全国の自治体で運営される公営交通事業は、どこも軒並み苦戦を強いられており、事業の一部を民間委託するケースも見られ始めた。その一方で、遠距離高速交通を担う新幹線への期待は大きく、未整備地域の政界、自治体、経済界による誘致運動が盛り上がっている。そこで、国土交通省鉄道局の石川裕己局長に、自治体交通事業の運営に対するアドヴァイスと、新幹線の整備運営に関するポイントなどを伺った。
(後編)
新幹線の利便性は、すでに周知のところだが、問題は収支採算性である。未整備地域では、早期着工を望むが、経営する側にとって最も重要なポイントは合理的な経営と無理のない維持運営ができるかどうかだ。このため、石川裕己鉄道局長は「みんなで支えるという意識が大切」と力説する。反面、どうしても採算性に問題がある場合は、在来線の改良によるスピードアップなどのレベルアップで対応すべき、と主張する。
- ──新幹線が、輸送能力を上げると、騒音は高くなりますが、遮音壁で対処できるのでは
石川
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遮音壁は、車輪の音は抑えられますが、それにも限界があります。ですから、例えば北海道新幹線ができたとしても、スピードをフルにして東京―札幌間を、旅客機並みに3時間以内で結ぶのは難しいですね。実現できると主張する人もいますが、東京─札幌間はまだ飛行機のほうが速いのです。
東京―博多(福岡)間も、東京―札幌間とほぼ距離は同じですが、新幹線の利用客は全体の2割くらいです。山陽新幹線の場合は、博多までの間に北九州や下関、広島、岡山などの都市がありますが、北海道方面の場合は、盛岡から先は大きな都市がほとんどありません。鉄道は多くの人が乗らなければ成り立たないものですから、その意味では、北海道新幹線の運営は厳しいものがあります。
- ──北海道などは、吹雪で飛行機が2〜3日も欠航した時がありました。このため地元では、交通手段の選択肢は多い方が良いという考え方のようです
石川
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国土の骨格となるところは、国と地方が協力しながら新幹線を整備する体制になっていますが、採算性を考えなければならないところに新幹線の難しさがあります。ただ、作ればいいというものではありません。
- ──その意味では、北海道は開発が遅れ、ビジネス基盤が弱いことがネックになっていますね
石川
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私としては、鉄道輸送は新幹線がすべてだとは思いません。これまでの130年で、今日の日本の鉄道網は構築されました。鉄道として成り立たないところはやむを得ませんが、そうでないところでは、できるだけ地元の鉄道を利用してほしいと思います。
新幹線が素晴らしい交通機関であることは確かですが、新幹線がないから、その区間は鉄道を利用しないという姿勢ではなく、在来線もサービスを向上し、スピードを上げていくなどの質を上げることが必要です。そうして、地域の人々も是非利用していただきたいのです。
- ──鉄道の網の目が粗い地方では、どうしてもマイカーに需要が流れてしまいますが、ヨーロッパではパーク・アンド・ライド方式を導入し、マイカーと鉄道の連携と住み分けに成功しました
石川
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そうですね、パーク・アンド・ライドは是非とも進めていきたいですね。これには、みんなで鉄道を維持していく気持ちを持っていただきたいという思いが込められます。
かつて、冗談半分で伝えられた話ですが、ある地域の方々が、地元にローカル線を残してほしいと陳情に来ました。そこで、「皆さんは、ここまで何に乗ってきましたか」と尋ねると、実はみな乗用車で来ていたとか。それでは筋違いというもので、残したいという気持ちがあるなら、ぜひそのローカル線を利用して来てほしいと思いますね(苦笑)。
ただ、何が何でも鉄道に乗りなさいと強制するわけにはいきませんから、できるだけ鉄道を利用してもらえるように、鉄道事業者はもちろん、関係者みんなで鉄道の質を良くしていく努力をしていかなければなりません。
その中で、パイの大きいところは、鉄道の高速化を図ることです。新幹線の敷設は新しい線路を作ることですが、既設の鉄道の改良でもあるわけで、いわば在来線のスピードアップなのです。それを究極の形にしたものが新幹線というわけです。
在来線にできるだけ改良を施してスピードアップしていくことも大切なのです。例えば北海道で言えば、石勝・根室線を改良し、札幌―釧路間の所要時間を45分短縮しました。それによって、乗客は飛躍的に増えたのです。車両を換えたり、枕木を強化したり、線路をできるだけ直線化したりして、わずか1分ずつのスピードアップを少しずつ積み重ねていった結果、45分の短縮が実現できたのです。それだけでも、十分な効果はあるのです。
- ──新幹線はもちろん急行列車には、自由席があるので、必ずしも予約に拘束されない自由度がありますね
石川
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飛行機はギリギリの限界までスペースを取ってありますが、鉄道の場合は車両に余裕があるので、ゆったりできます。乗客がたくさんいれば、それだけ良いサービスを提供でき、みんなで支えることができます。
人がたくさんいればこそ、街のなかにも良いレストランがたくさんできます。逆に、人がいなければ、いかに良いレストランができても成り立ちません。このために、常にどちらが先かという議論になるわけですね。
- ──地方では、新幹線ができる反面、従来の在来線が合理化されて廃止されることを懸念する声も聞きますが
石川
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企業経営という観点から見ると、新幹線を持ちながら在来線も残すというのは、二重投資になります。したがって、新しい新幹線を作った場合は、JRは在来線の経営が困難になります。その点はぜひともご理解いただきたい。
問題は、在来線をJRの経営から分離した時に、地域の地場輸送をどうするのかです。極端な場合は、地場輸送は不要となり、廃止することもあります。しかし、そうは言うものの、通勤・通学客がいるので第3セクター方式で継続しようということになります。
今までのケースで言えば、長野新幹線開通後、併行在来線である信越本線の横川―軽井沢間は廃止となりました。東北新幹線の盛岡以北では、岩手・青森県内の在来線を地元の第3セクターで運営していく方針です。北海道新幹線の場合も、この問題に対処する必要があります。
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