建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年2月号〉

interview

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海抜ゼロメートルの恐怖地帯、頑丈な治水施設が不可欠 (前編)

物流施設の整備で、空洞化に歯止めを

国土交通省近畿地方整備局 局長 鈴木 藤一郎 氏

鈴木 藤一郎 すずき・とういちろう

昭和47年3月京都大学大学院工学研究科修了、同年4月建設省入省。その後、河川局開発課、河川計画課など主に河川畑を歩く一方、近畿地方建設局建設専門官(S53.4〜55.7)、同企画課長(S57.4〜59.4)、同姫路工事事務所長(S62.4〜H元.4)を務めるなど、近畿の諸事情を熟知している。平成7年7月大臣官房技術調査室長、平成9年4月河川計画課長、11年4月建設経済局技術調査官、11年10月国土庁水資源部長、13年1月国土交通省水資源部長を経て、13年8月1日付けで現職。水資源部長時は2003年の世界水フォーラムで併催される閣僚会議の担当部長としても尽力した。岡山県出身。昭和21年9月22日生まれ。
近畿地方は、古くから銀経済で栄えてきた商都・大阪を中心に京都、奈良、神戸など、近代工業や伝統工業など、独自の産業構造を持った都市がネットワークしている。だが、経済におけるわが国の高コスト構造から、産業の空洞化が進んでおり、管内では危機感を抱いている。わが国経済の発展と近代化に貢献した太平洋ベルト地帯を守るためには何が必要か。鈴木藤一郎近畿地方整備局長に伺った。
──バブル崩壊以降、公共事業は、社会資本の整備という本来の目的だけでなく、ニューディール政策としても重視されてきましたが、新年度からは予算額の一割削減が方針となっています
鈴木
無駄なものを止めなければならないというのは、全くその通りですが、必要なものも当然あります。近畿のインフラ整備は、まだまだ遅れています。財政が厳しいから、必要な公共事業も削減しなければならなくなるのは残念です。
関西における道路整備について、ある知事の発言が的を射ていると思ったのですが、「油断があった」というのです。名神高速道路は、東名高速より先に開通した日本最初の高速道路でした。それに合わせて、大阪万博も行われるなど、関西は色々な分野で全国の最先端を走っていたのです。ところが現在では、名神高速道路は渋滞をしており、このために大阪と京都を結ぶ第2京阪道路を整備しています。これは30年も前に都市計画決定を受けたものですから、かなり先見の明があったわけですが、現実にはまだできていません。最近になって、ようやく形が見え始めたところです。その間に、北大阪から京都にかけては、点や線ではなく面的に渋滞しているのです。1本の路線が渋滞しているなどという甘いものではなく、一つのエリアでどこもかしこも渋滞しているのです。
──道路の輸送能力がパンクしてしまったのですね
鈴木
まさにパンクです。これが招いたものは、企業の流出です。企業の空洞化という国際的な現象とは別に、国内においても大阪ではとても採算が合わないと考えて、企業がどんどん流出していくのです。為す術もなく、地元としては非常に悔しい思いをしています。
大阪府域の道路はパンク寸前です。第2阪和まで入れると完全にパンクしてしまっています。そこで都市構造として、大阪の内環状、湾岸と外環状、さらに京和という大きな環状など、何重もの環状線をこれから結んでいくことが必要になります。しかしながら、放射状方向への整備も全くもってお粗末です。こうしたところに、地域全体として油断があったのかも知れません。その結果、企業が出ていってしまったのかも知れません。
また治水においても、人間は洪水が30年もこないと、安全だと思い込んでしまいます。しかし、昨年の豪雨で名古屋市は、かなり危険だったのです。よく堤防が切れなかったものと、かなりヒヤヒヤさせられました。これがもしも大阪だったなら、完全に都市機能は麻痺しています。大河川だけにとどまらず、大阪市内全域の川が大氾濫を起こし、大惨事に至ると思います。
淀川にしても、高い堤防があるということは、裏返せばそれを超える洪水も起こり得るということです。もしもスーパー堤防さえできていれば、越水しても、それによる被害は知れています。阪神大震災では冷や汗をかきました。淀川の堤防が、がたがたになって沈下したのです。もう少し破損していたなら大量の水が市内にあふれていたでしょう。このように、治水施設もまだまだ整備しなければなりません。
──整備を急がなければなりませんね
鈴木
しかし、私たちが情報を公開し、それを主張しても「まぁ、そんなことはないだろう」、「仕事が欲しいから脅かしているだけだろう」という人もいるようで、残念です。現実の自然は甘くはないのです。
とりわけ歴史的に古い近畿管内には、都市化の進んだ現代にあっては、危険な都市構造となっている地域が、けっこう多いのです。
──大阪も、関東・東京と同様、海抜が水面下の地域が多いですね
鈴木
そうです。その現実が理解されていません。大阪で堤防が切れたら、地下鉄が水浸しになるという都市型水害のシミュレーション・ビデオを制作しました。そうすると、「ずいぶんひどい脅かしだ」と、批判した人もおり、スーパー堤防も、「仕事をしたいからまたそんなことを考え出した」と批判する人もいます。しかし、現実にはあっという間に、福岡などで地下水害が起こっているのです。
──管内の構造を見るに、大市場である大阪府を中心として、その周辺に工業都市や、文化都市など、独自の産業と特色をもった県が衛星のように配置されていますね
鈴木
大阪の場合は、東京の一極集中とは違うのです。神戸があり、京都があり、奈良があり、和歌山があり。そして堺もやがては政令指定都市になるでしょう。そこで、これらの諸都市を含めた「すばるプラン」という構想がありました。これは、各都市が自立して連携していこうという概念をベースとしています。「関西は一つ」なのではなく、「関西は一つ一つ」でバラバラではないかと揶揄する人もいますが、それだけ個性あふれる都市が集まっています。都市イメージにおいても、それぞれの街は異なっていますね。そうした良さを、全体的にどう連携していくかが課題なのです。
そのためには、やはり基本的なインフラ整備ができていなければならないのです。それが国際競争力の向上にもつながります。
関西は地域ごとに経済的格差があり、特に神戸市などは空港機能・港湾機能において、最も沈下しています。もちろん全国的にも地盤沈下気味ですが、そのためにも大阪や近畿一円に、観光客をどれだけ引きつけられるかが重要なポイントになってきます。
ただし、国際競争において、諸外国に勝とうと思ったなら、単に港湾だけを整備すれば良いのではなく、港湾と道路が一体となって整備されていなければ無理です。これは、道路のみならず河川、下水道もそうです。下水道は、大阪は整備率が高いのですが、南部に行くと、極端に低くなるのです。
そうした、基本的な社会基盤は早く作ってしまい、今ある人間が将来に対して責任を果たしていかなければならないと思います。無駄なものはともかく、できるだけ早くそういったものを整備していく。地域のあるいは日本全体の競争力を高めていく。そのための基本的な条件ですから、それを怠ると、これはまた大きなツケになって帰ってくるかもわかりません。
──いま、ここでブレーキをかけて止まってしまうと、後になってからまた大変なことになりますね
鈴木
そうです。ツケを後に回すということですからね。そのツケを払うべく、今現在、資金を投じて社会資本を整備しているのです。
──家電メーカーの東芝が中国との技術交流で、テレビ製造の技術を指導した結果、現地で性能の劣らない製品を独自に製造し、安価に販売し始めたために東芝製品が売れなくなったという報道がありました
鈴木
農産物などもそのようですね。
──自分で自分の首を絞めたようなものですね。グローバルスタンダードとは、いわば同じ土俵に立っての国際競争ですから価格競争が避けられませんが、日本は物流コストの高さから、高コスト構造であることが問題視されます。その物流コストの一つには、港湾手数料や使用料なども含まれてきますね
鈴木
大きな目で見れば、中国に限らず東南アジアには安い人的資源があり、広い土地もあり、そうしたところで製造された製品の方が安いために、日本人はそれを消費する方が長い目で見れば良いという考え方もあります。ただ、そのためには構造改革が必要なのです。
しかしながら、そうした準備も整わぬうちに、急激に状況が進んでしまうと、これは大変な事態を招くわけです。したがって、私たちが関わる建設業もそうですが、もっと身近なところにおいても構造改革の取り組みが必要です。
──日本も国際社会とはより密接な関係になっていますから、国防、食糧、資源・エネルギーを極力自給するなど、国家としての独立性を高める必要があるでしょう
鈴木
そうです。ITという分野も伸びていくのでしょうが、ものづくりという分野は、必ず残りますね。テレビも自動車もそうですし、食料もそうです。
  そうしたものづくりによる生産物の輸送には、光ファイバーは役に立ちません。道路や鉄道、飛行機が必要です。そうした施設を整備しておくことが、日本全体としてバランスのとれた発展に寄与します。東京の真ん中で野菜を作るわけに行きませんからね。
──都内のマスコミによる公共事業不要論が、全国の世論とされているとの指摘が聞かれます
鈴木
全国紙よりも地方紙の方が読者は多いですが、それでも、全国紙の影響というのはやはり大きいですね。テレビもおなじですね。
現在、北近畿自動車道をめぐって不用論があります。その自動車道が通る地元には、人口が二十数万人しかいないので不要だと言うのです。しかし、この道路は決して二十数万人のためだけに整備されるものではないのです。自家用車ばかりでなく、貨物輸送のための大型トラックも走るわけです。そのトラックはどこへ行くのでしょうか。東京なのです。以前は山陽を通って行っていたのですが、阪神淡路大震災で幹線がストップしたので、やむなく北に流れたのです。そこでは以外と交通量が少く、信号も少なく、そして一般道ですから無料です。そのため、たくさんの車両が流入することになりました。その結果、交通事故は増え、騒音は増え、地域住民は不満を訴えています。
一方では、京阪神にもかなりアクセスしているデーターもあるのです。そこで私たちとしても、幹線道路へのバイパスという意味からも早く整備し、市民の安全も確保しながら、迅速に移動できるようになりたいと思うわけです。
それを、「こんな田舎に高速道路なんか不要だ」などと、言われる場合があるのは残念です。地域エゴという意味ではなく、そうした思いを、首都圏の人々も知ってほしいと思います。首都圏が口にする食糧は、地方で作り、そして道路で運んでいるのです。それを語らずして、「こんな所に何を作っているのか」と、言われると困ってしまいます。

(後編)

前号では、道路、河川など一般土木の重要性と港湾機能の強化について伺った。今後では、関西らしさを発揮した営繕事業について、鈴木藤一郎局長に伺った。
──行政機関もアカウンタビリティに努力していますが、公共事業に関するマスコミ報道に偏りが見られ、このために世論もバランスを欠いているように感じますね
鈴木
世論を納得させるのは、なかなか難しいものです。公共事業批判が正しいという世論が出来上がった中で、公共事業を正しいと主張するには大変なエネルギーが必要です。しかし、だからといってそれをさぼっていてもダメです。
その意味では、外国などは羨ましいと思いますね。かつてヨーロッパへ行ったときに、職務について尋ねられたので、シビルエンジニアと答えると、尊敬の目で見られた経験がありました。どこにいっても、「すばらしい仕事をしていますね」と、尊敬の念で迎えられたものです。
日本では土木技術者というと、「土木ですか」と独特のニュアンスで見られます。イメージアップに向けて、粘り強く努力していかなければならないでしょう。
──ところで、近畿地方の営繕事業は関西らしさを生かすべく、関東とはかなり趣を異にするものを整備しているようですね
鈴木
近畿では、本当に素晴らしい施設を整備しています。大阪の国立国際美術館も素晴らしいですが、さらに素晴らしいのが京都迎賓館(仮称)です。平成の国宝を作るという意気込みで整備しています。あるだけの伝統技能を結集し、一枚の襖にも拘っていますから、まさに国宝級であると思います。
古来から引き継がれてきた平成の名工の技術には、私も知らない奥深いものがあります。そうした匠の技を結集していますから、100年後には平成の国宝とされるものと思います。この他に、国立国会図書館関西館(仮称)も整備していますが、これも素晴らしいものです。営繕事業には夢がありますね。
──後代の人がそれを見たときに、整備した当時はいかにも貧乏な時代だったと感じられるようではだめだという主張もあります
鈴木
その通りです。公共の財産を作るわけですが、安ければ良い、建物らしい体裁を成していればよいというものでもありません。街の景観が変わるような箱を置くわけですから、地域全体をリードするような気概で取り組むべきです。
これは営繕に限らず、橋梁にしてもそうです。河川の中だけで考えてもだめで、流域全体でとらえることが大切です。架けた橋も、周りの景観によってすばらしいものになるのです。
──省庁再編になって、港湾空港部は神戸に所在したままとなっていますが、当面はその体制で行くのでしょうか
鈴木
港湾空港部長とも話していますが、管内の港湾は、大阪港、神戸港、舞鶴港、和歌山港と面的に整備運営しているので、神戸になければならない理由はありません。したがって、なるべく同一庁舎としたいのですが、器がないのです。
この第1合同庁舎の立地環境は抜群で、当時は最も立派な庁舎に入居したのですが、何十年も経つと、最も古いものになってしまいました。合同庁舎も今や第5までが整備されている状況です。したがって、私は、是非この位置で、もっと高層の庁舎を整備したらと思っています。港湾空港部と一緒にしたいと思っていますが、場所がないのです。
この庁舎でさえも、各部局の入居する階層はまちまちです。これを建て替えたなら、行政効率も上がり、防災機能も充実します。防災機能といえば、この庁舎の屋上からはヘリコプターが離着陸できないのです。緊急時の出動の際は、大阪城まで行かなければなりません。これでは、緊急時に防災機能を果たすことはできません。
──問題は予算化ですね
鈴木
確かに、厳しいでしょう。営繕部長にも予算化に向けて努力するよう指示していますが、財政負担は、半端なものではありませんからね。 

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