建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2003年10月号〉

interview

特集・わが国の文教施設整備最前線

施設管理を通じて運営をサポート

大学施設部の体制と業務を再構築

東京大学施設部長 山田 泰二 氏

山田 泰治 やまだ・たいじ
熊本県出身
平成 10年 文部科学省大臣官房文教施設部技術課監理官
平成 12年 九州大学施設部長
平成 14年 東京大学施設部長
我が国の最高学府の最高峰として君臨する東京大学のキャンパス整備が、着実に進められているが、それを担う施設部の山田泰二部長は、施設部の体制も業務のあり方も変わる必要があると主張する。施設の整備にも運営にも、思想と政策があり、施設はそれを反映したものとして、大学運営を施設面からサポートする発想が重要だと説く。とりわけ、運営費を圧迫する膨大なエネルギー消費に、どう対処するかが課題で、そこに施設部としての高度な手腕が求められるところだ。
――国立大学が法人化される場合、莫大な予算規模を持つ大学施設部の役割も、大きく変わりそうですね
山田
確かに、文部科学省としては、施設マネージメントをトップマネージメントとして位置づけ、その中でコストパフォーマンス、コストマネージメント、クオリティマネージメントを実践していくために、施設部というセクションはあるのだと思います。
そこで、今後に向けて重要なポイントは、若い職員にどれくらい文教施策というものに関心を持たせるか、そのための教育と、大学側にある、教育研究においてエネルギー資源を膨大に消費することは当たり前だという感覚を少し改めてもらうことです。
現在の施設部のあり方を観察すると、単に施設を造ることだけが業務とされてきました。しかし、本来の施設部というのは、整備だけでなくその川上から川下まであるのです。その中の「造る」ことだけがクローズアップされ、それがメジャーな業務としてイメージが定着し、学内でもそのように位置づけられ、職員自らもそれを本業だと思いこんでいました。
しかし、私自身は、「造る」ことはあくまでもマイナーな仕事だと考えており、メジャーな仕事は140万m2におよぶ施設をいかに管理していくかにあると思うのです。それをいかにして教育研究にリアルタイムに遡行できるかを考えるのが本業なのです。その視点に若い職員が、少しでも早く気づいてくれればと思っています。その為には、その意識を変える教育プログラムが必要だと思います。
そこで、今後は部内の機構についても、セクションの呼称と構成を変更しようと考えています。従来のように、建築課、電気課、設備課といった専門業務を反映した課の構成ではなく、もう少し有機的な構成にしたいと思っています。例えば、キャンパス計画の中で立案した施設を整備し、整備したものに対してリアルタイムに研究環境を改善させ、あるいは研究内容にマッチングさせていく企画を担当する課、長期的にその建物をメンテナンス、あるいはリフォームさせていく課、そして法人化後に、財産管理を自主的に行う課といった構成です。
――施設部というセクション名も、そうした業務を分かりやすく反映したものに変えた方が理解されやすいのでは
山田
例えば、施設部は施設管理部として変更し、課の構成はマネージメント戦略を練る施設企画課や、広大なキャンパスの有効活用を計画するキャンパス計画課、緊急整備5ヶ年計画という施策の元で、建物を造ったり、改修、整備を担う施設整備課、それからリアルタイムに教育研究環境を管理していく環境管理課、保全課などの構成にしていくことを想定しています。
つまり、建物の整備に専念する体制から、総括的施設管理体制への移行を目指すわけです。ただ造るだけではなく、施設を長期的に良好な状態に保持し、次世代に継承していく貴重な社会資本という認識へ変えようというわけです。
――そうなると、整備後の施設運用にも、政策的配慮や意図が反映されることになりそうですね
山田
水光熱費等、エネルギーは教育研究にはどうしても必要ですが、かといって無駄使いは許されません。特に、京都議定書に基づくCO2の削減は、法人化され事業所単位で対応する上では必要不可欠です。したがって、教育研究は費用も電気代もかかるものと決めつけて、無策で放置するのでなく、省エネへの意識を高めていくことも大切だと思います。実験室の使用も、運転スケジュールを立案し、その中で有効に実験を進めていくことが必要です。
何しろ年間の消費電力料金を見ると、東京大学は主要なキャンパスだけで30億円を越えています。そうした電気その他の光熱費は、教育研究のための予算をかなり圧迫しています。
そうしたエネルギーを節約しながらも安定的に供給するのも我々の業務であり、そのための整備及びメンテナンスも大切です。
ところが、教育研究のための施設整備のプライオリティが高く、保守しなければならない電気、ガス、水道といったエネルギー供給施設への投資は後回しになるケースが多いのです。安定的に電気・ガス・水道を供給するということは、安全性をキープするということなのです。
複数の建築物を一挙に建てるとなると、トランスが過負荷になってしまいます。過負荷になると非常に安全性が損なわれます。あるいはガス施設のメンテナンスを怠れば、ガス漏れから大事故に繋がりかねない。
――緊急時を常に想定しておくことが大切ですね
山田
施設マネージメントにおいて、現在推進しているのは、エネルギーのマネージメントであり、そのための研究会をつくり、報告書をまとめました。
最も大切なことは、現況と実態をよく知ることで、リフォーム、メンテナンスをするときには、どんな空調システムを採用し、電気供給のシステムをどう構築するかを、導き出していこうと、昨年からワーキンググループによってレポートを作成しているところです。同時に、ハード面からエネルギーをコントロールしていく技術の導入も大事です。
――建築技術者も、建築のための専門技術だけでなく、施設がどのような目的で、どう利用されるか、研究内容や学科的な知識が求められそうですね
山田
なぜこの建物を整備するのか?施策的な位置付け、またアカデミックプランを理解して設計するのは当然です。
私も若い職員たちと一緒に、図面を見たりしますが、文部科学政策の位置付け、マスタープランとの整合、大学側建物ユーザーのアカデミックデザインの理解、さらにはこれを整備することによって、社会にどう還元出来るのかといったことを、是非とも若いときから理解して取り組んでほしいと思いますね。
――法人化されると、いよいよ大学自治の重要性が高まってきますね
山田
明治時代からのキャンパスの変遷を見ると、かつて国家に奉ずる超エリートを育て、富国強兵し欧米諸国に追いつき追い越せとのグランドデザインのもとに、一握りのエリート達が過ごしていた当時のキャンパスと、現在のキャンパスはかなり違ってきていると思います。
キャンパスを地域から見ると、かつて学内は聖域そのもので、国を先導する一部のエリートの専用施設であることを国民が理解し、その中でクラブ活動その他で騒音が発生しても、寛容に見てくれました。
しかし、今は地域への甘えは許されないと思うのです。この東京大学も、今や聖域ではなくなってきているのです。やはり地域との共生、環境への意識の高まり、あるいはハートビル法、ハンディキャップ対策など、私たちの生活に身近な、ソフト的な法律が多くなってきています。だから、大学も地域にある、ひとつのパブリックな事業所のような位置づけへと変わってきているようです。
――都市の一部という見方へと変わってきたのですね
山田
大学も都市の一部だから、例外視するのではなく、都市の一事業所と同じ目線で考え、取り組まなければならないと思うのです。樹木についても、キャンパスの緑というよりは、地域の緑という位置づけになるのだと思います。それだけに、大学施設の地域への貢献度は非常に高いものだと思います。
極論になるけれども、これが民間の施設であったら地域にとって、今の環境は守られていないのではないかと思います。大学が地域と共生していることを、地域の方々に認識と理解を得てもらうことが必要です。
――最近では、小中学校でも、都心部にあると迷惑施設と見られる傾向もありますね
山田
それだけいろいろな人がいるのでしょう。子供の声が聞こえて元気が出る人と、ただうるさいと感じる人もいます。大学も同じで、例えば、地域住民にとっては、三四郎池を評価する人もいるでしょうが、中には敷地、建物の境界線に建物を造らず、三四郎池をつぶして建てろと主張する人もいます。しかし、三四郎池は大学の財産であるだけではなく、地域の財産であり、東京都の財産であり、そして日本の財産なのです。
――電気事業は徐々に規制緩和に進みつつありますが、大学自治の視点から見れば、エネルギーの自給も視野に入れた展開も必要では
山田
キャンパスは増殖しつづけているのです。特に近年の政策によって、東京大学では新組織のために50万m2分の需要が急激に増えつづけてきました。当初からその需要と規模を設定して取り組むならば、可能かも知れません。自前の発電設備を持つべきなのか、売電で賄うのかを考える場合、やはり安定供給を重視するなら、自家発電は大きなリスクを負う可能性があります。
ひとつの大学をプラントととらえて、最初から予定された規模のものを一気につくり上げるのであれば、それでもよいのですが、時代とともに増殖し続けている以上は、難しい問題ですね。
――キャンパス再整備にあたっては、各大学とも独自の伝統的なイメージがあるので、それを一新するのか残すのかも課題になるのでは
山田
大学のキャンパスとして最初に思い浮かぶのは、東京大学では本郷キャンパス、あるいは駒場キャンパスでしょう。
現在のマスタープランを尊重しながら整備を進めていくことが基本です。緑を残していくという視点もあり、または古い建物を単なるノスタルジーではなく、素晴らしい建物は素晴らしい建物として位置付けて守らなくてはなりません。その面では、新しい建物と歴史を刻んできた建物をいかに調和させるかが課題で、そうしたキャンパスづくりが、今は最も大切な時期にあるだろうと思いますね。
建物も、一本の樹木も、それはキャンパスのエレメントであり、ひとつの構成要素としては基本的には普遍的なものだと思うのです。樹木を切るのは忍びない思いがありますが、施設需要に応えるためにバランスを考え、切るべきか切らざるべきかを検討し、柔軟に対応しなければなりません。これだけの狭隘な場所に、これだけのボリュームのものがあると、どうしてもどこかを犠牲にしなくてはなりません。かといって、緑を犠牲にしたままではなく、10年、20年後に、世代を超えて再び同じような景観を持つように復活させていかなければならないと思うのです。
――そうしたマネージメントを無駄なく合理的に行うノウハウの確立も必要ですね
山田
地域社会と接する敷地境界線は、意外と脆弱で危険な標識が立っていたり、危険な塀が残っていたりと、歴史を刻んだ痕跡が残っています。そういうところをマップに記して危険度を表にまとめ、そこを年次計画で修復しようということです。その際に、老朽した設備なども、いつ設計されたものかを記入すれば、修繕計画が立てやすくなります。

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