建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1998年10月号〉

interview

人々に親しまれる東京の川づくり

東京都建設局河川部長 佐藤 俊 氏

佐藤 俊 さとう・たかし
昭和16年4月27日生まれ、山形県出身
日大理工学部土木工学科卒。
昭和35年 東京都入都(建設局)
  52年 大田区土木部土木第二課長
  62年 建設局副主幹(中小河川計画担当)
平成3年 建設局道路建設部街路課長
  4年 北区都市整備部長
  7年 多摩都市整備本部建設計画部長
  9年 現職
東京都の河川の流域では、都市化の進展に伴い市街地の過密化や拡大が進行し、洪水流出量の増大や降雨後短時間で洪水のピ―クが発生し、ちょっとした雨でも一気に洪水となるなどいわゆる都市型水害の危険をはらんでいる。さらに、都市の氾濫域に人口、資産が集中しているため、洪水による被害ポテンシャルが増しており、水害に対して安全なまちづくりが求められている。また、同時に阪神・淡路大震災のような大地震に対する河川施設の安全性の確保も求められている。河川環境面では、河川法の改正により河川環境の整備と保全が目的の一つになり、従来の治水対策のみではなく、河川環境の整備の充実が求められている。しかし、近年の景気低迷により、東京都の財政は他の自治体と同様、深刻な状況にあり、長期的な視点から財政運営が見直され、財政の健全化が進められている。この厳しい情勢のなかで、都民の理解を得ながら東京の河川事業をどのように進めていくのか。佐藤河川部長にこれまでの取り組みと今後の方針を伺った。
――首都・東京の治水対策は、どんな目標を掲げていますか
佐藤
河川事業費の約6割を占めている中小河川では、近年の急激な都市化の進展により、流域の保水・湧水機能が年々低下し、いわゆる都市型水害が多発するようになってきました。特に、人口、資産の集中している都心部での水害は、地下の利用がいっそう進んでいるため、以前にも増して大きな被害となります。
そのため、東京都では現在、当面の目標である1時間50ミリ(おおよそ3年に1回程度)の降雨に対処できるよう46河川、延長324kmの護岸改修を進めています。平成9年度末の護岸改修率は55%となっています。都市の安全性からいえばまだまだ整備が遅れています。人口と資産が集中し、首都機能を担っている大都市東京では、長期的には1時間に75ミリ(おおよそ15年に1回程度)、将来的には1時間に100ミリ(おおよそ70年に1回程度)の降雨に対処できる治水対策が必要であると考えています。
――都市化の進んだ地域で事業を進めるには、いろいろな問題があると思われますが
佐藤
そうですね、一つには用地の問題があります。河川改修は、新たな用地買収を必要とします。そのため、地元住民の方々の理解と協力を得られるように色々な努力をしています。しかし、そこで生活している人の大切な土地を譲っていただくわけですから、生活再建などの問題を一つ一つ解決していくということで時間のかかることが多く、事業の進捗にとっては問題となっています。
二つめには、他県にわたって流れている河川については、各県の事情により改修の時期や進捗度が違うため、都の計画だけで事業を進められない場合があることです。したがって、事業は十分な調整を図りながら行っています。
三つめには、自然環境の保全と河川改修のバランスをいかに保っていくかということです。治水と環境の調和を考えながら、河川改修を行う必要があります。
――市街化の進展が洪水流量を増し、水害を助長していることに対して、流域全体での何らかの取り組みはされているのでしょうか
佐藤
流域の保水・遊水機能を維持・保全し、洪水流出量の増大を防ぐ取り組みとして、鶴見川、新河岸川、中川・綾瀬川、神田川、残掘川の5流域で、国の「総合治水特定河川事業」の指定を受け、治水施設の整備の他、総合治水対策として貯留浸透施設の設置、緑地の保全などの施策を進めています。
また、それ以外の流域についても都と54区市町村からなる東京都総合治水対策協議会を設け、「総合的な治水対策計画」を策定し、総合治水に取り組んでいます。
なお、総合治水対策は、流域の方々の御理解と御協力が不可欠であるため、イベントなどを行い、流域対策の必要性をprしています。
――その他の事業についてはいかがですか
佐藤
高潮防御施設の整備も進めています。現在の高潮対策事業は、伊勢湾台風級の高潮による水害から、東部低地帯に住む都民と財産を守ることを目的としています。昭和32年以降、事業の促進に努めてきた結果、特に危険な地域の防潮堤の整備は概成し、高潮に対する安全性は著しく向上しました。
しかし、阪神・淡路大震災により防潮堤や河川・港湾施設に多大な被害が生じたことから、東京都は平成7年に緊急に耐震点検を行い、延長16.7km、水門14箇所の耐震性を高める必要があることが判明しました。このため、低地帯を囲む隅田川、中川、旧江戸川の堤防及び水門などの耐震強化工事を、平成9年より5年間で重点的に実施していきます。
江東内部河川の整備については、軟弱地盤帯であり、地盤沈下のたびに護岸の嵩上げを繰り返した結果、護岸が脆弱となり、大地震による水害に対して危険な状態となっています。
このため、比較的地盤が高く、船舶の通行の多い西側河川は耐震護岸の整備を進め、地盤が低い東側河川では、平常水位を低下させる水位低下方式で整備を進めています。水位低下を図ることによって河川の水位が背後地盤程度になり、水害に対する安全度が向上するとともに、高水敷の整備を行うことが可能となります。その結果、親水機能の向上にも寄与できるようになりました。
なお、江束内部河川の整備方針の策定に当たっては、昨年の10月に学識経験者、公募都民、関係区長の方々を委員とした「下町河川の明日を創る会」を設置して、河川整備のあり方を検討していただいています。
――「下町河川の明日を創る会」の趣旨と活動内容は
佐藤
東京の下町は、かつて「みずの都」といわれ、河川が縦横に走り、人々は水辺に親しみ、そこに交流や文化が生まれていました。しかし、今日では、人々と川との結びつきが希薄になったため、人々が川から遠ざかってしまいました。
こうしたなかで、「生活都市東京」の実現に向けて、下町河川を地域に活きた親しめる川として復活させるために「下町河川の明日を創る会」を、昨年設置しました。検討事項は、「ゆとりとうるおいのある生活環境としての水辺空間の創出」、「都民の新たな交流や文化を生み出す場の創造」、「循環型社会づくりへ寄与する水環境の保全・再生」の3点で、今年の9月末に知事報告を行う予定です。
――河川法の改正で、環境が目的の―つに位置づけられましたが、これによって都の河川行政はどう変わるのでしょうか
佐藤
昨年の法改正によって、今後、河川行政において治水、利水のほか、「環境の保全と整備」が目的に位置づけられ、河川空間環境、緑と生態系の保全といったことをふまえた河川の整備が、これまで以上に求められます。今後は、治水対策と環境保全を両立させる河川のあるべき姿を求めながら、河川事業を進めていきます。
河川はそれぞれの地域によって、色々な違いがあります。それらの地域特性を踏まえながら、多自然型川づくりはもちろんのこと、コンクリートのみえない川の工夫、河床の改善、落差の解消など、従来にもまして環境面の配慮を行っていこうと考えています。
たとえば、コンクリート護岸の都市内の代表的な河川である神田川には、近年アユが遡上しています。これは、水質の改善によって河川環境も改善されたことが大きいのですが、それでも、洪水があると流されてしまう、落差があって上流に行けないなどの問題があるのです。
そこで昨年、地元の新宿区と都の関係部署が協力して「アユがよろこぶ神田川をつくる会」という研究会を組織して、河床の工夫や落差の解消などを行うことにより、魚や植物の生息・生育ができるような環境づくりや沿川の公園と一体となった環境整備について検討しました。それを、今後の河川整備にいかしていくことにしています。
その他にも、「うるおいのある川辺の創出」という事業を実施しています。これは、住民が身近で水や緑にふれあい、憩えるように、河川管理用通路などに遊歩道や散策路を整備するとともに、旧河川敷を活用し、スポット広場として緑化を進めたり、休憩所などを設置するものです。
また、多摩地域の渓流河川では、環境に配慮した護岸整備や遊歩道を設けて、人々が清流とふれあえる空間を創りだすなどの整備を実施しています。
さらに、近年のマリンレジャ−人気の高まりに伴って、無秩序な係留を行う船舶が増加しており、適正な水面の利用を図るうえで支障になっています。そこで、良好な水面利用と環境整備を目的に、暫定係留施設を設置するとともに、河川マリーナの整備についても、旧中川や旧江戸川で計画しています。
――法改正で、河川の整備計画策定にあたっては地域の意見を反映させることが制度化されました。都としてはどう取り組みますか
佐藤
法改正のなかで、河川整備計画を策定する際には、地域住民の意見を反映する手続きを導入することとされました。この具体的手続きについては、国や他県でも色々と検討していると聞いています。
都としては、従来から河川の整備にあたって、住民の方々の意向を踏まえて事業を進めてきましたが、今年度から、各河川の流域ごとに、東京都と流域の自治体や住民が、相互に河川に係わる必要な情報や意見の交換を行い、河川事業の円滑な推進を図ることを目的として、「流域連絡会」という組織を順次、設置すべく準備を進めています。河川の整備計画や環境、維持管理などについて意見交換するなかで、住民の参加によるいい川づくりをしていきたいと考えています。
また既に、渋谷川・古川では河川の再生に向けて「渋谷川・古川流域懇談会」を設置し、学識経験者や地域住民等と意見交換を行いながら整備計画の策定を進めています。
――21世紀が目前に迫りましたが、新世紀の東京の河川整備のあり方についてはどう考えますか
佐藤
まず―つは、既成市街地での川づくりです。うるおいのある水辺空間の整備、自然の登かさが感じられる河川整備が重要なテーマになると考えています。
近年、河川は都市のなかの貴重なオープンスペースとして都民の期待が大きく、都市のなかのオアシスとして必要な空間としての比率は高まる一方だと思います。しかし、過密化し、土地利用が難しい都市内では、そうした整備を河川だけで進めることには限界があります。今後は、都市の施設として、まちづくりと―体となった河川整備が必要であると考えています。
現在、実施中の調節池及びスーパー堤防などは、道路、公園、再開発などの事業と関わりがあるので、関係者と綿密な調整をし、一体的な整備を進めています。
また、都心や副都心を流れる日本橋川や渋谷川・古川など、環境の悪化した河川を地域のまちづくりとの連携のなかで再生していくということも考えています。
二つめは、多自然型川づくりのいっそうの推進です。従来の河川改修は、流域に降った雨をいかに効率よく流すかという点に主眼がおかれていました。
近年では、魚の遡上を考慮した落差工や瀬、淵の再生といった多自然型川づくりを進めています。これからは、さらに技術の向上や経験を生かし、景観や植生、生態系といった自然環境とのバランスを考えながら自然にやさしい川づくりを積極的に進めていきます。
三つめは、健全な水循環の回復です。東京では、都市化が進むなかで地表が舗装などで覆われ、雨が地下にしみ込みにくくなっています。地下にしみ込む雨の量が減ったために、湧き水が枯れたり、これを水源とする中小河川の平常時の流量が減少したり、大雨が降ると雨水が一挙に川に流れ込み「都市型水害」が起こるなど色々な問題が生じています。保水・遊水機能を回復させて雨はできるだけ地下にしみ込ませ、地下水を増やし、湧き水を確保し、うるおいのある水辺を再生する必要があります。
現在、東京郁では循環型社会づくりを重要課題の―つに掲げていますが、水循環も大きなテ−マの―つです。都民の御理解と御協力を得ながら、流域での雨水浸透、雨水利用を積極的に進める総会治水の推進に努力していきます。
四つめは、河川の舟運の振興です。阪神・淡路大震災の後に注目されましたが、災害時の輸送手段としてはもちろん、エネルギ−消費の軽減、道路交通の渋滞緩和といった観点からも、河川舟運の振興を図ることは必要です。今年の4月に建設省が設置した「河川舟運に関する検討委員会」からの報告があり、河川舟運のために不法係留船対策、河川利用推進事業の推進や防災船着場などを整備していくこととなりました。
東京都では「船着場整備に係わる検討委員会」を今年度中に設置し、船着場の整備計画を策定していく予定です。
そして、最後に市民参加による川づくりです。これからの川づくりは、都民の理解と協力は勿論のこと、行政と都民、企業などが連携しパートナ−として協働することによって実現されるものと考えます。河川法の改正趣旨にも鑑み、今後の河川改修計画の策定や維持管理について、都民の参加をいただきながら、創意工夫を図り、安全で潤いのある生活都市東京をめざしていきます。

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