建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2000年11月号〉

interview

厳しい条件下での無人化施工による泥流対策

火口から2キロの洞爺出張所で噴火に遭遇

北海道建設部 室蘭土木現業所長 村上 清志 氏

村上清志  むらかみ・きよし
昭和20年10月1日生まれ、北見市出身
室蘭工業大学土木科(昭和44年3月卒)
昭和 44年 4月 留萌土木現業所採用
57年 5月 網走土木現業所都市施設係長
60年 4月 函館土木現業所都市施設係長
61年 4月 住宅都市部下水道課下水第一係長
62年 4月 住宅都市部下水道課計画係長
63年 4月 住宅都市部公園下水道課下水道計画係長
平成 元年 4月 網走土木現業所道路建設課長
4年 4月 住宅都市部都市整備課課長補佐
6年 4月 帯広土木現業所企画調整室長
7年 6月 帯広土木現業所事業部長
9年 6月 室蘭土木現業所副所長兼企画総務部長
10年 4月 建設部都市環境課長
11年 5月 室蘭土木現業所長(h11.5.25〜)
有珠山の噴火で、地域インフラ復旧の中心的役割を担っているのが室蘭土木現業所だ。村上清志所長は当時、偶然にも火口からわずか2キロしか離れていない、洞爺出張所で噴火に遭遇した。「爆発音も震動もないのが意外だった」と当時の感想を述べる。その後、直ちに被害調査と復旧に向けての体制を組んだが、現場の最前線基地となる出張所が避難指示区域に指定されたため、災害状況の把握に手間取るだけでなく、降灰除去も数々の制約を強いられながらの作業となった。一方、噴石が絶え間なく降り続ける火口付近では、無人化施工が復旧作業に威力を発揮した。
――噴火直後の状況は
村上
噴火した3月31日は、偶然にも現地の出先機関、洞爺出張所にいました。その出張所から西山の火口までは、わずか2qの距離で、噴火を受けたわけで大変貴重な体験をさせて頂きました。
意外だったのは、噴火の瞬間には震動も音もなかったことです。通常は爆発音や、地響きのような震動があるものと想像していましたが、職員が窓越しに見ながら「ああ、噴火だ」と言った時にはすでに噴煙が上がっていたという状況で、雲仙普賢岳の火砕流のイメージが重なり、職員全員が着の身着のままで避難しました。
――そこから、不休の対策が始まったのですね
村上
我々にとって予想外だったのは、現場の第一線となる洞爺出張所が避難指示区域に入ってしまい、対策に当たるべき職員が全員避難せざるを得なかったことです。そのため、出張所の臨時事務所を構え、軌道に乗るまでは大変不便な状況でパトロールや噴火対策にあたらなければなりませんでした。
噴火直後は、まず周辺道路の交通規制と降灰や施設の被災状況の確認に奔走しましたが、広範囲にわたり避難指示区域に指定されたため我々も立入ることができず、被災状況がほとんど確認できない状況でした。その後、避難指示区域の解除にあわせて被災調査に入り応急的な復旧から着手したところです。
――道路、橋梁などの被災状況は
村上
最初に緊急的に着手したのは、通行確保のための降灰除去作業です。23年前の前回噴火では、噴煙が約12,000メートルあがり、それに伴う降灰量は8,000万立方メートルといわれておりますが、今回は噴煙約3,200m、降灰量は前回の1/100程度と想定されています。
避難指示区域内の住民の一時帰宅に先んじて降灰除去作業に取組んだのですが、ヘリコプターによる特別監視活動のなか、限られた機械、作業員、また万一再噴火があったときの避難経路も考えなければならないという大変厳しい制約条件下の作業となりました。
路面上の1〜2pの降灰でも車の走行には危険を伴います。道路パトロール車の四輪駆動でも溝の深いタイヤにはいりこみアイスバーンを走行するような危険な状況になります。一時帰宅の際の一般車両の安全を確保するため限られた時間内で灰の除去作業を終わらせなければならなかったのですが、道路上の降灰量は2〜3p、多いところでも10p程度と思ったより少なかったのが幸いして、予定通り作業を終えることができました。
ただ今回の灰は従前の火山灰に見られるようなさらさらしたものではなく、非常に粘着性の高いべたついたものが、水分を含むと大変扱いづらい性状となり作業は困難を伴いました。
道路では、主に洞爺湖温泉街から壮瞥町にかけての有珠山の東側に被害が多く起きております。道道洞爺湖登別線では路上にクラック等が生じ、また歩道のインターロッキングが盛上がる被災を受けましたが、これは応急的に修復を行いました。また、洞爺湖畔入口の滝見坂では、噴火前に多発した地震により岩盤に亀裂がはいり地盤がゆるんだのに加え、4月21日〜22日にかけての大雨による落石があったため、急遽通行止にして、応急的に落石の恐れのある岩を除去しネットをはるなどの対策を講じました。現在は、二車線交通が可能となっていますが、抜本的な法面対策と道路の拡幅工事を今年度から行うこととしています。
また、地殻変動や地震の影響で、昭和新山付近の有珠新山橋では下部工にクラックを生じる被災を受けました。既設の砂防施設では有珠山周辺全域にわたりダム堤体や流路工に被災を受けております。河川では板谷川の既設護岸で大規模な被災を受けています。これらはすでに災害査定を受け、近々復旧工事に着手する予定です。
――灰の性質の特異さは興味深いものですね
村上
今回の噴火の特徴は、温水と火山灰を一緒に吹き上げ、そのため火山灰が非常に湿った状態で遠くまでは飛散せず、火口付近にかなり積もっております。板谷川上流の西山火口付近では約7万から8万Fの火山灰が堆積していると想定されています。
高速道路から約1q上流位には、先端部で約5メートルの厚さの火山灰が堆積しています。そのため、もしもその火山灰が降雨によって泥流化し、2次泥流として虻田本町地区に流れ込むと大変な被害を及ぼす恐れがあったため、泥流対策工事を直ちに取り組まなければなりませんでした。
――泥流対策は、単に灰を除去するだけでは終わらないですね
村上
そうです。前回の噴火の後、板谷川に泥流対策として、遊砂地を建設しましたが、その後約20年の間に上流から流れた土砂が積り埋まっている状況にありました。そのため、遊砂地に堆積した土砂を排除し、ここに上流から流れ出るであろう火山灰の泥流を堆積するポケットを作る工事に着手しました。
さらに、この板谷川は屈曲した川なので、上から流れてきた泥流がこの屈曲部から市街地に流れ込むのを防ぐ目的で、築堤に大型土嚢を積んでフェンスとしました。
次に、高速道路の上流に遊砂地を設け、2次泥流を止めることが検討されました。ところが、当時この地域は、避難指示区域で人が立ち入れないことから導入されたのが無人化施工です。
――無人化施工は、画期的な技術として注目されていますね
村上
無人化施工は、平成2年に噴火した長崎雲仙普賢岳の火砕流災害を契機に開発された、土木の工法としては比較的新しい工法です。一口でいえば、作業用機械、ブルドーザー、バックホー、ダンプトラックなどの重機を、遠隔操作で動かすもので、大型のラジコンカーと考えると良いでしょう。
その後、いろいろな災害現場でこの工法が採用されていますが、今回は作業範囲が立入禁止で噴火活動が継続中であることから、導入に至ったわけです。ただ、雲仙普賢岳との相違点は、機械操作室から現場まで約2キロという遠距離の条件であったため、従前の無線方式では、電波が届かないという問題がありました。しかも今回は、途中に様々な障害物があり、例えば、建物あり、高速道路あり、電柱あり、さらに温泉街に行けばホテルもあります。したがって、電波が通るかどうか技術的に難しい問題がありました。
それだけに、今回の無人化施行では、雲仙普賢岳での作業経験者が乗り込んできたのですが、その彼らも、この条件下で果たして無人化施行が可能かどうかは、やってみなくてはわからないという状況でした。そこで開発されたのが「有珠山方式」という、雲仙普賢岳で行われた中継方式(特定小電力無線)ではなく、新無線方式(建設無線)として操作室と機械をダイレクトに無線で交信する方式です。
ただし、この無人化施行は有人に比べて作業効率が落ちるという難点があります。一般的には、有人作業の60〜70%といわれており、なおかつコストも高い。テレビカメラをモニターで監視しながら操作するので、夜間作業はできない。また、掘削した土を無人のクローラーダンプで運ぶのですが、速度は4〜5キロくらいでまた、長距離は走れません。そのため、どの現場にでも導入できるというものではありません。
――現場では橋桁が流されたりしましたね
村上
西山に架かる国道橋の木の実橋、町道橋の金比羅橋は、熱泥流によって上部の桁が流されてしまいました。原因は、雨による2次泥流ではなく、熱泥流によって流されたのです。このうち、金比羅橋が、下流の橋にひっかかり、西山の流れをふさいだため、その上流から流れ出た泥流が、市街地の方へ溢れ出てしまったわけです。そのため、早急に桁を撤去し、なおかつ上流に堆積した火山灰をいち早く除去して、再度大雨時に起きるであろう2次泥流に対応する必要がありました。
そこで、ブレーカーをつけた大型破砕機を無人化で現場まで運び、桁を粉砕しました。桁は、コンクリートで幅員が6m、長さが20mくらいのものですが、正味5日の作業日数で順調に終わりました。
現場に携わる業者の話では、板谷川の無人化施工も難しかったが、西山川はさらに厳しい条件だったとのことです。何しろ、噴火活動で、金比羅の火口から近かったので、噴石がどんどん飛んでくる状態でしたから、いかに無人化機械といえども、生命線であるアンテナは非常に弱く、それを噴石が直撃してしまったらアウトです。
しかも、泥流は粘度が高いので非常に滑りやすく、自走していく機械が途中で横転することも危惧されました。
――今回の災害対策全般を通じて、今後の課題として残るような問題点は、何かありましたか
村上
今回は、噴火による通行規制がありましたが、救援物資の輸送路が絶たれるようなこともなく、国、道、市町村と専門家の連携も非常にスムーズにいきました。ただ、避難指示区域の指定は市町村の権限であり、交通規制は公安委員会の所管となり、そして交通止めの措置は道路管理者の管轄となるため、こういう緊急時では、いずれかの決定が遅れるということもありました。これは、今後の災害時における教訓としてよりスムーズで迅速な連携を計るためのシステムを考えていかなければならないと思っています。
とりわけ、生活道路である道道に規制がかかると、住民の生活に与える影響は大きいのです。しかし、我々としては、安全を第一に考える限りは常に交通止めにしておきたいところですが、住民としては、何とか通して欲しいとの要望も出ます。高速道路ならば、規制しても迂回路がありますが、生活道路である道道にはそれがないのですから、非常に難しい中での状況判断を迫られました。
また、避難指示区域内への立ち入りについても、これはいかに道路管理者といえども、その責任者たる市町村長の決定に従わざるを得ません。しかし、一般住民と違い、交通止めの措置をしたり、復旧対策の責務を負う道路管理者に対しては、もう少し柔軟に運用する特例も考えていかなければ早急な対策に対応できないのです。つまり、規制が厳しすぎたと思いましたね。
――今後の本格的な復興においての課題は
村上
一つは、国道230号線の現道復旧は望めないので、虻田本町と温泉街を結ぶ新たな道路として、町道の虻田・幌向線を道道に昇格し、予備費の予算付けもされ、早期に整備に取りかかるべく作業を進めております。ただ、大量の残土が発生するので、それをどこに処分するのか。国立公園内でもあることから道路の構造も含めて慎重な検討が必要です。
また、除去した灰の処分方法も課題です。近くにそれを使える現場があるかどうかが問題になると思いますが、また再利用の可能性があるのか含めて検討していかなければなりません。
そして最も大きな課題は、洞爺湖温泉街の復興です。有珠山は有史以来、30年から50年サイクルで8回も噴火しています。その条件を前提に、いかに長期的な視点で、火山と共生した地域にしていくかが最大の課題になるでしょう。
まさしくこの地域は、火山の上に暮らしているようなものですから、今回の噴火で人命が失われなかったのが幸いでしたが、前回の噴火で職住分離を進められなかったことは、大きな反省点だと言えます。これは今後の復興計画に教訓として生かしていかなければならないでしょう。
有珠山は前兆現象が分かりやすい山だったから、今までの観測データをもとに噴火が予測できましたが、三宅島に見るように火山活動が迷走化している場合は、自然を相手に万全な対策などは、望むべくもないのだということを忘れてはなりません。
5月19日に、当時の国土庁長官が復興プラン策定の段階で、温泉街の集団移転を提唱しました。それには地域の非常な反発がありましたが、反面、その提案に賛成の人は少なくなかったと思います。
行政としては、やるべきことは大胆にやらなければ、また噴火の度に大きな被害を受けるのだと発言されたわけで、行政側で、最も理想的な対策案を提示して、それを土台に話し合うのも必要なことだと思います。
実際、有珠山噴火で被災した虻田町・洞爺湖温泉街の住民1,224世帯を対象に意識調査をした結果を8月30日に虻田町長に提示しましたが、510世帯の回答の中で「噴火前のところで暮らしたいと思うか」の問いに対し、「条件が合えば移転したい」という回答が40%を越えており、「移転を考えている」という回答は11%、「すでに移転した」という回答は3%、という内訳で、移転希望者が過半数を占めているのは、今後の復興の方向性を考える上では、重要なポイントだと思います。いずれにしても、活動的な有珠山の明暗と調和しつつ長期的な視点でこの火山と共生していくことを基本にしっかりとした復興計画に取り組んでいきたいと考えています。

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