきましたか」と尋ねると、実はみな乗用車で来ていたとか。それでは筋違いというもので、残したいという気持ちがあるなら、ぜひそのローカル線を利用して来てほしいと思いますね(苦笑)。
ただ、何が何でも鉄道に乗りなさいと強制するわけにはいきませんから、できるだけ鉄道を利用してもらえるように、鉄道事業者はもちろん、関係者みんなで鉄道の質を良くしていく努力をしていかなければなりません。
その中で、パイの大きいところは、鉄道の高速化を図ることです。新幹線の敷設は新しい線路を作ることですが、既設の鉄道の改良でもあるわけで、いわば在来線のスピードアップなのです。それを究極の形にしたものが新幹線というわけです。
在来線にできるだけ改良を施してスピードアップしていくことも大切なのです。例えば北海道で言えば、石勝・根室線を改良し、札幌―釧路間の所要時間を45分短縮しました。それによって、乗客は飛躍的に増えたのです。車両を換えたり、枕木を強化したり、線路をできるだけ直線化したりして、わずか1分ずつのスピードアップを少しずつ積み重ねていった結果、45分の短縮が実現できたのです。それだけでも、十分な効果はあるのです。
──新幹線はもちろん急行列車には、自由席があるので、必ずしも予約に拘束されない自由度がありますね
石川
飛行機はギリギリの限界までスペースを取ってありますが、鉄道の場合は車両に余裕があるので、ゆったりできます。乗客がたくさんいれば、それだけ良いサービスを提供でき、みんなで支えることができます。
人がたくさんいればこそ、街のなかにも良いレストランがたくさんできます。逆に、人がいなければ、いかに良いレストランができても成り立ちません。このために、常にどちらが先かという議論になるわけですね。
──地方では、新幹線ができる反面、従来の在来線が合理化されて廃止されることを懸念する声も聞きますが
石川
企業経営という観点から見ると、新幹線を持ちながら在来線も残すというのは、二重投資になります。したがって、新しい新幹線を作った場合は、JRは在来線の経営が困難になります。その点はぜひともご理解いただきたい。
問題は、在来線をJRの経営から分離した時に、地域の地場輸送をどうするのかです。極端な場合は、地場輸送は不要となり、廃止することもあります。しかし、そうは言うものの、通勤・通学客がいるので第3セクター方式で継続しようということになります。
今までのケースで言えば、長野新幹線開通後、併行在来線である信越本線の横川―軽井沢間は廃止となりました。東北新幹線の盛岡以北では、岩手・青森県内の在来線を地元の第3セクターで運営していく方針です。北海道新幹線の場合も、この問題に対処する必要があります。 

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