建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2001年8月号〉

interview

わが国の食を守り北海道の豊穣を支える農業基盤整備

農産物価格の低減で、国民の食生活はより豊に

北海道開発局 農業水産部長 金藏 法義 氏

金藏法義 こんぞう・のりよし
昭和21年7月1日生まれ、本籍地奈良県
昭和47年 3月 京都大学農学部卒
   46年 8月 国家公務員採用上級試験(農業工学)合格
   47年 4月 農林省農地局総務課勤務
   47年 4月 北海道開発局農業水産那農業調査課
   54年 4月 農林水産省構造改善局建設部設計課海外技術班海外技術調査係長
   56年 4月 農林水産省東北農政局請戸川農業水利事業所大柿支所長
   57年 9月 農林水産省構造改善局建設部設計課付
   58年 4月 外務省在パキスタン日本国大使館
   61年 5月 農林水産省構造改唇局計画部事業計画課課長補佐
   63年 5月 岡山県農林部耕地課長
平成 2年 4月 岡山県農林部参与
2年 10月 全国土地改良事業団体連合会企画研究部長
5年 8月 農林水産省関東農政局建設部設計課長
7年 4月 農林水産省構造改善局建設部整備課集落排水事業調整官
8年 2月 建設省河川局開発課水源地対策室長
   10年 8月 農林水産省構造改善局建設部整備課長
   11年 7月 北海道開発庁農林水産課長
   13年 1月 国土交通省北海道局農林水産課長
   13年 5月 国土交通省北海道開発局農業水産部長


全国で最大の耕地面積を有し、酪農においても家畜頭数が最多の北海道は、食料供給量も全国一で、まさにわが国の兵糧庫となっている。農産物の国際競争と価格低迷で、農家経営は決して油断できる状況にはないが、生産効率の向上を可能ならしめる農業基盤整備が、堅実経営のための土壌を与えた結果だ。そして、こうした営農努力とそれを支援する農業基盤整備による価格競争力の強化の恩恵によって、一般消費者は安価にして豊かな食生活を享受することができるのである。
――最近は、農業基盤整備が公共事業の一つとして論議されています
金藏
北海道の開拓は約130年前、明治初期から始まったわけですが、現在120万haの農地が開けています。つまり北海道は、公共事業によって拓けたわけです。しかし、20世紀を振り返れば、基礎的なインフラはとりあえず整えらえれたと言えるのではないでしょうか。
ただ周知の通り、経済的には貿易の自由化や、農産物価格の低下という状況が進む中、今後30年、50年にわたって、食料の安定供給や農家経済の安定をどう図るかという課題があります。したがって、その手段でしかない農業基盤整備が公共事業批判の中で論じられるというのは、疑問です。
インフラの必要性は、北海道120万haの中で、水田や畑を、どう安定させるかにあります。農水省の新農業基本法は、食料自給率を上げることを規定していますし、環境との調和もあります。そのための条件を整備していかなければなりません。農家個々の力を越えて地域的な取り組みが重要です。そして価格政策と構造政策とを一体的に進めることが必要になると思うのです。決して構造政策だけの問題ではないわけですから、この点をご理解いただきたいと思います。
――よく聞かれる批判の中には、一般の企業の工場建設は公共投資の対象とならないのになぜ農家の工場たる農地に公共投資がされるのかというものがあります
金藏
農業の持つ公益性だと思います。国民の食の安全と健康を守るという立場から水と土という基本的資源の整備が行われています。
また、事業工期の問題や、事業費のb/c(費用対効果)の妥当性の問題など、最近よく言われている問題があると思うのです。経済情勢は短期間で変わっていますので、どうしても工期の問題はシビアになります。その時に、b/cは、あくまでも一つの設計コンセプトだと思うのです。ある効果を産むためにどのようなインフラを生産基盤として持つべきか。その投資的考え方ですね。その設計思想についても、これからは事業のコンセプトとして、設計内容をきちんと説明していくことが必要です。
一方、農家経営が非常に厳しい状況ですから、負担金問題に関する議論もあります。その反面、大区画圃場や、経営の大規模化で、経営効率が非常に向上しているのです。このため、農業所得において規模拡大のメリットを受けている農家もたくさんあります。しかし、農産物価格が低下してきています。そして農産物価格安定の一番の受益者は消費者なのです。
――無謀な仮定ですが、北海道から農地がなくなったら、どうなるでしょうか
金藏
北海道は現在、カロリーベースで日本の食料の20%を供給しており、日本全体の食料自給率は40%程度です。それが、もしも北海道の農地が開拓以前のゼロになったら、貿易の自由化とも相まって現在の2割以上の農産物が海外から入ってくるでしょう。
しかし、それに見合う安定供給を海外ができるのか疑問です。去る5月25日に竹中経済財政担当相が農水省で講演されましたが、食料安全保障は、これからは世界の常識なのであって、農林行政はここで怯んではならないと強調しています。マクロ経済的に見ても、食料自給の課題をどう取り扱っていくのか、もっと国民的価値観として理解してもらわなければならないのです。特に、その中で最大のシェアを持っているのが北海道ですから、今の食料供給量を落とすことは、日本の農業構造そのものを、極端に弱体化させることになります。
――その意味では、食料の自給率がどの程度であるかが、国の独立性の目安でもあるのでは
金藏
なぜ日本の食料自給率が40%になったのか。戦後、日本は輸入する経済力もなく、主食である米もないことから、増産につぐ増産を目指して農地開発を進めてきました。食料自給率100%という目標は、経済力との兼ね合いを見た場合の一つのターゲットでした。そして経済が豊かになり、工業製品が輸出されるようになり、貿易のアンバランスが生じてくると、今度は輸入である程度はカバーしていかなければならなくなりました。その中で海外の様々な食料とともに食文化を輸入してきた訳です。
その結果、気がついてみると40%にまでなっていた。つまり、食料自給そのものを、食料安全保障という考え方自体を議論してこなかった結果ではないかと思うのです。農業基本法の最大の課題は食料の安定供給となっていますが、これは国としての一つの義務と言ってもいいのではないでしょうか。国際社会との兼ね合いから見ても、その方向性を明確にすべきでしょう。
――国の独立性は食と防衛力、そしてエネルギーの自給自足が条件だと思いますが、資源だけはいかんともし難く、足かせですね
金藏
今回、小泉総理が非常にわかりやすい形で、国としての基本的責任について議論するようになりました。これは、歓迎すべきです。分かりやすい形で、国民も一緒に議論できる時代になりましたから、ここらで一つ一つの課題を丁寧に捉えていきたいところです。
公共事業も同様ですね。無駄かどうか、効率的かどうかという問題も含めて、その中で解決されていくべきだと思いますね。
――そこで求められるのは、農水省側としてのアカウンタビリティーでは
金藏
農水省は、食料供給の立場と、生産基盤の基本的なインフラを整備する立場と、この両方の立場がありますが、公共事業としては、やはり投資効率を考えつつ効率的な事業を行っていくという方向性は疑いのないところです。もう一つの食料の安定供給のためのインフラは、やはり地域の生産管理という問題ともリンクします。日本全体で490万haと言われている農地を守るという方向で政策は発展すると思います。また、中山間地の条件不利地域については、これは別の意味での国土資源ですから、農村社会を守っていかなければなりません。
そこでデカップリングや直接支払いといったヨーロッパ型の施策などを併用して行い、経済活動を継続しつつ、保全しなければなりません。管理にすべてのコストをかけていては、これまたそれ自体が国民経済的な負担になりますから、経済活動と一体としてという大前提の中で、環境と生産が守られていくようでなければならないと考えます。 
――農業・農村の果たす役割は、確かに国土保全という側面がありますね
金藏
その意味で、地域管理や国土管理といった考え方で、あらためて資源の管理を行うということが大切です。
――北海道全体では、農業農村整備の完成度はどの程度なのでしょうか
金藏
現在の120万haに及ぶ個々の農地を、何とか生産力の高い農地にするという目標には達したと思います。これからは二次整備というコンセプトが必要だと思います。つまり事業コンセプトそのものを変えて、食料の安定供給をどう実現するかを考える必要があります。例えば水田地帯であれば、3割から4割を転作していますが、これを一つの工場に例えると、つまり、インフラの設計変更という形にもなるでしょう。畑地帯でも、規模が大きくなり、既にヨーロッパのドイツ・フランスの水準になっています。それだけの大規模化が既に実現していますので、美瑛の丘に象徴されるように、農業者は単に作業しているだけなのですが、それ自体が都会の人にとっては偉大な観光資源でもあるのです。
そのように地域経済全体の中で、農業資源も再評価されていくと思います。整備の方針もプラスアルファの価値を生み出していく必要があると感じます。
さらに酪農地帯であれば、屎尿処理が課題ですが、ヨーロッパでは環境対策としてかなり厳しく規制をしています。北海道の酪農における乳牛の数はおよそ全国の25%くらいはいますから、同様にその屎尿処理と環境対策が重要です。
そこで平成12年度に別海町と湧別町でバイオマスのプラントの実証試験を始めました。その成果を、データ化し、酪農地帯の環境対策のモデルとして、新技術として応用発展できるのではないかと考えています。これは一つの技術が社会に貢献できるという良い事例となるものと思います。
――農業といえば今までは専門技術でしたが、最近はバイオテクノロジーに対する関心が高まっていますね
金藏
特に北海道の今回のプラントは積雪寒冷地という、半年間はほ場が雪中に閉ざされますから、屎尿をストックせざるを得ないのです。冬季間は、野外に放置すると凍結するので管理上の問題も発生します。今回、家畜糞尿処理の適正な対策に関する法律が施行され、屋根を架けたり、地下浸透させないなど、いろいろありますが、従来型のもので済む対策と集合処理になるプラント化でエネルギーの利用も考えられます。また、非常に良質な堆肥をつくることも期待され、エネルギーと液体肥料の両方を得ることができます。これがバイオの新技術として、次の経済活動につながっていくのではないかと、私は想像しています。
――それによって、新しいビジネスチャンスも期待できますね
金藏
北海道ビジネスとして、何らかの形として発展してくれれば良いと思います。 
――農家の大半が直面している問題として、後継者不足がよく挙げられます。農作業は辛く、農村の生活は不自由という印象が根強いのでは
金藏
町住民の暮らしは住民が自ら方向性を選択していくのが然るべきと思いますが、我々もそうした住民のニーズを、公共事業の中では救い上げきれていないのが現実です。
今まで議論が綿密に行われなかった分野だったと思います。今年の2月から、「我が村は美しく―北海道」運動を進めています。これはドイツで40年も以前に起こった美しい環境と集落の活性化を目的とした運動なのですが、この運動を、北海道において展開することになりました。これには3つのポインントを設けています。私は「3物」と言っていますが、風物、産物、人物です。
風物は地域社会の魅力あるポイントとしての環境・景観です。産物はその地域の経済活動で発生するもので、農産物、海産物等です。人物というのは交流です。「これからはローカルにしてグローバル」と大分県の平松知事が提唱していましたが、そうした交流人口を増やしていくことです。北海道は観光面で非常に高い評価を受けていますが、その方面においても交流人口の増加を期待したいですね。
それから農業生産だけでなく農家の副収入がポイントです。ヨーロッパではグリーンツーリズムとか、農村での休暇などの習慣があります。その形で地域経済を少しでも振興させ、農村社会の経済基盤を安定させたいものです。この取り組みは、今年の農業白書でも紹介していただきました。
先日、JR北海道の坂本社長が講演会で、「我が村は美しく…」は北海道の地域や観光を発展させる取り組みになると発言されていました。北海道内で運動を始めて思ったのですが、例えばオホーツク委員会や、各地の青年会議所のような活動の場がたくさんあるのです。それぞれの組織は、それぞれの目標を持っていますが、共通の課題もいくらでもありますから、お互いに人材や知識などを共有して、ともに活動できれば良いと思います。
――北海道の田園地帯の町村は、本州の市町村とも姉妹提携をして関係を密にし、お互いに交流するという取り組みも有効では
金藏
これは私の直接の担当分野ではありませんが、今や航空運賃が安くなり、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの観光地に行くのも北海道に行くのも、運賃はあまり変わらないというくらい、安価になってきました。さらに地方空港の整備も充実してきました。シャトル便の就航も至る所で企画されているようですから、北海道にも気軽に来てくれるようになるといいですね。
北海道の魅力は本州にない広大さ。阿蘇山の外輪山の大景観に比べても、大雪や十勝の素晴らしさは、決して曳けを取りません。そうした恵まれたものが北海道には数多くありますから、これからもどんどん活用していけるように、道民の皆さんと一緒になって活動したいと思います。 

HOME