建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2004年1月号〉

interview

特集・わが国の文教施設整備最前線

ダブルスキン工法で耐震性と内部機能の性能向上を実現

音楽学部校舎で新たな工法を模索

東京芸術大学施設課長 西川 和慶 氏

西川 和慶 にしかわ・かずよし
昭和 51年 文部省管理局教育施設部
平成 7年 神戸大学施設部建築課長
平成 10年 東京農工大学施設課長
平成 13年 東京芸術大学施設課長
東京芸大の西川和慶施設課長は、施設の耐震度と機能向上をともに実現できるダブルスキン工法の考案者だ。これによって、100年での施設管理が可能となり、スクラップ・ビルドに伴う事業費を4割も削減できることが可能となった。その工法は徐々に全国で広がり始めているが、同課長はさらにそれを応用した工法も検討し、この芸大でも導入し始めている。従来の施設改修の常識を覆したその工法について、同課長に伺った。
――大学としての今年度の事業概要からお聞かせ下さい
西川
現在は、美術学部で総合芸術棟を整備しています。規模は新営部分が約8,000m2で、改修が約9,000m2というプロジェクトです。この他には音楽学部の校舎を建設しており、新営部分は約4,000m2、改修が約6,000m2という規模です。総合芸術棟も、音楽学部校舎も、それぞれ新営部分については概ね完成しています。その完成した新営部分に、改修予定の校舎を利用する人々を玉突き式に移動させて、改修を進めているところです。これらは、13年度の補正予算で措置された事業で、それ以後に新規に採択された計画はありません。全てが完成するのは来年3月の予定です。
――新設と改修が同時進行しているのですね
西川
総合芸術棟はA棟が新営で完成しており、C棟は半分ほど進み、残りが工事中です。こうした整備は40年ぶりになりますが、校舎に関してはこの間大きな改修はなく、改修とは言っても構造の改修ではなく、模様替え程度でしたが、今回は基礎の補強までできるダブルスキン工法という技術を採用しています。
平成11年度頃から文部科学省の方でも、増築と改修を一体的に整備するよう、提唱しているので、それに沿った整備となります。
――ダブルスキン工法とは
西川
前任地の東京農工大学に在任していたときに、私が考案した工法で、建築物を100年使用できることを目標とする工法です。
今までは、改修工事において、耐震性能と内部の機能も改善するのに適した工法がなかったのです。そこで、東京農工大学の農学部2号館で、建物の機能も最新のものに蘇生でき、なおかつ耐震性能もアップできる工法を新規に開発しました。それがダブルスキン工法です。
これを引き続き、この芸大でも採用しており、最近では全国の大学に波及してきました。積極的に使っている大学もあれば、そうでない大学もありますが、昨年度はついに東京大学でも採用されております。東大の場合は歴史的に古い建物とのデザインのマッチングを図るためにこれを採用しているようですね。
国立大学には、文部科学省が毎年発行する「技術ニュース」という広報誌が配布されます。その平成12年度版において、私がこの技術について執筆しました。
――画期的な技術なので、かなり反響を呼んだのでは
西川
当時は、他の大学から大勢の関係者の訪問があり、私が案内しました。たまに農工大にお邪魔する機会もあり、いまだに縁がありますが、この技術開発のお陰で私が大金持ちになっていると噂されているらしいのですが、とんでもない(苦笑)。特許を取れば良かったのですが、私は特許を放棄したのです。
ダブルスキン工法を採用した東京農工大学2号館
――惜しい気もしますね(笑)。これから特許申請という考えは
西川
今や周知の事実になったので、特許としては認められないものです。まぁ、特許を放棄をし、皆さん自由に活用して頂きたいと思います。
――他大学にとっては特許料負担がないので、コストを抑えることもできますね
西川
それもあるでしょう。なおかつ文部科学省が目指す大型改修をした後、わずか30年でスクラップアンドビルドしてしまうことに比べると、少なくとも躯体だけは再利用できるわけですから、その部分では経済的というメリットもあります。
▲奏楽堂
――改修にあたって、建物の設計図が保存されていたのですね
西川
代々にわたって残されていますね。取り壊された建物の図面などもかなり残っています。明治時代に建てられた東京音楽学校時代の奏楽堂の図面さえも残っています。奏楽堂は、現在では上野公園に移築されているのですが、元来、現在の新しい奏楽堂の位置に建っていたのです。移築にあたって保存を求める運動があり、紆余曲折を経て、結果的には台東区が買い取って上野公園で保存しています。
――とかく、他の建物は30〜40年で解体し、リニューアルしてしまいますね
西川
100年建築の概念とは、新しい建物については100年持たせようということにあります。高品質のものを造れば100年は十分に持つのではないかと思われます。
しかし、昭和30年代、40年代、あるいはそれ以前の建物はどうするかが課題で、鉄筋コンクリートとは言いながらも、最近のものに比べればコンクリートの強度も弱く、構造基準が違うために耐震性も低いものです。そのため、文部科学省では築後30数年を経たものは、大型改修をするという指針を立てたわけです。その時には耐震性能も現行の基準に合うようにアップしようというわけです。中身も全面的にリニューアルして、さらに30年くらいは使用するわけです。したがって、正味は60年くらいというのが、改修建物での100年建築の概念だったのです。
――60年が限界である理由は
西川
私の考えでは、耐震性能をアップするだけであれば、小中学校でよく見かける鉄骨ブレース工法でも良いのですが、これは耐震性はアップしても、建物の機能は全く向上しないのです。
また、逆のリニューアルもあります。耐震性はともかく、内部の空調設備や実験設備の機能だけをアップさせようというリニューアルです。そういう場合は、自動的に設備配管が非常に増えてくるのです。建物のスラブを至る所で抜いて、配管を内部に立ち上げるわけです。しかし、それは建物の耐震性をダウンさせながらリニューアルすることになります。こうした矛盾点があるわけです。
耐震性と機能向上を両立させる工法というものが、今までなかったのです。それを解決したのがダブルスキン工法なのです。
▲ダブルスキン工法による外部配管状況
――どのようにして施工するのでしょうか
西川
簡単に説明すると、建物の外部に柱・梁のフレームを少し間隔を持たせて構築します。これがポイントです。今まではこれを密着させることで耐震補強をしていたのですが、空間を空けておき、新しいフレームとは各階のスラブで結合一体化するわけです。そうすると、空間スペースを配管スペースとして利用できるわけです。これによって耐震性もアップし、配管も建物内を通さずに、窓から直接出入りさせます。
例えば1室だけプロジェクトが終わったから、新しい実験施設に模様替えするということがあります。理工系の大学では、5〜6年に一回はそういうことがあります。その場合にでも外部をそっくり残したまま、他の部屋の障害とならずにリニューアルができます。こうして機能改善が可能となります。
――外壁を工事していても教室は使用できるわけですね
西川
多少は騒音がありますが、内部を使用しながら施工出来ます。その実績は農工大や京都大学にあり、芸大でも現在、行っています。
この工法によって、改修のグレードがかなり上がります。従来のイメージでは、表層的な改修で、あと30年くらい誤魔化したり、我慢して使ってもらうというものでしたが、この工法ならば外観も一新でき、機能も最新のものと同じ機能を持たせられ、耐震性も現行基準に近い性能を確保できます。機能をあとからいくらでも付加できるところが、強みですね。
▲平面図
――民間建築にも採用されるのが望ましいですね
西川
そうですね。ただ、マンションや小中学校を、そこまで機能アップさせる必要があるかどうかという問題もありますが。大学の実験施設は膨大な配管を要するからこそ有効なのであって、マンションなどは従来の配管スペースが小さいため、管さえ取り替えれば十分なのだと思います。その点は経済性も関係するのではないでしょうか。
――このダブルスキン工法の改良点などは
西川
実は、現在さらに発展したダブルスキン工法を検討しています。その手始めが音楽の練習ホール館の増築改修です。既存の練習ホール館は、平屋建ての建築ですが、それを跨ぐように建てています。
既存のダブルスキン工法は、両側の外部に耐震補強用のフレームを造って結合し、横揺れに対抗するものですが、これをさらに発展させたハイブリッドダブルスキン工法を考えています。横揺れに対して抵抗させるだけでなく、これをさらに強化すれば、上に箱を乗せて重層とすることも可能になります。
また、風致地区条例の規定により、当初は建坪率が40%以下でした。それではスペースが勿体ないので、私が着任してからは45%にまで緩和してもらったのですが、それでもわずか5%ですから自由には使えません。そうであれば、既存の建物の上にさらに上乗せすれば、建坪率の増加は不要となります。
今回は耐震補強が不要となり、上増築だけで終了しましたが、次の計画では耐震補強までを含めたハイブリッドダブルスキン工法を実現したいと思い、その計画を策定中です。
――来年度からは、大学が独立行政法人になり、財政が厳しくなるでしょうから、その工法は多大な波及効果が期待できますね
西川
現在の文部科学省の方針では、よほどの理由がない限りスクラップは許可されません。あくまで改修が基本で、少なくとも一回は改修し、解体するのはその後という基本方針です。
――戦後の高度成長期に建てられた、質より量を優先した建物に対してもその方針でしょうか
西川
同じ方針です。リニューアルする方が、デメリットが多いという明確な事実根拠がないと、認められません。
――ダブルスキン工法によるメリットをコスト計算で考えると、どのくらいになりますか
西川
コスト的には耐震補強まで含めても、新営の6割くらいで納まります。学校建築の場合のコストは、躯体が半分で仕上げが半分と言われます。そのうちの耐震補強分が、おおむね1割ほどはアップします。それに仕上げの5割を加えて大体6割になります。つまり、4割は削減できるわけです。
――独立行政法人に移行してからは、維持・管理も施設課の重要な業務となりますね
西川
今までは最初に建物を計画し、予算要求して、予算措置がされると建設に着手します。施設課の仕事は、今まではそこで終わっていたのです。完成後は学部や会計課、管財で維持・管理していました。本来は建物の点検評価をし、チェックした結果をフィードバックして、次の計画に移行するというマネージメントサイクルを構築しなければならないのですが、その連携が切れていたのです。
これからは、その部分が切れないようにしなければなりません。このサイクルを確実にするため、施設課で一元管理していけば、ユーザーからのフィードバックも直接得られ、次の計画に反映することにより、より良いものができると思うのです。
▲上野キャンパス
――開かれた大学の施設管理というのも、これからは課題では
西川
これからそのことを学内に周知していかなくてはなりませんね。教官は施設営繕の重大さを、意外と知らないのです。あまり周知されておらず、理解している人はごく一部です。
今後は、今までにない共用スペースという概念も導入されますが、その運用の上ではまだまだ理解されていないと思います。
――今後は、多用な利用の仕方が発想されるでしょう
西川
術と言われています。この時間と空間というのは全く相容れないものであって、共通点がありません。音楽と美術は、接点がないわけです。芸大の敷地も2つの学部を挟んで、その間に都道が通っており、それが大きな川のようになって隔てていたのです。
しかし、前身は東京美術学校と東京音楽学校で、それが一緒になったのです。古くから水と油と言われていましたが、最近はここ数年で流れが変わり、酢と油くらいになりました(笑)。だからシャッフルすると、ドレッシングくらいにはなるのです。
そうした音楽と美術の融合に向けての模索が始まっています。それが舞台芸術と映像芸術ですね。そこで、昨年度からその実験事業が始まっています。舞台は美術と音楽がなければ成立しませんが、それは映像、映画も同じです。そうした分野が今までの芸大にはなかったのです。やはり芸術大学と名乗る以上は、これからはそれを採り込んでいく必要があります。その意味でようやく音楽と美術の融合実験が始まったわけです。
その第一歩として、そのためのスペースを用意しようというのが総合芸術棟の意義です。フレキシブルスペースをつくり、音楽も美術も融合した試みをするわけです。
具体的には一階に屋外ステージ、オープンファクトリーというスペースがあります。面積的には屋外扱いで、ただ上には大きなガラスの屋根を構築し、屋内のように使えるような空間です。そこでコンサートもでき、いろいろな催し物もできる仕組みになっています。まさに、音楽と美術の融合の場にしようという構想ですね。
例えば芸大の学園祭は、毎年9月中旬に行われますが、その時には音楽と美術の学生が一体となって催し物をします。
コンサートなどは経費をかけて仮設ステージを造っていますが、それを仮設で造るのであれば、常設にしてしまおうということも、屋外ステージのひとつの役割です。
――市民への開放は
西川
場合によっては、そうしたシチュエーションも見られるでしょう。台東区では、この十数年で12校が廃校になっているのです。そのうち跡利用が明確に決まっているのは2、3校で、他は区が模索しているところです。その跡地利用について、芸大から区に提案した資料があるのです。それが『上野の森文化ゾーンを中心とする国際的文化都市台東区の構築と、その空間となる台東芸術夢空間の施設を廃校になった小中学校のリニューアルで実現』ということなのです。
つまり、台東区からはオープンギャラリー、スタジオ、交流居住スペースというかたちでスペースを提供してもらい、その見返りに芸大を中心とした上野の森文化ゾーン群で、いろいろなサービスをするわけです。公開講座や演奏会、展覧会やワークショップなどで、様々な地域交流、国際交流を行うわけです。これによって、地域の活性化のため地域貢献ができます。芸大としては、狭隘な部分のスペースが提供されるのでメリットがあり、台東区としても、地域の活性化という意味で非常にメリットがあります。それを廃校利用で実現しようということなのです。
この企画は、今年度4月に台東区からは企画財政部長を筆頭に、芸大は事務局長を筆頭に準備会ができ、動き出したわけです。こうした取り組みを芸大が先頭に立って実現していけば、全国に広がり、また施設の有効利用も進むので、そうした輪が広がれば良いと思っています。

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