<1995年11月>

interview

再開発はクリアランス方式と路地裏文化を残す方式で

荒川区長 藤枝和博 氏

藤枝 和博 ふじえだ・かずひろ
昭和 2年生まれ、斜里町出身
昭和26年3月早稲田大学法学部卒業
昭和28年4月東京都庁勤務、都立工業短大庶務課長、総務局副監察員、
公害局副参事、教育庁施設計画課長、高等学校教育課長などを歴任
昭和52年荒川区企画部長
昭和54年同区助役
平成元年から荒川区長
現在 2期目
東京都荒川区は、東京都心部に比較的近い下町だ。都内はドーナツ化現象で、昼間人口と夜間人口の格差が問題になっているが、荒川区も都心に近いことが逆に足かせとなり、地価高騰で人口流出、企業転出、高齢化社会の進行に歯止めがかからず、藤枝和博区長は対策に頭を痛めている。そこで、区長としての任期は2期目だが10年以上も助役を勤め、区政に精通した同区長としては、何とか活力を再生させるべく、国、都、住都公団などを巻き込んでの大規模な再開発構想を進め、また新交通システムを導入するなど大胆な振興策に着手している。本道斜里町出身の同区長に、北海道と東京の開発事情を比較しながら、今後の区の方向性などについて語ってもらった。
――今期で2期目となりますが、区長に就任した頃の荒川区の情勢と、当時抱いていた「まちづくり」の理念についてお聞かせください
藤枝
一言で言えば「活力ある荒川区を作ろう」でしょうか。というのも、千代田区や港区など都心部では計画的に都市づくりが行われてきましたが、荒川区、墨田区など、都心周辺地域では秩序ある開発がなされず、しかも都心に近いことから地価が高く、マンションなどの家賃も高いので若い人たちが転出してしまいました。
また、かつての荒川区の活力の基礎であった町工場は、拡張や建替えが法的に制限されたこともあり、区外流出が続きました。
このように都心部の外側は相対的に高齢者が増え、都市としての活力が非常に落ち込んでしまい、専門用語で「インナーシティ問題」という言葉がありましたが、まさにその状態でした。この低落傾向を何とか立て直すべく、第一の目標としてまちの活力を取り戻すことをキャッチフレーズにしたわけです。
もう一つの目標は、荒川区には、昔ながらの下町の「義理と人情」が残っていて、路地裏の文化と賞賛されるほど、人々に思いやりの心や温かく助け合う気風が強いのです。それをどう残すか。
エピソードですが、以前に森喜郎建設大臣に陳情した際、「荒川区はいいところですね」と言われたのでなぜご存じなのか尋ねると、「選挙運動で荒川区を回ったが、そこへ行くと気持ちがホッとします。東京の中にそのようなところがあるのは、本当にうれしいことですね」と言うのです。
したがって再開発を進めながらも、そうした荒川らしさを残すかということが大事ですね。
――都心部のような方法で荒川区も開発すれば、人情的な古い良いものが失われていくでしょうが、さりとて、このままでは活力が低下の一途をたどる心配もあり、そのバランスが難しいところですね。
藤枝
札幌など都市部での再開発の話を聞きますが、東京は北海道と違って地価が高く、密集して細分化された地権者が多く大変です。
私のところでは、まちの形態を全面的に変えて近代化する「クリアランス方式」の箇所と、「路地裏文化」を大事にするため、「修復方式」で行う二面作戦をとっています。つまり、新たにまちを再形成するところと、道路が狭く危険なところを拡幅したり建物の建替えを支援するなど、従来の様子を生かしながら修復するところの2系統の考えで進めているわけです。
具体的には、地下鉄千代田線と京成線、都電が交錯している交通の要所「町屋駅」周辺で、数年前から5ブロックに分けて再開発を行っています。このうち2つは完成し、現在、3ブロック目を工事中です。来年春に完成の予定ですが、22階建ての超高層ビルが中心です。
地元による再開発組合に、区が国と東京都の補助を受けて支援しているのですが、区の公共施設も入れます。その費用は2フロアで60億円もかかります。
また南千住地区では、とても密集した地区で、防災上の危険度も高いことから、東京都が平成12年の完成を目指して再開発事業を行っています。
着手から12年立った現在も住宅を次々と建設しています。隅田川のウォーターフロントを活かした住宅4,100戸、住民14,100人、事業費は約3,000億円規模です。
また旧国鉄用地の跡地開発として総事業費2,800億円の開発も進めています。これは2,500戸の住宅と業務商業施設も作る新しいまちづくりです。しかし2,800億円もの予算を、区単独で負担することはできませんので、住宅は住都公団や都の住宅供給公社が担当し、業務商業地区は住都公団が専業主体です。区も基盤整備のほか、一部土地を購入していますが、あくまでコーディネーター役として位置づけています。
一方、交通網の整備ですが、JRの日暮里駅から足立区舎人(とねり)間の約10キロ、埼玉県境まで「新交通システム」を計画しています。神戸のポートライナーのような無人でコンピューター制御で高架の上を走行する新しい交通システムを、東京都が主体で区と共同して進めています。
また、「常磐新線」という茨城県のつくば学園都市から都心部まで、荒川区を通る約60キロの新しい鉄道が着工されています。
荒川区も出資した第三セクターが主体になり、鉄道事業費だけで8,000億円、関連開発を含めると20兆円にのぼるとされる事業です。
――地方の市町村などでは地区を機能別ゾーンに分けて都市計画を立てるケースが多いのですが、荒川区では
藤枝
その方法は、ここでは無理でしょう。学識経験者などに計画を任せるとそういう意見も出ると思いますが、現実的には、何しろ土地自体が非常に細分化されています。したがって大地主がいるところとは異なり、難しいのです。北海道から見ればせせこましいと思われるでしょうが、わずか20〜30坪の土地を、何年もかけて説得して買収するなどは茶飯事なのです。
――その外の課題は
藤枝
区の現時点の緊急課題は、「防災対策」と「人口対策」です。1月の阪神・淡路大震災を契機に、震災に強い安全な街づくりが強く求めれています。
道路・公園など都市基盤が脆弱で木造密集地区が多い荒川区では、いろんな手法をもって手立てを講じていくことが必要となっています。
もう一つの人口対策ですが、昭和30年代には25万人、ピークは戦前の15年に35万人いました。それが現在では18万人に減ってしまいました。
――人口対策の決め手は
藤枝
一つは住宅対策ですね。区立や都立の住宅、北海道でいえば公営住宅ですが、これは入居される方の所得水準を低く抑えていますからあまり作り過ぎるとバランスを欠きますので、中堅層を多くしたいと考えています。その区立住宅ですが、いま建設しているのは22階建ての象徴的なもので、163世帯を入れます。土地代を別にして55億円ですから、札幌市に比べてかなりかかります。
それに、民間の新築マンションを借り上げて区立住宅にしたり、新婚さんや区内に住み替える方のための家賃助成を1か月5万円ほど行っています。若い人の定住対策です。
さらに、中堅ファミリー層の方々に定住してもらうためには、住宅だけではなく、文化施設やスポーツ施設、公園など、魅力ある施設を総合的に整備していかなければなりません。
そこで、文化施設として「文化情報センター」や「教育総合施設」を区が整備しています。また、東京都の「都民音楽プラザ」を誘致していますが、これは、土地は既に用意されているのですが、都財政も苦しくなってきたのでなかなか進みません。
先日、青島都知事に促進を依頼してきましたが、知事も就任して間も無いので即断即決という訳にはいきませんでした。完成すれば、音楽の殿堂として素晴らしい施設です。
さらに、保育園・幼稚園の充実や高齢者対策も欠かせない課題です。
――まちづくりの、北海道と東京・荒川区との端的な相違は
藤枝
北海道の市と荒川区を比べると、仕事の重点の置き方が全く違うでしょうね。
荒川区は古いまちを新しく再開発するのが最も重要な課題だからです。
また北海道では市町村が独立しており、区域内で完結していますが、東京都では23区が集まり、まち続きになっているので、単独でまちづくり事業をしなくでも、事実上、分業の形で済ませることもできます。例えば杉並区は住宅のまち、荒川区は町工場のまち、新宿区は業務と商業のまち、というようにです。
ただ都心部の千代田区は、昼間の人口が130万人なのに、夜間人口はたった5〜6万人で、千代田区長は「住民税を払ってくれる人は僅かしかいない」と嘆いています。
東京都では他県と違い、23区の固定資産税を一括し、不均衡にならないよう再配分しているのです。
――地方分権と言われていますが、その意味から23区の分権というのはありますか。
藤枝
長年、区を普通の地方公共団体並みにしようと運動を続けており、今年4月か5月に新法が国会に提案される予定でしたが、1月の大震災で棚上げになりました。
分権には二面性があります。完全に分権してしまうと、千代田区では莫大な固定資産税が入りますが、5〜6万人の人口では多過ぎます。
反面、荒川区や中野区など周辺区では財政が厳しくなるわけです。したがって地域格差解消のため、分権はするが、財源は一定の基準に基づいて分け合うことになるでしょう。しかしこれは技術的に非常に難しいことです。
また更に、国会など首都機能移転がなされれば、税収は減りますし、東京の産業界は大変なことになるでしょう。
鈴木前知事は、首都機能移転には反対の立場でしたが、現実的にはどんな姿になるのかよくわかりません。
――都市博中止による影響は
藤枝
区の関係予算としての影響は、ほとんどありませんでしたが、他都市の不満は強いようです。あのような大きなイベントは、現在のような景気低迷期にこそやるべきだったのではないかと思います。
たとえ都市博が赤字になっても、景気回復になるなら、気分も違ってくるだろうということです。ある金融機関の試算によると、経済効果は1兆数千億円ということですから、100億円や200億円の赤字が出ても全体を考えますとね…。その意味では残念でしたね。
――最後に一言
藤枝
いま荒川区の主要施策を3つ挙げよと問われれば、「再開発を中心としたまちづくり」「定住化対策」「高齢者対策」です。
がんばります。

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