建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2003年3月号〉

interview

最北の政令指定都市・札幌の再構築

歴史が浅いことが利点

札幌市都市局長 田中 賢龍 氏

田中 賢龍 たなか・けんりゅう
出身地 北海道稚内市
昭和 45年 3月 同志社大学文学部卒業
昭和 47年 11月 札幌市採用
昭和 59年 10月 市民局青少年婦人部企画係長
昭和 61年 4月 市民局青少年婦人部青少年課企画係長
昭和 62年 6月 財政局財政部財政課主査
平成 2年 7月 環境局緑化推進部公園管理課事務係長
平成 4年 4月 総務局職員部職員研修所課長職
平咸 6年 4月 民生局高齢化対策推進部高齢化対策課長
平成 7年 6月 企画調整局企画部企画課長
平咸 8年 4月 企画調整局企画部企画調査課長
平成 9年 4月 企画調整局企画部プロジェクト推進担当部長
平成 11年 6月 財政局財政部長
平成 14年 4月 都市局長
現在に至る
デフレ不況が長引く中で、札幌は今後、どんな都市へと変貌するのか。まちづくりを先導してきた札幌市は、どんな役割を果たしていくのか。都市局の田中賢龍局長に、見解を伺った。
――デフレ不況も20年という史上例を見ない状況になっています。そうした状況下で、札幌市は、どのような街へと変貌していくのか。どんな街としての在り方が正しいのかについて、お聞きしたいと思います
田中
札幌市は、百余年の短い歴史しかありませんので、これまで、本州の先輩都市に追いつこうと、昭和47年の冬季オリンピックを契機に、急激に大改造と大躍進を遂げました。それが、いままさに更新時期を迎えています。大型建築、公共建築をはじめとして、リニューアルが必要になってきました。
都市再生が施策として進められていますが、再生という言葉には、さまざまな意味があるものと思います。いま現在、札幌市も都市としての世代を交代し、新たなスタートつまり、リスタート地点に立っているのだと思います。そのため、この都市の姿は、大きく変わっていくでしょう。
歴史が浅いゆえに、札幌はあまり伝統や習慣にとらわれない風土、人情があります。その特質をうまく活かし、民間の方々が自分たちの地域を変えようという声に、行政は少し力を貸して、さまざまな制度で誘導するなど、その後押しをすることが必要と思います。そのとき、この都市局というセクションの役割は大きいのだと思っています。今日の財政状況では、従来のように行政だけで時代を切り拓き、創っていく体力はありません。
ただ、これまで行政として創り上げたものについては、後世の評価を待つしかありませんが、施設づくりのあり方としては、やはりいつでも愛用され、とことん使い込んだ後に、また新スタートに立つという考え方が必要だと思いますね。その意味では、建設段階から地域の全体像を考えて関係者との意見交換を行うことは、不可欠の時代になり、都市計画も提案制度が設けられ、住民参画によって、住民サイドに立った視点というものが導入されるようになりました。
その意味では、短い歴史の期間に、一気に作り上げられた札幌が、今度は落ち着いてこれからの100年をどう見据えていくかという試練の時期に向かっているのだと思います。
――歴史が浅いだけにしがらみもないのが、再生の利点といえますね
田中
本州の他都市は、地縁・血縁、また土地柄その他の規制の中で、改革の緒につくには、さまざまな困難がありますが、その点で札幌は斬新で、革新的な考えを持った人が多いですね。これで、経済力があれば、さらに再生もスピードアップするのでしょうが、それがリンクしていないのが非常に残念だと感じます。
――経済力こそは、民間が自立できないウィークポイントで、官依存体質と呼ばれてきました
田中
官依存を悪い表現としてでなく、官は信頼されていると解釈し、そうした信頼の中でバックアップを怠らなければ、「官民協働」というのは当たり前に実現できることです。
我々としては、これまでに蓄積してきた行政手腕をどう活用していくかについて、市民の声に謙虚に耳を傾けてこそ、はじめてパートナーとしての手が差し伸べられると思うのです。これまでの施策に間違いはなかったと思っていますが、それに奢ることなく、進むべき方向に向かって官民が肩を組み、手を携えていくような街づくりをしたいと思います。
――市としては、今や都市型の生活基盤は、おおむね行き渡っているようですね
田中
そうです。今日の都市基盤は、市民に満足いただけるレベルに達していると思います。また、目に見えないところでも改善が進んでおり、例えば雪対策ではロードヒーティングを除排雪の徹底や融雪剤の散布により廃止していく方向としたのもそのひとつです。これは維持管理費の低減ということももちろんでありますが、ヒーティングは、熱を放射することにより地球温暖化につながります。これが無くなることにより、表面上では見えないところで環境都市への移行が進んでいるわけです。
雪が累積で5メートル以上も降り積もるところに、100万人を超える都市を形成しているのは世界でも稀有なことですが、そこで暮らすための智恵や英知が結集しているからこそ成り立っているとも言えます。
――北方圏の独自のノウハウというものですね
田中
都市生活を維持するために、北国ならではの技術開発を行うのは宿命です。年中温暖に暮らせる南国とは異なり厳しい環境に暮らす中で、そうした地域独特の技術開発のエネルギーを、他の行政分野においても発揮しなくてはならないと思います。
――雪に常に悩まされる都市としては、地下空間の有効活用も課題では
田中
地下のネットワークという構想があります。これも非常に経費がかかりますが、地下ネットワークは、経済が回復したら、さらに大きく広範囲に拡大していくことになると思いますね。民間企業も、ビルと地下とを結ぶかたちで、面的に協力し合い、行政と分担していけば、より伸びていくだろうと思います。
最近完成したJR札幌駅の地下歩行空間なども、かなりの経費がかかったものですが、市民には非常に喜ばれる施設だと思います。そこに大手百貨店が出店することで、大通りの商店街との回遊性が生じるものと期待しております。
――問題は大通りの地下街と、札幌駅の地下街が、いつネットワークするかですね
田中
そうですね。地上にあるビル街には、金融機関等が多いのですが、最近では外国ブランド品のしゃれた店が進出しています。これまでは、ホテルや証券会社、銀行などが中心で、アフターファイブにはシャッターが閉まり、電気が消えてしまう地域でしたが、それが変化していく予兆が感じられます。地下歩行空間が、その変化を促す刺激になればと思います。
――従来の札幌の中心部は、札幌駅周辺はオフィス街で、大通りから南側は商業街になり、さらに中島公園までは、飲食街であるススキノと明確に分かれていました。このゾーニングは計画的なものだったのでしょうか
田中
札幌は計画的なまちづくりからスタートしています。その明治の頃からの年の基本的な姿を今に残しています。北海道の町は海岸沿線に本州からの移民によって入植したのがほとんどで、外部から物資を運びこんで揚げるにも、その条件が好都合だったわけで、この石狩平野の奥地に、道都となる街を築いたのは、北海道の開拓にとっては非常に有意義だったのではないかと思います。
最初は小樽が商都として栄えましたが、行政官庁等が集中して機能するには、広大な平野部で展開することが必要だったのでしょう。その原点が、この都心部だと思うのです。
ただ、最近の都市再生の論議において、我々としては都心だけを考えているのではなくて周辺地区においても、各区が均衡的に発展していくのが理想です。
人や物の流れが、そうした発展を促す形となるよう都市機能が整備されていかなければなりません。都心だけが発展すれば良いのではなく、都心を盛り上げるには、周辺でも生活がきちんと成り立つ核というものが、必要だと思います。
――そのためには、今後の区役所のあり方も重要な課題ですね
田中
私たちは庁内分権と呼んでいますが、札幌市という一つの構造体の細胞をつくる10区が、どのように区間競争、都市間競争を通じてレベルアップを図っていくかが課題です。そのためには、区長のリーダーシップと予算編成などの権限の確保などが、大切です。
区ごとに、異なる自然条件や、交通事情、地域の歴史、文化があります。
その総合力が重要ですから、各区がそれを自覚することが必要です。庁内分権は、市民には分かりにくいかも知れませんが、地方分権を国に求めながら、自分たちはどうなのかと問われたときに、中央集権的だったのでは矛盾します。
――札幌という都市機能の中で、忘れてはならないものに丘珠空港があります
田中
かつて私は、丘珠空港滑走路の延長計画を担当したことがありますが、札幌へのアクセス向上と安定運航のために、延長が求められていたわけですから、この資産を活用しない手はないと思いますね。
――札幌市は、地下鉄の整備費の運営上の負担が課題になっていますが、真に周辺区の利便性向上と発展には、環状線が欠かせないと思いますが
田中
地下鉄も、大変厳しい経営を強いられておりますが、それを理由に将来にわたって、交通ネットとしての在り方を、検討できないというものではないと思っています。地下動脈としての地下鉄は「まちづくり」にリンクして整備を進めていかなければなりません。
莫大な債務を抱えている現在は、それが言える状況にはありませんが、将来を見据えた計画、青写真というものは、常に持っていなければならないと思いますね。
ただ、地下鉄建設費の膨大さから、明言しづらい部分はあるでしょうが、ルートの結び方によって、今後の経営も大きく改善できるものと思います。それによって、真の起死回生が図られる可能性もあります。
現在は、あまりにも経済環境、財政状況が苦しいので、いつその計画に取り組めるのかは、分からないでしょうが、いよいよというときには、直ちに着手できる下準備や体制は、整えておくことが必要だと思います。
――日本は、ITインフラの整備において、他国に遅れを取ってしまいました。札幌市としては、どう取り組んでいますか
田中
各公共施設、区役所をはじめとして、光ファイバーのネットワークを着実に進めております。これからは真の端末というべき、各世帯にどうネットワークしていくかです。そのための経費を、個々の負担としていくのか、ある程度は公共として支援していくのか、まだ全体像はできていない段階ですね。
ただ、世代交代が進み、ほぼ全市民が、幼い頃から画面を見たり、キーボードを扱うことが自然な世代になったときには、全家庭に高速回線が普及していることでしょう。
現時点では、行政サービスのit導入による改革が主眼ですが、サービスを受けるのは市民ですから、市民から発信する形での改善・改革が必要ですね。
――札幌経済の再生は、今後はどんな道筋をたどるものと展望していますか
田中
経済には企業収益の動向、土地価格や株価の値動きなど、さまざまな要素がありますが、そうした市民が資産とみなしているものの価値が、どうなっていくかに、今は大きな不安があると思います。これ以上、下落したり、収益悪化することはないと確信したとき、人々の意識は前向きになり、経済も活発になると思います。
その際に、行政がしなければならないのは、経済活動の呼び水となる支援を行うことで、民間企業が伸び伸びと活動できるよう経済ニーズに合った支援策を進めていくことが大切です。例えば、札幌市内の企業が、節税のために市外へ流出していくことなどがないよう、札幌ならではの独自な税制などが必要ではないかと思います。また、さらなる規制緩和策も必要でしょう。

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