建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2004年9月号〉

interview

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国民の知恵や異業種のアイデアも導入し新時代の道路行政を展開(前編)

道路ルネッサンスを提唱

国土交通省道路局長 谷口 博昭 氏

谷口 博昭 たにぐち・ひろあき
昭和 23年 8月 1日生
和歌山県出身
昭和 47年 4月 東京大学工学部土木工学科卒
昭和 47年 5月 建設省入省
昭和 54年 4月 中部地方建設局沼津工事事務所建設監督官
昭和 54年 5月 中部地方建設局沼津工事事務所調査第二課長
昭和 55年 7月 中部地方建設局企画部企画課長補佐
昭和 56年 12月 中部地方建設局道路部道路計画第二課長
昭和 58年 4月 中部地方建設局道路部道路計画第一課長
昭和 60年 11月 道路局国道第一課長補佐
昭和 63年 4月 中部地方建設局沼津工事事務所長
平成 2年 4月 中部地方建設局企画部企画調査官
平成 3年 4月 大臣官房技術調査官
平成 6年 4月 道路局企画課道路環境対策室長
平成 7年 4月 道路局国道課道路整備調整室長
平成 7年 11月 国土庁計画・調整局調整課長
平成 10年 11月 道路局高速国道課長
平成 11年 7月 道路局企画課長
平成 14年 7月 近畿地方整備局長
平成 16年 7月 道路局長
道路公団の民営化も決定し、道路行政に関連する一つの大改革に方向性が示された。そうした情勢を受けて、国土交通省も道路行政のあり方を大胆に変革しつつある。特に目を引くのは、道路政策への地域住民の参入のみならず、異業種の参入も視野に入れた「道路ルネッサンス」のスローガンで、従来とは異なる道路政策の新しい画期的な展開が予感され、期待感が膨らむ。道路局の谷口博昭局長に、今後の政策的展望などを伺った。
――全国の道路行政のトップとして、どうカラーを出していきますか
谷口
7月1日に就任するまでは、地方整備局長を勤めていましたが、私たちの業務は事業の現場と直結していることが大切なので、地方勤務での経験を生かしていきたいと思っています。
道路行政における当面の課題のひとつは、道路公団の民営化法が成立したので、スムーズに軌道に乗せることです。もう一つは、国と地方自治体のいわゆる三位一体の新たな課題も提起されています。
すでに17年度、18年度の2年間では、補助金改革、税源移譲が概ね3兆円という規模も決まっていますが、根源的には国と地方が対立することなく、パートナーシップの精神を持ち、ロングスパンで捉えていく必要があると思います。そのため、現場のニーズを的確に把握しながら、計画的に国家100年の体系で施策を進めていくことが大切です。
このふたつが当面の大きな課題ですが、さらに中長期的な課題としては、新しい21世紀に相応しい、最近のライフスタイルに対応した新しいインフラを、どう構築していくのかということです。そこで「道路ルネッサンス」というキャッチコピーを元に、人間らしさ、人間性復興、また最近の環境問題では「自然回帰」という言葉もありますが、それらの延長上において、美しい道づくりという新たな政策的テーマも見えてくるものと思います。
――基盤整備事業費は、来年度も3%のマイナスシーリングとなりますが、その中でも道路整備予算だけは、比較的堅調のようですね
谷口
国内の道路ネットワークがまだ完成しておらず、途切れたままでは効力を発揮しないので、交通量論議も大切ではありますが、総理は北は稚内から、南は石垣までの全国再生を唱えています。そのためには、南北の亜寒帯から亜熱帯までを、早急に道路ネットワークで結ぶ必要があると思います。
現実に、そうしたネットワークが完成してはじめて、そこに安心して住むことができ、地域の自然環境や歴史も保たれるのです。
また、道路は多様な空間なので、多くの人々が道路行政に参画できるような空間にしたいと考えています。道路というのは、歩行者のためだけではなく電気、水道、ガス、電話線などの収用空間でもあり、地下鉄も運行しています。水と緑もあり、そして人々に潤いをもたらす空間でもあります。
したがって、「造る」ことだけでなく、「使う」という観点での施策も必要です。歩行者天国やイベント、オープンカフェなどの憩いの場となり得る空間でもあることを視野に入れておくことが必要です。
地方では、道路管理者と地方自治体がパートナーシップを持って、道の駅という地域との新しい接点を創っていますが、都市部の中にも、歩く人のための「街の駅」のような接点があっても良いのではないかと思うのです。そのため、もう少し多様な道路空間のあり方を検討していきたいと思います。
――道路行政自体が、国民に開かれていくわけですね
谷口
「公(おおやけ)」という字はハムと書きますが、「ハ」は開くという意味で、「ム」というのは口です。口というのは場でもあり、英語で言えば「オープン・スペース(プレイス)」なのです。つまり、公に開かれた多様な空間ですから、事業計画の立案段階から多くの人々に参画していただくことが理想です。
本来、道路はみんなのものですから、参画してもらうことによって責任もシェアしてもらうことが重要です。そうして計画段階から管理までを行い、そして管理から再び計画へとフィードバックしていくわけです。計画段階での参画はパブリックインボルヴメントであり、管理段階での参画はボランティアサポーティングシステムです。
――高速道路の料金所における渋滞緩和策としてITSなどが注目されていますが、道路関連の技術もハイテク化の時代を迎えましたね
谷口
ITSやETCも同様で、「ITS=自動車専用道路あるいは高速道路」というイメージで捉えられがちですが、決してそうではなく、最近は歩行者ITSという概念も提唱されています。多くの人が都心で生活しています。itを活用し、街中、即ち身近でITSを実現し、そして21世紀にふさわしい新しい付加価値を持たせていくことが、今後のテーマです。
この観点を飛躍させると、これまでは公共事業の代表は道路であり、道路の代表は高速道路であり、そこにゼネコンが付きものというイメージが持たれてきましたが、今後は建設業界だけではなく、itをリードする電気関係、コンピューター関係、その他の異業種産業も道路事業に参画してもらうことによって、新しい刺激が生まれ、新しい発想も生まれてくるのではないかと期待します。
それを呼びかけるスローガンとしては、私は「道路ルネッサンス」というキャッチフレーズが最適だと思います。実際に、塩野七生氏も中世の束縛された盲目、盲信からの解放という意味で、ルネッサンスという言葉を用いています。20世紀をどう評価するのかは、様々な視点があるでしょう。ただ、新世紀にふさわしい発想と視点に立てば、道路局のあり方も少しずつ変えていく必要があると思います。大所帯の人数で連携していく上では、全国8整備局も含めて組織の風通しを良くしなければなりません。
――地方の国道事務所でも、地域との交流にかなり積極的な姿勢が見られます
谷口
やはり国民に楽しんでもらい、そして喜んでもらう仕事をするためには、単に楽しい提案をして下さいと催促するだけでは不十分です。私たちのように従事する者自体が、楽しんで感動する気持ちを持たなければ、その情念は伝わらないと思うのです。若い職員にしても、道路局に在席した期間が良かったと回顧されるようになればと思いますね。
先に述べたように、公共事業についてはとかくその代表=道路、道路の代表=高速道路、高速道路=ゼネコンの収益源といった固定観念があり、それらを確保するために強いて無駄なものを造っているのではないかという不信感が、世論にはあるようです。反省すべきは反省しますが、不合理で理不尽なことをしてきたわけではないのです。
最近では、信頼は新たなソーシャルキャピタルと言われており、『信頼の構造』(山岸俊男著)という書でも論証されています。それによれば、お互いの利益の所在が結びついているのが安心社会であり、利益が異なっていても結びつきができるのが信頼社会とのことです。これからの日本は、単なる安心社会だけではなく、信頼社会であることが重要になってくると思います。グローバル化に伴い、人々の価値観も多様化する中で、そうした大きなコンセプトを元に、道路も信頼を築いていく必要があるでしょう。
そして、東京一極集中の現状を見ると、国土利用の点から見てもったいないとの感想を抱きます。日本は、全体として大きなポテンシャルがあるのです。その底力を発揮するためには、まさに総理の主張する北海道の稚内から石垣島まで、地域の個性や力をどれだけ引き出すかにかかっています。
その意味では、例えば国民が稚内に安心して住めることによって行政を信頼し、国を信頼して、子や孫たちにとっても安心できる国土でなければならないと思うのです。わざわざ東京に来なくても、北海道は札幌、九州であれば福岡などの大都市に行くことが出来れば自立環境はよくなります。
――道路といっても、古今東西に整備された道路の意義や様相は様々のようですね
谷口
「みち」という言葉の「ち」は「あちらこちら」の意味なのです。そこから派生した言葉が「巷」(ちまた)です。賑わいがあって町ができ、そして都市として栄えた状態を表しています。ヨーロッパの場合は、最初に都市ができました。ヨーロッパの文化は都市の文化であり、広場の文化です。それに対して、日本は街道の文化、つまり道の文化なのです。
それが戦後に人口が7,000万人になり、今は1億2,000万人を越え、急激に成長してしまいました。かつてのように、道にぶら下がるようにして地域が栄えるのではなく、道ができていなくても人が集まり、市域が広がってしまい、いわゆるスプロール現象となってしまったのです。
道路行政も、自動車道の整備は、道路特定財源が設定されて50年が過ぎ、最初の高速道路が開通してから40年が経過しました。それを長いと感じるか、短いと感じるかを考えた場合、ヨーロッパなどは20世紀早期に自動車が走行していたのですから、それに比べると非情に短いというべきでしょう。とりわけヨーロッパは、馬車が主流の時代から都市が完成しており、街の構造が馬車に対応していたため、そもそも空間が広いのです。
それに反して日本は、周囲が海に囲まれていることから舟運が発達したため、街道はあくまでも人が行き来するためのものでしかなく、荷車すら通らなかったのです。大八車のようなもので、わずかな移動はあったようですが、主力は船運だったので、現在でも東海道はそれほど広くないのです。そうした歴史的なハンディキャップがあります。
しかし一方では、「歩く」こと自体が評価されるようになり、今回世界遺産に指定された熊野古道や、古い石畳などが再び見直されてきているので、私は「みち」というものに対する価値判断の幅が広がったのだと、ポジティブな捉え方をしたいと思います。

(後編)

通行の利便だけでなく感動と共感を与える空間

道路の柔軟な活用で付加価値の向上

高度経済成長期は、道路の量的拡大が道路行政の使命だったが、「現代は、その活用法によって価値を高める時代」と、谷口博昭道路局長は提唱する。どのような活用法が考えられるのか、同局長の提唱する理念とアイデアを語ってもらった。
――道路行政の今後の方向性としては、その利用価値を多角化し、広げていくわけですね
谷口
そうです。また、その可能性も大いにあります。したがって、いつまでも拡大的に建設し続けるのではなく、ネットワークとして閉じることを前提に、いずれは「造る時代」から「上手く使う時代」に変わってくるでしょう。そうしたことを、今から「道路ルネッサンス」というコンセプトとして確立し、切り替えていきたいと思います。
――いよいよ概算要求、予算折衝の時期となりましたが、重点もそこに移行していくのでしょうか
谷口
予算は基本的に、その枠組みの中で要求していくということになりますが、ネットワークにしても多様な空間にしても、まだまだ一定のレベルには達していないと思います。実際に、その現状を反映した要望も強く出ているので、三位一体の問題として国と地方が対立することなく、未曾有の債務と財政難に対応せざるを得ない状況です。
17年度、18年度という見方よりも、国家100年というロングスパンで考えていく必要があるのではないかと思っています。平成15年度から平成19年度までの5ヶ年間、道路特定財源という制度の中で、ガソリン税は本則の倍の暫定税率が措置されています。また、重量税は、乗用車の場合では2.5倍となっているので、重点的効率化が課題です。
このように、公共事業の中でも道路だけは特定財源を有しており、他の事業とは性格が異なるのです。私としては、15年度にできたばかりの制度を、短期間で変更するのではなく、議論を尽くした上で支持された結果として、今後とも計画的に実施していきたいと思っています。
国と地方がパートナーとすれば、いわば夫婦のようなものです。どちらが夫でどちらが妻かは分かりません、たまには夫婦げんかをすることもあるとはいえ、いつも夫婦げんかばかりでは、関係がこじれてしまいます。子供は夫婦の中で教育し、お互いに責任を持って育成しなければなりません。もっとダイレクトに表現するなら、国、地方を併せた720兆円の債務を、どう返済していくかが重要です。そう考えると、収入を上げる工夫をしなければなりません。国・地方が一体となって税収を上げていかなければならないのです。
その意味では、景気を良くすることです。道路を1兆円投資すれば、直接的なフローや、経済が活発になることも考慮するなら、10年間で4,700億円ほど税収が上がるとの試算もあります。
港湾等も、経済のグローバリゼーションや海外貿易の拡大のお陰で大きいと思いますが、他の公共事業と比べて、税収が上がる効果は、やはり道路が最も大きいと思いますね。そうした観点も加味して、長期的な視野で議論し、判断してもらえればと願います。
――最近は、投資効果を数値で示すアウトカム指標が、様々な事業分野で導入されるようになりました
谷口
各論ではなく大きな視野で、公益のためには当面は多少、我慢していただければ、長いスパンの中では、それが酬いられるということだと思うのです。特に、これだけの大きな都市がいくつもある国家というのは、世界でも希有な事例だと思います。
また、大都市におけるライフスタイルの考え方と、地方におけるライフスタイルの考え方は画一的ではありません。その意味では、今国会で提案された景観緑三法なども、ある意味では逆に規制強化につながる側面もあると思うのです。地域住民には、まちづくりという全体のために、個人的なことを、少し我慢してもらおうということも必要かと思います。
都市高速では均一料金になっていますが、ETCを活用すれば利用距離に応じてもう少し柔軟な料金体系が可能となります。短距離の利用者は安価で済み、長距離の利用者は相応の負担となります。そうしたことによって、負担の公平化が実現できると思うのです。
また、ETCの普及によって、料金所の渋滞もかなり緩和されつつありますが、中にはゲートが少なく、従来の料金所と併用されている所もあり、そうした場合はETC利用者のメリットが十分に生かされません。その意味では、今日では新車には標準装備でビルトインされていますが、例えばカード会社と窓口を集約し、これらがワンパッケージで済めば、さらに普及が進むのではないかと思います。
――利用者には、装置を新たに装備するよりも、通常のゲートで済ませようという意識が見られますね
谷口
新たに装備するのが面倒という意識もあり、回数券がかなり割引されてもいます。もっとも、その回数券も、偽造されて出回るなど、厄介な状況になっています。国民に対してもう少し分かりやすく期待されるように説明していけば、さらに支持は得られるのではないかと思います。
――社会が豊かになれば、それは自分にも還元されるという共同体としての発想がないと、利己的になりますね
谷口
「人」という字は、棒がもたれ合う形になっていますが、まさに一人では立っていられないのです。日本社会は、古くは自然崇拝で始まり、後に仏教が大陸から導入されましたが、共通している基本思想は、一人では生きられず、自然から生かされ、人によって生かされているという発想です。ヨーロッパでも、基本はギブアンドテイクですね。もっとも、近年はギブアンドテイクではなく、どちらかといえばテイクが優先でギブは後回しの様相です。
例えば、人間は世に生を受けた瞬間の産声のときから息を吐き、そして臨終で息を引き取って人生が終わります。つまり、吸い込むよりも吐き出す行為が先ですから、本来の順序はギブが先なのです。
――経済も同様に循環ですから、自分たちもその循環の中にあるという自覚を持つことが大切ですね
谷口
何事も「共生」の精神でいかなければなりません。私は「自立と共生」を提唱してきましたが、東大寺の住職を終えられた長老の方からは「共生」では強制収容のように聞こえるから、ともいきと表現しなさいとと指摘されました(笑)。
確かに、「ともいき」という表現に変える必要はあるのではないのかと感じます。例えば、東京も大阪も、他県で供給する水や電気は必要で、大都市だけで閉じていては生活が出来ないわけです。
――前任地は近畿地方整備局とのことでしたが、そのトップとして携わった施策で、印象深い事業はありますか
谷口
関西圏も経済情勢が厳しいものがありますが、短期間の計画を決めるのではなく、将来不安に備えて、計画を長期スパンで決めていくべきだと、私は主張し続けました。
例えば、大阪湾岸道路が六甲アイランドからポートアイランドまでを結ぶ計画がありますが、その先に神戸空港ができるのです。しかし、神戸の中心部は、計画決定されていません。様々な経緯はあるのですが、20年以上も停滞していた事業計画が、やっと動き出しました。
大阪万博のときには、関西もインフラは進んでいたのですが、肝心の大規模の環状道路の整備が遅れてしまったのです。現在は、湾岸道路と近畿自動車道が南北に整備され、東西を繋げる淀川左岸線や、大和川線など、横断的な道路も整備中ですが、環状になっていません。都市再生環状道路としての機能を果たすべきと訴えてきました。将来に向けては困難もあると思いますが、実施に向けてのコンセンサスはできたと思います。都市再生環状道路が出来れば、都市の中の道路は様々な使い方が可能になるのです。
幅員が広く、風格のある御堂筋は、現職の大阪市長の祖父が整備されたものですが、当時は「街中に飛行場を造るつもりか」などと言われて猛反対されたものです。ちなみに地下鉄・御堂筋線も、そのときに合わせて施工されました。その御堂筋線の幅は44m、長さは4kmですから、まさに関空の滑走路とほぼ同規模で、いみじくも幅広の歩道を設けたところ、それが今日では銀杏並木が形成され、有名なパリのシャンゼリゼ通りにも匹敵すると賞賛されているわけです。
それも昭和12年に、大議論の末にできたわけです。昭和33年からは国の管理となり、昭和45年の万博時には、道路整備もある程度はでき上がったのですが、四本の道路が一方通行となりました。御堂筋も北から南への一方通行なのですが、それは大量の車両を通す発想で、そろそろ21世紀にふさわしい、多様な使い方を検討するよう、提唱しました。
その一環として、昨年に阪神タイガースが18年ぶりに優勝したことに合わせて、21年前から恒例で行われる御堂筋パレードとは別に、はじめて11月3日に優勝パレードが実施され、40万人が集まったのです。その次の11月23日には、御堂筋オープンフェスタ(歩行者天国、大道芸、ジャズ等)を開催し、半日の間に21万人が集まりました。
大阪府警も大阪市もnpoもともに頑張ってくれ、大変に盛り上がったのが非常に印象的でしたね。阪神タイガースの優勝もプラス要因にはなっており、挙げ句には道頓堀川に飛び込むというハプニングまでも見られましたが、かくして道路もいろいろな使い方ができ、大きな共感、感動を与える空間になり得るのだということを実感しました。

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