建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1998年9月号〉

interview

水洗トイレは福祉、観光にも貢献

日本下水道事業団北海道総合事務所長 高橋徹男 氏

高橋 徹男 たかはし・てつお昭和20年6月23日生まれ、札幌市出身、北海道大学大学院修了
昭和 46年 採用(札幌市施設局下水道部)、下水道局施設建設課設計係長、同業務部係長職(下水道事業団)、同創成川処理場管理係長、同場長、同工事部計画課長、同施設部部長職(下水道資源公社)、平成7年6月現職。 
北海道の下水道普及率は78%に達しているが、実態は政令指定都市である札幌市や中核都市が底上げしているだけのことで、過疎地では低普及、未整備の町村が多い。整備に意欲的であっても財政事情が悪化している上、小規模処理場の建設・維持管理のコスト割高にどう対応していくか、技術的な課題も多い。そこで、本道の下水道整備に貢献する日本下水道事業団北海道総合事務所の高橋徹男所長に、最近の下水道事情や同事業団が導入したpm制などについて伺った。
――道内の下水道整備事業の現況や傾向からお聞きします
高橋
北海道総合事務所は全国の工事事務所の中で、受託している市町村の数が最も多く、二番目は長野県、三番目は愛知県、三重県、岐阜県の三県を担当している東海総合事務所という順番です。
事業費としては約150億円、前年度対比で約20%ほど伸びています。現在、建設中の工事は39団体。設計は38か所です。設計の事業費は約10億円のほか、技術援助として22町村に対して施設の維持管理などに関する技術的な支援を行っています。
事業完了後も自治体とは継続して情報交換などのおつきあいを続けていますが、そうした中で、自治体の下水道に対する高い認識を感じます。
下水道着手は、財政力の弱い自治体ほど遅れ気味です。北海道には過疎指定を受けている自治体が全体の2/3を占めていますが、平成3年度にこれらの自治体の下水道事業を後押しする代行事業制度がスタートしました。補助事業に対し、通常の国庫補助の他に道庁が自治体の負担分の1/2を補助する仕組みですので、事業着手に弾みがついています。
北海道も下水道の普及率が78%になりましたが、今後は、札幌市や旭川市のような大都市と異なり、中小自治体の、小規模な処理場が中心になります。
技術的な面では、積雪寒冷地ですから冬の対応にはそれなりの苦労があります。処理方法も標準活性汚泥法とは違い、オキシデーションディッチ法などの小規模向け処理方式を採用しています。この処理法は、維持管理が簡単で処理後の水質も標準活性汚泥法と同程度を確保できます。
――小規模の自治体でも安く簡単に施設整備が出来るように制度や技術が進んでいるのですね
高橋
そうです。長期的な問題は、ランニングコストです。施設規模が小さくなるほど、どうしても建設費は割高になりますから、いかにランニングコストを抑えるかがポイントです。
処理コストは10万tと1千tの処理場では随分と違ってきます。下水道料金は、大都市と小都市とでは2倍から3倍の格差があります。
大都市に比べ、中小都市の人達の方が所得が低い傾向にありますから、住民の負担はずっと重くなるわけです。
これからは北海道に限らず全国的にも小都市における下水道を整備が進んでいくわけですから、コスト縮減には一段と力を入れていくことが重要です。
――研究開発の取り組みについては
高橋
機器メーカーに注文を出したり共同研究も行っており、技術開発や改良を行っています。
単に設備だけではなく、システムそのものをできるだけ簡素で効率的にすることも大きな課題で、veの導入も進めています。
コスト縮減には直接、結びつきませんが、合理的な処理場づくりには、事業団自体の執行体制を効率化していく必要もあります。その一つとして、事業団はpm制(プロジェクト・マネジメント)を導入し、一人のプロジェクト・マネジャーのもとに建築、土木、電気、機械関係のスタッフで選抜してチームをつくり、処理場の設計から工事監督、完成検査、引き渡しまでの全体を管理していく考えです。
また、遠隔地の工事監督の効率化を図るため、建設cals等の導入も進めています。
――下水処理場に対するニーズにどう対応するかもポイントになりますね
高橋
確かに、自治体や住民の要望・ニーズも変化しています。以前は機能一辺倒で建設していましたが、下水処理場というと、どうも3kのイメージが強い。
下水道はまちづくりに必要不可欠ですから、それが住民から嫌われるようでは困ります。そこで悪いイメージを払拭しようということで、処理施設を地域に溶け込むようにデザイン面などに工夫を凝らすようになってきています。
――一時は、し尿処理場のようなイメージで見られたため、住民の目に触れないような工夫をしていましたね
高橋
し尿処理場などは、場所の選択に自由度が大きいですから、人の目に触れないように郊外に建設できますが、下水道処理場の場合は、管渠の延長が長くなるなど、どうしても高くついてしまいます。バブル期にはデザインにも凝った時もありましたが、最近では、コスト縮減の論議にからめて機能最優先の設計になってきています。
しかし、下水処理場は自治体が執行する一大事業ですからまちづくりの一環として考えており、まちのイメージに合わせた施設を提言してきています。
例えば、「絵本の里」の上川管内の剣淵町、「童話のまち」の滝上町など、まちづくりのコンセプトに合わせてデザインを考えています。また檜山管内の北檜山町、それから最近通水を行った十勝管内の陸別町なども処理場のイメージを払拭しようとしました。
――その場合、コストはどのくらい割高になるのですか
高橋
高くなったとしても、わずかです。大雑把に言うと下水道事業は、全体の事業費の半分は地中に埋設する管渠にかかります。残りの1/2で電気・機械などの設備。全体の1/4が土木・建築工事です。処理場の建築費は全体の1/8程度です。さらにその外装分となると非常に少ない額と言えるでしょう。
――コスト縮減へ向けた自治体の取り組みなどについては
高橋
昨年から稼働していますが、日高管内の静内町で実施したミックス事業があります。本来、公共下水道事業、合併浄化層事業、集落排水事業は、各事業ごとに処理施設を設け、それぞれで処理しています。静内町は、隣の新冠町と一緒にし尿処理を行っていましたが、処理施設の更新時期となったため、下水処理場に汚泥消化タンクを建設し、下水道、浄化槽、集落排水で発生する汚泥とし尿を一括処理するミックス事業が実現しました。
公共事業の多事業の複合によるコスト縮減ということで注目されましたし、建設省、厚生省、農水省の3省の協力があってこそ、実現することができました。町の試算によると、それぞれが単独で処理施設を建設するのと比較して12億円も軽減されたそうです。
ただし、このミックス事業がどこの自治体でもできるわけではありません。難しいのは、これまでの処理施設の更新と新規に着手する事業による処理施設の計画の時期が合うかどうかです。処理施設は稼働し続けなければならないし、新しい処理施設に併せて、休止するわけにはいきませんから。
――観光立県を目指す上でも下水道普及とともに公衆トイレの水洗化などは、進めるべきですね
高橋
その通りです。北海道は観光が大きな産業となっています。ところが、観光地のトイレが不潔であれば、特に若い人は二度と来なくなるでしょう。二度、三度と訪ねてもらおうと思うならば、トイレは水洗化によってきれいにすることです。
下水道の未整備地区では、「孫が遊びに来ない」「嫁が来ない」という話も聞きます。トイレの水洗化がされていないところでは、こういう状況もおこるわけです。
下水道は生活関連施設ですが、特にトイレが水洗化されることによって、高齢者の福祉政策にも大きく貢献しているのです。最近はウォシュレットも一般家庭に普及していますから、本人はもとより介護の労力軽減にもつながります。
――文明、文化の面からみても下水道事業は深い関わりがあると思いますが
高橋
下水道普及のはじまりは、コレラなどの伝染病の発生を抑える役割を果たしました。第一期は病原菌に対する対策として、まちの中から汚物を排出することでした。しかし、上流部で排出したものが、下流部で悪さをすることを考えれば、処理が必要となるわけです。この排出と処理がセットになって近代下水道が発展してきたわけです。
第二期は、処理されたが、低濃度の大量の下水で広く汚染された環境を守る時期です。第1期、第2期とも急性、慢性の違いはあっても個体の健康を守ることが目的で工学的な対応が可能でした。
最近、環境ホルモンが問題になっていますが、これが第三期と言えます。「個体」ではなく「種の存続」の問題となっています。濃度のレベルは測定が不可能なほど低くなっています。下水処理で本当に「環境ホルモン」に対応できるのか、今後の大きな課題になるでしょう。
これ程、低濃度の物質を処理するのは技術的にもかなり困難なことで、工学的な処理というより、環境ホルモンの発生をいかに抑えるか、使用しない生活スタイルを作り出すといった哲学的な対応が必要になると思います。

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