建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年11・12月号〉

interview

(後編へ)

“水都(みなと)”新潟

次の計画に繋がる「第四次総合計画」が大詰め、下水道50周年記念…

日本海側初の“政令指定都市”誕生へ向けての序曲はじまる
綿密な「パーソントリップ調査」を通じて、新たな新潟市の姿を模索する

新潟市都市整備局長 鈴木 実 氏

鈴木 実 すずき・みのる
昭和 41年 新潟大学卒業
昭和 49年 新潟市入所
平成 4年 駐車場対策室長
平成 6年 雨水対策室長
平成 7年 下水道建設課長
平成 11年 都市計画部長
平成 13年 都市整備局長
現在に至る
日本海側最大の人口を抱える新潟市は、潤沢な水と肥沃な土地によって支えられ、合併が進めば70万人を超えると予想されている。現在、「第四次総合計画」も大詰めを迎え合併論議が進むなか、新潟都市圏の総合都市交通計画を策定する「パーソントリップ調査」が始まった。総合計画の進捗状況とこれからの計画について、また下水道、道路などのインフラ整備から合併、それに伴う人の流れ、都市に関連したあらゆる事象について新潟市都市整備局長の鈴木実氏に語ってもらった。
――まずは、新潟市の“街づくり”に対するポイントをお教えください
鈴木
新潟市のこれからの“街づくり”は、広域合併を見据えて進めていく必要があります。また現在は、第3回目となる「パーソントリップ調査」が始まっており、合併はもちろん、計画段階である新潟駅の連続立体交差化事業を踏まえ、「広域的な都市交通はどうあるべきか」を考察しています。新潟市は、日本海側最大の都市として発展してまいりましたが、今、中心市街地の活性化が大きな課題となっております。また、下水道整備については、本市の最重点施策の一つとして進めてまいりましたので、この点についてもお話をしたいと思います。
――平成7年から始まった「第四次総合計画」が後半に突入しましたが、現在の進捗状況をお聞かせください
鈴木
「第四次総合計画」は、平成7年から平成17年までの“11年間”の計画を立て、さらには、その3年毎に「実施計画」を立ててきました。第一次の実施計画が平成7年〜9年、第二次が平成10年〜12年、そして現在の第三次が最終の5ヵ年で平成13年〜17年となっており、今年で2年目です。半分が過ぎたことで、実施計画に沿った整備がほぼ進んできています。
「第四次総合計画」は、「市民一人ひとりが光り輝き、人間として尊重される、市民主体都市の創造」を基本理念として策定され、これに沿った街づくりを進めています。この後に触れますが、新潟市は今、広域合併に向けて非常に大きな動きがありますから、「第三次実施計画」を着実に実施し、次の「総合計画」につないでいきたいと思っています。次の総合計画は、やはり合併に伴い様相が変わっていきますので、今後、これらの状況を視野に入れて策定に入っていくことになります。
一方、都市整備局では「快適生活都市」のテーマを掲げ、「下水道事業」で安全・安心で快適な街づくりを進めています。新潟市の下水道事業は、昭和27年に公共下水道事業に着手し、今年でちょうど記念すべき50年目にあたります。総合計画の上でも、新潟市の最重点の事業として位置付けてきました。ここ約10数年間では毎年の普及率が3%以上を達成し、10年間で35%の向上となり、平成14年度末には72%まで達する予定です。
50周年を迎えることで、9月7日には記念行事を開催しました。これからの下水道は、維持管理、さらにはサービス水準を上げるという中で、未来の世代を担う子ども達が一番重要になる観点から、広く子ども達に下水道の役割・意義を覚えてもらおうと、記念誌として3部作の絵本を作成し、配布いたしました。特に、「下水道の月(げっ)・水(すい)・土(ど)」のタイトルで、新潟市の下水道のあゆみを1週間にあてはめ、月曜日を「過去」、水曜日を「現在」、土曜日を「未来」となぞらえ、下水道に関する絵を各世代の市民の方から参加をいただき描いてもらいました。新潟はもともと“水の都”と言われる様に、市内縦横に“堀”があったのですが、現在はその堀も道路に変わってありませんので、昔の思いとして「月曜日=過去」として、78歳の方に“堀の有った風景”を描いてもらい、「水曜日=現在」は、新潟の関屋分水、信濃川という中で街が発展していますよ・・という意味で、24歳の方に描いていただきました。「土曜日=未来」については、これから次の世代を担っていかれる9歳の方に「こうあって欲しいな」という願いを描いてもらいました。この他の記念行事としては、これを機会に、市内でも大きな処理場である中部下水処理場内に、下水道資料館を整備してまいります。
また、この他では、同じ中部下水処理場の中にある周辺の緩衝緑地を利用できるようにしました。場内は緩衝緑地として、植栽した樹木が広い幅で森を形作っており、今までは管理上、外側に柵を回していましたが、それを今回は止め、場内で特に危険な所についてはそこから行けないように柵を内側に設置し、外側を自由に市民の方々に散策してもらおうという試みです。栗の木も植えており、秋になれば栗拾いができますので、色々と楽しんでいただきたいという思いもあります。
下水道普及率の向上など“環境整備”に力を入れてきましたが、新潟市は平成10年8月4日に時間97mmにも及ぶ100年に1回を超す集中豪雨にみまわれ、大きな被害が発生し、より一層総合的な雨水対策について重点的に取り組んでいます。これも将来に向けて、新潟市の街の安全性から見てどうしても必要という観点から、雨水対策は二面的に行なっています。その一つは排水能力の強化で、もう一方が、雨水流出抑制の推進です。ただ「排水能力を強化して大雨に対応します」と言っても、国の補助基準があったり、投資額もむやみに増やすことができないことから、降った雨が直接、短時間に下水道管に流入しないように、雨水流出抑制の推進にも力を入れているのです。
排水能力の強化については、市内では「船見処理区」、「白山関屋排水区」、「坂井輪排水区」と、3年や5年確率で起こる雨に対応したエリアが多いですから、これを10年に1回の雨に対応する能力に改善を進めていきます。「船見処理区」は、ほぼ8割程度完成しており、近年の集中豪雨に効果を発揮いたしました。「白山関屋排水区」と「坂井輪排水区」については、新たに建設中の関新ポンプ場と小新ポンプ場はそれぞれ毎秒約25Fの大きなポンプ場であり、それに繋がる幹線管渠の築造を行なって、平成16年度にはポンプの運転を開始し供用する予定となっています。
今お話した3箇所は、現在あるものをさらに能力アップさせる雨水改善事業ですが、次にお話しする「物見山排水区」については新規排水区であり、計画的な整備を進めております。信濃川から阿賀野川の間の海岸に沿った地域で、新潟空港の近くに毎秒36.5立方メートルと、本市では最大の下水道ポンプ場となる「下山ポンプ場」を建設するもので、少し先になりますが、平成20年頃の完成を目指し土木工事に着手しました。
雨水流出抑制についてでありますが、市内の学校や公共施設のグラウンドに規模の大きい雨水貯留施設や浸透施設を毎年計画的に整備しています。また、新潟市の大きな特徴は、住民の皆さんの宅地に雨水を浸透させる“桝”や、それを貯めて利用する雨水貯留タンクに対して、ほぼ建設費が賄えられる程の助成をしている事です。始まってちょうど3年目になりますが、今年はすでに1万ヶ所を超える希望があるなど、これだけ急速的に普及が進んでいる所は全国的にも無いと聞いております。これは、住民の方々が洪水や浸水防止に自ら参加をして「街を安全にしよう」という住民参加の意識の醸成にも繋がります。自分の責任で「水を出さない」という目標で、行政と一体になって行なっていくことも一つの目標としています。
――最近は公共事業に批判的な意見がありますが、「全く要らないのか」と言えばそうではなく、反対に永久的に必要なものですから、それについて一人ひとりがあらゆる角度から考えていくべきです。自分一人では生きてはいけませんし、誰かのせいではなく、自分で自分の身を守ることが大切で、より良い生活をしていくためには一体何が必要なのか・・ということですね
鈴木
そうですね。だから、これからのあらゆる公共事業も含めて、常に市民との対話を大切にし、市民の皆様も直接自分も参加しながら、同じ目的に向かって事業を進めているんだよ・・ということですね。自分のためにやっている・・という意識が沸くような施行のしくみが大事です。
――そういう取り組みもそうですが、例えば、普段に人がシャワーを浴びたり水を飲んだりする“水”というのは、この地球には広い海がありますが、実際に飲める水はほんの数パーセントです。下水を処理し、きちんと生活に行き届くようにする過程において、皆さんの協力無しではできないこともあります。特に下水道整備は際立って見える工事ではないのですが、社会基盤として、清潔面から見ても一番必要なものですね
鈴木
新潟市の下水道の普及は割と遅いのですが、それには幾つかの要因があります。今お話したように、建設事業に着手したのも戦後で遅く、昭和39年に予定された「新潟国体」を目標に、一番最初の処理区である「船見処理区」で処理を開始しました。国体にあわせてようやく処理を開始したのですが、その国体が終わった直後の6月16日に新潟地震が発生し、ほとんどの下水道施設が壊滅的な被害を受けたのです。念願の供用開始だったのですがすぐに中止となり、それを復旧して処理を再開したのは昭和42年のことで、それからまた数年掛かってようやく船見処理区の普及がほぼ100%になったという経緯があります。このように大災害にみまわれるなど、不運な面もあり遅れておりましたが、ここ10数年間は、下水道整備を市の最重点施策として相当な投資をしながら、普及率を毎年3%以上に向上させてきたのです。
――ここまで急激に復旧してきた要因はどこにありますか
鈴木
今の長谷川市長が下水道事業を最重点施策に位置付け、積極的に進めて来られたので、我々職員もそういう意味では大変やりがいがありましたね。
――そうした“より良い社会”を陰で支える社会基盤整備が、本当の意味で大切な整備になりますね。それでは、局長が言われていた一番のメインとなる“合併”についてお話しください
鈴木
新潟市は、明治22年に市制を施行して、これまで3町12村と合併して大きくなってきました。どこの市でも明治以降は合併しながら大きくなってきたと思います。
そうして合併したそれぞれの地域に重要で特徴ある都市機能を配置し、全体として新潟市の総合力や魅力を発揮してきました。特に新潟市は、対岸諸国をはじめ、国際交流を古くから進めてまいりました。
今は、合併が全国的に叫ばれていますが、本市もより機能的な都市を目指すために、現在は“中核都市”ですが今後はさらに“政令指定都市を目指そう”と、合併に大きな期待を寄せております。
21世紀初頭の2001年1月1日に、隣町の黒埼町と合併をしました。そして、今年の9月5日に任意の合併協議会が発足し、ここには豊栄市、白根市、亀田町、横越町、西川町、味方村、月潟村、中之口村、潟東村、及び新潟市を含めて10の市町村が参加し、合併に向けての協議をしてまいります。
また、先般、新津市の市民アンケートで大半の人は「新潟市と合併しよう」という意見を持っていることが明らかになったので、次にはこの合併協議会に入りたいとしています。また小須戸町も合併したいという意向があり、首長さんから私共の市長にお話がありました。次の協議会までには2市町が加わり、もう少し大きな協議会になっていくと思います。
現在は、黒埼町と合併をして面積が232ku程度で、人口は、平成12年度の国勢調査ベースですが52万7千人程度となっており、これで新たに12市町村が合併をしますと、面積にして614ku程度、人口は約77万人と大きな都市規模となります。この広さは人口規模から見ますと、全国的には広い方ではありません。
合併の目標ですが、平成17年3月が合併特例法の期限となります。地方自治法上では人口50万人以上になると、「政令指定都市としての人口要件を満たします」ということですが、これまで運用上は、現在の人口が80万人以上を有し、近い将来には100万人になることが確実であれば“政令指定都市”ということになっています。その他の条件ではそれなりの都市機能、行政能力などのあることが必要でありますが、特例法の期限内に人口が概ね70万を超えれば、「政令指定都市の人口要件については良いのではないか」というのが現在の総務省の考えになっています。我々もぜひ、平成17年3月の前までには、これら市町村と合併をして、政令指定都市を目指したいですね。
合併により政令指定都市になることで、財源と執行能力が強化されますから、行政サービスや福祉の向上をさらに目指していきます。特に、合併の方向付けということで、今年の7月にこれらの市町村と一緒になって、“これからの街づくり”、“将来は何を目指すのか”という「新潟都市圏ビジョン」を取りまとめました。この「新潟都市圏ビジョン」での新潟市の将来としては、“大都市”の特性である「政令都市性」と、都市圏の大きな特徴である「田園都市性」という観点が重要であると考えております。
新潟市は合併する範囲となる約600平方kmの中に“山”があまり無く、ほとんどが平野部で水田が広がっており、農業生産力の高い恵まれた土地と、農村的な環境も共存しているという「田園都市性」も持っており今までの政令指定都市には無い面がありますので、この二つの特性が調和、共存したような都市を目指そうとしています。ただ、拠点的な施設だけがかたまっているのではなく、その外側に田園が拓けて、農業生産的にも高付加の農業を進めていくことができる都市にしようと、本ビジョンで提案しています。
合併した場合の「新潟都市圏の骨格構造」は、新潟市を中心とした都心部と各地域の拠点を結ぶ軸線の形成を考えており、その軸線については東西南北方向の4つの軸線を提案しています。「北部軸」は、新潟市、豊栄市、聖籠町という方向を意識した新潟海岸に沿った北側の方に行く軸線です。それから、「東部軸」が新潟市・亀田町・横越町、新津市、小須戸町の方向軸。それから「南部軸」が、新潟市・白根市・味方村・月潟村・中之口村を結び、「西部軸」が、新潟市・西川町・潟東村の方向となります。それぞれの軸線に沿って地域連携が図られ、情報や「人ともの」の交流が進むように考えていきます。
都心及びその周辺部は、商業地の中心であるとともに、国・県の機関が立地し、一方、国際空港や万代島再開発など国際交流拠点の整備が進み、行政機能や国際的役割の一翼を担う地域となります。北部軸でありますが、ここは工業系の生産性を主体とした地域で、新潟港の東港を核にしながら、工業拠点、対岸貿易の玄関口としての役割を担っていきます。先程も「山があまり無い」と言いましたが、東部軸には新津の丘陵部があり、この恵まれた自然特性を活用した自然体験型レジャー機能や、学術・研究機能の形成を目指します。
当然こうした広域の各拠点が、連携・交流していく必要性があり、地域連携と交流促進に必要な交通網の整備が、これから一番重要になります。
新潟市の周辺の市町村を結ぶような形で、環状道路の形態をした“大外環状線”というルートが、先般の「第2回パーソントリップ調査」の中でも提案されています。今後は、地域の環状道路としての機能と地域連携を果たす意味で、大外環状線の整備がどうしても必要なので、これは国、県に対しても働き掛けていきます。現在は、国が直轄で調査中ですので、大きく期待しています。そのためには、道路の各軸線の幹線道路、鉄道、そして中心の都心部周辺については、新交通の検討も必要ですので、今後はそれを見通して街づくりの計画を立てていく必要があると考えています。
――そういう協議も含めて最近では、「第3回パーソントリップ調査」をされたのですね
鈴木
ええ。ちょうど、第3回目のパーソントリップ調査が今年度から始まり、調査期間が平成14、15、16年の3ヶ年ですから、合併を平成17年に目指す中で、ちょうど期間的に平行しながら進んでいくことになります。お互いに両方のものが影響しながら、調査が進むと思います。そして、パーソントリップ調査については、国、県、そして新潟市で共同し合い、周辺の市町村を含めながら、新潟都市圏の「総合都市交通計画」策定のため協議会を創り、現在進めています。この検討範囲は、新潟市が合併しようとしている範囲からもう少し広がった範囲で、26市町村となっており、人口は106万人であります。もう少し大きな都市圏として、新発田市も含めた中で、都市交通の在り方について検討していきます。
今年の14年度は、いわゆる人の流れを捉えるパーソントリップの実態調査を実施し、来年その分析にあたって、再来年には今後目指すべき方向の提案を行なっていくスケジュールになっています。今色々と言われているのは、自動車交通から公共交通に転換しながら環境を保持していこうというもので、もう少し経済性についても投資を含めて再検討が必要ではないかという意味合いから、新たな計画を立てる必要がある時期だということですね。
今後の交通政策の課題として、現在の自動車交通の依存をどう考えていくのか、今は道路を整備しても新たな自動車交通が発生して、なかなか渋滞が緩和されないという矛盾が出ていますから、今のままで良いのかという観点で、現状推移型、現状維持型、現状転換型@、現状転換型Aという4つの案を検討しています。 
「現状維持型」は、今までの考え方で計画を進め道路を建設していきましょうという案で、それを将来予測した場合どうなるかというものです。「現状推移型」は、さらに自動車交通の容量を増やしながら・・という案です。「現状転換型」は、そういう自動車交通依存型から公共交通の方にもう少しシフトしようという案で、「現状転換型@」は、中心部については、今の状況から見ると、新たに多くの車はなかなか通せない状態ですし、中心市街地の衰退や自動車交通の問題などが多いということで、中心部には公共交通を主体に考え、郊外部はこれまでと近いような形で、自動車交通で周辺地域と繋いでいこうという案です。全体としては転換を図るのですが、部分部分に、その場所にあった交通体系が何なのかということを検討していきたいと考えています。
新潟市では、この「現状転換型@」をイメージしながら、これから進めるべきと思っています。ちなみに「現状転換型A」は、超低床型バスやlrtなどを導入し、都心部だけではなく広範囲で公共交通に変えようという案です。
――現在も循環バスが通っていますが、最終的にはより便利な循環バスや、例えば、路面電車を導入していこうというものでしょうか。高齢化社会にも入ってきており、地下鉄は階段の上り下りが大変ですが、その点で、街と一体化させるためにも路面電車が有効という意見もありますね
鈴木
そうですね。新潟の中心部分は、やはり公共交通を主体にしていく必要があると思っています。その中で、路面電車、いわゆるlrtを考えています。あるいは、現在のバスでも超低床型バスや、中心街だけではなくそれに接する住宅部分にまで行けるコミュニティ的なバスも考えていく必要があります。
特に、新潟市の都市規模ですと、新交通の交通容量まで増やす必要性があるのかどうか、路面電車程度の交通容量で充分対応できるのかどうかを考え、パーソントリップ調査の中で、どのようなシステムの公共交通が一番適しているのか見通しを付けていく必要があります。新交通となるとどうしても建設費が非常に高く、かつ維持していくためにはそれなりの需要がないと難しいですから、都市規模に合ったシステムには何が良いのか・・を考えていきます。このような見通しの中で、やはり合併も含めてもっと広範囲の中で、交通体系を考えていく必要性があると思いますね。
――計画の整合性を取るためにも色々な案があると思います。この時期が一番重要な期間ですし、この計画をきちんとして練り上げれば、本当に良い街ができると思います
鈴木
ちょうど合併議論をしていく中で、こういう調査ができるというのは良いタイミングですね。

(後編)
6月に開催されたワールドカップサッカー大会。舞台となった自治体はこれをスプリングボードにすべく、都市計画の新しい段階を迎えている。日本開催の開幕戦となった新潟市では、これを契機に、国際化とともに地域化を進めていく方針だ。どのように国際化と地域化を結びつけて都市計画を行っていくのか、人の情報を中心とした都市計画がなぜ必要なのか、鈴木実都市整備局長に詳しく伺った。
――新潟駅の周辺整備についてですが、すでに色々な調査をされていますね
鈴木
新潟駅の周辺整備については、特に新潟市が“政令指定都市”になるにあたって、それにふさわしい玄関口となるよう“新潟駅”を中心とした整備になりますが、その中心となる事業として現在、在来線の「連続立体交差化事業」を県の方で具体的に進める段階に入ってきています。
連続立体する区間については、新潟駅を中心とした約2.5kmであり、この間の鉄軌道を上げますが、これに伴って、鉄道を横断している道路を地平線で結んでいくこととなり、道路計画に併せて必要になる面的な整備等を行う範囲として、概ね170haを計画しております。また平成12年度に、国の連続立体交差事業の着工準備箇所として、新潟県が採択されましたので、今は、基本的な調査を綿密に行なっている所です。
その計画に基づいて、核となる新潟駅の駅舎とそれにつながる駅前広場などを計画して“都市計画決定”をしていく必要がありますので、今年度から、新潟駅駅舎・駅前広場の計画提案競技をいよいよ始めた所です。8月5日の1次審査はプロポーザル的な形で、提出された作品の中からデザイン力のある人を見出していこうというもので、その中で125名の提案者から5名を選定したところです。今年の12月中旬頃に2次審査を行ない、最後の1案に絞っていきますが、こうした1枚の計画提案競技に対して市民も参加し、共に競技を進めていこうという試みは、全国的にも珍しいです。プロポーザルでは各専門の審査員がいて、提案者が提案した中から技術力、独自性はもちろん、地域性が有るのか・・という多角的な立場で選定してきた訳ですが、新潟市では市民と一緒に案を練り上げていくという観点で、主催者の新潟県、新潟市、jrや専門家等による審査委員会の他に、市民参加からなる「新潟駅コンペ市民窓口委員会」というものを市民の方々に設立していただき、そこを通じて、提案者と市民が意見でキャッチボールをしながら、出た案をまた練り上げていくという趣旨で、8月31日に意見交換会を行なったところです。
最初に通過されて2次審査に行かれる方々が“ワークショップ形式”で自分の作品の考え方についてプレゼンテーションをして、その後、それを聞いた市民の方々がそれぞれのテーブルに分かれてその中で議論をします。その結果として、また通過者のデザイナーの方々に疑問点や提案を言って、その意見をデザイナーの方々がどれだけ取り入れるのか、あるいはコンセプトの中にどれだけ反映させるのかを考えていただきます。
意見には正反対もありますから、全ての人の意見を聞くという訳にはいきませんので、例えば“a”のグループが「こういうものが良い」と言っても、やはりデザイナーの方々はその中で、自分のコンセプトと合い、“一市民”の立場としても、出された希望・意見の中で自分はどれを選択していくのか・・という格好になろうとは思いますが、今ある作品をもう少し新潟らしさあふれるものにして欲しい、新潟を表現できる作品にしていって欲しいという目標で、そうした意見のやり取りの全てが公開上でされている訳です。
ですから、先に行なわれた意見交換会も直接テーブルに座って参加する人はもちろんのこと、傍聴する人もいる中で市民参加型の意見交換が行なわれ、審査員もその時は、同じく傍聴席でみなさんの意見をお聞きしていただいています。次の第2段階では、市民が望んでいる物にどのくらい成長した作品となっているのか・・という中で審査されていくことになります。
─新潟駅駅舎・駅前広場計画提案競技─
 全国的にも珍しい、市民が競技に参加する新潟駅駅舎・駅前広場計画提案競技は8月5日に一次審査が行なわれた。審査基準は「コンセプトがしっかりしていること。新潟らしさを具現化しているもの。市民との対話の中で掲載内容の見直しに対応していける技術力とデザイン力をもっていること」。この基準をクリアしたのは下記の5作品。第2段階へ進む5名の通過者は、1段階のコンセプトを活かした上で改めて作品を提案することになる。
詳しくはホームページを。
http://www.niigataekisyuhen-compe.com/
■東京都 関根 伸夫 (滑ツ境美術研究所)

『22世紀/森が駅であった』

外壁に透明ガラスを用い、内外から<森>を感じ合える計画に
■岐阜県 岡田典久 (潟pトス建築設計室)

これまでにない建築空間を新潟のアイデンティティに
■東京都 土橋 健司 (褐建設計)

『丘の駅』

駅前広場を都市のコミュニティ広場として開放
■東京都 堀越秀嗣 (アーキテクトファイブ)

『人・交通・自然が気持ちよく循環するアーバンターミナル』

「分断」をなくし、人々や交通の動線を循環させ新たな風景を提案
■東京都 下田 明宏 (潟fィー・エム)

『サークルウォーク』

新潟の自然歴史を取り入れた駅を舞台にして「環(サークル)」を形成
――8月31日の意見交換会では、10のテーブルが用意され、その中で市民の皆さんがテーブルごとにお話し合いをされたとお聞きしました
鈴木
そうですね。これから2次段階に入って、もう少し詳細で具体的な提案をするために、“基本コンセプト”に基づき対話をしながら、段々と創り上げていくという形になります。
――“新潟駅”という場所は、色々な人が訪れ、そしてそこからどこかに帰っていく・・というように、多くの人々が行き交うところです。一番目に触れる場所ですし、初めて訪れた人々の起点ともなりますから、「新潟はこういうところなんだな」という第一印象を持つ重要なスペースになりますね
鈴木
そうですね。今までお話ししたような目標や経過を踏まえながら、今年の12月中旬頃の2次審査で最終決定をします。これに基づいて、連続立体をはじめとした周辺整備、道路計画を含めて、平成16年度には都市計画決定をしたいと思っています。
――道路関係で言いますと、「ワールドカップサッカー」が無事に終了しましたので、大会運営に備えた道路整備が成功した証でもありますね
鈴木
そうです。新潟市は、今回のワールドカップサッカー大会日本開催の開幕戦の開催地であり、6月1日に試合が行なわれました。それに併せて幹線道路の整備等も進めてきましたが、地域高規格道路である万代島ルートの5.58kmの内、万代橋の下流に架かる「柳都大橋」が国土交通省の施工で5月19日に開通しました。
また、それから下流の河口部に、港湾施設「港口部ルート」の3.26kmの内、新潟みなとトンネルの約2kmが国土交通省の施工で同時に開通しました。一つの河川の中で橋とトンネルが近接して同時に開通したというのは、聞くところによると日本では初めてということです。
また新潟市も、それにアクセスさせる都市計画道路の「秣川岸通線」を併せて整備したほか、新潟駅からサッカー会場に行く都市計画道路「弁天線」が、ほぼ完成断面で整備されたということで、交通処理が大変良くなりました。会場になった新潟の鳥屋野潟にある“ビッグスワン”という本当に美しい競技場では、4万人強の方々が観戦されました。その周辺には多くの住民の方々が住んでいますが、混乱も無く、会場への輸送も大変に良かったと国内外から高い評価をいただきました。
弁天線やこうした幹線道路が大会までに整備されたことで、何万人もの人々が新潟駅に着き、「バスが次々と到着して乗客をさらっていく。すごい!素晴らしい!」と外国人の方が表現をされていました。マイカーをある程度規制しながら、シャトルバスを活用した公共大量輸送の実施について評価をいただいたものと思っております。大会を契機に、道路がある程度整備されたということもありますが、特に今後の公共交通の面で一つの実験となり、今回のルートや交通の在り方がパーソントリップ調査の中にも、“一つのデータ”としてインプットされるのではないかと思っています。
――これからは合併が控えていますし、それに伴った社会基盤整備についてもこれからたくさんあるかと思いますが、まずは「ワールドカップサッカー」を開催した実績ということでの経験は、非常に大きなものですね
鈴木
そうですね。特にそういうイベント時に、大量の人達をいかに短時間に安全に移動させるかということですから、当然今後は、朝夕の通勤時に起こる交通ラッシュについても、公共交通と自動車交通との役割分担等を含めながら考えていきますので、その面では良い経験になったと思っています。
先程申し上げた“ビッグスワン”がある鳥屋野潟の周辺では今後、スポーツ公園の整備や市民病院を移転する計画があるなど、これから“鳥屋野潟南部”の開発が進みますと、今後合併すると南の方は特に伸びていきますので、これから新潟の中心になっていくのではないかと思います。
ワールドカップサッカー大会が成功して、これから歴史的にも非常に大きなイベントとして記録に残され、国際的にも「ワールドカップサッカー大会が開催された市」として、さらに存在感が増してくるのではないかと思います。これが、新潟市の国際化に向けても、非常に大きなインパクトになったと思います。
それから、県の方では来年の5月を目標に、新潟西港に位置する“万代島”で再開発を進めており、国際会議場や展示場となるコンベンションホールのほか、民間で進めている31階のホテル棟が開業します。そのような面で“新潟万代島”は、今後の国際交流の中心になっていくだろうということで、来年のオープニングイベントでは「夢の技術」「未来の暮らし」をテーマに、「ロボカップジャパンオープン」や展示会・シンポジウムを開きます。
――現在取り組んでいる“建築事業”についてお聞かせ下さい
鈴木
それから信濃川沿いにある旧税関に郷土資料館という重要文化財になっている施設があり、現在その近くに、郷土歴史文化博物館を建設中で、平成16年に完成します。旧税関は、明治元年に新潟が5港の一つとして開港した時のもので“運上所”と言いますが、その当時の税関というのはここにしか残っていないそうです。ですからこの中で、“港町・新潟”としての歴史を伝えていきながら、国際的にも多くの人から見ていただけるような施設になるのではないかと思っていますので、文化面、国際面で、今後の新潟の特色を出していきたいと思っております。
――東京都が発端ですが、映画のロケーション地を会社に代わって行政が探すという制度がありますが、これは“街づくり”のprにも直結していますので、新潟市ではそういった取り組みはされていませんか
鈴木
鈴木 新潟市とその周辺での映画やドラマの撮影を誘致、支援するフィルムコミッション「にいがたロケーションネットワーク」が、ボランティアを中心に運営する市民参加型の組織として、発足したと聞いております。新潟の魅力を再発見し、全国に発信できると良いですね。特に新潟の街は、信濃川、阿賀野川の大河により形成された街で「水の都(みやこ)」と言われています。「水辺が豊かな港」ということで「水都」を「みなと」と読ませて、“みなと”と言う呼び名の音と“水”をかけまして、「水都(みなと)新潟」と称しています。
戦後の昭和30年代くらいまでは、市内に西堀、東堀という地名が残っているように、“堀”が縦横に入っていまして、「水の都」と言われる程に“堀”が非常に多かった訳ですが、それが現在では埋められて道路になっています。特に、道路に埋められた理由として、新潟は大変な軟弱地盤で、30年代に地盤沈下の激しい時代がありました。それで、市街地の中の堀などの水位がずっと下がり、信濃川、阿賀野川の水面よりも内水面の方が低くなってしまって排水ができなくなり、堀の水環境が非常に悪くなったのです。そういう事情や自動車交通のめざましい発展もあって当時は、「埋めよう」という市民合意ができました。今の時代から見ると新潟の風情が無くなってしまい、新潟の特徴が無いのではないかと言われています。昔は、新潟の中心街にあった“堀”の周辺に商業地が形成されていったという、他の街に無い特徴があった訳ですから、当時の堀を商業中心市街地のところに復活して、中心市街地の活性化につなげていきたいと思っています。ロケ地ではないですが、そういう新潟のイメージを出せるような所にしていきたいですね。
しかし、道路に堀を復活させるということは、家を退かして広げてということでない限りは、それだけの交通量を確保することができませんので、中心街の中では車やバス、そして歩行者などの交通を棲み分けしながら、一定の場所にゆとりある歩行者空間を創出して、“堀”を復活させるような工夫も必要ですね。今は市民の間でも「堀を復活させましょう」ということで色々な研究や活動をしていますので、堀を復活させて、新潟らしさというものを表現しながら、中心市街地の活性化を図っていきたいですね。そういうものが無いと、ロケーション地になったとしても、一体どこの街なのか・・撮っても分からないですから(笑)。これから市民と創意工夫をしながら、進めていきたいと思っています。
――それが一番重要ですね。ところで、新潟市が中核市になられてからどのくらいになりますか。また、中核市になられて、特に社会基盤整備の面で便利になったこと、変わられたことはどんなことでしょうか
鈴木
“中核市”としては一番最初の指定ですが、平成8年4月の指定で、今年で6年目になります。都市整備局の面から見ると、開発行為の許可や土地区画整理組合の設立許可などについては今までは県だったのですが、市の許認可になりました。新潟市の街づくり計画に沿って秩序ある市街地開発が迅速に行なわれるという点では影響は大きいと思いますね。
また政令指定都市では、中核市と大きく違います。政令市になると、河川や国県道などについても、政令指定都市エリアの部分は新潟市が重要な役割を担う形になります。使う人と計画が一元的にできる点で大きく変わっていきますし、財源も付いてくると思います。
――新潟市程の規模の街であれば、街づくりの観点からいっても、それくらいの権限を持っていて然るべきだと思いますが
鈴木
そうですね。中核市の指定もそうですが、平成12年4月の地方分権一括法施行に伴う都市計画法の改正により、“都市計画決定”が今までは、全て県の都市計画地方審議会で諮られていましたが、今度は“市決定”のものについては、新潟市の都市計画審議会で決定することができるようになりました。市で決定するもの、県で決定するものがはっきりと分けられましたので、そういった面では都市計画もある程度独自性を出していけるようになりましたね。
――決定のスピードがどのくらい変わられたのかという実感はありますか
鈴木
実感から言いますとスピードもそうですが、責任は重くなったと思います(笑)。これまでは、市の都市計画決定についても県の都市計画地方審議会に諮問して最終的に決定されましたが、平成12年度以降、市の都市計画審議会が法定化され、市決定については、市が“市の責任”で決められるようになりました。なかなか厳しい決定もしなければならないこともある訳で、そういう時は自分達の責任で説明する必要がありますから、そういう意味で厳しい面もありますね(笑)。
――最後に局長から、これからの新潟市への期待について一言をお願いします
鈴木
最初からお話していますように、新潟市は日本海側最大の都市ですから、今後もさらに発展していくと思うのです。新潟市は古くから“湊町”と言われているように、特に、市民外交として早くから、ロシアとの友好を進めてきたことからも、北東アジアの交流については先進的な第一歩を記してきましたが、そのような“国際性”が新潟市の一番の特徴なのです。今後は政令指定都市、さらに“日本海側最大の国際都市”に発展すればと思いますね。
日本は弧状列島であり、太平洋側が円の外側で、日本海側は円の内側になります。北海道から九州までの道路条件が同じであれば、日本海側を通った方が確実に短時間・短距離でつながります。特に、新潟市はその“へそ”の部分にあり、北前船が北海道・蝦夷との交易や、大阪への回米を運んだように、昔の海運の“表日本”というのは日本海側だったそうです。
新潟は、地理的なポテンシャルが日本でも一番高い位置にあるのではないかと思っておりまして、国内外から見ても、情報や物の流れが一番効率の良い中心地に成りうる場所ですから、日本の中でも世界の中でも“中心”として発展していきたいですね。
これまでも交通面では、新幹線、高速道路、それから空港、港と、重要な交通基盤が一体的に整備されるなど、着実に発展してきていますから、今後とも物・人・情報の交流拠点を目指した街づくりが一番大事だと思います。
――市民の皆さんの協力も必要ですね
鈴木
そうですね。また、福島県いわき市を結ぶ「磐越自動車道」ができましたが、一昔前は、東北からの貨物などは、大阪方面へは太平洋側の東名高速を利用していました。「磐越道」ができたお陰で、仙台・岩手方面からは磐越道を通って北陸道を経由し、大阪へ入っていきます。これにより、時間と距離がかなり短縮されました。
いずれにしても新潟は、主要都市から300km程しか離れていません。新潟から東京、秋田、仙台、金沢などが、大体300km圏内です。新潟市は、位置的には主要都市の中心になりますね(笑)。昔は、新潟の“親不知・子不知”という北陸の地形的な難所がありましたが、現在ではその難所も高速道路で結ばれ、機能性も格段にアップしています。
位置や地理的条件は絶対に変えられませんからね(笑)。最も経済的に最短距離で主要都市と結ぶことができるというのが“新潟”の主張なのですが、そういう訴えがまだまだ不十分ですね。
――これからですね。今お聞きしますと、整備の余地がたくさんありますから、それだけ可能性が大きいということになります
鈴木
天から与えられた財産をもっと有効に活用するように、もっとみんなで頭を捻りながら進めていきたいと思います。

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