建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2005年2月号〉

interview

構想40年の灰塚ダム 完成に向けて追い込み

300世帯の移転住民の期待を担う〜地域に誇れるダムの完成を目指して

国土交通省 中国地方整備局 江の川総合開発工事事務所長 秋山 良壮 氏

秋山 良壮 あきやま・りょうそう
昭和 55年 3月 呉工業高等専門学校 土木工学科 卒業
昭和 55年 4月 建設省中国地方建設局 岡山河川工事事務所 調査設計課採用
昭和 58年 4月 建設省中部地方建設局 長島ダム工事事務所 調査設計課
昭和 60年 4月 建設省中部地方建設局 河川部 河川調整課
昭和 62年 4月 建設省中部地方建設局 新丸山ダム工事事務所調査設計課 調査係長
平成 元年 4月 建設省中部地方建設局 河川部 河川計画課 調査第一係長
平成 3年 4月 建設省河川局 開発課 補助技術係長
平成 6年 4月 建設省中国地方建設局 斐伊川・神戸川総合開発工事事務所
調査設計第二課長
平成 7年 11月 建設省中国地方建設局 企画部 技術管理課 建設専門官
平成 9年 4月 建設省中国地方建設局 企画部 企画課 課長補佐
平成 11年 4月 建設省中国地方建設局 河川部 河川計画課 課長補佐
平成 12年 4月 建設省河川局 開発課 水源地対策室 課長補佐
平成 13年 1月 国土交通省河川局 河川環境課 流水管理室 課長補佐
平成 14年 4月 国土交通省中国地方整備局 河川部 河川管理課長
平成 16年 7月 国土交通省中国地方整備局 江の川総合開発工事事務所長
昭和47年の大洪水は、江の川流域住民の間で今なお語り継がれるほどの大被害をもたらした。そうした悪夢を解消すべく、昭和49年に実施計画調査、63年から灰塚ダムの建設が進められ、平成18年度の完成を目指して工事が大詰めを迎えている。構想から40年が経過し、300世帯の移転の上に建設されるこの事業について、江の川総合開発工事事務所の秋山良壮所長に語ってもらった。
▲灰塚ダム完成イメージ
――江の川の概況からお聞かせ下さい
秋山
江の川は広島・島根両県を流域に持ち日本海へと貫流する中国地方最大の流域面積を持つ河川です。この流域は有史以来、数々の洪水に見舞われ、明治5年、同23年、大正12年、昭和18年9月、同20年9月と大水害が相次いで起こりました。中でも、地元で47災害と呼ばれている、江の川沿川に未曾有の被害をもたらした、昭和47年7月の梅雨前線豪雨は今でも次代へと語り継がれ、江の川流域で暮らす人々にとっては、忘れられない水害の記憶となっています。
 江の川の治水事業は昭和18年と20年の大洪水を契機に、三次市より上流は昭和28年から、下流部は昭和44年から国の直轄事業として本格的な河川改修工事が始まり、昭和43年には土師ダムの建設(昭和49年完成)も始まりました。その後、47年の大洪水を踏まえ、48年には「江の川水系工事実施基本計画」が改定され、洪水調節と水資源開発を目的とする灰塚ダム計画が位置付けられました。
――灰塚ダムの事業概要は
秋山
灰塚ダムは江の川の上流を流れる馬洗川の支川上下川(広島県三次市三良坂町)に、建設中の多目的ダムです。
このダムは水没移転家屋が300戸を超えた大治水事業で、昭和41年に地元に対して現地調査の申し入れが行われ、以来40年の歳月が経ちました。その歴史を振り返ったとき、灰塚ダムがここまで来られたのは、故郷の愛着ある貴重な土地を提供して頂いた地権者の方々の格別な理解と判断、ご協力があったからこそと思います。また、諸先輩方の絶え間ない努力の積み重ねの結果が、実を結んだと認識しています。完成すれば、中国地方整備局管内においては、苫田ダムに続き8番目、江の川流域においては土師ダムに続く2番目の直轄ダムになります。
建設目的は、洪水調節、流水の正常な機能の維持、三次・庄原両市の水道用水の供給で、特徴は貯水効率(320≒総貯水容量5,210万m3/堤体積16.5万m3)が高く、洪水調節方式には、操作の安全性及び省力化を考慮した自然調節方式を採用したほか、全国でも珍しい環境用水放流設備(引張ラジアルゲート)を設けました。常時満水位とサーチャージ水位の間の面積(洪水時以外は、冠水しない区域)は全湛水面積の約6割を占め、その面積は200haと広大です。また、冬期の洪水調節容量の一部を有効活用して、環境用水放流設備を用いて春先にフラッシュ放流を行います。
平成16年9月には、灰塚ダム本体のコンクリート打設(16.5万m3)が無事完了し、現在は18年度の完成に向け、工事は佳境を迎えているところです。17年度の第2四半期からはダム完成の登竜門である試験湛水を開始する予定で、灰塚ダムがその治水効果を発揮する日も間近です。
――灰塚ダム整備によって期待できる効果、メリットは
秋山
馬洗川1.2km地点は、昭和47年7月の洪水で破堤した個所で、その地点での灰塚ダムによる水位低下効果は1.7mとなり、河川改修と相侯って治水効果を発揮することになります。
灰塚ダムで採用している自然調節方式は、洪水時の操作において人為的な判断がなく、ゲート操作も不要のため、安全性が高く、省力化が可能になるなどメリットの多い方式です。ただし、自然調節方式は洪水に達しないような中小出水から、大洪水に至るまで一律に調節することになるため、河川が従前有していた河川環境を保全する上で重要な流量変動を減少させるというマイナス面も同時に持ち合わせています。
そこで、自然調節方式により安全性の高い洪水調節操作を行うとともに、環境用水放流設備を用いた中小出水の再現操作やフラッシュ放流など、ダム下流の河川環境の保全に配慮した環境の時代に相応しいダム管理を実現したいと考えています。
また、洪水時以外は冠水しない広大な高水敷の出現という課題もあります。放置しておけば、外来植物が繁茂して荒廃した河川空間が出現することになるでしょう。そこで灰塚ダム建設事業では貯水池内に2基の副堰堤(いずれも堤高は15m未満)を設置し、新たな水面を創出することで、冠水頻度の低い土地の荒廃防止、流入水質の浄化、親水性の向上を図ることにしています。
一つ目の知和堰堤は、ウェットランドの開放水面を創出する基幹施設としての役割を有し、型式は重力式コンクリート堰堤という一般的な構造となっています。
もう一つの川井堰堤は、材料・設計・施工の合理化を同時に達成する台形csgダムという全く新しいダム型式を採用しています。付近の河床で採取した母材から80mm以上の大玉を除去したcsg材に、セメントと水を加えたcsgを振動ローラで締固めるという方法です。これは(財)ダム技術センターの指導・助言を受けながら設計・施工を進めました。平成16年12月にはcsgの打設が無事完了し、現在は保護・遮水コンクリートを施工しています。
2基の副堰堤にはいずれも粗石付斜曲面式と呼ばれる底生魚と、浮遊魚の遡上・降下が可能な魚道を設置します。この魚道型式は、平成10年度に当時の建設省土木研究所において行われた、実際に対象魚を用いた水理模型実験でその効果が確認されています。
 知和堰堤の上流には、ダム事業で整備されるものとしては、国内最大規模(約70ha)となるウェットランドを、信州大学の桜井名誉教授、広島大学の中越教授を中心に、各専門分野のアドバイザーから全面的な指導・助言を頂きながら、現在は沼沢地などの基盤造成工事を実施しているところです。最終的な仕上げは試験湛水が終了した後、18年度の後半になる予定です。冠水頻度の低い貯水池内の土地を有効に活用することで、これらの土地が多様な生物の生息空間として生まれ変わることになります。
――施工上の留意していることは
秋山
ダム工事は長期にわたって同一地域で施工されるため、施工にあたっては2つの点に留意しています。ひとつは地域の皆様との信頼関係を堅持すること、2つ目は自然豊かな江の川の環境に気を配ることです。
灰塚ダムは典型的な里型ダムです。このため、水没移転に伴い生活再建地で暮らす人々、工事区域に隣接する既存集落の人々など、立場の異なるコミュニティーの中で、発注者はもとより各工事施工者が地域の皆様との信頼関係を堅持することが、結果的に安全で円滑な工事の施工へと繋がることになります。そのため、施工に当たる共同企業体をはじめ、安全対策協議会が一丸となって地域との交流・連携を常に意識しながら、情報誌の作成・配布、地域行事への参加など、交流活動に積極的に取り組んでいます。
また、安全対策協議会に環境部会を設け、工事区域での水質事故や濁水の発生を未然に防止し、万が一の事態が発生した場合でも、迅速な対応によって被害を最小限に止めるよう日頃からの監視、連絡体制の確保、オイルフェンスの展張訓練を定期的に行っています。
 灰塚ダムは、13年3月に本体工事に着手して以来、冬季は氷点下10℃、夏季は40℃近い厳しい気象条件の中、本体工事には延べ約14万人の関係者が従事され、通算就労時間は約110万時間に達しています。発注者・施工者の基本目標である無事故・無災害での竣工に向け引き続き安全管理を徹底したいと考えています。
▲川井堰堤
――工法について注目すべきポイントは
秋山
ダム本体の内部コンクリートの打設量は、堤体積が約16万m3と小規模であること、常用洪水吐き・環境用水放流設備などの堤内構造物が比較的多く、内部コンクリートの打設面積が狭いことから、拡張レヤー工法(elcm)を採用しました。ダムのコンクリート用骨材は原石山を設けず、全て貯水池内の河床材料を使用しています。
また、ダム高(H)が50mと比較的低いこと、ダムサイトの基礎岩盤が良好であることなどから、独立行政法人土木研究所水工研究グループ・ダム構造物チームの全面的な指導を受けながら、全国で初めて改訂「グラウチング技術指針」を適用して、基礎処理を実施しました。
カーテングラウチングの改良目標値は、着岩面からの深度に応じて、着岩面〜h/4は2lu、h/4〜h/2は5lu、h/2〜hは10luと設定しています。またコンソリデーショングラウチングは、施工目的を遮水性の改良目的のコンソリデーショングラウチングと、弱部の補強目的のコンソリデーショングラウチングに分けて施工しました。
その結果、グラウチング全体の施工量は、従前の施工方法に比べて大幅に削減されています。試験湛水期間中は、基礎漏水量などを入念に監視し、最終的なグラウチングの改良効果を確認することにしています。
その他、付替道路、工事用道路、林道を全体で44kmにわたって整備しました。これら道路のうち、特に湖岸沿いの林道整備区間については、ダム湖の景観を保全するため、掘削法面が出来るだけ少なくなるよう多数アンカー工法と呼ばれる補強土壁工法を用いています。
――ダム建設には批判がつきものとなっている情勢ですが、そうした世論への対策は
秋山
ダム事業が批判されるときの論点の一つとして、環境への影響があると思います。これについては、ダムとの因果関係がはっきりしないものもありますが、管理ダムで実際に発生している現象が、結果的に世論を醸成していると感じます。
灰塚ダムでは、水没移転者の約7割の方が、ダム周辺の生活再建地等に移転されたこともあり、水源地域の皆様の協力を得て、工事区域内の貴重植物の移植や保護活動、自生樹木の種子の採取により法面の緑化を行うなど環境保全活動に取り組んできました。
17年度から試験湛水を開始しますが、最も注目が集まるこの時期に、映像をはじめとするダムの様々なリアルタイムの情報を提供し、ダムの管理をより身近なものに感じてもらおうと考えています。
▲知和堰堤(下流側)
――完成後は、多角的利用の計画などはありますか
秋山
ダム周辺整備計画の策定にあたり、ワークショップなどを通じて水源地域の皆様と協働し、計画を詰めてきました。すでに整備済みの個所では、一般利用が始まっているものもあります。
水源地域の本当の意味での活性化は、ダムの管理が始まった後からが重要になると考えています。活性化とは、色々な考え方があり、経済的なこともありますが、最終的には水源地域で暮らす人々の心の充実感・充足感ではないかと私は思います。
灰塚ダムの水源地域が、輝き・魅力ある地域であり続けるためには、ハード整備に加え、様々なソフト的な仕掛けを考えて行く必要があります。ダム完成まで残すところ3年弱となり、ダム下流地域の皆様からは、一日も早い灰塚ダムの効果発現が期待されています。灰塚ダムがハード、ソフトの両面を兼ね備えた、特徴あるダムとして、また地域に誇れるダムとして完成するよう職員はじめ工事関係者一同、個々の持てる力と知恵を出し切って取り組んで行きたいと思います。
灰塚ダム建設工事
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