建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年7月号〉

interview

市民との協働で、きめ細やかな事業を進める

創世川通の連続アンダーパス化事業に着手 都心部をうるおいのある空間に

札幌市建設局土木部長 下平尾 文子 氏

下平尾 文子 しもひらお・あやこ
昭和 25年 2月 6日生
昭和 47年 3月 北海道大学農学部農学科卒
同 年 4月 札幌市入庁
環境局緑化推進部公園計画課長、企画調製局計画部都市計画課長、東区土木部長、建設局土木部河川担当部長などを経て、平成14年4月より現職
この4月に、札幌市建設局土木部長に就任した下平尾文子氏は、入庁以来、主に環境局で公園整備・都市緑化などを担当してきた、女性としては珍しい土木系技術職の幹部だ。男女共同参画社会を推進する今日の情勢とはいえ、「男の世界」とされてきた土木セクションでの女性幹部登用は画期的だ。しかし、下平尾部長は「男性も女性も、それぞれ1人1人の資質をどう生かすか」と強調する。新部長として、札幌のまちづくりをどう進めるかを伺った。
──区役所の土木部長、河川担当部長を経て、今回、土木部長に就任されました
下平尾
東区土木部に2年勤務しましたが、区役所という最も住民に直結した場で得た経験を、今後の業務に役立てたいと思っています。その後1年間、河川担当部長として本庁土木部に異動しましたが、さらに土木部長となると、河川だけでなく道路や街路も含め、業務が幅広くなるので、大変です。
──女性の土木部長というのは、全国的にも珍しいですね
下平尾
私は今まで、女性であることを意識して仕事をしてきたわけではありません。札幌市も、技術系の女性職員は非常に少ないですが、事務系職員では何人かの先輩もおられます。大切なのは、女性の視点で仕事をしていくことではなく、技術職員として、その資質を生かしながら仕事をしていくことです。
とはいえ、周囲の人々の受ける印象は非常に違うものがあるとは感じますね。女性土木部長という人事に、驚いた方もたくさんおられると思います。就任挨拶のために国土交通省へ行っても、やはり「女性の土木部長というのは、本当に珍しいですね」と言われました。
しかし、自治体職員の中には、相当数の女性がおり、市民社会では半分が女性ですから、女性がいろいろな形で力を発揮して仕事をしていけるような組織にならなければダメでしょうね。その意味では、私が土木部長として勤めることが、後に続く女性職員たちにとって少しでも励みになれば良い。そうした心構えは、私も必要だと思います。
──工事現場でも、女性の現場代理人を見ることはなく、これまで土木は、事実上は「男の世界」と見られてきました。昨今の公共事業への批判には、女性を登用しないことへの批判も含まれているのかと思えてきます
下平尾
公共事業も、今後はより一層きめの細やかな事業、例えば既存のストックの有効活用や、リニュアール事業などが中心になり、大規模事業に次々と着手して進めていく、という時代ではなくなってきています。
そうなると、今まで以上に住民に密着し、地域住民と対話し、利用者のことを考えていく姿勢が、より大切になってきます。そこにはお年寄りや主婦など、生活者がたくさんいますから、きめ細やかな視点を活かしていく上では、女性の視点も必要でしょう。
──確かに、男性よりも女性の方が細かい点に気がつき、気配りができることがあります
下平尾
「公共事業のアカウンタビリティー」、「パブリックインボルブメント」などという言葉が盛んに使われるようになり、こちらからいろいろと提案をしたり、説明をしたり、また市民と情報を共有することが求められてきます。ともすれば、技術屋というのは専門知識の固まりですから、都市計画にしろ土木にしろ、専門的な用語が身についてしまっているので、市民に分かりやすく語りかけるという訓練が、もっともっと必要です。
  その時、より分かりやすく、私たちの仕事を“通訳”していくという点で、女性であることの意味はあるのかなとも思います。
──「市民に対する語りかけ」については、どのような取り組みを考えていますか
下平尾
市では、長期総合計画に基づいて事業を進めていますが、その中で最も早くに着手しなければならないのは、パートナーシップ型、協働型のまちづくりです。地域社会の主人公は、やはり市民の方々です。
かつては、「市が計画を立て事業を進めていくので、何かあれば言って下さい。間違いなく良いことをやっていきますよ」という主張でした。しかしこれからは、やはり地域社会の主人公たる市民の方々にも、自立的にいろいろな計画に参画し、協働してまちづくりを行っていかなければなりません。そのための施策を進めていくわけです。
土木行政についても、まずは計画段階からできるかぎり市民の方々と一緒に考えたり、参加していただきます。全てということではありませんが、例えば、月寒のコミュニティー道路の計画では、ワークショップを行ったりしています。その際は、本庁だけではなく、地元区役所とも連携を取っています。
また、例えば豊平区平岡では、自然環境保護の面で、非常にデリケートなところに道路を計画していく上で、地域の環境保護団体の方々と一緒に現地調査をしたり、工法上の問題についていろいろ意見交換をしたり、植樹したりと、きめ細かい事業を進めています。こうした取り組みは非常に時間がかかり、大変な面もありますが、私たちの仕事の大きなウェイトを占めてきていますね。
──今後の土木事業には、環境との共存も重要なキーワードとなっていますね
下平尾
今や行政は、「循環型社会の形成」、「持続可能な社会資本の整備」という視点を抜きにして語ることはできません。もともと「土木」という言葉は、「土」と「木」と書きます。札幌市でも、市長自らが提案してiso14001を取得しましたが、循環型社会を形成していく中で、札幌市の行政がどうあるべきかを常に課題として意識しながら、一人一人が自分の事業をマネジメントしていかなければなりません。
土木部でも、例えば工事部門では、公共工事の環境ガイドラインを設定し、それに基づき、例えば発生材の有効な再利用などに努めています。設計段階から環境に配慮しながら事業を進めていくという視点は、今後、常識となっていかなければなりませんね。
トンネルや道路を整備する場合も、今までよりは、かなりの時間をかけて進めます。例えば、レッドデータブックに搭載されている生物種がいる箇所については、2年も3年もかけて現況を調査し、環境への影響を最も軽減できるルートを選定します。同時に、公園整備事業などとタイアップするなど、まちづくりを進めていく上で、事業同士の連携も重要ですね。
──以前に「パーク&ライド」の実現に成功し、都心部の渋滞緩和を成し遂げた自治体の事例が、テレビで紹介されていました。札幌市では
下平尾
最近は、どこの都市でも都心問題は特に大きな課題になっています。都心をうるおいのあるものにしていくと同時に、外延的な都市の拡大により、機能が低下しつつある中心市街地を、インフラを活用しながら、いかにして再生していくかが課題です。
札幌市では、企画調整局が主管となり、「都心交通ビジョン」「都心まちづくりビジョン」を作成し、これをベースにして、国際都市・札幌にふさわしい風格のある都心づくりを進めていこうとしております。従来は、大通公園の改造や景観地区の指定など、様々な施策を進めてきました。
これからの都心部は潤いのある空間、人間中心のエリアにしていく方針です。人が歩き、留まり、イベントを行うなどして楽しみ、そして商業活動も活性化していくような都市空間づくりを目指しています。そのためには、高齢社会に対応させることも重要で、これまでにバリア・フリー化の工事をかなり進めてきましたが、体の不自由な人も、車椅子の人も、安心して歩けるような歩行者空間を充実させていくことが大切ですね。
──休日にすすきの地区で行われている歩行者天国を、駅前通りにも導入し拡充しては
下平尾
構想としては、大通公園を連続化し、駅前通りもモール化するという考え方もあります。ただ、あくまでこれは長長期の展望で、商業者、市民、そして公安委員会や開発局など、いろいろな立場の方々でみんなで考えていくための市側からの提案です。荷捌きの問題やタクシー等、解決しなければならない課題は多いので、一朝一夕にとはなりませんが、私たちが志向する都心イメージの一つではありますね。
将来的には、周辺の道路を有効に使って流しながら、都心部を単に通過する車の乗り入れを抑制し、都心部には公共交通機関、特に、大量輸送機関である地下鉄があるので、それを利用していただくイメージを持っています。このために現在、都心部を循環するバスの運行実験も行っています。
──他都市に見られる「100円バス」というものでしょうか
下平尾
そうです。分かりやすい、公共交通機関の体系というものを充実させていくということです。その一つの具体例が、創生川通りの連続アンダーパス化事業です。これが完成すれば、都心部では、現在のような自動車の出入りがなくなり、スムーズに通過でき、東西方向の渋滞が緩和されます。
さらには、以前からせせらぎの場となっている創生川が、親水空間としてよみがえります。オリンピックに合わせて道路を整備したため、川面に近づけなくなってしまいました。今でも両岸の柳を通して、川面が見えることは見えますが、非常に深くなって地上から離れているために、せせらぎの音すらも聞こえなくなっていますね。これを連続アンダーパス化で、道路を覆ってしまえば、緩やかな勾配ができ、川面に近づくことができるようになります。これによって、水と親しむ空間が形成されます。
この構想は、いよいよ今年度に事業採択を受けましたから、市民の皆さんともいろいろ意見交換しながら、準備を進めていきます。
──今後の札幌市のイメージを、どう描いていますか
下平尾
札幌は、大都市でありながら、近くに豊かな緑があります。本州他都市とは全く異なる自然環境で、積雪寒冷地であり、植生もほとんどが夏緑広葉樹林帯にあります。このため、札幌は北方的な文化が産み出される素地がある都市環境にありますね。
私は、公園など緑に関わる業務に長く携わってきたので、北海道の中心・道都として、自然と調和した都市環境を形成していくことが最も大事なことだと思いつつ、取り組んできました。今後も、こうした環境を生かし、周辺の市町村とも連携を取りながら、札幌の個性を際だたせていきたいものです。のびのびとした札幌人が、いつまでも生きていけるような環境づくりができればと思います。

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