〈建設グラフ1999年9月号〜10月号〉

interview

都内渋滞対策が最重要課題

東京都建設局長 古川公毅 氏

古川公毅 ふるかわ・ひろき
昭和18年3月10日生まれ、東京都出身、東京大学工学部土木学科卒業
昭和44年4月東京都人都(南多摩新都市開発本部勤務)
昭和57年4月都市計画局多摩西部建築指導事務所開発指導課長
昭和60年1月企画審議室計画部副主幹
昭和61年12月港湾局計画部副参事
平成 2年8月都市計画局施設計画部交通企画課長
平成 4年12月建設局北多摩北部建設事務所長
平成 7年6月建設局道路保全担当部長
平成 9年7月建設局道路建設部長
平成10年7月建設局道路監
平成11年6月建設局長
国費における基盤整備事業費のシェア拡大に向けて、東京都が本気で乗り出した。本庁建設局以下、全24出先事務所が挙党態勢で、政府自民党に精力的に陳情活動を始めている。これまで、不交付団体として、都内での税収は地方に配分されるという構図が是認されてきたが、財政緊急事態を迎えた今、事情は一変した。同局の主力ポストである道路建設部長及び道路監を経て就任した、古川公毅建設局長に、都内の基盤整備の意義と、予算確保に向けての戦略などを伺った。
――建設局長として、建設行政のトップという立場になりました。都は財政緊急事態という状況ですが、これを踏まえながらもどんな基盤整備を行う考えですか
古川
一言でいえば、“東京及び東京圏を活性化するための基盤整備”に邁進したいと思っています。確かに日本経済、東京経済の低迷を受けて、都財政が厳しい状況にありますが、これを打開するための抜本的な対策の一つが都市基盤の整備です。特に道路、河川、公園、区画整理、再開発などの整備を強力に推進し、交通渋滞の解消、生活環境の向上を図ることだと考えています。
私たちは東京及び東京圏が元気になれば、日本経済も活性化してくるものと考えています。とりわけ東京の都市基盤整備は、整備効果が高いわけですから、私はその意気込みで、都市基盤の整備に全力を挙げていきたいと思っています。
――首都圏での投資効果の高さを、具体的にどう表現し、主張していきますか
古川
現在、都内における自動車の平均走行速度は18qで、23区部では15qです。信号待ちが2−3回、ひどい所は4回にもなっています。これをもしも平均30q、信号待ち1回の状況に改善できたならば、都内の時間短縮効果や走行経費削減効果などによって、年間4兆9千億円の経済効果があるのです。
――問題は財源対策ですね
古川
そうです。都財政の状況を考えると、これまでのようにかなりの部分を単独事業としての整備によって解決することは不可能です。したがって、国費の東京への配分の拡大を強く要望したいのです。これは私の在任中に、是非とも成し遂げたい課題です。
――都は不交付団体ですが、国費シェア拡大に力を入れるということでしょうか
古川
これまでも、都は国費の配分拡大をめざす取り組みを行ってきました。とはいっても、個別的、散発的な取り組みに止まっており、全庁挙げての体系的、総合的な取り組みではなかったのです。
しかし、政府は2年前に財政再建のため、公共事業費の7%削減を実施しました。その時に、与党・自民党本部では地方重点配分への動きが生じてきました。当時の佐藤建設局長はそのとき、「明らかに、政府はこれまでの動きとは違う。何とか食い止めなければならない」と判断しました。
――確かに、地方優先で大都市を犠牲にするという印象がありましたね。そこで、どんな対策を講じたのですか
古川
局としては異例でしたが、初めて出先機関である24の事務所の所長・副所長会を緊急に開催しました。そこで、各所長と副所長に「政府・与党の中で、これまでにない、無視できない動きが出てきた。これに対抗すべく、東京の現状を都選出の国会議員、都議会議員、区市町村長の首長の皆さんに率直に伝えてほしい」と訴えました。特に都内選出の代議士には、国会や自民党建設部会などで発言してもらうため、その有力材料となるよう、東京における都市基盤の整備効果を体系的に説明したパンフレットを作成しました。それを所長、副所長が一斉に出向き、皆さんに訴えるという方法を採ったのです。
――どんな内容なのでしょうか
古川
例えば、ガソリン税は全国比で7%の売上シェアがあります。ところが、一般国道、高速道路を含めて道路特定財源は、都民のためには4%分しか還元されていないのです。しかし、先にも述べましたが、都内での自動車の走行速度を30qに上げただけで5兆円の経済効果が期待できるのです。
――地方でも、あまり認識されていなかった点ですね
古川
にも関わらず、当時の山崎政調会長は佐賀県で「大都市部22% 削減」を発言してしまいました。もちろん、地方のためのリップサービスではあったのでしょうが、これには都選出国会議員も、直ちに「容易ならぬ」と危機感を持って下さり、自民党都連から山崎政調会長に申し入れて頂きました。その結果、山崎会長から「都内の代議士達が、これほど基盤整備に熱心であることを初めて知った。したがって、22%削減発言は撤回します」との回答を得たのです。それほど意識が盛り上がってきたのだと、私は感じています。その結果、お陰様で平成10年度予算は全国並みの配分を確保し、22%削減は回避できました。
――確かに、道路財源をめぐっては、岐阜県知事による「東京タコツボ」発言が聞かれるなど、かなり過熱した経緯がありましたね。しかし、その後、公共事業に対する都内での世論が変化したように思えるのですが
古川
そうですね、前回の参院選の結果を受けて自民党内に「都市型公共事業」の必要性が議論されるようになり、総裁直属の大都市問題対策協議会が設置され、答申が出されました。その意味からも風向きは変わってきました。そして、10年度の2度にわたる補正予算及び11年度当初予算では、全国的にみても東京都は高い配分を頂き、大きな成果を上げました。
――現実に、都内道路の渋滞状況は、あまりにも酷すぎます。いかに財源難とはいえ、これでは「道路管理者は何をしているのか」との批判を受けかねませんね
古川
そうです。移動に大変時間がかかって、重要なキーパーソンが動きが取れないという状況もあるし、また青果物など生活物資の搬送にも影響していますから、渋滞解消は最重点の課題です。都の財政危機がさらに進む中、東京を元気にしなければならないということで、渋滞対策、ボトルネックの解消などによって東京経済の高コス構造も解消しなければなりません。
そのために、東京圏における3環状(圏央道、外環、中央環状線)の整備を促進するとともに、東京においては幹線道路、特に区部の環状2号線新橋虎ノ門地区、環状5号線池袋付近、池袋・新宿・渋谷を結ぶ環状6号線、放射6号線北新宿、環8の練馬・板橋・北区間などを重点整備しなければならないのです。
一方、多摩地域では南北道路が整備されていないために渋滞がひどいので、南北5路線、多摩川中流の架橋などを一刻も早く進めなければなりません。実際、府中四谷橋が1年前に開通したため、それまで、8万台と混んでいた関戸橋の交通量が2万台も減少し、橋梁渋滞がなくなったのです。また圏央道のアクセス道路の整備も急がれます。
――その他に、いわゆる「開かずの踏切」対策も必要ですね
古川
そうです。踏切渋滞の解消も緊急の課題です。都内には1200か所の踏切があり、中央線の武蔵小金井駅東側にある踏切などは、ラッシュ時には60分のうち59分が閉まっている状況が、今なお続いています。
――59分もですか!?
古川
こうした地域は、連続立体化を進めなければなりません。中央線の他に小田急線や蒲田駅付近の京急線なども連続立体交差化事業を推進することによって渋滞を解消したいと思います。
――道路事業を巧みに活用した事例としては、「ゆりかもめ」のような新交通システムも魅力がありますね
古川
公共交通へのシフトを推進する多摩都市モノレールは、昨年暮れに北側が開通しましたが、本年度には南側区間も多摩センターまで開通するので、非常に便利になります。
これが一段落すれば、引き続き日暮里舎人線の、足立方面での工事がいよいよ最盛期を迎えます。
また、ゆりかもめは、多くの乗客に利用されていますが、これを有楽町線の豊洲駅まで3q延伸して、交通渋滞の解消を図る計画で、今年中に着工します。
このように道路状況を踏まえると、とりわけ渋滞解消に事業の重点を置き、できるだけ早く整備効果が発揮できるよう効率的な事業執行を図っていきたいと考えています。
――道路整備の効果を数値で表現するのは、大変分かりやすい試みです。道路は、整備が進めば進むほど効果が出ると言われますが、現実にはいかがですか
古川
東京の道路は、整備効果が極めて高いのです。ただし、事前調査を十分にしておかなければ、それを数値で示せません。これまでは、現状の混雑度に関して事前調査が十分でなかったきらいがありました。
都内の環状8号線の井萩立体化事業で事前調査を行ったところ、外回りで四面道から谷原交差点まで最大77分もかかっていたのが、整備後は11分に短縮されました。削減効果として年間200億円という数字が算出できました。650億の工事費ですから、3年余で回収出来るということです。このことをパンフレットにして紹介したところ、「これは分かりやすい」と評価されました。
したがって今後は、このようにあらかじめ整備効果をきちんと出す計画的な取り組みを実践していこうと思っています。
――石原知事も道路整備には積極的のようですね
古川
知事には、以上のような資料をもとに説明をしました。環状など骨格幹線の整備に3兆2,000億円、中央線などの連続立体交差に8,000億円、日暮里舎人線や多摩都市モノレールを完成させたり、ゆりかもめの延伸には6,000億円かかります。それ以外の道路は骨格幹線とネットを組むため、それに1兆4,000億円で、合計6兆円の予算が必要です。
したがって、東京都内の平均走行速度を18qから30qに向上させ交通渋滞を解消するのに6兆円かかるわけです。
現在、東京都が道路整備に投入している年間予算は2,000億円から2,500億円ですから、20年以上かかる計算になります。財政状況が厳しいわけですから、事業の進捗を早めるには国費の導入を拡大するしかないのです。したがって、整備効果の高い東京圏においてガソリン税などの道路財源を適切な配分に戻してもらうことが重要です。
ガソリン税などの特定道路財源は、売り上げに応じて本来なら7%の2,500億円が東京に配分されてしかるべきですが、現実には4%の1,500億円の配分にとどまっており、1千億円のギャップが生じています。
私たちのこうした説明が、知事にも理解され、以後の会議ではベンチマークス(政策の達成度を測る指標)の作成について全局に指示がありました。これは行政評価の手法で、行政の達成目標を具体的な数値で示すことで客観的に政策議論が出来ます。いわば政策を科学化するということです。その例として、知事は道路の渋滞問題を取り挙げたわけです。
加えて東京圏の3環状(外環、中環、圏央道)の現況について見ると、外環は埼玉県では完成していますが都内は未完成で、圏央道も青梅までは出来ていますが全体はこれからです。
――財源確保とともに、国道、高速道路の整備促進に向けて、国や公団に対する働き掛けをさらに強めることになりますね
古川
そうです。この2年間、東京だけで行動せずに、神奈川、埼玉、千葉県と指定都市の横浜、川崎、千葉市で7都県市連絡協議会を構成しました。知事同士の会合としては、首都圏サミットがありますが、それとは別に公共事業の財源確保のため機動的に動けるよう各自治体の副知事と助役で構成しています。都は青山副知事が担当します。そして相互に連携しながら主要道路の整備を推進していきたいと思っています。
――財源対策として、従来の国の補助金や地方交付税の仕組みを変えるということでしょうか
古川
二つの方向性があります。基本的な財源対策の仕組みを変えることと、合わせて現行制度の下での配分拡大を求める取り組みを区分して対応したいと考えています。もちろん、当面の財源確保とは別に、地方交付税の仕組みについても、何らかの変更を求める方向で考えていますが、これは腰を据えて取り組む課題ですね。
――国土庁の基本理念である「均衡ある発展」という思想が壁になるのでは
古川
基本的に均衡ある発展に異論はありませんが、ただ機械的に推し進めるとなると、逆に均衡を失う恐れがあります。日本と世界における、首都・東京の役割を果たしていくためには、基盤整備を一層推進し、高コスト構造を打破しなければ、世界の競争相手に遅れをとってしまうし、現に放置できない状況になっています。渋滞解消と生活環境の向上は、単に日本だけの国内的な課題ではなく、国際的な問題であると考えています。
――次に、河川事業についてお聞きしますが、最近は過度の降雨により、首都圏では様々な被害が発生しています。路上の排水は下水の役割ですが、河川の治水対策も急がれますね
古川
現在、都内の中小河川、特に隅田川から東側の武蔵野台地部や丘陵部を流れる中小河川は1時間50o程度の降雨に耐え得るように河川整備を進めています。しかし、護岸整備率は56%とまだまだ不十分です。50o対応といっても雨の降り方が多様なので、的確に対応するには川幅を広げることを基本にしていますが、家屋の密集地では用地取得に時間を要するので、地下調整池や放水路を合わせて整備しています。
これによって、安全率はようやく70%を確保していますが、やはり護岸整備をさらに進める必要があります。
また河川は貴重な水辺空間ですから、憩いの場としての整備にも力を入れているところです。特に、下町河川などは、情緒あふれる、かつての下町の風景を取り戻す川づくりに取り組んでいます。台地と下町の低地側との河川整備を、それぞれの特性を生かしながら推進したいと思っています。
――驚くべきことに、都内には水面よりも地盤が低い地域があります。堤防決壊の場合はどうなるのかと想像すると、ゾッとしますね
古川
隅田川から東側の低地は、大正年間以来、最大で4mも地盤沈下している地域があります。そのため、水面下以下のゼロメートル地帯が相当あります。
そういう地域の安全確保のため、高潮防潮堤の整備や隅田川のスーパー堤防の整備、また江東デルタ地帯では、比較的地盤の高い西側は護岸を強化、東側は逆に水位を低くして親水護岸という方式をとっています。
――そうした地域の住民は治水事業の重要性を痛感しているのでは
古川
以前に多摩地域の北側を流れる空堀川が、頻繁に床上浸水を起こしていましたが、最もネックになっていた区間 4qがついに完成し、通水式が行われました。地元の自治会が通水祭(写真1)を開催したのですが、予想以上に大勢の市民が参加されました。それほど多くの人々が関心を持ち、完成を心待ちにしてくれていたわけです。
この河川は、洪水時に水を流すとともに、普段は子供が水に親しめる護岸にしました。通水式では、過去に水害で床上浸水にあった方が「水害の苦しみからようやく解放され、素晴らしい河川空間を手に入れた」と話され、私自身もいたく感銘しました。水害の解消と憩える空間は、なかなか都市内では得がたいものです。これは河川だけでなく、公園にも言えることですが。
空堀川通水祭
――住民が待ち望み、完成を心から喜び祝う。これこそが真の公共事業というものですね
古川
特に東京のように建て込んだ過密都市の場合は、こうした事業についてはたくさんの人々が喜んでくれるのです。
――その過密状態を少しでも解消するには、再開発ももっと進める必要がありますね
古川
再開発にも防災事業としての再開発と都市基盤整備事業としての再開発と二種類があります。防災事業としての再開発では、亀戸・大島・小松川地区と白髭地区が代表的です。江東区ゼロメートル地帯の亀・大・小地区は木造密集地帯でしたが、再開発によって安全度を高めているわけです。
また白髭地区は、東側はすでに完成していますが、西側も立ち上がってきまして、中には新たな商店街が形成され喜ばれています。
都市基盤整備としての再開発は、環2(環状2号線)地区があります。地権者がここで生活再建が出来るようにと企画されたものです。しかし、最初は用地買収方式で着手したのですが、どうしても地元に残ることを希望する人が多くて、一時、頓挫しました。
その後、いろいろな手法を検討しましたが、結局、地元の人の気持ちに沿った方式としてできたのが、立体道路制度でした。環2の事業を想定して創設された制度で、ようやく地元住民との合意が出来て、都市計画決定もされました。現在、転居希望者からは用地取得したり、周辺にも拡大したいとの地元の希望に沿って都市計画決定の変更などを進めています。これは、新橋・虎ノ門地区の渋滞の解消にも役立つ再開発です。
――防災という意味では、以前から都は木密地域を指定して重点的にその解消を図る政策を行っていますが、先に新聞報道されたように、意外にも都民の防災意識が低いことを考えると、民間ベースの再開発も急がせた方が良いのでは
古川
確かにそれは必要なことですが、しかしながらよほどポテンシャルのある地域でなければ難しい。いわゆる床を造っても、相応の莫大な事業費がかかりますから、その費用を床から生み出せなければ事業として成り立ちません。
環2は新橋−虎ノ門を結ぶ路線ですから、その意味ではポテンシャルが高いわけです。再開発も区画整理も本来は民間ベースで実施するのが基本ですが、公共性が高く困難性も高い場合は、防災関連、幹線都市施設整備関連という主旨で都が事業主体になって取り組んでいます。現在の経済情勢から販売には苦労していますが、最近は上向きになっているので、今後の見込みは悪くはありません。
――先に防災と憩いの空間としての公園について触れましたが、確かに避難所としてだけでなく、現代の高ストレス社会の構造では、混雑から離れて一息入れることのできる空間は必要です。最近の公園、また動物園などの利用状況と整備方法は
古川
少子高齢化の影響もあってか、動物園の入場者は減少しています。したがって、今後は大人向けのプログラム、学習効果のある企画を考えていきたいと思っています。
都では動物園ボランティアとして、高齢者による「シルバーガイド」が活躍しています。上野動物園には103人、多摩動物園でも76人が登録しています。入場者によりポイントをつかんで見てもらうのが狙いです。高齢者の生きがい事業ということで、積極的に受け入れています。
また、公園や動物園は福祉のまちづくり条例に沿って、段差解消やトイレの整備、点字ブロックなどきめ細かな対応も図っています。
――公共事業のアカウンタビリティーについて、都はかなり先進的な取り組み事例が見られます。一口にアカウンタビリティーとはいっても、いかに効果的に演出してprするかがポイントですね
古川
そうですね。一つには、現場に掲げている事業広報板を思い切って充実しようと取り組んでいます。例えば、第3建設事務所の河川工事では、用地買収費の財源内訳まで広報板に表示しています。(写真2)
都内では、公共事業を実施する際に、地方では考えられないほど多くの人々がそれを見ているのです。ところが、これまでは工事中と表示した看板しかなく、工事の目的や整備効果、事業費の財源内訳、リサイクルの有無までの説明はしていなかったのです。
今後はそれを整理して、より分かりやすい情報を提供したい。また、これまでは地元住民向けでしたが、道行くドライバーをも意識した広報板へと内容を充実させ、説明責任を果たしたいと考えています。

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