建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2003年9月号〉

interview

21世紀の京都大学が目指すのはトライアングル構造の教育・研究拠点

エクセレントユニバーシティの深化に向けて

京都大学施設部長 細田 重好 氏

細田 重好 ほそだ・しげよし
昭和 44年 3月 日本大学経済学部卒
45年 6月 管理局教育施設部助成課
54年 4月  〃   〃  調査係長
59年 7月 官房文教施設部計画課調査係長
62年 4月 東京外国語大学施設課長
平成 3年 4月 日本芸術文化振興会第二国立劇場準備室
6年 4月 官房文教施設部仙台工事事務所所長補佐
9年 4月  〃 〃  技術課課長補佐
12年 4月 〃 技術課監理官
13年 1月 京都大学施設部長
100年の伝統を誇り、数々のノーベル賞受賞者を輩出した我が国の名門・京都大学は、21世紀の学術研究を担うエクセレントユニバーシティの実現を目指し、あらたなキャンパス構築を進めている。トライアングル構造の教育・研究拠点形成を基本理念とするキャンパス整備について、細田施設部長に構想を伺った。
――京都大学は、100年以上にわたって輝かしい研究実績と歴史を残してきましたね
細田
そうです。京大は周知の通り、ノーベル賞の受賞者をはじめ、これまで多様な分野で世界的学者を輩出してきました。日本を代表する大学として、21世紀においても高度な研究・先端的研究の推進を先導し、優れた研究者を養成して国際社会に貢献する責任を負っています。
また、100年にわたる歴史においても、社会的に指導的役割を果たす、見識ある優れた多くの人材を輩出してきました。もちろん、21世紀においても、人類社会の課題に各方面で果敢に取り組み、創造的解決に導く指導者を養成して、社会に送り出す責務を担っています。
こうした責務を果たす大学を「エクセレント・ユニバーシティ」と呼ぶことにするなら、その条件を満たすにはそれ相応の特徴を持つものと考えられます。
――その特徴とは
細田
まずは、世界における指導的大学として、エクセレント・ユニバーシティと呼ぶに相応しい、グローバル・スタンダードに沿った教育・研究体制と、キャンパス環境が整備されなければなりません。
そして、エクセレント・ユニバーシティのコンセプトは『知の創造・総合・発信』ですから、卓越した教育・研究と絶えざるシステム改革による情報メディアの先駆的活用、バリアフリー化の協力と融合により、環境と人、国際文化と調和を実現していることです。
――京都大学のキャンパス計画は、そのコンセプトに基づいているのですね
細田
そうです。キャンパス計画の基本理念は、トライアングル構造の教育・研究拠点形成です。大学院重点化を完了した研究総合大学としての京都大学に求められる社会的使命は、一つ目は高度な学術研究の実践を通じて、学界と社会に貢献すること。つまり、研究機能すなわち知の創造です。
二つ目は、高度な研究体験に根ざした教育の実践を通じて次世代の人間を育成すること。つまり、教育機能すなわち知の伝承です。
そして最後に、最新の研究成果を文化的資産に高めて、広く社会に還元すること。つまり、市民大学機能すなわち知の伝導の3点に要約できます。
新時代を迎えるに当たって、京都大学はこれまでの吉田地区と宇治地区のキャンパスに加え、桂地区にも新しいキャンパスを確保することになりました。
これによって、トライアングル構造の教育・研究拠点を新たに形成し、21世紀における『エクセレント・ユニバーシティ』として京都大学に課せられた社会的使命を果たしつつ、国際的な学術文化の中心となって、一層の発展を目指しているわけです。
これまで、吉田地区には文系と理系の学部・研究科があり、宇治地区には自然科学系の研究所と研究センターが展開していました。それが、今後は桂地区に工学研究科と情報学研究科が移転し、桂インテックセンターなどが設置されることにより、工学を基盤とする自然科学系の大学院が展開することになります。
吉田キャンパスには全学部と文・理系大学院が配置され、桂キャンパスには工学基礎のテクノサイエンス・ヒルが配置され、そして宇治キャンパスには自然科学系研究所が配置されます。
――各キャンパスの具体的な計画は
細田
工学研究科と情報学研究科が移転する桂キャンパスは、『テクノサイエンス・ヒル』と呼称されることがすでに決定しています。21世紀初頭には、急激な社会構造の変化に伴って多くの多様化・複合化した根元的課題に明確な回答を与える新しい『知と技術の発信基地』が要請されます。そこで、TECHNOLOGYとSCIENCEを融合させつつ、工学を基盤に技術革新と新技術の発明を創出するための中軸キャンパスとなることが求められます。
そのため、桂キャンパスは科学を基盤に、克服課題の解決に繋げる新しい技術を創出するための『テクノ・エクセレント・ユニバーシティ』となることを目標にしているわけです。
――施設整備においては、どのようなコンセプトが確立されていますか
細田
施設のコンセプトは、言うまでもなく教育・研究の理念・目標の実現を目指し、「TECHNOLOGY」と「SCIENCE」が融合する『テクノ・サイエンス・ヒル』としてあることです。この『テクノ・サイエンス・ヒル』では、技術・地域・自然が高度に融合・交流し、大学を取りまく時代の要請に的確に応えることが求められます。
そこで技術面では、キャンパスを先端技術の実験フィールドと捉え、新しい学問を生み出す仕組みについても、実験的な取り組みを行います。そのために、可変性が高く、将来の成長・発展を可能にする系統的な施設構成とし、十分な拡張スペースを確保しつつ、環境共生技術の導入を図っていきます。
それを担うのが、桂インテックセンターを筆頭とする総合研究棟群です。
一方、融合・交流の面では、学際交流・国際交流・産学共同の場として、研究分野の枠組みを超えて、国際的な産学が共同する様々な融合と交流により、学問の新分野を生み出すことになるでしょう。
そのために、街と人と自然が出会う「人間が中心のキャンパス」の実現を目指し、学系・専攻・分野など、多段階の融合・交流空間を展開します。その役割も、桂インテックセンターと国際融合創造センター、また国際学術交流センターが担います。
――多くの大学は、所在地における地域との交流も大切にしていますね
細田
もちろん、京都大学も、地域を大切にしています。地域社会と協調し、地域とともに発展し、地域に開かれたキャンパスを目指し、一般市民でも利用できる施設を導入するとともに、地域の産学連携、ベンチャー支援など、大学の社会貢献の具現化を図っていきます。
そのためには、近年、問題提起されている理数科離れを、何とか食い止めるための魅力的な講座を開催したり、大学が留学生と市民との国際交流の架け橋となることが必要です。そのために、国際創造センターや桂サイエンスミュージアムが、その役割を果たしてくれます。
さらに、地域社会だけでなく、自然環境も尊重し、自然との対話も重要です。環境と調和し、計画地の景観に新たな魅力を加えるよう配慮し、自然との対話によって、創造性を刺激するようなキャンパスであることが理想です。そのために、知の情報の発信、自然・生物系の研究テーマの実現や、自然環境調和型キャンパスとして、丘陵地の原風景に配慮したキャンパス景観の実現が必要になります。
そこで、竹林に覆われたクラスターDは、造成を最小限にくい止め、自然と建築が融和した研究者の想像力を誘発する環境を実現します。そのために、情報系の総合研究棟や思索の道、セミナーハウス、情報基盤センターを整備しています。
――都市景観や自然景観への配慮と同時に、大学らしいアカデミックな外観上のムードも必要ですね
細田
そうです。外観計画のコンセプトは、学問の府にふさわしい建物をつくることです。京都大学の卒業生・教職員の全てに対し、「学問のふるさと」として心の中に深く刻み込まれる建物を創ることが目標です。そのため、建物群は周囲の敷地の開放性と、緑の潤いが一体となって、このキャンパスの存在を人々に強く印象づける計画としています。
将来に人々の心象風景となっていく新キャンパスは、重厚感があり、未来にわたっての歴史創造性が感じられ、それでいて親しみやすい風合いを持つ外観を目指します。
そこで、施設は全般に、彫りの深い立面デザインとします。今後、順次建物を発展・成長させていく上での共通要素として、大きく張り出した庇をつくり、それを内外の中間領域として位置づけます。一方で、メンテナンス・リノベーション(維持管理・改修)の利便を図るため、設備機器の点検・更新も容易に行える長期持続性を考えた窓周りとバルコニー周りを創り出します。この彫りの深い窓周りによって、同時に研究室の安全性と居住性を確保し、快適な生活環境と研究教育環境を実現します。
また、格子状に縦横のラインを組み合わせるフレームの象徴性によって、壁面と対比的に扱い、この研究棟の「開放性」を内外に向けてアピールします。
上部構造については、特に桂キャンパスでPCAPC構造を採用します。その理念というのは、地球環境との共生であり、周辺街区住宅の良好な景観との共生です。のみならず、地球環境保護のため、ISO14001認証取得を目指し、時代的責任を果たすことも目的です。同時に、法的高さ制限のもとで、自由度のある豊かな空間の確保も目的です。
――その理念を形にするには、施設のクオリティも高レベルのものが必要ですね
細田
施設水準は、今日の時代的要請を考慮するなら、早期の移転が望まれる状況下にありますから、工期を短縮し、時間コストを縮減し、システム化された建築計画との整合によって、ロングライフな構造躯体を構築しなければなりません。
安全性、経済性に加え、建設段階の環境への影響と、100年建築を支える構造を考えて、PCAPC(プレキャストプレストレスコンクリート)構造を採用することにしたのです。
そして、ハイクオリティで、耐久性の高い部材によって施設の品質を向上させ、同時にフレキシブルでコンパクトな部材によって、階高の自由性の向上も必要です。その一方で、コストパフォーマンスを低減するため、システム化された部材によって施工の省力化と、時間コストの縮減を図らなければなりません。
のみならず、クリーンな現場で、環境保護のためのISO14001取得は、今日の時代的責任でもあります。
――実際にPCAPC構造を採用することで、想定できる効果は
細田
PCAPCは、地域環境との共生において効果を発揮します。例えば、躯体工事によって発生する周辺環境への影響を削減し、現場の作業、工事車両、ゴミ、騒音、振動、粉塵が大幅に削減されます。クリーンな作業による住民街区民への環境に配慮され、交通渋滞等、住民生活への影響が回避されます。
南洋材合板型枠を使用しないので、コンクリート殻、産業廃棄物、アルカリ排水を大幅に低減され、環境マネージメントシステムの運用を実現できます。また、コンパクトな部材を用いることで、自由度の豊かな空間を形成しやすく、プレストレスの導入・高強度コンクリートが、そうした高性能でコンパクトな部材を形成するので、長スパン化と階層の自由性を両立できるわけです。
しかも、システム化による施工性の向上で、省力化による工期の短縮が可能となり、工場製作により同一部材の繰り返しを徹底すれば、計画段階からプレキャスト構造のメリットを活かすことができます。
床ピット板も工場製作としますから、現場での作業が省力化されて経費の時間コストの縮減が図られます。そして、工場製作であることから、コンクリートの打設などの品質管理が徹底され、ひび割れなど劣化の少ないタフな構造となります。
――桂団地の施設構成は
細田
桂団地総合研究棟は、TとUに分かれています。工学研究科・情報学研究科の新キャンパス移転の一環として整備された施設のひとつで、敷地は市道をはさんで、キャンパスの最も南側の区画(クラスターa)に位置し、高低差は約25mで住宅地からはやや離れています。
配置計画としては、規模的に機能的なフロア構成が可能となる大きく3つの棟(A棟、B棟、C棟)に分節することにしました。また、外観は威圧感を感じさせないように、立面をいくつかのブロック単位に分割し、バルコニーを設け、プレキャストコンクリートとタイル壁面の彫りの深いデザインとしました。
平面計画としては、耐久性のある長スパンの構造躯体を建物の恒久的な要素(スケルトン)とし、それに囲まれた研究・実験ゾーンの床下に設備配管用の設備配管用のピットを標準装備し、これをテクニカルスリットと呼ばれる設備専用の中庭型外部空間に連続させることで、将来の機能の変化や実験機器の更新などに容易に対応出来るよう計画しました。
外構計画としては、建物の隣棟間隔を大きく取ることにより、中庭からの採光・通風を確保し、屋上緑化を積極的に採り入れ、良好な環境を形成するよう努めました。また、建物に土圧をかけることなく高低差17mの擁壁を増築するため、テールアルメ工法を採用しました。
――どのような利用イメージとなりますか
細田
フレキシブルな空間〜研究内容・プロジェクトに応じて間仕切りは自由に設定可能し、テクニカルスリットへのアクセスから設備の保守・修理・更新が容易に行えるようになっています。
大型EVも導入するので、大型実験機器の搬入も可能です。内部は左右廊下式で、研究室と実験室をt.sまでつなげて廊下を左右につなげたタイプや、内廊下式で、廊下をテクニカルスリット側に設けて研究室と実験室をつなげたタイプの二通りです。
また、設備スペースを中庭に集約させることにより、フレキシブルな実験室の構成を可能にするT.Sも採用します。外廊下式から研究室と実験室を廊下によって分離したタイプもあります。
そうした空間構成に基づき、テクニカルスリットを利用した自然換気を行い、最適寸法の庇で日射をコントロールします。

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