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interview

増収対策が最大の課題

都営12号線環状部は12年開業へ

東京都交通局長 加藤紘一 氏

加藤 紘一 かとう・こういち

昭和14年1月6日生まれ、東京大学教育学部卒。昭和37年入都(交通局)、51年交通局五反田駅務管理所長、54年交通局渋谷自動車営業所長、55年交通局自動車部副主幹、58年交通局自動車部計画課長、60年交通局総務部企画課長、62年交通局総務部財務課長平成 2年交通局主幹(福利厚生事業団交通支部長)、3年総務部参事(福利厚生事業団業務部長)、交通局職員部長、5年交通局総務部長、6年交通局次長、8年現職

建設中の路線が完成すると全長110qに達する都営地下鉄をはじめ、都バス、都電、上野公園内のモノレールなどを経営している東京都交通局。首都東京の基盤的都市施設として一日245万人に利用され、東京の公共交通の重要な一翼を担っている。独立採算制を原則としているが、このところの景気の低迷などで利用客が減少しており、その一方で膨大な地下鉄建設費の利子負担によって極めて厳しい経営状況に置かれている。都交通局の加藤局長に都営交通の現状と打開策を聞いた。
――新年度の予算編成が本格化していますが、高速電車事業の最近の状況は
加藤
地下鉄事業は建設と経営に大別されますが、経営はお客様が減少しており、非常に厳しい状況です。
これには短期的な理由と長期的な理由がありますが、短期的には経済的な不況の回復速度が遅いことです。例えば、パート労働者が少なくなっているなど経済のリセッションによる部分と、本社機能の縮小、OA化、海外進出など都内における産業等が2次産業に限らず本社機能等の空洞化が進んでいることが影響しています。ここ2、3年、私鉄、営団とも利用客が落ち込んでおり、社会変動の問題が背景にあります。
また、最近の傾向では周辺部の大規模団地からの通勤・通学客が減少しています。この理由として高齢化の進捗や少子化の影響で生徒が少なくなっていることが挙げられます。
これまで都営地下鉄の利用客は毎年2〜3%ずつ伸びていました。ある意味では右肩上がりが定着していました。平成5年度は一日平均約160万人の利用がありましたが、6年度から減少し7年度の利用客は一日平均約154万人にとどまりました。
したがって従前の発想で経営していたのでは交通事業は容易ならざる事態になる恐れがあります。今後、いかに乗客を増やすかは全職員の英知を結集しなければならない課題です。
――建設事業の進捗状況は
加藤
都営12号線の放射部は来年中には開業できます。環状部は当初、開業予定だった平成8年度を12年中に遅らせました。これは、工事着手に必要な地元等との事前協議や作業用地の確保に予想以上の時間がかかり、工事着手が大幅に遅れたことや、都心地区での工事のため、電気、ガス、水道など地下埋設物等の移設・防護や74か所にも及ぶ鉄道、河川等との交差箇所の防護工事など難しい問題がいろいろとあったからです。
特に新宿や六本木周辺は深夜でも車と人の往来が激しく、作業時間が制約され、工期にも時間がかかっています。現在は平成12年の開業をめざして全力を上げており、予定どおり開業できると期待しています。
――新年度の建設財源の確保も厳しいのでは
加藤
都営地下鉄は企業会計なので、財源は企業債に頼っています。一般財源が厳しいからといって建設のテンポを遅らせると、それだけ金利負担が大きくなります。一日も早く開業することが都民やお客様の負担を軽くしますから、工事を緩めるつもりはありません。
来年度予算についても必要な予算は何としても措置する考えです。

建設コスト低廉化が急務
――最近は公共事業の建設コストが議論されるようになりました
加藤
公共事業はこれまで経済成長を前提として成り立ってきました。右肩上がりの時代は経済成長率4〜5%前後で物価も3〜4%上がっていましたから、建設費の負担感を少なくすることができました。また、おおむね3年ごとに料金改定を実施することもできました。
それが80年代の後半から経済成長にブレーキがかかり、実質成長率が下がってきました。物価も安定しています。利用客も減っている。反面、地下鉄どんどん深くなり建設コストが高くなっています。ですからコストを下げないと建設できない状況に陥っています。
240〜250%という朝夕のラッシュ状況を考えると、大半を道路整備に回しているガソリン税などの道路財源を地下鉄事業に配分してもらうなどして、大都市の輸送力をバックアップすることが大きな課題となっています。そうすることで新たな建設需要を生むと思います。
いずれにしろ建設コストを下げなければ、マーケットがなくなってしまいます。施工業者にも『安くする方法を考えてくれ』と、ことある度に話しています。そのためには地方公営企業法の改正を要請し、コストダウンによって生じた果実が業者に還元されることも必要でしょう。
このように建設コストのダウンと新しい補助制度の確立、経営主体の合理化、乗客の確保対策を連動させることが重要です。乗客を増やすには、それぞれ企業独自の考え方では限界がありますから、私たちの浅草線が押上駅で京成電鉄と相互乗り入れを行っているように、他社線と一緒に営業政策を展開していくことが需要創出になります。お互いに他社の地域の情報をPRし利用の機会を増やすようにしたい。交通会社同士の「共生」こそが、これから生きていく道ではないでしょうか。
新宿線の急行運転を検討
一方、現状では新たな路線を掘るのは容易ではないので、線路容量を増やす方策を検討したいと思います。実は来年の都営12号線放射部の新宿駅延伸を目途に新宿線の急行運転ができないか検討中です。
幸い新宿線は部分的に複々線化できる余裕があるので、これを活用して急行運転するのは必ずしも不可能ではない。ただ、岩本町から新宿まではその余裕がないので、途中を大改造して急行運転ができる施設をなんとか安い工法と技術を導入して出来ないかと考えています。
浅草線でも経済ベースにのる施設の改修が可能になれば、都営地下鉄と京浜急行、京成電鉄を結んで成田と羽田空港を直通運転することも可能です。問題はいかにスピードアップを図るかです。
また、オーバフローしている京浜東北線と埼京線の混雑緩和対策として三田線を埼玉県側に延伸し、志村坂上あたりから巣鴨と大手町間をノンストップで走らせれば、輸送力がかなりパワーアップしこの2路線の混雑緩和に大きく役立ちます。
東京で最も問題となっているのは、パリのRERのような路線がないため、都心部をトランジット(乗り継ぎ)しなければならず、移動に時間がかかることです。例えば川崎から新宿へ乗り継いで行くのは結構不便です。
これからは交通人口の自然増は期待できませんし、初期投資をインフレーションで吸収するマジックも期待できないので、建設コストを下げることと、同時に強力な補助制度を編み出さない限り新線建設にはなかなか手が付けられないのが現状です。
企業債の償還期限の見直しを
――都営12号線の経営的見通しは
加藤
これは経営が大変です。地下鉄の建設財源の80%を占める企業債の償還期限は30年になっています。場合によっては建設費の60%程度は永久債にして、償還したければ株式のように市中から買い取ればいい。あるいは60〜70年の長期債にするなど、企業債の償還ベースを見直すことも必要です。そうでもしなければ資金ショートを起こして新線建設はますます難しくなる。インフレヘッヂを期待できる時代ではありませんから。
――制度上の問題に関して自治省とは協議しているのですか
加藤
来年、地下鉄の建設・経営について研究会を発足させる話が進んでいます。平成12年を目途に専門分野のエキスパートを交えて新しい制度を創ろうと話し合いをしています。
しかし、残念ながら日本の省庁はタテ割なので、守備範囲を越えて、複数の省庁の権限にまたがると、どうも構えてしまう傾向があるのです。結局、オールラウンドではなくスポットの研究会になる恐れがあります。この点では、交通省といった横断的な機関でもあれば好都合なのですが…。
防災対策などに多目的に活用
――地下鉄がこれだけ密集してくると防災面にも神経を使うと思いますが…
加藤
そうですね。昨年の阪神・淡路大震災後に現地を視察しましたが、地下鉄に関しては思っていたほど被害はありませんでした。特にシールドは強いようです。
都営地下鉄では古いほうの浅草線の耐震強度を調べても全く問題はありません。コンクリートは年数が経過するにつれて結晶化し固くなる性質があります。弾力性は落ちるのでクラックが入ることはありますが、大きく劣化することはありません。定期的に補修すれば十分です。
地下鉄駅の中柱については5年計画で補強工事を実施しています。災害が発生した際、地下鉄は物資や医療品などの搬送ルートになると思います。超法規的ですが多目的に活用できます。既成概念にとらわれず水平思考が大切ですよ。

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