建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年2月号〉

interview

環状8号線整備で、くもの巣ネットワークの完成へ近づく

100年後に車はなくなる

大阪市交通局 建設部長 林 保正 氏

林 保正 はやし・やすまさ
昭和 19年 9月 20日生
昭和 43年 3月 京都大学工学部(交通土木工学)卒
同  年 4月 大阪市交通局勤務
平成 7年 4月 建設技術本部計画部計画課長
平成 9年 4月 建設技術本部計画部長
平成 12年 4月 建設技術本部建設部長
現在に至る
万博を契機に大阪市の地下鉄網は加速的に充実した。目指すのは、くもの巣型ネットワークの構築で、市交通局の林保正建設部長は、「公害、人災の源である車社会が廃れても対応できることが、都市の生き残りの条件」と語る。同部長に、大阪市の交通事業と建設について語ってもらった。
──交通局の庁舎は歴史を感じさせますが、市営交通事業のスタートした時期は

大阪市で市営交通事業が始まったのは1903年(明治36年)のことです。路面電車を花園(九条)から築港まで走らせたのがその始まりです。かつての大阪の中心は港でした。今でこそ梅田や難波は都心ですが、かつては港町として栄えました。その中心地付近につくられたのがこの庁舎です。ちなみに隣は大阪ガスの敷地で、ガス事業発祥の地でもあります。
──大阪の地下鉄は7本がバランスよく配置されていますね
大阪の地下鉄は日本ではじめての公営地下鉄として整備が始まりました。東京では郊外から山手線までJR(旧国鉄)、私鉄が入り、山手線の内側では営団地下鉄がこれら郊外鉄道どうしを結ぶというネットワークが構築されました。大阪の場合は公営の路面電車がまずスタートしました。最盛期の営業延長は114kmで、都心部の交通需要は路面電車だけでほぼ充足していました。私鉄やJR(旧国鉄)も古くからありましたが、これは郊外路線であって、都心に入れるのは大阪環状線まででした。都心では路面電車の整備が行われ、その収益で道路の拡幅や架橋などのまちづくりを行ってきました。都心の路面電車は碁盤の目状に整備し放射線状にはJRや私鉄で京都、神戸、奈良、和歌山を結ぶという構図です。
大阪の地下鉄は、路面電車に代わるものとしてスタートしました。大阪環状線の中は路面電車と同様に格子状、外へは放射状に伸ばすという形で整備されたので、地下鉄とJR・私鉄との相互直通という発想はありませんでした。地下鉄を市内周辺部に放射状に伸ばしていくので、どこまで行ってもJRや私鉄に乗り換えることなく、地下鉄のままです。私鉄は私鉄で郊外から都心に入ってきますが、さらにそれを環状線の中に伸ばそうとしても、その中は大阪市のエリアですからできません。これが大阪的な考え方ですね。
いわば、地下鉄(大阪市)、JR、私鉄それぞれが一国一城の主なのです。関西の私鉄は経営基盤が強く、路線規模の小さい阪神電鉄でも球団を持っており、大手私鉄の仲間入りをしています。かつては、近鉄や南海、阪急も球団を持っていたように、明治時代から独自の路線ネットワークを整備し、それぞれが気概を持ってまちづくりを行ってきました。
そのために、協力し合うという考え方はなく独立独歩です。同様に地下鉄にも“地下鉄の領土”というものがあるのです。関西ではこういった棲み分けができており、一つ一つの路線がそれぞれの機能を持つという考え方できました。
しかし、やはり乗客のことを考えると相互直通運転も必要ですから、現在では御堂筋線と北大阪急行線、堺筋線と阪急線、中央線と近鉄線などは、相互直通運転を行って乗客利便を図っています。
──大阪の地下鉄はほとんどネットワークが完成しているようですが、今後の延伸計画は
大阪環状線内は地下鉄ネットワークが独占的にサービスを供給しています。環状線外はjrと私鉄が頑張っていますが、それを補完する形で放射状に市営の地下鉄とバスが走っています。しかし、鉄軌道系に比べるとバスは輸送力および定時性に弱いので、どうしても機能が不十分になります。それをカバーするためにはJR、私鉄、地下鉄のネットワークをさらに充実させることが必要です。
そこで、既存のバス路線で、鉄道(地下鉄)に転換できるようなところについては転換していかなければなりません。現在、大阪市周辺の鉄道は路線の総延長が約270km。そのうち、地下鉄は約120km。残り150kmは私鉄とJRです。今後の地下鉄の整備計画としては、現在の120kmを150kmまで延伸する計画です。
ただ、大阪市周辺の輸送人員において、地下鉄はjr,私鉄の半分にも満たないのです。JRと私鉄は、郊外から大量の人を運んできますからね。1日に約560万人。それに対して地下鉄は約260万人くらいですから、まだまだです。バスと地下鉄のネットワークをもう少し充実させ、両者の乗り継ぎ料金を安くするなどして、市営の市場を広げていきたいところです。
しかし、本当のところはJR、私鉄、地下鉄、バスは競合関係にあるのではなく、協調しなければなりません。というのも、私たち公共交通事業者に共通のそして最大の敵は自家用車ですから。公共交通機関を充実させて、マイカーを使わなくても動けるようにすることが必要です。不便なところで、バスがうまく機能していないところは地下鉄に置き換えてネットワークを充実するということですね。
──実際に施工に入っている延伸箇所は
現在、建設に入ったのは8号線です。今までの地下鉄は7路線すべてが都心を通る路線だったのですが、8号線は都心を通らずに郊外を走るはじめての地下鉄です。平成11年度に着工して18年開業の予定です。全体で18kmの路線ですが、うち12kmの部分の建設工事を開始したところです。
計画としては、格子状ネットワークを放射状に伸ばして、その放射状のネットを環状で結ぶという、クモの巣のようなネットワークを構築することです。ただ、放射状の路線は輸送需要があるのですが、環状路線というのはあまりないのです。やはり都心に向かう需要が最も多いのです。
とはいえ、都心に直接入る路線の整備はきわめて困難になっております。放射状鉄道を整備するために必要な道路空間はほとんど残っていないため、新たに用地取得して鉄道を建設することは経済的にもほとんど不可能なのです。そのため、都心から離れたところで環状方向に一度動いてもらい、そして都心に入ってくるパターンになりますが、環状方向の路線単独で採算を取るとなると非常に難しいですね。結果的にネットワーク全体で採算を考えるしかないでしょう。
──しかし、街中のどこにでも地下鉄の出入り口があると、安心感がありますね
我々が目標としているのは、パリの地下鉄ネットワークです。パリでは「道に迷ったら、どちらの方向でもいいから歩きなさい。必ず地下鉄の駅があります」という具合に、地下鉄が道案内をしてくれるのです。これは外国人に道を教えるのに最もよい方法です。どちらに向いて歩いてもいいのです。パリは大阪の半分の面積ながら地下鉄は倍ほど整備され、どこにでも必ず駅があります。放射状路線ばかりだと方向によってはいくら歩いても駅がないという状況になりますね。
──国際化が進み、いろいろな国の人も来ますからね
国際標準で考えるなら、そのレベルくらいまでは持っていかなければ。何しろ見知らぬ土地で道に迷うほど、寂しく不安なことはありませんから。
──地下鉄は地下を掘るので、コストの削減は難しい課題ですね
30年程前までは、1kmを約50億円で掘れました。1kmといえば一駅分です。ところが最近は約300億円もかかるのです。たとえばニューヨークやロンドンなどは地下鉄建設がスタートしてから100年以上が経ちますが、こうしたところはネットワークが完成し、もう新たに地下鉄を掘る必要はないのです。
大阪では、御堂筋線は初期建設分の減価償却は終っていますが、新たな路線は借金で整備するので償還しなければなりません。現在、減価償却と支払利息だけで運輸収入の半分以上を占めるわけです。したがって、運輸収入だけで償還することは大変なことです。地下鉄建設時代が終ると、その償還分が浮いて利益が出てくるのですが、それは我々が生きている間には無理ですね(苦笑)。
ただ、今できることは、後世に多大な負債を残さないように、できるだけイニシャルコストを抑えておくことです。特に8号線のように環状方向の乗客が少ない路線については、それに見合った規模の地下鉄でよいということで、いわゆる「リニアメトロ」という、標準タイプよりもトンネル径を小さくしたものにします。日本で初めて7号線(長堀鶴見緑地線)で、それを採用したのですが、おかげで建設費が約2割安くなりました。8号線もその考え方の延長線上にあり、コスト削減に努める必要があります。
そこで、従来は駅のプラットホームは最終的に8両編成の列車が停車できる長さで建設してきましたが、8号線は最終6両編成対応で計画しており、これで駅の延長を短くすることができます。地下鉄の建設費は駅が小規模になるとかなり安くなります。
一方、線路部はシールド工法で掘るので、これならば開削工法に比べて比較的安くできます。シールド工法は上に埋設物があってもその下を掘進するので影響されませんから。また、掘る土の量を減らすことによって建設費を安くできます。シールド工法でもリニアメトロになると従来の標準タイプのトンネルより断面積が約60%程度小さくなり建設費が大幅に低減できます。また、車庫は公共用地である公園下に地下車庫を建設しますが、これも列車編成長が短くなるとコスト削減が図れます。
施工方法という点では、鉄道線路は上り、下りの2本必要ですが、従来は単線シールドトンネルを2本、別々の機械で掘進していたものを、1機で往復する「uターンシールド工法」で進めます。これならば機械は半分で済みます。
リニアメトロの特徴は急勾配や急曲線に強いことです。道路を直角に曲がるとき、大きなカーブではどうしても民地を通らざるを得ませんが、リニアメトロは急曲線走行が可能なため道路の中だけでカーブを切ることが可能です。これによって、余分な用地費がいらなくなります。
このように、あの手この手でコストダウンを検討しておりまして、8号線についてはもうこれ以上のコストダウンは無理というところまできています。地下鉄建設にかかるコストダウンは直接経営に響きますので真剣に取り組んでいるわけです。
──交通事業の経営は、どこの事業者も苦労していますね
営団地下鉄は日本の地下鉄で最も成功した例でしょうが、ラッシュ時にあれだけ定員以上の人が乗っても経営状態がよくないというのは不思議ですね。そもそも、いわゆる定員以上の乗客を乗せる乗り物は鉄道だけです。飛行機も船も車もそれはできません。
経営問題では、新線建設コストの負担が最大の課題です。減価償却と支払利息がある限りは、たとえラッシュの乗車効率が200%でも採算は合いません。したがって、上下分離つまり建設と経営の分離が必要です。国土交通省の答申にもありますが、諸外国のようにインフラは国が整備し、事業者はそれを運用するという方法です。
──鉄道事業を公共事業と認定するかどうかがポイントですね
徐々にその方向にはなってきております。平成3年には国の地下鉄建設補助金がそれまでの運営費補助から資本費補助に改められ、平成6年には公共事業費に組み込まれました。ところが、やっと公共事業として認められるようになった途端に、平成14年度では国策で公共事業費が1割削減ということですね(笑)。
いままでは、地下鉄はまずは水平移動できればそれでいいという考え方で、最小限必要なものをつくってきました。今後はエスカレータ、エレベータ、冷暖房は必須になります。トイレもかつては男女共用で、中には設置していない駅も多かったですね。今は多目的トイレも設置する必要があります。これからの駅の設計思想は、いつでも、誰でも、車椅子で一人でも使える駅にすることが基本になります。
──市営交通が直面する今後の課題は
鉄道にとっての唯一最大の敵は自家用車です。いずれ鉄道に転換していかなければなりません。交通事故で1年間に1万人の人が死んでいるのですから。一人が事故に合うと何十人もの人が苦しみます。これが30年以上も続いているにもかかわらず何の根本的な解決策もありません。また、車は大気汚染や騒音の発生源です。車が排出するco2は地球温暖化を促進します。車はエネルギー効率が悪いのです。一人を1km運ぶのに、自動車では鉄道の6倍ものエネルギーが必要なのです。ドア・ツー・ドアで移動できるメリットは大きいが、マイナス面も非常に大きいのです。
したがって、鉄道が車を凌駕できるように、公共交通ネットワークを充実させ、車を使わなくても移動できるまちをつくることが理想です。そして、いずれは車がなくなっていくのではないかと思います。その時に、都市の基盤的な公共交通機関があるかないかで、そのまちが生き残れるかどうかが決まります。地下鉄は1年や2年の短期間ではできません。地下鉄のネットワークを構築していくには50年、100年というオーダーの年月がかかりますから、今から準備しておかないと、100年後に車がなくなったときには、まちが滅びてしまいます。今から少しづつでもさらに社会資本、都市基盤を整備していかなければなりません。

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