建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2004年5月号〉

interview

愛知用水通水時は住民総出で出迎え

苦しい水不足の生活から国内有数の産業地帯として大発展

独立行政法人水資源機構 愛知用水総合事業部長 翠川 恒雄 氏

翠川 恒雄 みどりかわ・つねお
昭和 46年 東京大学農学部卒
水資源開発公団入社
平成 9年 香川用水総合事業(管理)所長
平成 13年 利根導水総合事案(管理)所長
平成 15年 愛知用水総合事業部長
今日の都市生活においては、蛇口から水が流れるのは当たり前と認識されているが、愛知県知多半島で、その当たり前の生活が実現するまでには、長い歴史が刻まれている。古くから水不足に悩まされ続けてきただけに、水資源への渇望が、愛知用水を実現した源泉だったと言える。愛知用水総合事業部の翠川恒雄部長に、事業の背景と事業の効果、そして未来へ向けた事業展開や新技術などについて伺った。
――この計画が構想されたきっかけは
翠川
愛知県には木曽川や豊川、矢作川などの大きな川があるものの、知多半島、渥美半島には大きな川がありません。そのため水源に乏しく、溜池などで雨水を溜めて降った雨で灌漑してきたものの、恒久的な水不足になっています。近年では平成6年に全国的におきた大渇水が最大で、節水期間は166日間にも及びました。特に19時間断水という厳しい状況が15日間も続き、市民生活を圧迫するとともに、産業にも大きなダメージを与えました。木曽川には牧尾ダムをはじめ3つのダムがあったのですが、このうち味噌川ダムは、当時試験湛水中でありながら、貯留水の一部を放流する状況にまでなりました。また、下流の既得利水者からも、水の融通をうけてやっと凌ぐことができました。
NHKのプロジェクトXにも取り上げられましたが、昭和22年には知多半島地域を大干ばつが襲い、これを機に用水運動が起こりました。当時の農業学校教師だった濱島辰雄さんと、知多の篤農家の久野庄太郎さんが現地を調査しながら路線を計画し、政府に陳情したのです。事業の始まった昭和30年代は、戦後の食糧増産の時代で、同時に地域の雇用も確保できることから、政府もバックアップをすることになりました。事業資金の一部を世界銀行から借款し、海外の専門家の技術援助も得ながらこの大用水事業はスタートしたのです。
とりわけ知多半島の先端は、水不足から非常に苦しい生活でしたから、愛知用水の通水を住民総出で迎え、蛇口から出る待望の水を神棚にお供えしたと聞いています。かつては、共同井戸から塩の混じった水を苦労して汲み上げていたことを考えれば、まさに夢の用水だったのでしょう。
――状況が激変したわけですね
翠川
最も目覚ましかったのは水道用水・工業用水といった都市用水です。半島を中心に82万人分の水道用水を給水するほか、名古屋臨海の工業地帯にも工業用水を給水しています。かくして現在では、愛知県の工業出荷額は全国一になり、一大発展を遂げました。当時は農業用水を中心に始めたのですが、今では都市用水が4分の3を占め、逆転しています。
昭和38年と平成12年を比較すると、農産品の粗生産額は約3倍、水道の給水人口は約6倍、工業出荷額は3,000億円が4兆2,000億(約14倍)へと、飛躍的な数字になっています。
――用水の整備事業の現況は
翠川
現在は昭和56年度より愛知用水二期事業を進めています。愛知用水事業が完成し、通水を開始してから20数年を経て、新たな課題が発生しました。一つは、都市用水を中心に需要が急増したことです。また、都市用水が主体となったことから、断水が許されず、維持・点検・補修が困難となったこと、さらに水路周辺が都市化され、老朽化した施設への対応が迫られたことです。このため、新たに木曽川筋に水源として阿木川・味噌川ダムを建設するとともに、水路の断面確保のための改築を行いました。水路の改築は、基本的に二連構造とし、農業用水の通水が減少する冬期間に片側を通水しながら、もう一方を空にして維持・点検・補修が可能となる構造としています。平成16年度には水路部分の事業が完了する予定です。
また、昭和59年に発生した長野県西部地震に伴う御嶽山の崩壊で大量の土砂が牧尾ダム湖に流入したので、その除去を行っており、平成18年度には完了する予定です。
▲水位調節ゲート
――施工や管理に当たって、工夫したポイントは
翠川
水路は、水に馴れ親しむという側面もありますが、逆に地域を分断するという側面もあります。その場合は、地域の方々と協議の上、水路の上部利活用を図っています。水路にふたをかけ、その上に愛知用水の水を利用した親水公園を造成しています。全線で6ヶ所造成しておりますが、縁のオアシスとして、地域の方々に親しまれています。
また、平成12年3月の電気事業法改正により、電力小売り自由化が拡大し、売電価格の上昇が見込まれたことから、小水力発電の検討を開始し、現在は、実施に向けて工事を実施しています。これは、愛知用水のほぼ中央にある東郷調整池の約20mの落差を利用して発電を行い、その発生電力を管理に使用して購入電力の削減を図るとともに、余剰電力を売却して、その収入により管理費の軽減を図る計画です。
さらに管理業務の効率化のために、極力人力や動力を排除した形で管理ができるよう工夫しています。長い幹線水路では、時期(季節)によって流量と水位が大きく変動します。そこでどのような流量(少ない流量)でも取水(分水)できるように水路全体で37ヶ所堰(ゲート)を配置しています。このゲートは、浮き(フロート)を利用して常にゲート上流の水位を一定に保つ働きがあり、この働きによって各々の取水(分水)は満足されます。このゲートを上流水位一定型チェックゲートといい、水資源機構の水路では一般的に使われています。
ところが、下流の取水の変動が非常に大きい区間では、このシステムがうまく機能しないことが解りました。そこで、下流の水位にも反応するゲートを開発しました。
――風呂水が一杯になったらブザーが鳴る仕組みと同様のものでしょうか
翠川
風呂のブザーは、鳴ると人が蛇口を閉めますが、このシステムは人手は要りません。上流一定型では、ゲートは上流で予定以上取水されると、水位を保つためにゲートが閉まり、下流に流れなくなります。このことは水利用の公平性を欠くため、上流だけでなく下流の水位も検知し、浮き(フロート)の働きにより、ゲートを開放することで下流にも水を流すものです。簡単にいえば、無人のまま上下流両方を監視する賢いゲートで、このシステムの新案特許を出願中です。この開発は、私たちが永年積み重ねてきた管理業務の経験の賜物と自負しています。
――愛知用水二期事業の本年度完了を控えての感想は
翠川
愛知用水(一期)事業は、世紀の大事業といわれました。二期事業は世紀を超えた大事業と思っています。私たちは、造成された施設を駆使してこの地域の繁栄に寄与すべく管理に万全を期したいと思っています。
カメラアングル:水資源機構 中部支社 愛知用水総合事業部
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