建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2005年10月号〉

interview

三内丸山遺跡の隣に初の県立美術館

縄文遺跡発掘現場をイメージした斬新な内部空間

青森県県土整備部 建築住宅課長 芭蕉宮 総一郎 氏

芭蕉宮 総一郎 ばしょうみや・そういちろう
生年月日 昭和 39年9月27日
出身地 福井県
昭和 63年 3月 東京大学工学部建築学科 卒業
昭和 63年 4月 建設省住宅局建築指導課
平成 元年 6月 建設省都市局都市再開発課
平成 4年 4月 国土庁地方振興局山村豪雪地帯振興課係長
平成 6年 7月 建設省建設経済局宅地開発課係長
平成 8年 4月 国土庁大都市圏整備局整備課専門調査官
平成 10年 7月 川口市技監兼都市計画部長
平成 13年 4月 国土交通省国土技術政策総合研究所研究評価・推進課長
平成 14年 4月 国土交通省中部地方整備局営繕部官庁施設管理官
平成 15年 7月 青森県県土整備部建築住宅課総括副参事
平成 17年 4月 青森県県土整備部建築住宅課長
縄文時代の暮らしの跡を遺す青森県三内丸山遺跡の隣接地に、初めての県立美術館が完成する。遺跡発掘現場に似せて地面を垂直に掘削した土肌のトレンチを、煉瓦を塗装して仕上げた純白の上屋で覆う形で、幾何学的な造形と色彩・素材のコントラストの美に満ちた建築となる。一方、県財政の厳しさから、その他の建築、住宅事業については、既存のストックの延命策をいかに効果的に行うかが、県土整備部建築住宅課に課せられた課題だ。これらの事業展開にどう取り組んでいくのか、芭蕉宮総一郎課長に伺った。
――公務スペースとなる県全体の行政庁舎は、十分なのでしょうか
芭蕉宮
行政庁舎はそれを必要とする部局が予算要求し、我々建築部局はその建築行為だけを委任されるわけですから、正直なところ、行政施設の過不足についてはよくわかりません。
ユーザーの立場からは、会議室がなかなか確保できないといった問題は感じていますが、今後は人口も減ってきて、行政もスリム化していくでしょうから、現状に合わせて野放図に建設するわけにもいきません。
そもそも、今日の厳しい財政状況により、新規の公共建築が凍結され、建替もなかなか実施できない状況ですから、既存のストックを有効に活用していくしかありません。そのためには、建物の保全、維持管理を計画的に実施する必要があります。
各施設には、それぞれの管理部局がありますが、必ずしも建築の専門職が配置されているわけではないので、我々建築部局が指導・支援しながら現在ある建物を長く有効に使っていくことに取り組んでいこうと考えています。
――一方、県営住宅など県民への還元施設は、どんな状況でしょうか
芭蕉宮
これも一概に足りているとか不足しているとは、言い難いところがあります。現在は5千6百戸の県営住宅があり、入居率は9割くらいですが、残る1割が余っているから十分に足りているとは言えません。利便性の良いところに新しいものを造れば、入居希望者は殺到するでしょう。また県営の他には市町村営住宅もありますので、これらを含め、真の生活困窮者のためのセーフティネットとしての公営住宅のあり方、またその必要量を見極めていくことが今後の課題です。ただ、実際問題としては、県営住宅を増やせるような状況ではなく、建て替え需要もありますが、今あるものを維持していくだけでも大変だというのが現実です。
▲県営・多賀台団地[建替後](八戸市)
――今後にむけての建替計画は
芭蕉宮
ストック活用計画をつくり、全部の県営住宅について、今後いつ頃何をするのかを決めています。計画の中では、建替・修繕事業にかかる予算を8〜9億円のレベルで平準化することとしていますが、実はその予算額では、今後増大する建替需要には全く対応できません。そのため、修繕を中心にして長寿命化を図ることが主体になります。40年代、50年代に建築したものもかなり老朽化してきていますが、そういうものも、例えば外断熱化しながら外壁改修をして延命している状況であり、根本的な建替は先延ばしにしています。
――ライフスタイルの変化に合わせた住戸改善も必要では
芭蕉宮
もちろん、今の生活水準に合わない住戸もあります。風呂釜さえもないところが、たくさんあるのです。そうしたところは、入居者に用意してもらうことになっているのですけれども。
――入居者が替わるときには、先の入居者が自分の意思で設置した設備を取り外すなどして、元に戻さなければならないとのことですが
芭蕉宮
そうなのです。
――せっかくレベルアップした設備が、勿体ない話ですが、制度的に柔軟にはできないのでしょうか
芭蕉宮
かつては、次への入居者へ風呂釜の引き継ぎを斡旋したこともありましたが、退去時に次の入居者が決まっているわけではなく、いったん公共のものになれば責任も生じてきますし、トラブルの元にもなりますので現在は行っておりません。
その他のもの、例えば独自に壁紙を貼り替えてきれいにしたいという場合でも、レベルアップか否かは一概には言えず、また退去時に元通りに復元してもらえないことも想定されますので、最初から認めておりません。一度認めると、中にはいろいろな細工をする人が現れるかも知ませんし。
国でも公営住宅を含めた住宅政策の検討がされているようですが、焦点はあくまでも非入居者との公平性の確保に当てられています。例えば、住宅に困っている人が入居すべきところを、そうでもない人が入居しているケースもあるようなので、それを厳密化していかなければならない。公営住宅は、国民、県民のある程度の負担のもとに住むわけですから、そこで自由勝手にできる仕組みである必要はない。公営住宅の入居者は、お客さまというわけではないのです。
ただし、今時、風呂釜を自分で用意してもらうというのは時代遅れなので、そうした改善事業は、確実に進めることが必要です。つい最近も、近年は銭湯自体が減っているのに、入居してみて風呂釜がなくて驚いたと新聞に投書をいただきました(苦笑)。
――居住年数に制限を設けたなら、入居希望者の不公平が是正されるのでは
芭蕉宮
埼玉県では、子育て世代を支援する名目で、そのような施策を検討しているようです。国の政策検討においても、期限付きの入居については論議されています。これらを踏まえ、当県でも今後の検討課題になるでしょう。
――建て替えその他において、コストの問題も大きいのでは
芭蕉宮
県営住宅の建て替えコストの縮減のために進めようとしているのが買い取り制度です。敷地、住戸のタイプ面積、戸数等の条件を示した上で事業計画をプロポーザルしてもらい、審査委員会で審査して、価格と内容を総合して最も優れたところに実施してもらうわけです。そして完成したものを県が検査して買い取るという手法です。
八戸市の是川団地で、今年初めて着手しました。
――実施してみた感触は
芭蕉宮
つい先日、提案のあった8社の中から最優秀提案者を決定したばかりですが、これまでのところ、審査委員長である八戸大の月館先生をはじめ委員の皆様のおかげで、大変うまく進んでいると思っています。採点は項目ごとに配点を決め、価格と内容の比重は50対50としましたがこの設定が良かったのではないかと思います。提案された計画もよくできていたと思います。
――そうした手法は、他県ではあまり見られませんね
芭蕉宮
あまりないと思いますね。例えば、住宅供給公社などが建設したものを買い取るという形はあるようですが、純粋に民間企業を対象にプロポーザルを募って買い取るという方式は、あまりないと思います。
――近年はPFIが関心をもたれているので、その一つとも言えそうですね
芭蕉宮
これが大規模なものになれば、PFIという話になってきますが、今回のものは、11戸で事業費1億円弱ですから、強いてPFIとして実行するのも大変でし、プロポーザル方式で買い取っても、同じような効果が得られるのではないかと考えたわけです。
――それが成功すると、システム化されて定着するのでは
芭蕉宮
そうですね。今年度と来年度で2つの敷地に分けて実施していますが、これが上手くいけば、手法をマニュアル化して、市長村営住宅にも普及させていきたいと思います。
この他に、県営住宅のコスト縮減に向けては、指定管理者制度を来年度から導入します。そのために、候補者を募集しているところで、どれくらいの応募があるかはわかりませんが、県内を5地区に分けてそれぞれ管理者を決めることになります。
――今までは第三セクターが担当していたのでは
芭蕉宮
県の住宅供給公社が、青森、弘前、八戸の3市分を請け負っていました。それ以外にも、むつや五所川原もありますので5地区です。それらを指定管理者にお願いするということで、公社も応募してくることも考えられますね。
▲位置図
――そうして厳しい財政状況ではありますが、建設中だった青森県立美術館がいよいよ完成しますね
芭蕉宮
これからであったなら、事業化は無理だったでしょう。かなり以前から基本計画が策定されていた事業でしたからね…。工事も2年前から着手してきました。コンペは平成12年に行われ、それより前に館長が決まっていました。
――当時から、それだけ県民の要望が大きかったということですね
芭蕉宮
そうです。青森県は棟方志功をはじめ、様々な芸術家を輩出していますが、県立美術館を持たない県は、青森だけだったのです。ですから、新築としては最後の県立美術館ですね。
その意味もあってか、コンペをしたら393点もの応募がありました。何社かを指名してのコンペではなく、制限無しのコンペでしたし、美術館の設計自体が魅力あるものだからこそ、大手から新進建築家まで、たくさんの応募があったのでしょう。審査の結果、青木淳建築計画事務所の設計に決定しました。
▲青森県総合運動公園・総合芸術パーク完成予想図
――設計競技にあたって県から提示したコンセプトは
芭蕉宮
ひとつは美術館を含めて、総合運動公園としての全体計画が先にあったのです。縄文時代の遺跡である三内丸山遺跡の隣接地帯で、公園の外周を周回する縄目のような遊歩道は、縄文ループということで、縄文の縄をイメージしたものですが、そうした全体構想が先に構築されていました。
美術館は、少なくともこの全体計画と整合させて造らなければならないという制約がありました。
機能としては、収蔵品を上手く収めることと、アトリエやコミュニティーギャラリーなど、県民の為の創作、展示のための空間をつくる等の要件がありました。
――幾つかの広場の用途は、それぞれ違うのですか
芭蕉宮
総合運動公園は、運動公園ゾーンと芸術ゾーンに分かれており、美術館の周辺は芸術ゾーンとして、市民広場的な空間を想定しています。
――展示のメインは
芭蕉宮
県が所有している美術品の中に、シャガールによって描かれた、アレコというバレエの舞台の背景画があります。これは、幅15m、高さ9mの巨大なもので、しかも3面あります。さらにもう1面、フィラデルフィア美術館にあるものを含めて、4面で1セットなのです。最大の課題は、この目玉となる作品をいかに展示するかであり、当然ながら4面の同時展示も視野に入れる必要がありました。
――美術館や博物館は、不思議な空間で構成されているなど、それ自体が芸術品のようなものですね
芭蕉宮
そうですね。コンペの中でも、複雑なデザインのものもあれば、極めて明快な格好のものもあり、いろいろなものが出ていましたが、これはどちらかといえば、全体像を把握しにくい構成になっており、そこが空間としての魅力にもなっていると思います。
デザインコンセプトを言葉で説明するのはなかなか難しいのですが、まず、地面にトレンチと呼ばれる穴、あるいは溝を掘りこむのです。これは遺跡発掘現場をイメージしたもので、最大で地下2階まで掘り下げていますが、2階といっても階高がありますので、地表からは13m程度下になります。またその形は、様々な直方体の穴や溝を組み合わせたものとなっています。そして、この穴の上から白い箱、これまた直方体の組み合わせで、特に下面が出っ張ったり引っ込んだりしているものですが、これを置きます。穴と箱は形が違うので、ぴったりとはまりません。この穴と箱とのすき間と、箱そのものが、美術館の空間になるわけです。当然ながら、場所によっては白い壁に土の地面であったり、地面も壁面も土であったりします。もちろん実際には、地盤をそのまま床や壁にしているわけではなく、コンクリートの上に土を固めたり、土を貼り付けたりしています。こうした土系の素材の美術館というのは、全国でも珍しいですね。
――上屋はどのようにできているのですか
芭蕉宮
上屋の外壁の仕上げはレンガ積みですね。それを白く塗装しています。外観的には控え目な印象ですが、素材感があります。
正面の壁には三角形の青いネオンが数百戸も設置されます。夜などは綺麗に見えることでしょう。
――床も壁面も土に見えるというのは面白いアイデアですね
芭蕉宮
三内丸山遺跡の隣に造られることから、その地域性や文化を反映したデザインを審査員が評価したわけです。土の力強さが感じられるところが、この建物の一番の特徴ですね。
――最近は曲面を生かしたデザインが見られますが、全てが直角で構成されるのも、独特の美しさがありますね
芭蕉宮
曲面の部分もあるのですが、基本的には実際の遺跡発掘現場でのトレンチ垂直、平面、そういった幾何学的な形状の中に歴史が積層している、その美しさや驚きが表現されているのだと思います。
青森県立美術館(仮称)新築工事
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