建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1998年3〜4月号〉

interview

都内の道路整備で5兆円の波及効果

平均時速18キロ、ノロノロ運転で都民イライラ

東京都建設局道路監 沼尻 孰 氏

沼尻 孰 (ぬまじり・みのる)

昭和13年12月2日生まれ、埼玉県出身、日大工学部土木工学学科卒
昭和 36年 東京都入都(建設局)
51年 葛飾区土木部設計課長
59年 建設局企画部副参事
平成 2年 港湾局参事
7年 建設局道路建設部長
9年 現職
国土の0.6%に全人口の1割がひしめき合う東京都の交通渋滞はすさまじい。ピーク時の平成4年度は約6千億、8年度も約3千億を超す事業費を投入しながらも、都市計画道路の完成率は49.8%と半分にも達していない。混雑時の走行速度は全国平均(34.1km)を大きく下回る18.6km、23区内は15.7kmというノロノロ運転。国の平成10年度予算編成で政府・自民党が打ち出した公共事業費の縮減に伴って、自民党内に石油ガス税などを充てる道路特定財源の東京都への配分を大幅に減らす動きがあったことから、都は猛烈な巻き返しに出るなど、道路整備をめぐって大都市と地方都市との間でホットな論争に発展した。そこで都建設局の沼尻孰・道路監に東京都の道路整備の現状と課題などを伺った。
―道路事業費の配分をめぐって大都市と地方との対立が見られましたが、首都圏としての言い分もあろうかと思います
沼尻
都市も地方も道路整備の必要性は同じです。都市部には都市部特有の事情があり、それを理解してもらいたいと思うのです。
ところが、10年度予算における国の道路財源配分について、地方への見直しは行わずに、ただ都市部は22%カットという山崎政調会長の発言もあるので、昨年暮れに東京都の実情を理解して頂くため、急きょ道路整備財源の確保に向けたパンフレットを作成しました。
―都内の道路といえば年中、渋滞しているというイメージがありますが、整備の現況は
沼尻
東京都の面積は全国の0.6%にしか過ぎませんが、ここに全国の人口の約1割が生活しており、資本金50億円以上の大企業の55%が集中しています。しかし、都内の道路は総延長が23,319km、うち都道は2,232kmで、約2%でしかないのです。
道路の整備状況の目安となる道路率を見ると、ワシントンdcでは25%、パリは20%、ロンドンは16.6%。国内でも名古屋市では17.1%、大阪市は17.6%ですが、都内区部ではわずか15%です。
それでいて、平日の東京都関連の総交通量900万トリップのうち区部内々交通量は460万トリップで区部関連交通量の72.9%、多摩内々交通量は220万トリップで多摩関連交通量の72.5%、区部・多摩間交通量は32万トリップで、都内間の移動のための交通量だけで全体の8割を占めているのです。
東京都の12時間平均交通量は区部で全国平均の約4倍、都全体では約3倍に達しているわけです。



1時間、開かない踏切


―そうなると、たしかに交通の円滑な流れは期待できませんね
沼尻
混雑時の走行速度を調べたところ、全国平均の34.1kmに対して、都全体では18.6kmで、区部ではなんとわずか15.7kmでしかなかったのです。
もちろん、鉄道と道路との平面交差による『開かずの踏切』という問題も見逃せません。ラッシュ時の1時間における最大遮断時間は、jr中央線五宿踏切で60分、小田急線代々木上原3号踏切で53分、京浜急行線京浜蒲田第5号踏切で45分という驚くようなデータです。
―東京と横浜に挟まれている川崎でも、通過交通に悩んでいるようですから、都内の渋滞の余波は周辺都市にも波及しているようですね
沼尻
ですから、いくつかの都市を結ぶような大きな幹線道路は国が整備し、さらに地域間の道路整備は都道府県の仕事ですから、そうした役割分担を踏まえてお互いに連携しながら取り組んでいかなければなりません。
―現状では、そうした渋滞対策にどう取り組んでいますか
沼尻
付近の都市計画道路を優先して整備すれば、従前からの都道はそのままというケースはあります。多摩などでは、道路はあっても片道1車線のため右折車があれば延々と繋がってしまうので、渋滞の激しい交差点100か所に右折車線を新設するなど交差点改良事業を進めています。
拡幅とは別にこうした局所的な改良を実施して、少しでも今の交通需要に応えられるようにしたいと思います。
―阪神・淡路大震災から3年目を迎え、改めて「防災対策」がクローズアップされていますが、その視点から見ると、都内の道路は消防車などの緊急車両が入れるだけの道幅が確保されているのでしょうか
沼尻
都道は問題ありませんが、区・市町村道には緊急車両の進入できない道路がかなりあります。区部でマグニチュード7.2の直下型地震が起きた場合、環状7号線や中央線沿線の木造住宅密集地域を中心に延焼被害が予測されるので、安全で安心して住めるまちの実現に向けて、道路の整備や橋梁の耐震補強を進める必要があります。
そこで、平成8年3月に防災都市づくり推進計画が策定され、木造住宅密集市街地のうち11地区を区画整理や再開発、不燃化促進など各種事業を展開する重点地区に決めたところです。このほかに整備対象地域を加えれば、かなり広範囲になります。
重点地区の整備手法などについては、現在、地元と協議中です。中には地元が既に協議会を設置しているところもあり、地域によって多少の温度差があるようです。
―道路整備においては、これまで質より量を求めてきたきらいがありませんか
沼尻
東京の都市計画は、戦災復興において、現在の都市計画道路の多くが都市計画決定され、その後、シャウプ勧告により実現可能なものへと大幅に縮小されました。これにより、それまで50mだった大半の幹線道路の幅員を25〜30mに狭めて整備してきた経緯があります。
その後も見直しを行い、各区ごとの細道路網をやめて補助線として格上げしてきました。最近は環境問題に対する住民の関心も高まり、現行の計画を基本としつつも、環境基準をクリアするため、多摩の南北道路は両サイドに10mずつの環境施設帯を設けるように計画変更しました。
しかし、区部の場合はすでに高層建築物があることや、地価も高いので多摩と同じように拡幅するのは困難ですから、やむを得ず本線部分はスリットタイプの構造にし、下を走らせることでなんとか環境基準をクリアしているという状況です。
道路の幅員はそれぞれの地域の活力に応じて、交通の流れを基本にしながら使い勝手によって環境に配慮していくことが必要になってきます。道路は都市活動に必要な空間ですから、本来は平面交差が望ましいと思いますが、これだけ高度利用されてくると、立体交差もやむを得ません。
また、都内にはまだ1,200か所もの踏切があります。踏切での慢性的な交通渋滞を解消し、道路、鉄道それぞれの安全性を向上させるとともに、鉄道により隔てられていた沿線の市街地の一体化によるまちづくりを今後も推進しようと考えています。問題は、とにかく事業費がかかることです。



走行時速30キロ達成が悲願


―一連の数値から東京都の道路整備が非常に遅れていることがよく分かりました。興味深いのは、それに伴う経済的な損失ですが、どのくらいと想定されますか
沼尻
骨格幹線道路は多くの箇所で渋滞が発生しており、信号などは3回待ちの状態です。現在、新宿から霞が関(約8km)へ行く場合、一般道路を時速18kmで走ると約30分かかります。
私たちの試算では、ノーマルな走行速度、例えば30km程度の速度が確保されている場合を基準にすると、年間の損失は生活時間の喪失2兆8千億円、燃料費や車両整備費、人件費等の節約費2兆1千億円、合わせて4兆9千億円になります。これは大変な損害額です。それが、慢性的な渋滞になっているのですから、何とか全国平均並みの30kmにしたいものです。
また、パンフレットにも紹介していますが、道路が広がれば、用地補償費が建築投資に直接つながるなど生産誘発効果も期待されます。
―一刻も早く整備を進めるのが得策といえますね
沼尻
しかし、道路はローマと同じで『一日にして成らず』です。延々と取り組んできても、都市計画道路の整備率はやっと半分程度(政令指定都市平均63.3%)です。財政状況の厳しい時代ですから、整備路線を絞って重点的に取り組まざるを得ません。
そこで、区部では放射線・環状線、多摩地域では東西道路・南北道路を中心とした「都市の骨格を形成する幹線道路の整備」を重点的に推進しています。
これによって、現在58%の骨格幹線道路の完成率を、10年後には70%、20年後には80%にまで伸ばし、現在18kmの走行速度を10年後に25km、20年後には30kmを確保することを目標にしています。70%であれば、信号2回待ち程度、80%になると信号1回待ち程度へと大幅に改善されるのです。
―渋滞緩和の施策としてどのようなハード事業を計画していますか
沼尻
地域間相互のネットワークを強化し、都心一点集中型から多心型の都市構造へ再編するとともに、交通の分散を図ることが第一です。
また、橋梁の整備によって渋滞を解消し、河川や鉄道で分断された地域の一体化を図ろうとしています。このほか多摩都市モノレールなど新交通システム事業の整備、土地の高度利用を図るための市街地再開発事業、土地区画整理事業によるまちづくりの推進も道路整備に欠かせない要素です。
―渋滞緩和策のソフト事業に挙げている「交通需要マネジメント」とはどんな施策ですか。
沼尻
平成12年内を目指している山手線外側の環状地下鉄「都営12号線」開業を機に、車だけではなく他の交通機関を利用してもらう方策を検討しています。
マイカー通勤車対策(社用車持ち帰り自粛)、業務目的車対策(事業所内相乗り)、物流対策(共同配送)、ショッピング・レジャー利用者対策(公共交通機関利用の優遇措置)に大別し、個別の対策を検討しています。
そのためにも道路のネットワークがきちんと出来上がっていなければ効果が薄いので、都として多摩南北道路、区部環状道路の整備に重点的に取り組んでいるところです。例えば、多摩地区は多摩川で隔てられているので橋梁整備も並行して実施しています。荒川は1km間隔で橋が掛かっていますが、多摩川の中流部あたりは2〜4km間隔になっているので、どうしても1か所の道路に車が集中しやすいのです。
―問題は道路財源の確保ということになりますね
沼尻
そうです。道路財源を確保するためにも、ガソリンの売上税くらいは配分してほしいと訴えていますが、現状はわずか半分程度です。
都内におけるガソリンの売り上げは、全国シェアの約7%を占めているのに、国が所管する特定道路財源の都への配分は4.4%に止まっているのです。
国の道路財源は3兆7千億円ですが、都市の基幹施設である道路に都はかなりの予算をつぎ込んでおり、単費を組み込んで実施しています。その意味では、地方都市の道路財源事情は東京ほど深刻ではないと思います。
―東京は用地取得に予算がかかり過ぎるとの指摘がありますが
沼尻
地価が高いのはそれだけ利用価値が大きいわけですから、一概に用地取得費のみで論議するのは正しくないと思います。肝心なのは利用価値をいかに活用するかでしょう。
―東京都道路公社のように、有料道路の企業会計で道路財源を別個に算入するシステムは考えられませんか
沼尻
観光地なら観光道路としての有料化は馴染みやすいのですが、都市部の中でどんな所が適するか、その辺を見極めなければ難しい。地域や、アクセスする他県との調整も必要です。利便性が高まる有料道路と合わせて無料の代替道路も必要になります。どこもかしこも有料道路というわけにはいきません。
都内にも戦災を免れた木造密集地がたくさんありますから、そういう地域の道路をきちんと整備していくことが先決です。。
―そうした都内の事情を国には十二分に理解してもらいましたか
沼尻
東京都の道路事情は理解してもらっていますが、公共事業費7%カットに伴って、自民党の国会議員の中には「公共事業への依存度が高い地方へ配分する道路財源はなるべく削らず、その代わりに都市部を削るべき」とのご意見があるようなので、都選出の議員と一緒に盛んにアピールしているところです。
10年度の予算配分を実際に見てみなければ、果たして効果があったのかどうかは分かりませんが、いままでの反応からすると十分手応えはあったと感じています。何はともあれ、道路整備による事業効果に着目してほしいですね。環状8号線井萩立体の場合、トンネル開通後の最長旅行時間(外回り、四面道〜谷原交差点4.6km)は最大で65分短縮され、年間200億円の経済効果が期待できます。首都圏における道路整備のスケールメリットは、やはり大きい。
―道路整備において最近注目されている道路廃材のリサイクルには、どのように取り組んでいますか
沼尻
東京都は、比較的早くから取り組んでいます。路面のアスファルトは、ほとんどがリサイクル資材です。路盤にはコンクリート殻を活用しています。
50年代の半ばから土木技術研究所と協力して試験研究に取り組み、下層路盤と表面のアスファルトは58年度から再生材を利用しています。
のみならず、今年からは上層路盤にも再生材を採用しています。循環型社会づくりの一環として、降った雨は地中にしみるよう歩道は透水性の舗装を施工しています。歩道と車道の境目に設置する桝も透水性の桝を義務付けています。

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