建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ1999年2月号〉

interview

公共事業の景気浮揚効果はなぜ現れない

行政だけでなく業界の努力も必要

北海道建設部長 尾形 浩 氏

尾形浩 おがた・ひろし
昭和14年10月27日生まれ、士別市出身、士別高、室蘭工大卒
昭和 38年 入庁
49年 旭川土木現業所都市施設係長
53年 土木部管理課主査
57年 釧路土木現業所事業課長
59年 企業局企画開発課主任技師
61年 土木部道路課高速道室主幹
62年 旭川土木現業所技術部長
63年 土木部道路課参事兼市町村道室長兼高速道室長
平成 2年 同道路課長
3年 札幌土木現業所長
5年 土木部技監
7年 後志支庁長
9年 現職
失業率全国1位という不名誉な地位が示すように、北海道経済は現在、どん底にあるが、それを支えているのは、公共事業による建設産業へのテコ入れである。しかし、マスコミ批判にさらされ、財政難に喘ぎながらも行政は公共投資を行っていながら、今なお景気浮揚の萌芽すら見られないのはなぜか。あるいは、公共投資の真の効果に、我々が気付いていないだけなのか。北海道の公共事業を担う尾形浩建設部長に、これらの疑問について語ってもらった。
――北海道拓殖銀行の破綻で、北海道経済は大きな影響を受けましたが、現況についてどう認識していますか
尾形
北海道経済は、産業構造の転換が立ち遅れ、官公需に依存する傾向が強く、経済的な自立を図るための体質改善が急務となっています。特に、平成7年度の需要に占める公的部門の構成比を見ると、全国の19%に対し、北海道は27%という割合で、端的にそれが現れています。
産業別構成では、第1次産業と第3次産業のウェイトが高く、第2次産業のウェイトが低い。その中でも、建設業のウェイトが高く、製造業のウェイトが低くなっています。また、平成9年11月に、北海道経済に大きな役割を担ってきた北海道拓殖銀行が破綻し、それ以来、地域経済は極めて厳しい状況にあります。
こうした状況を踏まえ、国は平成10年4月に決定した総合経済対策の中で「北海道経済に関する措置」を掲げ、公共事業の過去最高の前倒し執行や、北海道への傾斜配分などの各種措置を講じてきました。
北海道としても、景気の早期回復を図る観点から、公共事業の早期発注や補正予算措置などによって、より実効性のある対策となるよう取り組みを進めてきているところです。
――予算補正後の発注状況について、昨年の中間までは建設業界から発注率が低いとの声も聞かれましたが
尾形
しかし、道としては経済・景気対策推進本部の会議において、公共事業、関連単独事業などの効果的な執行方法について基準を決めて実施してきました。
例えば、上期の公共事業の執行に当たっては、85%程度の執行率を目途とするほか、早期発注に努めるとともに、前年度補正予算の執行に引き続き、切れ目のない執行に努め、春先からの工事量の確保を図ることなどです。
また、投資単独事業については、上期において60%程度の執行率を目指すとともに、公共事業についても、早期に発注するよう努めることを取り決めて実施してきたのです。
景気・経済対策予算や総合経済対策関連予算は、景気の早期回復と道民生活の安定向上を図るため、早急かつ適切に執行されることが肝要です。したがって、私たちも、これらの観点から、早期発注に努めてきたわけで、実際に当初予算と2定(第2回定例議会)補正分を含めた上期の執行率は80%を上回るものとなっています。
今後とも、事業の早期執行に最大限の努力をし、景気回復の下支えを図っていこうと考えています。
――公共事業の景気浮揚効果については、以前からマスコミやエコノミストが疑問視している風潮があります
尾形
社会資本整備がもたらす効果は、直接的な経済効果にとどまらず、生活と経済社会に対して多様な面で重要な役割を果たしているのです。特に、本道経済は先に述べたように、全国に比して公共投資に対する依存度が高く、本道経済もそれに支えられて来た経緯があるのです。
公共事業投資の成果物としての社会資本と、その供用がもたらす効果には、大きく分けて、2つのものがあります。
一つは、建設整備にあたって投入される資材や、労働を調達する経済活動としてのフロー効果であり、もう一つは、出来上がった社会資本が利用されることによる、様々な効果としてのストック効果です。特にストック効果は、公共事業の多様な現場から想定されるように、その目的と同様に多様であり、その効果のすべてを完全にとらえることは簡単ではありません。
つまり、社会資本の利用などから得られる果実は、市場価格の形で評価できるものばかりではなく、快適性、安らぎ、安全、環境など直接的な貨幣価値に置き換えて評価することが難しいものもあるです。
特に、現代では、これこそが重要であり、社会資本整備の大きな目的ともなってきているのは事実です。
繰り返しますが、フロー効果についても、平成10年10月20日に発表された経済企画庁の「短期日本経済マクロ計算モデル」においては、1994年に作成した「経企庁世界経済モデル」の国内部分を4年ぶりに改訂し、新モデルと過去のモデルとの比較を行った結果、90年代に入っても、公共投資の景気浮揚(乗数)効果は低下したとは言えない」と結論づけています。
――政府も自治体も、公共事業批判にさらされながら、しかも財源不足に苦悩し、赤字財政への不安を抱きながらも国債、自治体債を発行して、懸命に執行しています。それは、関連産業が多岐にわたる建設業界に、景気の先導役としての機能を期待し、効果的な所得再分配の役割を託してこそと思われますが、それでも、浮揚効果が目に見える形とならないところに、各界の批判の根拠があるのでは
尾形
公共事業の景気浮揚効果については、現在、種々多様な研究も行われていますが、はっきりした結論は出ていないと思います。。
問題は景気浮揚対策としての、社会・経済活動、人々の生活を支える公共事業の中身だと言えるでしょう。
――公共事業の重要性を再認識させられる場面の一つとして、皮肉ではありますが災害があります。しかも、その被害が大きければ大きいほど、重要性が痛感されるといえるでしょう
尾形
確かに、昨年は8月末の大雨、さらには台風5号・7号と、わずか1ヵ月に満たない間に、度重なる集中豪雨に見舞われました。その災害で被害を受けられた道民の皆様には、心からお見舞いを申し上げます。
今回、本道における災害をもたらした大雨は、総雨量は広尾町で315oを記録したのをはじめ、南茅部町で1時間雨量73oと、記録的な豪雨でした。
災害は、こうした豪雨に対して河川の流下能力が不足していたことなどが原因でした。実際、河川が未整備の地域で数多く災害が発生していることから、今後は、より一層、治水事業の推進を図ることが必要だと考えています。
本道は開発の歴史も浅く、河川の整備は遅れていることから、洪水被害の頻度が多く、緊急性の高い河川などを重点に整備を進めていきます。
――災害時の対応や景気対策の窓口としての建設業界に、いま何を期待しますか
尾形
本道の地元中小建設業は、それぞれの地域において生産を活性化し、雇用を拡大するなど、地域経済を支える基幹産業として大きな役割を果たして来ています。
しかし、建設業界が現在の厳しい状況を乗り越えて行くためには、各企業が経営基盤の強化に努めるとともに、時代の要請に応える技術開発の推進を図ることが重要な課題であり、今後とも地域の雇用、経済に大きな役割を果たして行くことを期待したいと思います。
――確かに、建設業界は自己資本比率が低く、しかも最近の報道では、債務の償還率が、いわば駆け込み融資の増大により、むしろ低くなっているといわれるなど、経営、財務体質に関する批判があります
尾形
したがって、私たちとしても経営基盤の強化に努めて欲しいところです。まず、各企業の経営者層が、自社の財務内容を再点検するなど足元をしっかり見つめ直すことです。
そして、1社あたりの受注額の伸びが期待できない状況の中、建設現場での生産性の向上や効率的な経営によって利益率の改善を図ること。
また、企業連携や協業化など組織化により経営力・施工力の強化や新たなフィールドの開拓を図ることなどが必要だと考えます。
――最近では、建設業界は単なる請負産業ではなく、pfiやveなど、自ら企画して営業し、しかも、その技術力とアイデア、引いては企業としての存在価値を積極的に評価されるよう行動すべきだとの考え方があり、実際にその方向に向けての動きもあります
尾形
そうですね、建設技術の開発のための企業努力としては、省力化・効率化に向けた技術開発が一つのテーマとなるでしょう。
また、施工の機械化やロボット化など、建設作業の省力化・効率化に向けた技術聞発、設計から施工、維持管理に至るシステムなどソフト分野における技術開発なども求められてきます。
さらに、施工環境改善へ向けた技術開発も必要で、全天候型技術や冬期施工技術の開発・普及などを進めるとともに、作業の定型化・効率化を促進するなど、施工環境改善へ向けた取り組みや、これを担う技能者や多能者の育成などが必要だと思います。
とにかく、従来の建設業の範囲にとらわれることなく、地域の中で何が出来るかという立場で経営を進めてほしいものです。
――21世紀には、北海道開発庁が国土交通省に統合され、既存の北海道開発予算10パーセント枠の確保は難しくなると思います。そうした制約を考慮し、これからの事業執行方法について、どう考えていますか
尾形
公共事業によって形成される良質な社会資本ストックは、現在及び将来の道民の安全で快適な暮らしや、社会経済の発展を支える基盤であり、必要な整備を着実に進めて行くことは今後とも必要です。
しかし、従来型の経済成長は望めないでしょう。開発予算もさることながら、少子・高齢社会への移行に伴い投資余力が減退していく中で、これまでのような公共投資を確保することは難しいのです。
しかし、北海道の発展のためには社会資本の整備は今後とも必要であり、本来の目的であるストック効果を重視し、質的転換を図って行くことも必要です。
したがって、限られた財源を有効に活用し、投資の重点化などを図るとともに投資の質を高め、投資効果の向上を図ることや、建設コストの適正化、事業間調整の強化などにより、事業の効率性の向上を図りながら必要な社会資本の整備を着実に進めていくことが大切だと考えています。

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