建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2000年9月号〉

interview

高度なバランス感覚の求められる木曽三川の水政

大規模河川実験場を河川技術情報の発信基地に

 建設省中部地方建設局 企画部長(前 河川部長) 門松 武 氏

門松 武 かどまつ・たけし
昭和 48年 3月 東京大学土木工学科卒
48年 4月 近畿地建淀川工事事務所採用
50年 4月 福島県土木部河川課
52年 4月 河川局開発課企画調整直轄技術係長
55年 4月 中国地建温井ダム工事事務所調査設計課長
57年 7月 中国地建企画部企画課長
58年 4月 国土庁水資源局水資源調査室課長補佐
62年 4月 河川局開発課課長補佐
平成 元年 4月 近畿地建姫路工事事務所長
3年 4月 (財)ダム技術センター企画部長
6年 4月 河川局河川計画課河川計画調整官
9年 4月 中部地建河川部長
12年 8月 中部地建企画部長
わが国の中部地方は、最大級の徳山ダム、長良川河口堰など治水整備をめぐる話題の中心地である。とりわけ、尾張、美濃、駿府と戦国武将を輩出し、戦国末期の大勢を決した関ヶ原合戦の舞台にもなった地域柄、古くから地域間での水争いが絶えなかった歴史性がある。それは現代にも引き継がれており、広域的な政策を担う中部地方建設局にとっては、難しい舵取りを強いられる格好だ。8月に河川部長から異動した門松武企画部長に、管内の地域的な特性、治水上の課題と政策などを伺った。
――中部地方の地形的特色から伺いたい
門松
中部管内は6000年前の縄文時代には、雨が降ると伊勢湾の水位が5mほど上がり、内陸部が水没していました。その湾岸に人々が住んでいたのです。また、山は3,000メートル級で急峻なため、大量の土砂流出に悩まされています。
木曽川でも昨年の9月の大出水で、大量の土砂が流れました。山があり、数十年ごとに噴火し、そして少しでも多めに雨が降ると河川が氾濫するという特性は、我が国全体に共通していますね。
――治水のための整備をもっと進める必要がありますね、木曽三川の水位はみな違うのですか
門松
そうです。かつては、川が網の目のように流れており、それぞれが独立していませんでした。このため、地域は江戸時代から治水を進めてきましたが、その基本はそれぞれの川を独立させることだったと言えます。川と川とに囲まれたところに堤防をつくり、切開手術をしてようやく完成しましたが、木曽三川は、岐阜側から水位が順番に高くなっているのです。最も低いのが揖斐川、次に長良川、そして木曽川です。
ところが、雨は岐阜側から降りだすのです。降り始めると、真っ先に揖斐川が洪水になり、これが治まる頃には長良川が洪水になり、その水が再び揖斐川に流れ込む格好です。長良川の洪水が治まると、今度は木曽川が洪水になるため、再び長良川と揖斐川に水が流れ込むという状況です。
そのため、降雨に関しては「四時八時十二時」という言葉があり、これは昔の刻で表現しているので、現代の時間とは違いますが、雨が降り始めて8時間後に揖斐川が決壊し、十六時間後に長良川が決壊し、二十四時間後に木曽川が氾濫するという意味です。つまりは、揖斐川、長良川はその間、浸水し続けているということです。
この木曽川を挟んで尾張と美濃が接していますが、歴史的に尾張側の堤防を高くし、美濃側の堤防を低くしてあると言われてきました。又、尾張を流れる庄内川では、尾張の中心がある左岸側を守るため、右岸側の堤防を切れとの指令が下るのです。
そこで、右岸側の人夫を集めて堤防を崩す作業を行うのですが、彼らにしてみれば、自分の住んでいる側の堤防を崩すのですから、家族が犠牲になる可能性もあるわけです。したがって作業を故意に長引かせながら、ということも古き時代にはありました。
歴史的に東西決戦の戦場にもなった地域でもあります。木曽川をどっちがとるかで、美濃と尾張の対立は今でも激しいものがあります。
――それほど過酷な状況下で、現在は治水のための整備率はどれくらい進んでいるのですか
門松
完全に堤防が完成した状態を100とすると、今のところは50くらいというところです。しかし、堤防は高さと厚さか必要で、高さは不十分だが厚さが十分で5割というところもありますから、一律に表現するのは難しいですね。
――確かに、根拠のない不要論には説得力が感じられませんが、本来、わが国はどんな道路整備が必要なのでしょうか
門松
私たちは長期的には、1万4,000qくらいは必要だと考えています。ドイツはすでに1万1,000qで、長期的には、1万3,000qくらいにする計画とのことです。ドイツのような使い勝手の良い国土で1万3,000qです。旧東ドイツは、全く手つかずだったので、現在、懸命に整備しています。
その意味では、私たちの国土の成り立ちや扁平具合、扁平率、平野の分布、都市の距離間などを総合判断すると、やはり1万4,000q分があれば、十分なサービスを提供できるのではないかと思います。
この1万4,000qという想定が、少ないか多いかという議論であれば、私たちは受けて立たねばならないと思っています。
――地球は100年単位で、少しづつ水位が上がっていると言われていますが、100年後を考えると、今の整備の仕方では追いつかないのでは
門松
確かに現在の整備のレベルでは、全く対応できません。治水だけでなく、利水にも影響を及ぼすことになります。河口部の取水が全部ダメになってしまいますから、たぶん下流部で取水している生活用水、工業用水と農業用水とも取水不能となるでしょう。そうなると、全ての河川に河口堰をつくらなくてはならなくなります。
――5月にはようやく徳山ダムが着工になりましたが、その意味では大きく前進したと言えるのでは
門松
そうですね。この地域は大阪や東京都に比べると、貯留施設が非常に不足しています。大阪は琵琶湖、東京は霞ヶ浦と、大きな水瓶があります。特に関東は、水戸の那珂川まで導水路を建設していますから、利水に関しては安全なのです。
それに比べると、中部地方は遅れています。四日市を中心に昭和40年代には、水を必要とする工業が集積したのです。したがって、かなりの水需要が急激に生じたが、供給が追いつかなかったのです。そのために今から評価すると劣悪な水利権を与えてしまったわけです。
実はそのツケが今になってきているのです。この地域は3年に1度くらい渇水していますが、それを補うためにも徳山ダムはどうしても必要だったのです。
――管内の他の河川も、みな水位が高いようですね
門松
そうです。治水の基本は、水位を下げることですが、日本の河川はみな天井川で、その側に家が建っています。堤防の上を、車で走ってみると分かりますが、その光景はすごいものです。だから、できるだけ流量を減らしたいのが河川技術者に共通の願いです。
したがって、雨が降ったときには、そのいくらかは山でせき止め、残った流量を川に流すことになります。全部を山に止め置くのはどう考えても無理ですから、遊水池を扇状地につくり、残りは堤防で守るというのが基本的な治水体系です。
ただし、ダムと堤防と遊水池の負担率をどう割り当てるべきかは、まだ定説はありません。
ところが、住民にとってわかりづらいのは、水位を30センチ下げることが、どれほど大変なことかということです。「ダムを造るくらいなら、堤防をつくった方が安いんじゃないのか」といわれますが、30センチ水位を下げるためにどれだけ苦労していることか。そもそも、30センチで人命が助かるかどうかが問題なのです。
――新聞報道によると、アメリカは治水対策の比重を、遊水池に全面的に移しているとのことですが
門松
土地があれば可能ですね。しかし、日本の地形では無理です。
かつては水田が多く、平野部に降った雨は水田で吸収されていたわけですが、現代ではほとんどがアスファルトですから、市街地に溢れてきます。日本の場合は、こうした内水被害が大きいのです。
しかし、死者が極端に出るということは、今のところありません。ただ、整備が進めば進むほど土地不足もあって、河川脇でも安全だと思い、民家が近づいてくるわけです。だから被害ポテンシャルは非常に高いのです。一気に大きな洪水が起きたら、被害は相当なものになるでしょう。
整備が進むほど、逆に被害ポテンシャルが高まるというパラドックスですね。
――それだけ、河川の治水技術が高いということが言えるのでは
門松
整備が上がると、すぐに100パーセント安全だと思いがちです。とはいえ、そういう意識があるならまだいい方で、その意識もなく、今まで沼沢地だったところに盛土し、土地が安いからと新たに入植する人もいますからね。
――河川付近が開発されてくるようになれば、それだけ堤防の構造も強固でなければなりませんね
門松
問題は堤防の高さです。十分な高さを確保したいのですが、現実にはまだ半分の状態なのです。また量的な拡大も課題です。21世紀は、これが壊れないものに強化することが課題です。例えば堤防を河川水が越えたとしても、簡単には壊れず、水圧に耐えている間に避難できるようなものにすることが理想です。
これを指して、質の強化と言っているわけです。これからは量の拡大から質の強化になっていくでしょう。耐震性も耐水性も必要ということです。
――質的レベルアップを図るための投資について、地域はどう捉えていますか
門松
洪水の常習地帯ですから、特に岐阜などは地元の意識は高いですよ。しかし、先に述べたように、木曽川をめぐっては、今でも自治体間での対立もあります。水に関する確執というのは、いろいろな面で顔を出してきます。
――国としてのバランス感覚が問われる局面ですね
門松
当然、それも我々の存在意義の一つですね。岐阜側で行う政策が愛知側に影響を及ぼすようなことがあれば、大変な反発が起こります。逆も真なりで、例えば名古屋市内を流れている堀川は、人口河川で、名古屋城築城の際に材木などを運搬したものです。ところが、現在は水源が下水処理水なのでかなり汚染されています。そこで水質の向上を図ろうと、木曽川の水を導入する計画が30年前に立案されましたが、その後一向に進展しません。木曽川の貴重な水を使って堀川の水をきれいにするなど、とんでもないという岐阜側の反発があるのです。で、効用がきわめて明確に発生する道路関連プロジェクトのようなものであれば可能でしょう。
――ところで、管内には大規模な河川の実験場があるとのことですが
門松
木曽川の中心部に実物大の実験所があります。直線型や湾曲型など3種類の川が3本あり、800mくらいの長さです。土木研究所の施設で、様々な河川工学の研究を進めています。
曲がった川は魚が多いとか、どんな護岸が適切かなどを研究をし始めたばかりですが、この施設は世界でも最も大規模なものです。そこで私たちは、ここが21世紀の河川土木を支える新しい技術情報の発信地になればと思っています。
 もっとも、植生などは地域の気候による影響もありますから、全国の地域のモデル実験は無理かも知れませんが、全国に応用できる施工技術の研究は可能です。
――治水整備で直面している技術的な課題は
門松
 
砂問題と水質です。河川やダムに蓄積する砂の処理が大きな課題で、例えば天竜川では、ダムに砂がたまり、ダム機能に支障をきたし、又河床が低下し橋脚が危険になったり、海岸線がかなり後退しています。
現在、美和ダムでは排砂トンネルの建設を進めています。下流部は、人力で貯留池の砂を排出してダムの下に移動させ、洪水時に運び出させることにしています。
この分野においても、全国に発信できる技術を確立したいと思っています。山から海までの砂の管理こそは、21世紀の大きな仕事ですね。
――浚渫は無理ですか
門松
難しいですね、十分に予算が確保できるなら可能でしょうが。やはり人工的にではなく、自然の力で排砂できる手法を考えていかなくてはならないでしょう。
今はトンネルしか方法がありませんが、将来的には提体に穴をあけて、必要な時に流し出したり、また水位調節なども、一つの施設で対応するというのが良いのではないかと思っています。
――一方、水質についてはどんな課題と対策がありますか
門松
ダムに溜めている水は、あまりきれいではありません。たとえ人間が近所に住んでいなくても、落ち葉などがありますから汚濁していきます。治水ダムの場合は、水量を確保するために、水質を多少犠牲にしている面があります。とはいえ、少しでも水質を改善する努力はしていかなくてはならないでしょう。
人間が飲む水は、できるだけきれいなものでなければなりません。そこで、現在の取水口と排水口をもう一度再編成しなければならないと思っています。これからは人口も増えませんから、新設の設備はほどほどにして、既存の施設を最善のシステムに組み替えることになるでしょう。
――ハイクオリティーを追求していくということでしょうか
門松
まさに土木は、品質を追求する時代に入ってきていると思います。
――ところで、長良川河口堰に関心が集中していますね
門松
様々な世論があり、利水需要がないなどとも報道されますが、私は必要な施設だと思っています。河川事業の目的には治水と利水があり、我々は治水を担当していますが、仮に利水が全くなくても、事業費は全く同じです。少しでも利水需要があることにより、受益者負担として事業費の半分を負担してもらっていますが、極端にいえば、水需要が一滴もなかったとしても、マクロな視点で捉えるなら、治水目的だけで十分な価値があるのです。
実際に、治水面では6000トン分が堰き止められることで間違いなく効果を発揮しており、被災地住民には喜んでもらっています。
利水は22トン分を開発しましたが、水質が汚いとか、環境に影響があると言われます。確かに何もないところにつくったわけですから影響が皆無とは言いません。しかし、それは、我々が予測した範囲を越えるほどのものではないのです。
――災害被害を減らすための土木事業には、高度な技術と、若干の周囲への影響と経費がかかるのは仕方ないことですね
門松
地方の人々はそう思っていますが、東京在住の人々はそうではないようです。
――建設省の竹村河川局長は、都内の人間が、地方の実状を理解しないまま頭から反対しており、とりわけ都内在住のマスコミ関係者の論調が全国の世論になっている問題点を指摘していました
門松
東京地区に住んでいない人々が情報を得るには、もちろん行政サイドの情報公開も重要ですが、やはり手っ取り早いのは、新聞やテレビなどマスコミなのです。しかし、それだけを見ている限りは、地元の人々はどう感じているのかが見えないんですよ。
 マスコミは、往々にして行政サイドに批判的な立場にあり、反対者の動向だけを報道しますから。
――現実には、この河口堰について、地元の人々はどう思っているのでしょうか
門松
もちろん、反対者がいるのは事実ですが、反面では、反対者の要望書を受け取らないでほしいという要請もありますから、部外者が報道を通じて知っている状況とは乖離があります。国民に、こうした河川の実態を少しでも理解してもらうには、平常時の豊かできれいな、穏やかな時にイベントなどを行い、少しずつでも参加してもらって、興味を持ってもらうしかないですね。そして、この川だって、いつもがこういう良い状態ばかりではないということを分かってもらうしかないと思っています。

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