建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1999年2月号〉

interview

土木行政を補完して土木の社会的イメージアップを目指す

高齢者対応の道路整備が必要

北海道土木協会会長 鵜束淑朗 氏

鵜束淑朗 うづか・しゅくろう
昭和11年10月11日生まれ、留萌市出身、北大工学部卒。
昭和 34年 道庁入庁
55年 網走土木現業所事業課長
56年 同道路建設課長
58年 土木部道路課高速道・市町村道室主幹
59年 同課高速道室主幹
60年 旭川土木現業所技術部長
62年 土木部道路課長
63年 旭川土木現業所長
平成 元年 土木部技監
3年 日高支庁長
5年 土木部長
7年 道庁退職
元北海道土木部長であり、道路整備のエキスパートである鵜束淑朗北海道土木協会長に登場いただいた。30余年にわたって道路整備と道路管理に携わってきたその経験から、土木技術の進展とその明暗、行政の役割・責任と道民の要求との間に存在する矛盾などについて、ベテランとしての様々な鋭い指摘や提言がなされた。その矛盾と隙間を、官民の中間に立つ団体として、どう寄与すべきか。同会長は、一つの新しい方向性を打ち出そうとしている。
――土木技術はこの100年間に幾多の変遷を経ていると思いますが、会長がこれまでに携わってきた中で特に印象に残っていることからお聞かせください
鵜束
私が道職員として土木行政に関わった期間は30数年ですから、100年の三分の一程度です。昭和29年に国の第一次道路整備 5か年計画がスタートしましたが、その 5年後の34年に入庁しましたから、戦後の道路整備のかなりの部分に携わってきたことになります。
この間に、道路建設は、資材が木材から鉄やコンクリートへと変わったため、今日では滅多には木橋にお目にかかることもなくなりましたね。また、未舗装の道路を自動車で走るということも少なくなりました。
私が道路課長の時に、夕張から芦別へ抜ける桂沢ダムの奥に、延長80キロの開発道路が完成し、新聞に大きく報道されました。ところが開通から何日か後に利用者から苦情の電話がありました。聞くと大部分が砂利道になっているとのことで、その方は『今どき道路は舗装して当たり前。未舗装の道路は、道路でなくて地球だ』と仰ったので、思わず苦笑したことがあります。
しかし、春先に砂利道がぬかるんだのはもう過去の話です。
――道路整備の進捗で、思わぬ副産物や新たな課題も発生したのでは
鵜束
戦後、道路の整備は飛躍的に進み、道路の舗装率はかなり高まりましたが、その間自動車保有台数も著しく伸び、交通事故や騒音、排気ガスなど負の部分も増大しました。
例えば、北海道でなかなか返上できない交通事故死全国ワースト・ワン、東京の首都高速道路の渋滞、騒音公害、大気汚染などです。しかも、これらはドライバーみんなが、加害者であり被害者という構図になっています。
冬期の自動車交通に関して画期的だったのは、スパイクタイヤの登場でした。このタイヤの登場によって冬期の自動車の利便性は大きく向上しました。しかし、スパイクタイヤの負の部分、車粉公害に我慢ができなくなり、スタッドレスタイヤが開発されたわけですね。そして現在、環境汚染は大幅に改善されている。
また、今後の道路整備に関しては高齢化社会への対応もしっかりしなければなりません。最近は70歳や80歳の高齢者でも、ハンドルを握る人が多くなっています。高齢ドライバーはどうしても運動神経や視力が衰えていますし、運転技術のレベルに差があります。車の性能は年々向上しているため、車を乗りこなせない高齢者も増えています。しかも、見通しが悪かったり、こう配のきつい道路もかなりありますから、高齢化対応の道路づくりが今後の課題になるでしょう。見通しを良くするなど、道路の安全性を高める必要があります。高齢ドライバーに対応した道路づくりとして、標識や照明などソフト面の配慮が必要になるでしょう。
また、整備の仕方も問われるようになってきました。これまでは、木から鉄の橋に変えるなどハード面の整備を推進すること自体が良いことでしたが、最近はそうした整備手法が、必ずしも肯定されない雰囲気になってきました。
――量から質に変わってきたということでしょうか
鵜束
そうですね。例えば、河川工事はこれまで水害防止が最大の使命でしたが、最近では魚の棲める川にしたり、鳥が来るよう川岸に樹木を植えるなど、河川整備を取り巻くニーズが多様化しています。高度成長時には、とにかく効率性や経済性を追求してきましたが、その結果、今では逆に水に親しむ川づくりというようなことが脚光を浴びています。
また、資材もかつては川にある大きな石や竹、木材のような地元の資源を生かして整備してきたのです。木は腐れば土に戻ります。しかし、木や竹、石を使う設計を今したところで、それらを組み合わせて作る職人がいないのです。
それから、公共施設の建設に当たっての文化の差というようなものを感じるときがあります。ヨーロッパで、作るのに“何十年”、供用されてから“何百年”という石橋などを見るとき、私が担当した“30年前”の永久橋はもう存在しないからです。どうも日本の公共施設建設は木と紙の文化を鉄とコンクリートに置き替えただけで突き進んできたような気がします。今、建設産業は大量の産業廃棄物を吐き出し、アスファルト塊やコンクリート塊などでリサイクルが始まっているものの、各地で不法投棄が問題化しています。
問題は、そうしたゴミになった時にどうなるかを考えていたかどうかです。車や冷蔵庫、テレビにしても同じことが言えます。これまでは経済性や効率性を追求しながら整備してきましたが、今後はもっと環境に配慮しなければ前に進めなくなるでしょう。
もう一つは公共事業への住民参加のあり方です。行政がどこまで対応するのか、それに住民がどう関わるのか、その辺の役割分担も大事です。例えば、水に親しむ川を整備したものの、誤って子供が川に転落したらどうするか。「そこに柵がなかったから」という指摘を受けることも予想されます。とはいえ、行政が慌てて柵を設置すると、水に親しむ川のイメージが台無しになります。利益ばかりでなくリスクもあるわけですから、誰が責任を取るかも問題です。
外国では遊泳禁止場所で泳ぐ人がいても、特に警告はしないそうです。それは自己責任の原則が貫かれているからです。日本では禁止しても泳ぐ人がいて、事故に遭うと監視態勢が不十分だと批判されます。何でも行政に依存する姿勢です。これは、言い換えれば税金に依存することなのです。
――住民の権利意識と、社会的責任感との間にバランスが取れていないとの印象は受けます
鵜束
例えば、流雪溝などは、施設自体の建設は決して難しくありません。しかしこの施設は、地域住民が自力で雪を捨てることを基本にしており、住民同士で投雪時間をきちんと調整するなどルールを徹底しなければうまく機能しません。権利意識と責任感のバランスは、こんなところでも問われることになります。
また、行政が住民の声を聞くことは大事ですが、問題は賛成であれ反対であれ声の大きい意見ばかりが取り上げられるようになることです。といって、全部が賛成するまで待つのでは何も進みません。住民の総意といっても決して100%ではありません。少数の反対者にどのように対応すべきなのか、行政としては常に苦渋の選択を迫られてきました。日本は議会制民主主義国家ですが、議会と住民の意見がいつも一致するとは限りません。
かつて社会資本が量的に貧しい時代は、少しでも状況が改善されるならそれで良かったのです。それが徐々に整備のレベルが上がってきて、「せっかく作るならもっといいものを」「もっと便利なものを」と住民の要求が多様になっているのです。
これからの行政ではいろいろな分野で住民参加が必要な場面が増加し、これの対応が役所にとって一番大事な仕事になっていくでしょう。
――今後、北海道において求められるものは何でしょうか
鵜束
道路について言えば、舗装率は本州府県より整備が遅れているといわれていますから、本州並みにレベルを上げていく必要があります。しかし、先にも触れた高齢化対応、カーブやこう配、さらに除雪の問題をすべて税金で対応することはできないでしょう。したがって、住民とどう折り合いを付けるか、行政と住民との双方が歩み寄らなければなりません。北海道は積雪寒冷地という特殊事情があり、これだけは変えようがないので、行政も住民も知恵を出しあって、雪国の暮らしを豊かで楽しいものにする状況を作り上げていくことが必要です。
北海道は住民の暮らし方や、市街地の形成が本州とは違うので、何もかも本州並みにする必要はありませんが、全国どこに住んでも同じ生活レベルを確保できるようにすることが政治の責任であり、また行政の責任だと思います。道路、河川、港湾など北海道の条件に合った整備を推進すべきでしょう。
戦後50年が過ぎ、世の中の変化に応じて土木施設も変わってきましたが、今まさに少子高齢化に対応してもっと早いスピードで変わらなければ、楽しく豊かにとはなかなかならないのかも知れません。
――本州とは技術面の違いはありますか
鵜束
道路舗装の厚さを見ると、本州よりも北海道のほうが厚くなっています。それは要求される性能が違うためです。北海道では寒さや雪の条件に対応した舗装が求められます。東京などでは多くの幹線道路の騒音が環境基準を上回っているので、騒音の発生しにくい舗装が求められるようになっています。
私も長く道路管理者の立場にありましたが、ドライバーには、冬でも夏と同じように走りたいという要望があるのです。無理な注文とも思いますが、私が道路課長の時、冬季交通の安全は「運転者、車、タイヤ、道路環境のオーケストラだ」と強調しました。どれ一つでも欠落していれば、安全は確保されないからです。
ところが、“アイスバーンだったから”などということで、ほとんどの人は自分の運転技術を棚に上げ、道路環境だけが常に批判の的にされるのです。
しかし、除雪作業にも限界があり、今日もたくさんの除雪車が出動していますが、無限に夏と同じ状況を確保することは不可能です。費用で考えると、どんなに大雪の日でも9時に会社に到着できるよう除雪をしようとすれば、コストが急激に上昇するのです。人も機械もふつうの何倍も投入しなければならないからです。
したがって、冬の生活や生産のパターンを考え直すことも必要かも知れません。
――道民はそれを理解していないのでしょう。北海道土木協会として、それらについてのprに重要な役割もあるのでは
鵜束
協会としての、基本的考え方は、土木行政を補完して私たちの暮らしをしっかり支えている道路、河川、上下水道、港湾、空港など多くの公共施設に対する道民の関心と理解を高め、時代のニーズに合った公共事業の推進にいささかなりとも貢献したいということです。
例えば今年度で3回目になりますが、写真コンテスト「土木の風景」を行っております。今年度は全道から101名、230点の秀作の応募がありました。これらの作品の展示などを通じて土木施設の重要性と建設に理解を深めて頂きたいと考えているものです。
また、各地の土木施設に関するイベントにも積極手に参画しております。まだまだ力不足の協会ではありますが、そうした課題を解決しながら、少しでも土木施設や、その建設、維持のために働く人々の社会的イメージを高めていきたいと思います。

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