〈建設グラフ2001年1月号〉

interview

河川行政に民主的取り組み

公共事業見直しの指定はなし

建設省東北地方建設局 河川部長 藤野 忠 氏

藤野 忠 ふじのただし
福岡県出身、昭和26年1月16日生
昭和49年 3月 九州大学工学部土木工学科卒業
昭和51年 3月 九州大学大学院工学研究科修士
昭和51年 4月 建設省入省 北海道開発局石狩川開発建設部
昭和57年 4月 近畿地方建設局大滝ダム工事事務所調査設計第一課長
昭和59年 4月 近畿地方建設局河川部河川調整課長
昭和61年 5月 建設大臣官房技術調査官
昭和63年 6月 東北地方建設局長井ダム工事事務所長
平成 2年 4月 中国地方建設局河川部河川調査官
平成 4年 10月 九州地方建設局熊本工事事務所長
平成 7年 4月 京都府土木建築部河川課長
平成 9年 4月 (財)ダム技術センター首席研究員兼企画部長
平成12年 4月 東北地方建設局河川部長
東北地方は、磐梯山の火山活動が小康状態になったものの、今度は岩手山の動向が要注意となっている。東北六県の水政、砂防を与る東北地方建設局河川部は、岩手山の監視に神経を注いでいる。一方、古くから幾多の氾濫を起こし、多くの犠牲者を出した阿武隈川では、歴史的事業として平成の大改修が行われている。その他、秋田の輪中堤、宮城の二線堤など、東北の治水事業は話題性に富んでいる。しかも政府の公共事業見直し作業の中では、東北地建担当の事業は一つも指定を受けなかった。そこには、一関堤に見られるような、遺跡保護のために河川堤防ルートの変更を断行した柔軟性と決断力が背景にある。藤野忠河川部長に、これら特色ある事業と、治水事業の基本姿勢について語ってもらった。
――昨年は火山噴火の当たり年でしたが、磐梯山も一時期雲行きが怪しかったようですね
藤野
磐梯山は、いまのところ小康状態を保っています。むしろ、監視体制を敷いて警戒を強めているのは岩手山です。現地に防災情報センターを開設しました。岩手県ですから宮沢賢治にちなんで「イーハトーブ火山局」と呼んでいますが、監視テレビによる画像情報を光ファイバーで送信しています。普段は火山学習の場として一般に開放しているほか、いざとなれば現地対策本部になります。
岩手山の火山活動は、98年に火山性地震のピークを迎え、99年にはかなり落ち着いていましたが、5月には震度4の地震が発生したり、9月には大地獄谷で噴気による笹枯れが確認されました。このため、火山予知連絡会は、西岩手山で地熱や噴気の活動が次第に活発化しており、これが水蒸気爆発につながる可能性があると指摘し、今後も推移を注意深く監視する必要があるとの統一見解を発表しました。
――体制は万全ですか
藤野
直ちに防災マップを作成し、国と自治体が共同で「岩手山火山防災ガイドライン」を策定しました。
その中で「岩手山の火山活動と防災対応の仮想シナリオ」を策定し、異常データ観測・活動活発期、避難期、避難生活期、生活再建期に分け、各期ごとに行政、学識者、防災関係機関が何をすべきか役割分担を明確にし、それぞれの対応計画を明確に定めています。
――噴火の際には、どんな状況、被害が予想されますか
藤野
爆風(火砕サージ)で樹木や家屋はなぎ倒され、噴石によって動植物が死滅したり、家屋が破壊され、これが火災という二次災害を誘発する危険性もあります。
火砕流が発生すれば、全ての建物、動植物が壊滅的な打撃を受け、また火山灰の降下によっては、人間の呼吸にともない健康に悪影響を与えます。火山灰が降り積もった後は、自動車のスリップによる事故が発生したり、農作物への被害が発生します。また、火山灰の重みで建造物が倒壊する可能性もあります。
溶岩流が発生すれば、田畑、家屋など全ての財産は焼失し、厚い岩石の下に埋没します。積雪時に火砕流が発生すれば、流下中に周囲の雪や土砂を巻き込むため、下流は広範囲にわたって、氾濫します。土石流の発生や、噴火、地震が引き金となって山崩れが起こる可能性もあります。
――どんな対策が行われていますか
藤野
先の仮想シナリオでは、第一期は活動活発期として異常データの観測が中心となります。第二期は避難期で、緊急対策に入ります。第三期は避難生活期で、応急対応が中心となります。第四期は生活再建期で、復旧復興対策に移ります。
――一方、河川改修などは進んでいますか
藤野
予算上の制約等もあって東北地建管内の治水事業は整備が遅れています。
しかし、平成10年8月に発生した阿武隈川の大洪水を機に800億円の事業費を集中投資して阿武隈川の大改修に取り組んでおり、12年度でおおむね概成までもっていきたいと思っています。
――「平成の大改修」ですね。どんな事業を実施していますか
藤野
阿武隈川は、福島市、郡山市、須賀川市などの福島県中心部を流れており、昭和61年8月の洪水と平成10年8月の大洪水で甚大な浸水被害に見舞われました。これは、完成している堤防が、必要とする延長の3分の1しかなく、無堤地帯が全体の30パーセントも残っているという河川整備率の著しい低さが原因です。
したがって、集中的な投資による抜本的な治水対策と、ハード、ソフト両面の対策上の連携を急がなければなりません。そこでスタートしたのが、この平成の大改修です。総合的な河川改修と改良型災害復旧事業を短期間に集中的に行おうというものです。
――この他に、管内として特色ある治水事業はありますか
藤野
秋田県の強首輪中堤や、国道346号鹿島台バイパスと共同事業である鳴瀬川と吉田川にかけて整備した二線堤、そして埋蔵文化財を保護するためにルートを変更した一関遊水地などがあります。
輪中堤は、強首地区の集落を堤防で囲んで、いち早く防災効果を高める事業です。本来は河川全線にわたって強固な堤防を整備するのが理想ですが、危険地区や優先地区で即効的な治水効果を得るために、行うものです。
二線堤は、洪水から集落を守るとともに、洪水・氾濫時に復旧活動を迅速に行うための管理用通路を整備するものですが、鹿島台のケースでは、これを国道346号線のバイパスとしても機能させるというものです。
――河川といえば、かつては聖域でしたから、本来は近寄り難く、道路といえども河川の線形には従わざるを得ないという意識がありました。それだけに、堤防や管理通路を多目的に利用するなど思いも寄らなかったことですが、河川の開放と水政の民主化がここまで進んでいることを考えると、隔世の感がありますね
藤野
河川管理者とは決して、そんなに頑ななものではありません(笑)。その最も象徴的な事例は一関遊水地ですよ。
北上川の中流部である岩手県南部に位置する一関地区は、その地理的な特性から水害によく見舞われた地域で、昭和22年、23年と続いた大洪水では死者、行方不明者が600人にも上り、大きな被害を被りました。そこで北上川の根本的な治水対策として計画されたのが一関遊水地でした。
ところが、計画予定地に岩手県平泉がありました。平泉といえば、奥羽の覇者・藤原三代が、政庁として平泉館を置いていた地域で、「柳之御所遺跡」がある所です。
しかし計画当初は、この遺跡が分かっていなかったので、この遺跡を通る形で一関遊水地の堤防と国道4号平泉バイパスが整備されることになっていたのです。しかし、工事予定地の発掘調査が進むにつれて、御所跡であることを裏付ける遺品や遺構が発見されたわけです。
これらはわが国の歴史を解明する上で貴重な資料になると判断し、遺跡を避けるよう堤防とバイパスルートを川側に変更したのです。
――確かに異例のケースと言えますね。ところで、この管内は、ダムもかなり多いですね
藤野
東北地建は“ダム地建”と言われたほど、ダムの数が多いのです。北上川では、5大ダムが有名です。各ダムとも洪水調節を行って本川に入ってくる水を調節しています。
――最近は、アメリカのようにダムを廃止して遊水池に切り換えるべきとの主張も聞かれました
藤野
確かに、ダム事業に対する世論の風当たりが強いですが、国情の違うアメリカと比較して十把一からげに議論するのはいかがなものでしょうか。アメリカはダム事業自体が完成に近付いているという事情があります。
――ダムに限らず、あらゆる治水事業の意義が認識されていないように思われます。行政サイドからは、単に事業関係の資料公開という方法でなく、もう少しポイントを明確に絞ったアピールが大事では
藤野
もちろん、そうした取り組みが大事だと思っています。平成9年の河川法改正によって、河川整備の方針や河川整備計画の策定には、地域の人達と一緒になって取り組むことになったので、これから事業の進め方は大きく変わると思います。河川整備の現状などを広く地域の皆さんに知っていただくためには、パンフレット一つとっても工夫が必要だと思っています。
その点、阿武隈川の平成の大改修では、地元住民に対する説明会を何度も開催し、そのつど計画の一部を修正してきたのです。河川整備計画の策定にあたっては、学識経験者や地域代表らによる流域委員会を設置し、さらに地区ごとには小委員会も組織して、きめ細かく地域の声を事業に反映させる仕組みをつくりました。こうした取り組みには時間もかかりますが、一定の評価を得ています。中には形式的な委員会と心配する向きもあって、「本当にやってくれるのか」、「アリバイづくりでは」などという声も聞かれますが、私たちはあくまでも真剣なのです。
治水には長い歴史があり、地域間の利害関係も入り組んでいます。しかし、なにしろ自然相手ですから、一度に流域全部を守るわけにもいかず、計画にあたってどの地域でも満足が得られるようなバランスを取るのは難しい。流域すべてを守る連続堤防は、確かに理想ではありますが、莫大な時間とコストがかかるのです。
だから、新規施策として、宅地が集中している地域に限っては輪中堤等という選択肢も出てくるのです。
――阿武隈川のような大規模事業で、地元説明会を開催しながら計画し、地元の理解と協力が得られたのも画期的なことです
藤野
それだけではなく、国の公共事業見直し作業において、東北地建管内から中止すべき事業としてリストアップされたものは全くありませんでした。
――それは事業の正当性が認識されただけでなく、その進め方においても常に民主的な方法を選択してきた結果といえるのでは
藤野
簡単に言えば、地域にとっては必要な事業がまだまだあるということです。
東北は、藤原三代による統治など、歴史上の興味深い話がいろいろとあります。また自然環境も豊富です。したがって、地建としては、事業に関連して文化財や環境調査を実施しており、鳥類、動植物、魚類などの貴重なデータをかなり蓄積しています。そうした情報のデータベースを基盤に、自然保護団体、学識経験者、地元の方々などとの協議によって計画の変更や、場合によっては事業の一時中止も視野に入れながら進めるという事業手法は欠かせません。
実際、先の一関堤の改修では堤防・道路のルートを、御所跡保存のために変更しましたが、文化財保護のために河川のルートを変更したのは、建設省としても画期的なことなのです。
一方、地元NPOが北上川、阿武隈川で、昔の水回廊を復活させる構想を検討していますが、こうした歴史・文化にちなんだ事業も支援していきたいと思っています。

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