建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1997年12月号〉

interview

老朽下水道管の再構築が最大の課題

全体の13%が敷設から50年経過

東京都下水道局長 藤田忠久 氏

藤田 忠久(ふじた・ただひさ)

昭和14年12月7日生まれ、38年早大一法卒。
昭和 38年 下水道局
46年 新宿区企画主査
51年 港東清掃所長
62年 下水道局庶務課長
平成 元年 中野都税所長
3年 下水道局参事(企画)
4年 経理部長
5年 総務部長
6年 下水道局次長
8年 現職

普及率100パーセントと概成なった東京都下水道の次の使命は、老朽管の更新など再構築と高度処理の実現、そしてリサイクルと、まだまだ裾野は広い。だが、そのどれをとっても一朝一夕にいくものではなく、藤田忠久下水道局長は「現代は、計画をごり押しする時代ではない。まず、都民の下水道に対する理解が必要。計画を十分に説明して、納得させられないようでは、下水道のプロとは言えない」と、自ら高いハードルを設け、高度な構想を独善的にならず民主的に進めようと苦労している。同局長に、東京の下水道が直面している課題や今後の政策、構想などを語ってもらった。

台東区は9割が老朽
――都内の下水道普及率は100%と聞きますが、今後の事業予定は
藤田
確かに東京23区の下水道は、平成6年度末で普及率がほぼ100%に達しています。100%というと、今後は維持管理だけで済むと考えられがちですが、決してそうではありません。普及率100%概成というのは、汚水処理が一定のレベルに至ったということで、今後はさらに高度処理の実施が必要になります。
また、東京の下水道の雨水を受け入れる能力は1時間に50ミリで、これは3年に1回の降雨確率です。それ以上の降雨量には対応できませんから、まだまだ脆弱というべきでしょう。
また、これから取り組んでいかなければならない最大の課題は老朽化対策で、私たちは「下水道の再構築」と呼んでいます。
東京の下水道には長い歴史があり、明治17年に建設された神田下水が近代下水道の始まりですから、もう110年が経過しています。昭和20年を境にして、約50年前に敷設された下水道管が全体の13%、2,000qを占めているのです。これは東京―北京間に匹敵します。
コンクリート製品の法定耐用年数は50年ですから、その意味でも限界をすでに越えているところが多いのです。
こうした老朽施設は特に都心部に多く、例えば上野を中心とする台東区では、なんと90%以上が敷設後50年を経過しているのです。
――大都市で地下埋設物を更新するのは、並大抵ではありませんね
藤田
そうです。現時点では機能に支障はありませんが、このまま放置するわけにもいきません。かといって工事を行うにも、困難な問題がいくつかあります。一つは、地元の理解を得るまでに時間がかかることです。
そして、下水道管は地下埋設物のなかで通常は最も太いので、道路や家屋の地下に走っている他の埋設物を避けながら、しかも最も深い箇所に埋設するわけですから、施工は非常に難しいのです。
――地域住民との話し合いで、全く理解が得られず放置せざるを得ないというケースはあるのですか
藤田
工事を計画しても、地元住民の同意を得られないというケースは、現実にかなり出ています。しかし、時間をかけてでも粘り強く地元住民との話し合いを持つようにしていますので、現場サイドでは時間と忍耐を要します。
道路の陥没が年間1,900件
――老朽化が進んでいるのに放置し続けていたら、どんな事態が起こりますか
藤田
最も心配なのは、道路の陥没です。管にヒビが入ったり、へこんでしまうと、管の中に泥がどんどん侵入し、流されていきます。そうすると管の周囲が空洞状態になり、上のアスファルトが陥没するわけです。こうした下水道の老朽化に起因する陥没が、実は年間1,900件にも上っているのです。
実際には、事故が起きる前の軽微な段階で発見していますが、発生場所を地図で確認していくと、ほとんどの下水道管が50年以上経過したものでした。このように、調査していくと、下水管の経過年数と陥没との因果関係が明白になります。
形あるものは、いずれ壊れるわけですから、"トイレが水洗になる"といった下水道の好都合の面ばかりでなく、現状を都民に分かりやすく説明して、下水道にはまだ再構築という仕事があるということを認識してもらうのが、これからのprの基本だと思っています。
これは公共事業全般にいえることと思いますが、事業主体が計画に基づいて執行する時代は終わったと思います。今後は都民に計画を十分に説明し、批判があればそれに応えるという謙虚さが必要ではないでしょうか。これは職員にもよく話をしていることですが、そうした説明ができるのが下水道のプロなのです。難しいことを分かりやすく説明して理解してもらえないようでは、プロと呼ぶに値しません。そういう姿勢で事業に臨んでいきたいものです。
――都民のライフスタイルの変化と下水道機能の限界とにも相関関係があるのでは
藤田
確かに、戦前と戦後の都市生活は大きく異なっており、水の消費量はかなり増えています。普段は排水量も一定なので、下水道管の容量はなんとか間に合っていますが、なにしろ50年前の下水管ですから、少しの雨でも管の中は満杯になります。したがって現代の都市構造に合わせて口径自体を拡大しなければなりません。更新するにも機能面、能力面で水準を高めなければ意味はないのです。
下水道の再構築といえば、3種類の方法があります。一つは、新しく造り変えること。二つは、既存の管渠のリニューアル、つまり「更生工法」と呼んでいますが、マンホールから機械を入れて下水を流しながら、管の中にビニールパイプを帯状に入れる方法。そして三つは、テレビカメラ等で調査したうえ、従来通り使用し、能力不足があれば補う方法です。
どの手法を用いるかは、地域ごとに経済性などを加味して対応しています。
たて坑用地の確保が困難
――建築物などが密集した都市部での施工は、かなり特殊な工法や工夫が必要では
藤田
大規模な下水道建設は周知の通り、シールド(トンネル)工法が一般的ですが、発進部と到達部のたて坑用地が必要です。このため、空き地が少ない中で立て坑用地を確保するのに、かなり四苦八苦します。理想的なのは、発進部と到達部のほか中間にもたて坑があることで、この場合は両方から掘り進めることができます。
しかし現実では、中間立て坑さえあれば3年で済む工事が、それを確保できないために、鉄板を囲んだボックスを5年も撤去できないままになるのです。
そうなると、近隣住民は「いつになったら工事が終わるのか」と、渋い表情になってしまうのです。
――たて坑をあまり必要としない工法はないのですか
藤田
同一のシールドマシンでたて坑と横坑を掘削する工法があります。これを用いると、狭いたて坑用地でも工事ができるようになるので、実際、都内でも導入している現場があります。
――時おり、下水道の異臭を感じることがあります
藤田
ビル街では「ビルピット」と呼んでいますが、各ビルが地下に汚水槽を設置して、排水を一度そこに貯めておき、満杯になるとポンプアップして下水道管に流すという方法を取っています。
しかし、ビル街を歩いていて確かに腐った卵のような臭いを感じた経験があるかもしれませんが、これは排水の増加する朝と夕方に多いのです。原因は、ポンプアップする際に汚水がかき混ぜられるので、下水道管に入った際にマンホールなどから臭いが立ちこめるのです。
私たち行政としては、かなり以前から指導しているのですが、ビル管理者が汚水槽を十分、清掃していないことに問題があるのです。
雨水の80%が下水道管に流入
――都民のライフスタイルの変化や都市形態の変化などに伴って、今後、処理水の量や内容はどう推移していくと見られますか
藤田
雨水と汚水を分けて考えると、雨水の場合は都市化の進展が顕著に現われます。都市化が進むほどコンクリートに覆われる部分が多くなるため、雨水のほとんどは下水道管に流入してきます。現在では、雨水の80%が下水道管に流れています。しかも、その速度は速い。これは時代とともに変化しており、以前は50%くらいでした。
一方、汚水については、大別して「生活排水」、「商業活動で出る排水」、それから「工場排水」に分けられます。最近の東京の都市形態は、工場が移転し代わりにマンションが林立していますから、大口の使用者(量)が減り、一般家庭などの小口使用者が増えるという傾向にあります。したがって、使用者一単位あたりの水量が減るのですが、総量はあまり変わりません。
節水型社会をめざして
――下水道事業会計の経営面で考えると、小口使用者の増加は基本料契約の件数増加になるため、総体的な料金収入の増加にはつながりませんか
藤田
ところが、料金収入は全体的には伸びていないのです。収益状況を見ると、この数年は横バイで推移しています。節水型社会の実現を目指すため、料金体系は逓増型になっており、例えば総量10m3までは、1m3あたり約50円の単価となっていますが、1,000m3になると、それが約300円で6倍になります。しかも家庭用電気洗濯機なども、節水型になってきています。
したがって、料金収入を増やすには、小口使用者よりも大口使用者が増える方が理想的です。しかし、一方では、節水型の社会を目指すという政策目標があるのですから、板挟み状態ですね。
ただ、ここで考慮しなければならないのは、小口使用者の汚水処理原価は採算割れする仕組みになっており、それを大口使用者からの料金収入でカバーしているという現実です。
――大口使用者を増やすために、業務用排水を出す企業に料金的優遇措置をとってみては
藤田
用水型産業の中には中小企業もありますから、行政の中小・零細企業対策の観点からいえば、減免といった措置も必要でしょう。しかし、それを下水道会計で負担すべきかどうかは、別次元の問題と思うのです。
下水汚泥のリサイクル率12%
――ところで、下水道の分野でもリサイクルに注目されていますね
藤田
下水道それ自体が、水のリサイクルといえるでしょう。雨水や汚水を処理して自然の川や海に戻す水の循環ですから、リサイクル社会の典型的システムだと言えます。そのことをまず、都民に理解していただきたいですね。
その上で、下水道のリサイクル事業といえば「処理水の再利用」、「下水汚泥のリサイクル」、「熱エネルギーを利用した地域冷暖房」と、三つの商品があります。
高度処理した水は、水洗トイレに利用していますが、ただ、汚泥は難物です。レンガ、建設資材の路盤材などに使っていますが、発生した汚泥を灰にして実際にリサイクルしている比率は12%程度なのです。
リサイクルにおいて最も隘路となっているのは、商品として安定的に売ることが難しいということです。例えば、リサイクルで製造したレンガ1個の価格は、大量買いで110円、少量買いで120円ですが、民間で販売しているレンガでは1個70〜80円で、40〜50円の開きがあります。厳密に原価計算するなら、本当はさらに高いのですが、それでは誰も見向きもしません。
リサイクル品には、市場の競争性を持たせながらも、民営を圧迫してはならないという板挟みの矛盾した条件が課されています。したがってコスト面を考えると、リサイクルを安定的に進めるのは難しいですね。 いま、私たちが考えているのは、下水汚泥をセメントの原料に利用することです。とはいえ、いずれにしろ根本的問題点はコストの高さです。現状では料金収入の範囲内で細々と取り組んでいるのが実態です。
――政策として、リサイクルのために別会計からの繰り入れを検討しても良い時期では
藤田
確かに、リサイクルには社会的な意味がありますから、再生品の利用をみなさんにお願いするとともに、公的資金を投入等の支援策を検討する必要性はあると思います。

HOME