建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2000年6月号〉

interview

手を抜けない渇水、土砂災害対策

関係自治体との連携、市民とのコミュニケーション確立が課題

 建設省中国地方建設局 河川部長 棚橋通雄 氏

棚橋通雄 たなはし・みちお
岐阜県出身
昭和52年 4月 建設省入省
62年 4月 九州地方建設局河川計画課長
63年 5月 河川局開発課長補佐
平成4年 4月 沖縄開発庁北部ダム事務所長
4年 4月 大臣官房技術調査室環境安全技術調整室
7年 4月 河川局防災・海岸課建設専門室
8年 4月 東北地方建設局岩手工事事務所長
11年 4月 現職
広島県はじめ5県からなる中国地方は、日本海、瀬戸内海に挟まれ、中国山地が地域を分割する形となっている。降雨は、日本海側では梅雨期と冬期に多いが、瀬戸内海側は台風の接近も少なく年間通じて降雨量は少ない。ただ、梅雨前線による局地的な豪雨が見られるため、油断はできない。また、山地が多いため土砂災害の危険個所も多く、降雨量が少ないことから渇水の心配も尽きない。このため、西日本国土軸の左翼を担う中国地方の安全度を高めるべく、国土整備を行う中国地方建設局の役割は重い。同局の棚橋通雄河川部長に、管内の整備状況と課題などを伺った。
――この管内は比較的に水害が少ない安全な地域と聞きましたが
棚橋
確かに降雨量は比較的少ないですが、水害が少ないということはありません。昭和47年の西日本水害では中国地方の全域で大きな被害となりました。
島根県の西部浜田などは、昭和58年と63年に豪雨がありました。また、昨年は6月29日の集中豪雨では24名の方が土砂災害で亡くなられましたし、9月24日の台風18号でも山口県を中心に大きな被害が発生しました。
――管内には河川の水位が平地を上回る地域はあるのでしょうか
棚橋
中国地方の河川は比較的急勾配で、平地の面積が少ないのが特長です。岡山の旭川や吉井川流域には埋め立て地もあり、その辺りには低いところもあるとは思います。その意味では、長時間にわたって高い水位が続く利根川や長良川のような河川は、中国は少ないですね。
――河川空間の整備事業はいかがでしょうか
棚橋
都市型の河川では広島市内の太田川が代表的な河川ですが、その他、岡山市内を流れる旭川などでは、流域の非常に狭い空間で都市が発達してきました。可住面積が少ないため、運動場などが不足しており、河川の高水敷に広場や公園が整備されています。
また、近年は水辺空間を有効利用し、散策できる場所へのニーズがありますので都市型河川の整備は進めています。
――確かに、太田川の整備は行き届いているようですね
棚橋
太田川は戦前から太田川放水路事業として着手しており、完成したのは戦後です。それまでは、五つの派川が重なり合って広島市内で氾濫していたのですが、放水路を西側に整備したお陰で昭和47年の水害では、広島市内の上流を除いてはほとんど被害がありませんでした。整備の効果は間違いなく上がったと言えます。
といっても、油断はできません。いかに治水が進んでも完璧ということはないわけで、たとえば昨年には三十数名の被害を出した広島土砂災害もありました。その後、9月に台風18号が九州に上陸し一人が犠牲となりましたが、この時などは太田川の水面が堤防ぎりぎりのところまで上昇したのです。
つまり治水整備が進んでいるお陰でぎりぎりセーフというわけで、これを越える降雨があれば、かなり大きな被害が発生するわけです。したがって、治水整備はまだまだ進めなければなりません。
――平地の少ない管内の地域事情から、水面利用も大きな課題ですね
棚橋
水面利用は、たとえば福山市を流れる芦田川では、カヌーなどの競技が行われています。また、ダム湖も同様で、特に弥栄ダムは、広島市内から自動車で1時間くらいの距離にあるため、いろいろな水上スポーツに利用されています。
――河川は治水の他に、親水機能の向上が政策的テーマとされていますから、そのように河川の有効利用が進むのは望ましいことでしょう。問題は、安全面で、親水性が高まった結果、水難事故の確率も上がることが想定できそうです
棚橋
常に難しい問題ですが、日本では自己責任という概念が確立されていません。昨年、玄倉川のキャンプ者がかなり流されましたが、河原というのは、水が増えると当然、川になるところなのです。そこにテントを張るという行為そのものが危険であるわけで、かつてのキャンパーはその程度の知識を持っていたのですが、最近はそうした基礎知識に欠けている傾向があるように思われます。
かといって、私は、決して危ないから柵を設けたり、人々を遠ざけたりしていたのでは、物事は解決しないと思っています。
私たちは、一時期は高度成長期に、川に親しむよりは河川の水利用や可住面積を増やすために堤防を高くしたり、下水道工事が間に合わないために汚水を放水するといった機能性や効率性を優先してきました。
ところが後に、川に親しむ親水性を追求する時期に入ったときに、河川で遊んだ経験がないために河川に関する理解が乏しい世代が親の世代となりつつあるのです。そのため、河川に関する基礎知識を持ってもらう、川を知ってもらうことから始めなければならないわけです。
最近は、様々な市民団体、河川関係の市民団体などが活動していますから、それらの団体が主催して川に親しむ行事や、川に親しむ教室といったスクーリングなどを開いているところがあります。そうした場を通じて基礎知識を持っていただくことで、解決できればと期待しています。
――河川のピーアールについては、行政サイドでも様々な取り組みが見られますね
棚橋
私たちもそうした活動を支援していかなければならないし、川のことを理解し、親しんでもらうことが河川行政を理解してもらうことにもなります。
河川に関する知識が不十分なままで、「治水にはこういう事業が必要だ」などと主張しても、コンセンサスを得るのは難しいと思うのです。
したがって、川のことを知ってもらう、川に親しんでもらうところから関係を再構築していかなくてはならないと思います。
――地建では、太田川の氾濫シミュレーションを分かりやすく映像化していましたね
棚橋
cd-romに収録していますが、そうした形でなるべく広く訴えていく必要があると思っています。河川への理解を深めてもらうには、無理強いして分かってもらうよりも自然に理解できるような形をとるのが良いでしょう。
住民の方からは、治水整備に当たって中州は大事だから残して欲しいとの要望を受けることがあります。しかし、洪水が一度くれば、いかに中州を大切に保存していようとも簡単に崩壊してしまうものなのです。実際、洪水が発生した場合は、この部屋と同じくらい巨大な岩が流れてくるというのが現実なのです。普段、見ている川は平和そのものなのですが。
市民がそうした危機への認識をしっかり持っていれば、共通認識の土壌の上で意見交換もできるのですが、そこがまだ不足しているのではないかと思うのです。また、われわれ行政も努力不足のところがあると思います。
――確かに市民側の意識としては、危機感が低いと感じます。100年に1度の洪水といっても、自分の生存中には起こらないだろうと楽観する傾向があるようですね
棚橋
特に治水事業については、コンセンサスの形成のあり方について私たちも悩んでいるところがあります。例えば、河川環境整備において、高水敷を運動公園として整備するか、親水公園として整備するかといった問題については、地域の住民の意思を大いに尊重して進めるべきですが、生命・財産にかかわる治水事業について同様なレベルで進めるのはやはり問題が多いと思います。
百年に一度の洪水に耐えうる整備を行うには、その必要性をよく理解していただかなければなりません。
――やはり行政サイドとしては、できるだけリスクの低い選択をしたいのが本音でしょう
棚橋
興味深いのは、阪神淡路大震災後に、東海地震が起こった静岡県で、「あなたの家は大地震が起きたら壊れますか」と尋ねると、ほとんどの人が「壊れます」と答えたのです。ところが、「補強しますか」と聞くと、ほとんどの人が「補強しない」と答えていました。つまり、自分の生きている間にそのような大地震はこないだろうと思うのでしょう。基本的に楽観がなければ、人生は心配で生きてはいけないのでしょうけど、これは個人レベルでは許されても、行政レベルでは許されないことだと思います。
――それを踏まえて河川整備の長期計画では、何を重要課題としていますか
棚橋
川と人との関係の再構築を重点的に取り組んでいくということです。具体的には、河川整備計画を様々な人の意見を聞きながら策定することになっています。とはいえ、そのためのシステムが構築されているわけではないので、それぞれの立場で責任を持って発言し、地域を良くするという状況には、まだ至っていません。
残念ながら私たちが発言すれば、何かと反論が出るとは思いますが、中には雰囲気に流されているところもあると思うのです。無関心だった人がいきなり反対を主張してしまうこともあるでしょう。川を正しく理解し、自分たちの地域をどうすれば良いのかを共に考えていくというシステムがまだ確立されていないのです。
そうしたコミュニケーションは、私たち行政側にしても市民の方々にしてもお互いにまだ慣れていないこともあるので、何とか円滑にコミュニケーションを取るシステムづくりを急ぎたいと思っています。
――一方、雨量はやや少ないとのことでしたが、逆に渇水の心配はありませんか
棚橋
渇水については、それが比較的多いところでは水源開発が進められてきています。特に広島県では江の川に土師ダムを整備して、太田川に分水しています。現在は、温井ダムが試験湛水中です。この他にも広島、山口では県営ダムもかなり整備しているので水源開発はかなり進んでいましす。
しかし、それでも平成6年は全国的に渇水した年で、管内でも3ヶ月に及ぶ取水制限を余儀なくされました。
また、全国的にも言えることですが、近年は時間雨量100oを超える異常降雨がある一方で、年間の降水量が減少する小雨傾向にもあります。相対的に渇水の生ずる確立は大きくなってきています。
――中国山地がかなり都市部に迫っていますが、砂防面での安全度は
棚橋
砂防では昨年6月にかなりの土砂災害がありましたが、中国山地はあまり高い山がありません。しかし、広島の山地は花崗岩で、非常にもろい。その意味では崖崩れや土石流災害が起こりやすい形状です。宮島でも戦後直後にかなり大きな災害が起きています。したがって、日野川、天神川はじめ各地で砂防事業を精力的に進めています。
――特に大きかった過去の災害は
棚橋
昭和63年7月の広島県加計町の災害、昨年6月の広島県呉市の災害があります。
広島市は人口が120万人ですが町並みは120万人もいるようには見えません。宅地不足から山裾、山の裏にまで人が住んでおり、地域が分散しているからです。このため、今国会で審議中ですが、そうした危険地域にまで宅地開発が進まないよう法規制する方向にあります。

――ところで、来年から国土交通省に体制換えになり地方建設局も地方整備局として新スタートを切ることになります。業務としてはどのように変わりますか。
棚橋
基本的には県の補助業務が加わるわけで、かなり業種も増えるでしょう。
――それに伴い、ご自身のアイデアで取り組んでみたいと思うことはありますか
棚橋
今までは東京(霞ヶ関)ですべての事業をある程度、把握していたのですが、霞ヶ関で一括して47都道府県の状況を把握をしようとすると、やはり限界があって細かいところには気がつかない場合があります。私たちの仕事は、国土作り、地域作りですから、地域をどうするか、いかに良くしていくかを第一に考えなければなりません。
しかし、国民から見れば、国の仕事も県の仕事も市町村の仕事もみな一緒なのです。したがって、それらがうまくリンクしてより良く効果を発揮できるのが理想です。ところが、その連携のとり方がスムーズではなかったという過去の反省があります。たとえば河川工事で、上流は県担当で下流が国担当ということもあります。そこで県が上流での改修工事を進めると、必然、川水が増えます。そうすると工事未着手の下流側では洪水が起きて困るということがあります。
もちろん、これは極端な例であって、実際には調整が行われていますが、よりきめ細かい調整があれば、より効果的に地域をよくすることができます。
したがって、今後はきめ細かさ、連携の良さを向上させていかなければ、地方整備局として機能する意味がありません。そこに最も力を入れなければならないでしょう。国・県の事業の連携に限らず、河川・道路等の横の連携も図りながらより効果的な地域づくりを進めていきたいと思います。

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