建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2005年6月号〉

interview

ビジター産業を日本のリーディング産業に

感性豊かな二地域居住を実現するための築土構木

国土交通副大臣 参議院議員 岩井 國臣 氏

岩井 國臣 いわい・くにおみ
1962年 京都大学院修士課程修了
建設省に入省 中部地方建設局勤務
1977年 関東地方建設局京浜工事事務所長
1983年 大臣官房技術調査室長
1986年 九州地方建設局河川部長
1988年 河川局河川計画課長
1989年 中国地方建設局長
1992年 河川局長
1993年 河川環境管理財団理事長
1995年 7月 参議院議員初当選(自由民主党比例代表選出)
2001年 1月 国土交通大臣政務官
2001年 7月 参議院議員再選(自由民主党比例代表選出)
2004年 9月 国土交通副大臣
著 書
『劇場国家にっぽん−わが国の姿(かたち)のあるべきようは−』/新公論社
『桃源雲情−地域づくりの哲学と実践−』/新公論社
昨年9月に国土交通副大臣に就任した岩井國臣氏は、建設官僚出身で現在2期目。観光担当副大臣として観光産業の振興に知恵を絞っており、観光の分野を都市と農山村との交流、草の根の国際交流、国際会議の誘致にまで広げ、これらを「ビジター産業」という新たな枠組みとして「日本経済のリーディング産業に育てたい」と考えており、「建設業はその担い手になりうる」と強調している。
――副大臣の土木観と、その理念についてお伺いしたい
岩井
土木の語源は、中国の「築土構木」という言葉が由来です。人々のより幸せな生活を維持し、改善していくためには、基本的に土を築き木を構えることが必要です。大地はもとは原始の世界ですから、それに対して何らかの手を加えなければなりません。その意味では、農業も「築土構木」そのものですが、農業に限らず道路、治水整備や都市開発など、あらゆる分野において手を加えることで、われわれは豊かな生活を築いてきたわけです。
ただし、今後の21世紀を考えた時、われわれ日本人はどのような生活をめざすのかが曖昧な状態では、何をすべきかが定まりません。土木というのは、道路をつくり、ダムをつくり、河川改修に取り組むこと自体が目的ではないのです。それはあくまでも手段であって、人々の生活がより豊かで安全に、便利になることを目指すところに成り立つのです。
それでは、21世紀のわれわれのライフスタイルはどうなるのか。世界のグローバルな動きの中で、日本はどうするのか、日本人の生活はどうなるのか、その点が今ひとつ鮮明ではありません。したがって、土木も「築土構木」の原点に今一度、立ち返るべきかと思っています。。
――21世紀のライフスタイルを見通すには何を手がかりにすれば良いでしょうか
岩井
日本が歩んできた歴史、先祖から受け継いだ伝統文化をベースに考えなければ、それはなかなか見えてこないと思います。そもそも日本の歴史、伝統文化の特長はどこにあるのか。文化庁長官を務めている河合隼雄氏は、「特長がないのが特徴だ」と言うのですが、私としては世界の伝統文化に比べて鮮明な特長があると思います。
現在、愛知県で開催中の愛知万博は「自然の叡智に学ぶ」がメインテーマとなっていますが、まさに日本の伝統文化には、恵まれた自然を生かした独特のものがあります。北海道には北海道の、全国それぞれの地域には、その地域に根ざした歴史、伝統、文化があります。それは自然環境を含めた風土と言っても良いでしょう。そうした各地の風土を、もう一度見つめ直し、活性化を図るべきだと考えています。
――日本の伝統に立脚するアイデンティティーの起源を、どこに求めるべきでしょうか
岩井
歴史的には、縄文時代から続いているものがあります。日本の自然観と宗教観は必ずしも同一ではありませんが、それは縄文時代から連綿と続いてきたのではないでしょうか。
日本民族はモンゴリアンで、人類学者の中には南モンゴリアンと北モンゴリアンの二系統を提唱する人もいます。南方から船で黒潮に乗って日本列島に住み着いた人々と、北方から北海道に渡った人々があり、一方で中国大陸や朝鮮半島からも流入しています。その意味では、日本民族は南北双方からの影響を受けており、純粋の単一民族ではなく、言わば混血だと思います。
そして宗教も、八百万の神を基本とする多神教です。欧米のキリスト教にしても、アラブ諸国のイスラム教にしても、一神教の原理主義には、排他的で縛りのきついものがありますが、われわれ日本人は多神教を反映して、多様な価値や違いを認め合う「和の精神」がバックボーンにあります。聖徳太子の治世の時代から、和を持って尊しとなす精神を受け継いできています。
アメリカが世界で唯一の超大国として、軍事的にも経済的にもリードしていくという今日の形勢では、世界は決して平和になりません。そこで、日本はそうした多様性を認める精神に基づき、アメリカの「後戸の神」としての役割を果たすことが重要です。
そのためには、海外からも大勢の人たちに来ていただき、日本の歴史や伝統の真髄と言いえる、違いを認める「和の文化」に触れてもらい、理解を深め、広げてもらうことが大切です。北海道から沖縄まで全国各地には、それに基づき、体現したそれぞれの風土がありますから、世界の人々に来て、知ってもらうのが良いでしょう。
――中国は日本に謝罪要求をしますが、彼ら自身は何があっても謝罪をしません。アメリカも同様ですが、その点では、何事によらず謝罪文言を会話で多用するのは日本人くらいのもので、不要な損益を被る格好になっているのでは
岩井
確かに、何かにつけて日本人は「すいません」と謝罪の言葉を発します。とはいえ、それは謝罪を意味しているのでもなく、謙譲の美徳というものですね。
一方、他国は自国の国益を考慮し、互いに主張し合うわけですが、それだけでは国際社会の平和は実現しませんから、その点は今後の21世紀の課題でしょう。
――副大臣は観光を担当されていますが、政策的な戦略はありますか
岩井
一昨年の国会で小泉総理が観光立国宣言をされました。これまで知財立国や貿易立国、技術立国など、いくつかの国家像が提唱されましたが、時の総理が本会議場でわざわざ立国宣言をしたのは初めてのことで、それだけに意義深いものがあります。
2010年までに海外からの観光客1,000万人の動員が目標ですが、それで終わりではなく、さらに2020年には2,000万人、2030年には3,000万人と、より多くの人々に訪問してもらうのが良いと考えています。
思うに、現在、使われている観光の概念それ自体が、そもそも狭いと思うのです。平凡な旅からオリンピック、ワールドカップサッカーなどのスポーツイベント、草の根の国際交流、さらには学術会議や国際条約会議なども含めて、人が国境を越えて移動すること自体を産業と捉えるべきだと考えています。そのためには、観光という従来の概念で、包括するには無理があります。そこで、私はそうした包括的概念として、「ビジター産業」を提唱しています。これを、今後の日本のリーディング産業に育てたいと思っています。
また、これからの日本人のライフスタイルとしては、マルチハビテーションつまり「二地域居住」を提唱しています。ふだんは都会に住み、週末を田舎で過ごす、あるいはその逆でも良いのです。
そして、日本人は働きすぎですから、もう少し自分の時間や家族との時間を大切にするべきだと思います。そのためには、フランスにあるバカンス法のような法制があれば、正月やお盆、連休などの特定の時期だけに、民族の大移動が起きることもないでしょう。現状では、あまりにも同時期に人の動きが集中しすぎており、反面、ピーク時以外は閑散としているので、コストダウンが難しくなっています。
それが実現されたならば、定住人口ではなく交流人口が今後のモノサシになります。国内だけでなく外国からも来てもらうわけですから、その利便を提供するために、道路、下水道などのインフラ整備も促進しなければなりません。例えば、個人的に思うのは、日本のトイレの構造は国際的ではありません。和式は外国人のライフスタイルには合わないのですから、そうしたところからでも改善していく必要があります。そうしたインフラ整備を担う建設業は、まさにビジター産業の立派な担い手になると思うのです。
――沖縄総合事務局では、管内の公共事業の目的は、観光客の利便性を高め、観光産業を振興させることにあると言明しています。しかし、公共事業に対する一般的な世論としては、一産業に限定されず、極力広範囲の産業に貢献することを目指すのが大前提とされます
岩井
例えば、一次産業の農林水産業や、各地の地場産業はそれぞれに課題を抱えつつも、重要な産業でもあるので、もちろん今後も振興していきますが、やはり日本経済を牽引する成長産業となる新規のリーディング産業が必要です。今や重厚長大工業を中心とする臨海工業の時代ではないので、itやバイオ、ナノテクなどの先端産業を育てなければなりません。しかし、それらは大都市周辺の恵まれた地域にしか立地しません。
それに反し、日本全国、過疎地域も含めてあらゆる地域の風土を生かしつつ成長が期待できるのは、やはり広い意味での観光・ビジター産業しかないと、私は考えています。
都市と農山村との交流もあれば、外国との交流もあります。伝統文化を訪ねる旅も観光、国際交流も観光の概念に含まれます。ただ、政治、経済的政策を論議する国際会議までも「観光」でくくるのはなじまないので、ビジター産業と私は定義するのです。ビジター産業を、日本のリーディング産業に育てること。そして、その主たる担い手となり得るのが、建設業だと思うのです。都市と農山村の交流、二地域居住、国際交流をイメージしながら、それを行う場づくりが必要となります。それがインフラ整備であり、現代の築土構木というものなのです。
そのように展望すれば、建設業にとって将来的な需要はかなりのものが期待されます。地域に向けて情報を発信しつつ、地域の人々と一緒になってビジター産業を育てる努力をしてほしいと思います。
――その場合には、行政サイドはどのような役割を果たすことになるでしょうか
岩井
「民でできることは民に任せる」、「地方でできることは地方に任せる」というのが最近の時流で、npoを含めて民間のウエイトが大きくなっています。行政それ自体はなくならないものの、明治以降から続いた官主導の中央集権体制が変化しつつあります。したがって、行政は民間主導をサポートする方向に変わっていくと思います。
――そうなると、公共投資の財源をどこに求めることになるでしょうか
岩井
国も地方も財政状況は厳しいのですが、社会には資金が豊富にあるのです。その投資先を、常に模索し続けなければならないほど潤沢です。したがって、その民間資金を活用し、例えばファンドなどを設立して、pfi事業など民間主導型の公共事業をさらに推進していくことが必要だと思います。
アメリカでは、都市の再開発にTIF(タックス・インクリメント・ファンド)という制度を導入しています。これは民間主体の再開発を行って成功した場合に、そこから得た税収を再開発のプロジェクトに還元するという仕組みです。
例えば、国内で民間による開発事業が行われ、そこで国内外からの訪問者が集まれば、消費が生まれます。その消費税を地方財源として編入されるのが良いでしょう。それがさらにプロジェクトに還元されるようになれば、一つの経済的循環が成立するわけです。そうなると、地方自治体も自主財源を確保することが出来るようになりますから、これは日本でも研究し、導入したほうが良いと思いますね。
そうしたゼネコン、金融機関、商社などでチームをつくり、計画から建設、運営までに携わる仕組みを実現するために、株式会社でも再開発事業の実施主体になれるよう、私たちは法改正の作業を進めており、今通常国会での成立を目指しています。
――投資先が集客度の望めそうなエリアに限られ、開発が偏っていくという懸念は
岩井
各地域の特性を生かして、有効に投資し、開発することが大切です。どこの地域にも必ず独特の魅力があるのですから、それを発揮させることです。それを促進する意味でも、先に触れたバカンス法などを導入し、二地域居住を定義させることが有効です。
――現代の日本の経済システムと勤労形態を考えると、その余裕を持てる人は限定されるのでは。特に資源に恵まれていないので、アイデアや技術力、労働力を集中投下して、マンパワーをもってがむしゃらに働かざるを得なかった面もあります
岩井
日本人は本来、勤勉な国民性なのだと思いますが、バカンス法までは行かずとも、もう少し年次休暇を取って、時間の余裕を作り、友人、家族などの人間関係を大切にすることが必要でしょう(笑)
特に、これからはモノづくりの時代です。ただし、安物を作って大量に売りさばく状況では競争に勝てないでしょう。農産品にしても工業製品にしても、品質の良い高度な製品づくりが必要になります。付加価値があれば、多少は高価でも売れるのです。
ただし、そのためには感性が重要になります。その感性を磨くためには、がむしゃらに働けば良いというものではありません。ゆとりのある環境や良好な人間関係、豊富な自然環境などが必要です。それを実現するのが「二地域居住」です。
これからのライフスタイルを考えると、そのようにして感性を高めていく生活が大切でしょう。先祖が残した、わび、さびを反映した伝統工芸品や美術、自然の持つ微妙な表情に触れるなど、感性に訴えていく生活が必要です。そのためには、東京だけに暮らしていたのでは無理です。感性に訴える環境に恵まれた生活が、豊かな生活というものであり、そのための「築土構木」が必要となるのです。
ただ、日本の山は、違法伐採による外材圧力により間伐ができなかったりして荒れています。お陰で昨年も流木被害なども見られました。治山は治水と一体です。治山が不十分であれば、治水も十分にはなりません。
――そうした理念に基づいて国土づくりの将来像を、どのように描いていますか
岩井
国土総合開発法の一部改正案を、今国会に提案していますが、実質的には一部ではなく全面改正となります。その中で、「美しい国土づくり」を一つのテーマに、ビジョンを策定していくことになります。
しかし、ビジター産業を振興させ、何千人もの訪問者を迎えるにしても、例えば東京・日本橋のように、電柱、看板などに埋もれ、個性を失ってしまったのではダメで、まさに20世紀の負の遺産と言うべきものです。当時は、高度成長における都市計画として、やむを得なかったのでしょう。しかし、景観三法も制定され、今後の21世紀を考えるに、従来のような量的な拡大から質的向上が求められます。
――ビジター産業の振興には、国際関係のあり方も影響するものと思います。日本はアジアの一員でありながら、隣国との関係は必ずしも良好とは言えず、一方では同盟国アメリカとの安保体制も変化しつつある中で、日本はどのポジションに立つべきと考えますか
岩井
基本的に、アメリカを度外視した立場に立つのは、問題があると思います。日本はaseanではなくapecという視点と、それに基づく関係を重視すべきでしょう。つまり環太平洋における国際関係です。それが、私の著作「劇場国家にっぽん」(新公論社)の中で力説する「環太平洋の環」という概念なのです。  
ベーリング海峡からアジア、南北アメリカ、太平洋を中心とする環太平洋の環には、古くからアメリカインディアン、アイヌ、日本人が属しています。それらの民族に共通するのは蒙古斑点を持っていることです。
アイヌにはユーカラという叙事詩や神話があり、文化として素晴らしい。アメリカインディアンとアイヌの感性には共通したところがあります。
したがって、日本にとっての唯一の同盟国はアメリカなのですから、私は北海道の新千歳空港などは、いち早く北アメリカとの航路を開拓し、定期直行便を持つ体制を整えることが必要だと主張しています。
――建設業界は、受注機会の減少ともに競争激化で、経営を度外視した競争も一部には見られますが、今後に向けては何に取り組むべきでしょうか
岩井
当面の問題は、ダンピングをまず止めることです。また、公共事業費が右肩上がりとなることは期待できないので、異業種参入も良いのですが、どうせならばビジター産業に関わることを志向して欲しいと思います。
例えば、ビジネスモデルとしては、光ファイバー網の整備とともに、企業に働きかけてリゾートオフィスの実現・普及と、その建設需要獲得に取り組むというパターンも考えられるでしょう。
そのように、新産業の新興に携わるからには、同業者同士だけで固まっていたのではダメで、異業種との共働体制を築く体制づくりが重要です。
もっとも、最初から大きなリスクを負うわけにもいかないでしょうから、とりあえずはどこかのエリアでパイロット事業を実施してみたいと考えています。

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