建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2004年2月号〉

interview

奈良国道事務所50周年 “奈良の明日をつくるみちづくり”

大和北道路でpiプロセスを導入し、客観的な調査・検討を重ねる

国土交通省 近畿地方整備局 奈良国道事務所長 有野 充朗 氏

有野 充朗 ありの・みつお
昭和 63年 京都大学大学院修士課程修了
建設省入省
平成 9年 道路局地方道課 市町村道室課長補佐
平成 11年 栃木県土木部 道路建設課長
平成 14年 近畿地方整備局 奈良国道事務所長
奈良国道事務所は、昭和28年に設置されてから平成15年で50周年を迎えた。同事務所は「千日道路」と呼ばれた名阪国道や、「森につつまれた道路」と呼ばれる橿原バイパスなど、常に先駆的な取り組みを進めてきた。これまでの50年を振り返ると共に、現在進められている道路事業のほか、耳目を集める大和北道路のPIプロセスについて有野充朗事務所長に伺った。
■管内図
――管内の道路網と交通状況の概況は
有野
奈良は大阪から近い地域に位置する南北に細長い県です。奈良県と周辺地域の道路網を見た場合、京阪・阪神間との路線を比較するととくに奈良県内の南北軸はとても貧弱な状況です。例えば大阪と奈良を連絡する道路は平成9年に第二阪奈有料道路が完成したこともあって、二路線あります。しかし、京都と奈良、和歌山の南北を結ぶ道路は県内では国道24号一路線しかないため、日常的に渋滞が発生するなど大きな問題になっています。
県内の地形は北部では平野に人口が集積し、交通量も多くなっています。それに対し、南部は山間地で路線が少なく、交通量も少ないのですが、災害などですぐに通行止めになります。しかし、代替する道路もないことから地域住民にとっては生命線で、通れなくなると病院に行くこともできず、生命に関わる心配があるような状況です。
平日と休日の交通量の比は例えば大阪では0.86となっていますが、奈良は0.98と休日の交通量が平日と変わらないのも特徴です。これは通常の休日を含めていますから、観光シーズンともなると大渋滞が頻発します。それもまた、平日とは違う場所で渋滞が起きるので、奈良では平日、休日それぞれを考えた基盤整備を考えなければなりません。
――この奈良国道事務所も50周年ですが、道路整備の歴史をお聞きしたい
有野
歴史的にみますと、奈良は古代日本の国家発祥地で、山の辺の道というのが、最初の道と呼ばれています。また、古代・大和の道は、上ツ道、中ツ道、下ツ道、横大路などが平城京や藤原京などの古代都市建設とあわせてしっかりと整備されていました。
平城京跡を見ても、格子状の条坊制で整然と出来上がっています。平城京では、街づくりがすでに完成していたわけです。さらに全国に奈良を中心とした官道がありました。古代の各地の特産物も、その道を通じて全国各地から運ばれてきたわけです。道を通じた交流により、文化がつくられていたわけです。
■奈良国道事務所管内事業路線
――当時の官道が現在道路として使われているところはあるのでしょうか
有野
一部残っていますが、中には完全になくなってしまったところもあります。平城京にしても、部分的には残ってますが、ほとんどはなくなっています。平城京遷都が710年ですから、2010年に1300年を迎えます。それにあわせ、県では「平城遷都1300年記念2010年委員会」を設置し、準備を進めています。世界遺産登録されている平城宮跡では、すでに朱雀門が復元され現在は太極殿を造っています。
奈良県内の直轄国道について、当事務所の前身である高田工事事務所が設立されて以降、昭和28年に24号の一次改築がはじまりました。その後、昭和40年に大阪から名古屋に繋がる名阪国道が開通しました。これは千日道路とも言われています。名神はそれ以前に一部完成していますが、千日足らずで造ったという道路で、今でも信じられないスピードで完成しました。
――全国各地から一級の道路技術者を集めたのでしょうか
有野
おそらくそうでしょう。用地買収から出来上がりまでが千日ですから、驚きです。
昭和40年代に入ると、全国的にも有名な24号の奈良バイパス、橿原バイパスの建設が進められました。
24号の奈良バイパスは計画段階の線形から文化財調査により変更があった道路です。平城宮跡の隣接地を事前調査した結果、当時の推定よりも平城宮跡の範囲が東に張り出していることが判明したのです。そのため、文化財保護委員会から、あらかじめ了承されていたルートについて変更の検討を依頼され、結果的に現在の形になりました。
――文化財の宝庫なので、計画も難しいですね
有野
文化財というのは、発掘調査をして初めて分かることがあります。この地域も同様で、少し前に話題になった唐子・鍵遺跡も、24号の建設中に発見された遺跡です。したがって、常に文化財との共存を考えながら、道路をつくっていくことが奈良の特性ですね。
――橿原バイパスについては
有野
橿原バイパスは、昭和57年に潜在自然植生種を用いた道路緑化を行っています。当時の横浜国立大学名誉教授からの提案で、これは本来地域が持っている自然種を活かして道路を緑化するというものです。木を生えやすくするため、植樹マスの土をかまぼこ型にしています。
道路を造るに当たり、地域の方々から生活環境が変わるのではないかという懸念の声がありましたが、これを採用して進めることを決定しました。これはとても先駆的な取り組みで、57年に地域の方や子供達を含めて約2,000人の方に3,100本の植樹をしてしていただくなど合計16万本の植栽を行いました。それ以降は潜在自然植種が採用されたところは、全国各地に非常にたくさんありますが、20年も前に、しかもこれだけ大規模に行われたのはおそらく初めてだと思います。
▲森につつまれた道路
――アスファルトに覆われただけの道路ではなく、新時代の道路造りですね
有野
従来の道路の機能は、車が通れればそれで良かったものです。舗装延長を延ばすことから始まり、人が快適に歩くことができるよう歩道を設けるようになり、そして現在は緑の機能を道路が持って当たり前という時代に入りました。
――現在進められている事業は
有野
大和・御所道路の大和区間や五條道路が整備中です。現在の当事務所の代表的な工事になっています。京奈和自動車道は、大和平野を南北に縦貫して、京都から和歌山に繋がる道路です。現在は用地買収と高架橋工事、改良工事を行っています。
その他、昭和40年に完成した名阪国道は、時代が変わり、車の通行台数も全く違うため、ハード的な改良と高度道路交通システム(ITS)の導入を進めています。また斑鳩バイパス、十津川道路の改築も行っています。
■京奈和自動車道(奈良県内)
――京奈和自動車道は地元の要望も多いのでしょうか
有野
これは関西大環状の一部であるとともに、奈良の南北軸を繋ぐ道路です。今年度末に一般道の一部1.3kmを供用する予定です。その他、下部工は4割ほど完成しているか、あるいは施工中で、用地買収を終えたところから工事を進めています。
五條道路についても、用地買収の9割が終わり、工事も4割ほど着手しています。五條の北部は高架構造で、南部はトンネルや下部工です。
  その他、大和高田バイパスは當麻町内の2.3kmを除き完成しています。昨年11月30日には式典を行い、その前には小学校の総合学習の一環として近隣の子供達の見学会や勉強会が行われました。また、プレイベントを開催し、8,000人もの来場者がありました。
――道路の建設にあたってとりくまれている特徴的なことは
有野
大和御所道路大和区間において、橿原バイパスを一部活用しますが、その際、一時的に現在の植樹を撤去しなければ施工できないところがあります。
そこで、昨年6月に元奈良女子大学教授菅原孝之先生を委員長に学識経験者、地元の橿原市長と田原本町長及び地元の方々で協議会を組織し、検討することにしました。地元の方々との懇談会やアンケート調査のほかフォーラムを行い、様々な意見をいただきました。
具体的には「ムクドリが飛んできてうるさい」「あまりにも暗くなりすぎる」「交通安全上、木があると危ない」など様々な声があります。密生しすぎているために、一本一本がかなり細く、そのため「本来あるべき木が、他にあるのではないか」「部分的にはこういうところもあっても良いが、高木と低木のバランスを考えた方がいいのではないか」といった意見などがたくさん寄せられました。
▲名阪国道 針インター上空より東側を望む
――名阪国道については、どんな取り組みをしていますか
有野
飯田恭敬京都大学大学院教授を委員長とする名阪道路検討会のなかで対策を検討し、そのなかで、いろいろな取り組みを進めています。
この名阪国道は、一日6万台以上の車が通行するのですが、それによって渋滞や事故が起こるという課題があります。特にインターチェンジ部分は、乗り入れ口がかなり短くなっています。また、勾配が急であるため、ブレーキが効かなくなったときのために突っ込んで停止させる設備を造って欲しいとの要望があり、今はそれを調査して用地買収の準備をしているところです。
また、中央分離帯は、これまでのガードレールではスピードによって乗り越える危険性もあるので、コンクリート製の丈夫なものに交換を進めています。その他インターチェンジ、サービスエリアなどのランプ部分の改良も行い、身障者用のトイレなども設置しています。
そうしたハード的な対策と併せて、ITへの取り組みも重要です。例えば、落下物があったときに、それを後続車に伝えたり、あるいは事故の発生時に後続車にその情報を伝えられるようなシステムです。
さらに、夜間は凍結することもあるので、CCTVのカメラですぐに対応出来るような、ソフト的な取り組みも進めています。
▲橿原市四条町交差点付近より
大阪方面を望む
(h15.10撮影)
▲一般道路24号
大和・御所道路宮古高架橋
――大和北道路では文化財、周辺地域への影響も視野に入れたpiプロセスを導入しているとのことですが
有野
大和北道路を計画する地域は、平城宮跡をはじめ、数多くの重要な文化財を有し、またすでに高密な住宅地が形成されていることから、計画を検討する過程で、さまざまな意見を聞きながら道づくりを検討する必要があります。
そのため、我々は大和北道路において、PIプロセスを導入しました。
――全国の国道事務所中でも、地下水のための委員会を持ったのはレアケースでは
有野
施工とは関係なく、埋蔵文化財保護のために地下水の挙動を検討する委員会はこれまで聞いたことがありません。
ではなぜ今回、この委員会を設置したかというと、平城宮跡等で出土する木簡等の埋蔵文化財の保護の観点からです。
木簡とはメモ帳のようなもので、当時の庶民生活が記録されています。平城宮跡の中心部に近い所ほどたくさん残っていて、昔の生活を知る上で非常に重要なものです。
1300年前の木簡が、なぜ現存しているのかというと、それは地下水で守られてきたからです。空気に触れると、酸化し風化するとのことです。そのため、地下水の現況分析を行い、例えばトンネルを掘ったらどうなるのかを検討いただいたわけですが、そのメンバーには京都大学土木工学の大西先生を始め、地下水・地質に関するオーソリティーに集まって頂きました。
そして、道路建設による地下水位変動は最大2cm程度であり、年間を通した季節変動(約40cm〜150cm)より小さいとの結果を頂きました。
次に文化財検討委員会において、地下水検討委員会による検討結果等を踏まえつつ、道路建設における埋蔵文化財保護の観点からの配慮事項について文化財等の専門家のご意見を頂きました。この委員会は、文化財の専門家、土木の専門家及び文化財行政の関係者の8名で構成され、学習院大学文学部史学科の笹山先生に委員長を務めて頂きました。
ぜひ提言の全文を見て頂きたいのですが、一部を抜粋しますと、「地下埋蔵物に対する影響を最大限に抑えて道路を建設することは、平城宮跡直下をも含めて技術的には可能である。しかし、平城宮跡の世界遺産としての意義を考え、道路建設に対する反響を考慮すると、道路の建設は特別史跡の指定範囲についてはこれを避け、世界遺産条約において定められている緩衝地帯内においても、出来る限り離隔をとって行われることが望ましい」となっています。
これらを踏まえて、大和北道路有識者委員会がスタートしました。これは「大和北道路の計画において、手続きの透明性、客観性、公正さを確保するため、公正中立な立場から、PIプロセスの進め方について審議、評価し、意見の把握、分析を行い、それらを踏まえて推奨すべき計画案等について審議し、提言する」第三者機関として設置したものです。委員は交通経済、交通工学、計画プロセス、景観、文化財、行政法の各分野から、中立的な立場である学識経験者6名で構成され、近畿大学経営学部商学科教授の斎藤峻彦先生に委員長を務めていただきました。
委員会では、まずPIはどう進めていくか、どうすべきかを検討して頂き、具体的に意見を聞いて、それを踏まえて検討するアンケート案や、ルート・構造の検討案を作成、その上で、皆さんに聞いていきました。ホームページにも全て掲載し、シンポジウムも開催、その他piプロセスキャンペーン、パネル展示やパンフレットの作成など、ありとあらゆることを委員会が主体となって行いました。委員会は約1年間で17回開催しました。
また、5,400人を対象にした無作為抽出アンケートや、15人の専門家等へのヒアリング、一般公募で公聴会も行いました。一般の方や地域の自治会、PTAにもヒアリングの場を設けるとともに逆に反対している団体関係者からも意見を聞きました。そしてこれをとりまとめた上で、委員会で審議いただき、提言がまとめられていきました。これらは全て公開で行っています。アンケート結果は、奈良県内分では、回答者の8割が道路整備が必要とのことで、非常に高い数字でした。このように今回の計画策定手続きの中で大和北道路をはじめとする道路整備への地域の皆様の期待をひしひしと感じることもできました。
――全国的に見ても国道事務所としては珍しい事例ですね
有野
近畿地方では高規格幹線道路の計画策定に向けて初めてpiプロセスを導入するという先駆的な役割を担いました。
――提言の内容は
有野
提言は、6章で構成され、第1章は「本委員会の設置目的とpiプロセスに即した審議の経過」、第2章は「PIプロセスで得た人々の意見や要望」、第3章は「大和北道路のルート・構造案と評価の視点」、第4章は「文化財の保護、地下水に与える影響、景観への配慮等に関する本委員会の基本的な考え方」、第5章は「大和北道路のルート・構造案に関する本委員会の検討と総合評価」、第6章は「大和北道路の計画化に向けての本委員会の推奨案」となっています。そのなかで、「大和北道路のルート・構造に関する選択案を総合的に評価した結果、「中央エリア早vの「西九条佐保線地下+高架案」および「国道24号地下+高架案」を適したルートとして推奨。さらに、このうち平城宮跡からの離隔距離が長い「西九条佐保線地下+高架案」がより優位性を有する」という提言をいただきました。
――今後はどう進めて行きますか
有野
これから国として計画の概要を決定していくことになりますが、その後都市計画、環境影響評価手続きに時間を要するため事業着手までにはもう少し時間が掛かると思います。ただ地域からの少しでも早く、という強い要望に応えたいという思いはありますね。
――最近は、道路にまつわる情報発信も様々な取り組みが見られますね
有野
広報活動は積極的に行っています。工事の現場見学も行っており、ホームページでも、現況をわかるようにしています。ホームページは特に力を入れており、現場では構造や工事の順番など、難しいコンテンツも出来るだけわかりやすいような構成にしています。最近では名阪国道の路面状況をライブ画像として提供をはじめ大変好評を得ています。また工事現場では上部工ができあがったときに、橋の上に昇れるような場所を設置し、その下に簡単なprパネルを置いて説明出来るようなスペースをつくっています。ただ、工事の進捗に合わせて見て頂きたい場所というのがあるので、それにあわせて場所を移動しています。
▲50周年記念シンポジウム
――50周年の記念事業も行われていますね
有野
奈良国道50周年記念事業実行委員会を組織し、今までの歴史を振り返りながら、今後の道路行政をどのように進めていけば良いのかを討議していただきました。
その一環として「平城から平成へ〜奈良のまちづくり・みちづくり」と題しシンポジウムを開催しました。第一部は薬師寺前々管長の高田光胤氏のご息女であるエッセイストの高田都耶子氏と、国土交通省の大石技監に対談して頂きました。第二部では高田氏、奈良国道事務所の所長もされた大石技監、奈良大学教授の水野正好氏、奈良npoセンターの理事長を務める仲川順子氏にパネルディスカッションをして頂きました。大変な盛況で大勢の入場がありました。
昨年は大和北道路について、PIプロセスを導入しルート・構造案について検討いただいた大和北道路有識者委員会から推奨案のご提言をいただき、計画策定へ向け一歩前進するとともに、また、事務所広報誌の発行等コミュニケーション活動の積極的な展開や大和高田バイパスの本線高架部完成など、50周年の節目にふさわしい充実した一年となりました。
今後も、悠久の古都・奈良の歴史と文化にふさわしく、また地域発展の原動力となる道づくり、地域づくりを進めていきたいと考えております。
奈良地域の交通ネットワークを形成する企業
HOME