建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1998年1月号〉

interview

意志疎通を欠く街造りは「バベルの塔」の二の舞

現代にも通じる古代の教訓

東京都住宅供給公社建設部長 吉川 充 氏

吉川 充(よしかわ・みつる)

昭和 16年 8月 14日生まれ、埼玉県出身
42年 日大建築学部卒業
49年 イリノイ工科大土木修士修了
42年 東京都交通局
56年 大門保線管理所主査
58年 千代田区建設営繕課長
63年 高電本部管理副参事(地下鉄建設株h遣/計画部施設課長)
平成 4年 財務局営繕部国際フォーラム建築担当課長
6年 財務局技術管理課長(統括)
8年 住宅局参事(東京都住宅供給公社派遣/開発担当部長)
9年 現職

行政や公団・公社などの公営住宅の分譲が振るわないと、マスコミ報道されているが、それをもってリストラを論議するのは早計といえよう。バブルによる東京都内の常識を越えた地価暴騰は、都民を阻害し、人間らしい住環境を奪ってきたのである。しかしその情勢下で、都民の健全な住環境を必死に守り続けたのは、これら公営住宅に他ならない。都の青島知事は、東京を再び生活の場として取り返すべく「生活都市構想」を掲げた。これを強力に後押しするのが、東京都住宅供給公社である。とはいえ、事業実施には建設担当者共通の悩みはもちろん、大都市特有の問題点もあり、円滑な遂行には高度な判断力や調整力が求められる。そこで、同公社の吉川充建設部長に、直面している課題や事業実施における重要なポイントなどを語ってもらった。

厳しい経営環境下、内部努力で生活都市造りを指向
―公社の現況についてお聞かせ下さい
吉川
東京都住宅供給公社は、中堅勤労者向け住宅を供給するため、昭和41年4月1日に地方住宅供給公社法に基づいて設立された、100パーセント東京都出資の公法人です。
昨年で、30周年を迎えましたが、現在の職員総数は嘱託を含め980人を擁し、管理部門700人、建設事業・総務など四部門で残りを占めています。うち私たち建設部は、50人強という規模です。
現在、公社では、東京都住宅局を中心に各行政機関の指導と、地主や近隣住民など地域関係者のご協力により、約6000戸の「都民住宅」を建設中です。このうち公社施工として、私たちが直接、設計工事監理に当たっているのは、約5000戸程度です。(地域的な分布状況は別図参照)
このように、全都の区・市で整備中ですが、今後は、環状八号道路の内側で重点的に投資・建設を行い、東京都の住宅行政施策の柱である「都心居住」の実現に向けて努力し、人口空洞化の阻止と魅力ある居住空間造りを実践していく方針です。
―公営住宅の供給事業の苦戦している様子がよく報道され、リストラ問題が論議されますが、どんな状況ですか
吉川
確かに、これまではバブル景気下の「中堅所得者」向け住宅政策の柱として制度化された、特別優良賃貸住宅制度に基づく「都民住宅」が、ほぼ計画通りに建設できました。お陰で「トミンハイム」に入居し、不動産高騰の波をかぶらずに快適な都市生活を送っている団地居住者と同様に、私たち公社も比較的に恵まれた経営環境で推移してきました。
しかし、バブル経済の急激な崩壊は、行財政基盤をも揺るがし、投資的経費の縮小など、政府の行政改革や都の財政健全化計画を断行せざるを得ない状況となっています。このように、住宅を含む行政全体の見直しが行われている現状で、私たちも総事業量の変動予測は難しいものの、内容の激変は避けがたい状況であり、これまで以上に内部努力と財政基盤確保を含む、公社独自の事業運営が求められています。
このため公社では、全社一丸となって、内部努力に努めており、「今後の公社事業のあり方」やその中心となる「コスト削減方策」、「既存団地の建て替え方策」、「未利用資産の処理方策」といった課題について検討中です。
私たち建設部も、事業実施段階でのコスト低減に努力を傾注してはいますが、右肩下がり時代への対応には、まだ手探りの段階というのが実状です。
―スリム化は図らねばならず、さりとて公営住宅供給事業のレベルは維持しなければならずで、難しい立場ですね
吉川
そうです。最低居住水準の解消や、木造密集地域の再整備、既存老朽団地の建て替えなどは、いずれも多くの人との利害調整などが必要であり、経済性も低い分野であるだけに、民間以上の効率性の追求が求められます。
そこで、行政施策の実施機関として、公的事業を実施しつつも民間企業との「街・団地造り」における役割分担を明確にしながら、時代と都民の求める豊かさを実感できる「生活都市造り」を目指して、可能な限りの内部努力を重ね、行政と企業とのパートナーシップを築きながら前進していく所存です。
住宅団地建設事業と街造りの課題
―ところで、過密都市での高層住宅建設で、特に留意すべき点はどんなことでしょうか
吉川
まず、街造りには、地域開発に係わる地主等地権者、地元自冶体、上位機関としての、東京都、国、及び公庫等金融機関らの一致・一貫した理解と協力が、事業の成否上、不可欠です。
また、長期間・組織的分担に基づいて、これら多様な関係者の街造り情報を正確に伝達しつつ、企画・設計・発注・工事監理・施工・団地管理にどれだけ総意を反映出来るのかが、街造りの調整者・住宅開発事業者・建設技術者としての公社(職員)に与えられた課題です。
一言でいえば、それは、街・団地造り関係者と公社職員との「意志疎通の程度の問題」であり、それを可能ならしめんとする熱意や、また制度・運用の問題でもあるのです。
そこで、私たちがよく直面する具体的な問題例を挙げてみると、まず、各地域ごとの整備計画とマスタープランなどとの整合が図られたとしても、具体的な「都心居住のイメージ」を、地元の歴史文化や近未来の生活スタイルまで含めて議論し、共有する余裕も仕組みもないまま、敷地単位の設計をしている状況があることです。
また、100〜500戸程度の都心団地で、日常品小売り店舗が利便施設として必要であっても、周辺は細い街路が多いなど、流通業の都心立地における相対的な困難性などから出店出来ないケースが多い。
その他、入居時期が募集や販売戦略上、行政の予算年度時期に合わなかったり、教育施設の都合から学区内入学が出来ない場合もあります。
さらに最悪の場合は、関係権利者や事業者間の企画内容の調整に手間取っている間に、社会経済上の急変などにより、先行取得した用地が未利用のままになってしまうケースもあります。
仮にこうした困難を克服して、着工にこぎ着けても、大規模再開発のように住建三者や民間との共同開発の場合では、お互いの経営判断から着工時期・コストを含む商品開発などで、足並みを揃えることが難しいという状況もあります。
しかも、団地建設に当たっての新技術の導入は、設計者・施工者またメーカーの主導になりやすく、導入手法の確立が必要です。
このように、街造り・団地建設の課題は、よく言われる「行政の縦割り」をはじめとした関係者間の「意志疎通の困難性」に基づくものであり、制度的な側面もあるのです。
―高度化した現代社会の複雑な仕組みを反映していると、いえそうですね
吉川
ええ。しかし、これらの問題の本質は、紀元前の古代メソポタミヤ文明にさかのぼっても相通ずるものがあると思われます。当時、レンガ建材を駆使して、今日の超高層住宅の高さに匹敵する巨大神殿「バベルの塔」を建設した行政、市民の、天を恐れぬ人々の奢りに神が怒って、国民から共通言語を奪い、二度と再建出来ぬようにした(旧約聖書)という伝説に象徴されていると思います。
これは街造りを進める上では、いかに関係者の「意志疎通」が大切かを示しており、高度に専門分化しつつ発展してきた現代人にも、今なお共通の命題であることを物語っていると思われます。
改訂住宅Mプランと財政再建の両立の課題
―青島知事は、都心居住をもっと進めるための政策を発表しましたが、実現の見通しは
吉川
生活都市東京構想を行政計画の柱とする青島都政は、平成3年の「第三次東京都住宅マスタープラン」を昨年度に見直し、平成8年度より17年までの十年計画を本年3月に策定しました。
ここでは「居住の場としても魅力的な東京の実現」を基本理念としており、そのための社会経済の要因分析結果として「全国平均に比べ低い居住水準・高い住宅取得価格」、「木造密集地区の老朽化」、「急進する高齢化・都心部の空洞化」を課題としています。
そして、都心居住の将来像として「ゆとりと魅力・高齢者など誰もが安心して暮らせる・安全で快適・各地域特性に対応すること」を実現目標としています。
また供給戸数は、公社直接施工型(1.1万戸)を含む都民住宅5.2万戸と公営住宅6.5万戸など、公共住宅が約13万戸。木密(木造密集)地区整備や都心共同住宅など、街造り連動で7万戸。その他、優良民賃・持家・大規模開発など13万戸と合わせて、都関連支援の供給総戸数は33万戸。さらに、公団・公社・公庫関連の34.5万戸と合わせ、全体で67.5万戸としています。
しかしながらこの討画戸数そのものも、財政再建計画の中で見直さざるを得ない状況と成っています。
特に、これまで公社の主力商品であった「都民住宅」が、バブル崩壊により、初期の目的を達成し、その主たる役割を終えたと見られ、全面見直しの対象となっています。公社にとっても次期主力事業の転換を早急に確立する必要に迫られています。
―一部には一般分譲業務からの撤退を表明する動きもありますね
吉川
私たちも今後は、都営区営等26万戸と公社住宅8万戸を合わせて計34万戸強の管理住宅の中から、老朽建て替えなどを中心に事業化を図りつつ、区市町村の住宅政策や事業化支援・高齢化・福祉対応・木造密集地区の防災対策・環境共生などの施策に整合した街造りの事業化を検討していきます。
しかし、これらの新規政策対応の事業化には、都住宅局を初めとする関係行政機関のご指導が不可欠です。公社の経営基盤を考えると、分譲残りや空き家対策も関係者の協力を得ながら転・活用を図りつつ、新規事業開発と合わせて平行実施せざるを得ない状況です。
今後は、公共事業に対する住民・企業双方からの厳しい批判や相談も、一層、増えることでしょう。また、建設業全般の過当競争化や、企融部門の規制緩和(ビッグバン)による銀行・保険会社の過当競争化から企業倒産が予測されるなど、事業実施過程での危機管理も必要になるでしょう。
こうした変動期の対応には、当然、組織変更も含めた検討が必要ですが、事業化プロセスや業務量の予測が困難な状況で、これも同時並行的に検討を進めざるを得ない状況となっています。
今後の建設事業改善に向けて ―情報化戦略―
―景気の低迷が今後も続くなら、在庫はさらに増える心配もあるのでは
吉川
市場経済の景気循環説では、「在庫調整40ヶ月・設備投資7〜10年・住宅投資20年・技術革新50年の周期的変化で発展する」とされています。この仮定によると、建築投資が上向く4〜5年先までこれまでの経済循環が続いたとしても、なお景気は下がり続けることになります。
しかも、急速な高齢化、高地価、高賃金などから、もはや右肩上がりの成長は望めないといわれています。その上、自動車中心の物流や金融等のボーダレス化が、大都市中心部の夜間人口の空洞化を招いています。
こうした経済動向に加え、省庁別縦割り型の公共投資や財投システムのあり方が、行政改革の中で見直されており、肥大化した行政のスリム化が課題となっています。都の住宅条例や計画制度も建設省と整合しており、都民住宅に象徴されるように、前提条件の変化による「制度疲労」が顕在化したものと思われます。
今後は臨海のお台場団地や恵比寿地区再開発のように、若者が集う魅力ある総合的な都市居住空間造りをめざして重点的に投資対象を厳選することが一層望まれるでしょう。都心居住に関しては、少子化・高齢化・世帯分離などによる単身小家族向けの潜在需要が見込まれています。このため、一定の広さ・住環境・利便施設・適正家賃さえ見込めれば、家賃の補助なしで建設事業化が可能と考えられます。
―そのためには技術改良や業務改良が必要になりますね
吉川
既存の設計・積算・発注方法などを全面的に見直し、veやlccなどコスト改善に係わるあらゆる手法を導入してコスト管理を徹底することに、成否がかかっています。
また、こうした内部努力の他に、階段・共用廊下などを床面積から除いたり、日照規制をはずすなど、本年の建築基準法改正の利用で土地の高度利用を図り、戸当たり地価を低減すること。さらに定期借地権などの利用で、地価の顕在化を抑制するなど、土地建物両面でのコスト抑制を図れば、大幅なコスト低減が可能です。
そして、最も重要な事業改善の武器として、インターネットを含む社内のoa化による統一的な情報管理技術の採用・事務の効率化がございます。現在、公社が抱えている多様で多面的な関係機関等との課題に対し、意志疎通のパイプをより太くすることで、ほとんどは解決できるものと確信しています。一方、社内的にも現状への危機意識を共有し、職員全員の創意工夫を促して組織能力が飛躍的に高められ、公社の危機を克服できるものと確信しています。
―それに即応して業界側の工夫も必要になりますね
吉川
そうです。国内最大の基幹産業として、コスト情報を明らかにし、自動車産業などの主要製造業に劣らない生産性を高める方法を提案して頂きたい。
中小企業の育成や競争の透明性など、業界でできることも多いはずです。公共事業の第一次受益者たる自覚の有無に、日本の将来がかかっていると思われます。

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